46「賢者の石」
トロッコが坑道の奥へ突っ込んでいく。
最初に発進したときはどうなることかと思ったけど、速度が乗ってしまえば意外と揺れは少ない。
「……ドワーフの技術ってすげぇな」
おれたちの向かいには、アダマンタイトがいる。
彼女は、暗い坑道の先へ視線を向けていた。
その横顔を見て、さっきから気になっていたことを思い出す。
「なぁ……」
「なによ?」
「お前もカリオストロも、どうしていなくなったんだよ」
アダマンタイトはすぐには答えなかった。
鍛冶ギルドの女職人、クラリスの父親。
おれより前の《聖剣の作り手》。いまは行方がわからなくなっている。
そこまでは知っている。
アダマンタイトの目が細くなった。
「……カリオストロの妻は、《石化病》にかかっていた」
「石化病……」
たしか、クラリスもそんな話をしていた。
「最初は指先だったわ。そこから少しずつ身体が石へ変わっていった。医者も呼んだけれど、だれにも止められなかった」
アダマンタイトは淡々と続ける。
「そして最後には、完全に石になった」
「カリオストロは、それを死だと認めなかったのか」
ハルジオンが口を挟む。
「ええ。石になっただけなら、戻せると考えた。《錬成魔術》でね」
魔力と想像力を使って、鍛冶の工程を一瞬で再現する。
それがおれの知っている《錬成魔術》だ。
それを人間へ使うなんて、考えたこともない。
「物質の変換か……」
ハルジオンが口もとに手を当てた。
「だが、実際に人体が石に変わっている。それを逆に戻すことも、理屈の上では考えられるのか……」
「錬成魔術を生物へ向ける。普通なら想像力が追いつかない」
アダマンタイトがつぶやく。
「だけど、カリオストロはその執念で人体構造を学び、禁忌の実験を進めた」
「そんなこと……」
おれは驚く。
「巨大な錬成陣を用意して、その中央に石化した妻を置いた。私もそこにいた」
アダマンタイトが目をふせる。
「止められないわ。あんな彼を間近で見ていれば……」
「だけど……足りなかった」
アダマンタイトがポツリと言う。
「足りない?」
「なにかがまちがっていたのか……それはわからない。でも、石化した身体をそのままひとの身体へ戻すことはできなかった。錬成を完成させるには、追加で素材が必要だった」
「追加の素材……」
「足りない分を、どこかから補うしかなかった」
足りない素材。
考えた瞬間、嫌な答えが浮かんだ。
「不運は重なった。その錬成実験を、彼の娘が密かにのぞいていたの」
「それって……クラリス」
「父親を探して工房へ入ってきたのね。まだ幼かったから、なにをしているのかもわかっていなかったでしょう」
「まさか……」
ハルジオンの顔が強張る。
「実の娘。足りない材料としては、この上ない」
アダマンタイトが言う。
「拡張した錬成陣が、娘の身体を奪い始めた」
背筋がゾッとする。
「……カリオストロは、それでよかったのかよ」
「彼も望んでなかったはず」
おれの質問に、アダマンタイトはすぐに否定した。
「でも、娘の叫び声もなにもかも、彼には届いていなかった。あのときのカリオストロには、妻しか見えていなかったから」
少し前のおれも、同じだった。
アルヴィースがたおされて、職人殺しを壊すことしか頭になくなった。
リルが止めてくれなかったら、おれは……どこまでやっていた?
「だから、私が止めた」
アダマンタイトが自分の右手を見る。
「カリオストロの右腕を斬った。強引に錬成を止めたわ」
ハルジオンも、リルもなにも言わない。
「……錬成はどうなったんだ」
「失敗よ。娘は助かったけれど、身体には傷が残った」
「……奥さんは?」
「崩れたわ」
アダマンタイトは表情を変えなかった。
「砂になって、消えた」
カリオストロは妻を失った。
自分の右腕も失った。
クラリスは助かったけど、その日の記憶を失った。
「……それで、いなくなったのか」
おれはつぶやく。
「儀式が失敗して、奥さんも失って」
「ええ」
アダマンタイトがうなずく。
「それに、儀式を止めた私を恨んで……」
「それでも、お前はカリオストロを追ったのか」
「そうね」
「なんでだよ」
アダマンタイトはこちらを見て答えた。
「相棒だから」
……なんだよ。
ずいぶん冷たい顔をしてるくせに、そんなまっすぐな目で。
「オリハルコンを魔剣に変えたのは、おそらくカリオストロよ」
アダマンタイトが言った。
「これは、私の責任でもある」
同じ《聖剣の作り手》。
同じ《錬成魔術》を使う職人。
そいつが、守りたいものだけを見続けた結果、娘まで材料にしかけた。
他人事には聞こえなかった。
* * *
「光だ!」
ハルジオンが前を指差した。
暗い坑道の先に、小さな白い点が見える。
「出口か!」
トロッコが坂をかけ上がった。
つぎの瞬間には、強い光が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「うぉっ!」
外の風が顔へぶつかった。
頭上には暗い空が広がっている。
坑道から飛び出したトロッコは、そのまま森のなかへ伸びるレールを走っていく。
しばらく暗い場所にいたせいで、外がやけに眩しい。
「見えたぞ!」
ハルジオンの声に、おれも目を細めながら前を見る。
木々の向こう。
山と山のあいだを塞ぐように、巨大な石壁が横へ伸びていた。
「あれが《ノルンの瞳》か……」
遠くの空が青白く光った。
「なんだ!?」
ノルンの瞳の上空を、雷が走る。
一度だけじゃない。
二度、三度と青白い光が弾け、そのたびに城壁の上から巨大な魔力が膨れ上がった。
トロッコが少しずつ速度を落としていく。車輪の音が低くなり、最後に大きく揺れて止まった。
「着いた!」
おれたちはすぐに飛び降りた。
全身がずきずきと痛む。
職人殺しとの戦いから、ほとんど休んでいない。それでも、遠くから聞こえてくる雷鳴を聞けば、止まってなんかいられなかった。
「ハルジオン!」
「ああ」
ハルジオンが眼帯を外す。
青緑色の《天眼》が光り、遠く離れた城壁へ向けられた。
「ヒルデブラントは?」
「まだ戦っている」
ハルジオンが目を細める。
「サイレンスの一体はたおれている。少なくとも、いまはまともに動けていない」
「じゃあ、あと一体か!」
「そう簡単じゃない」
ハルジオンの表情は険しいままだ。
「ヒルデブラントが、ひとりで抑えている」
雷がまた走った。
城壁の上から膨れ上がった魔力に、おれの身体が勝手に反応した。
「……これ」
遠すぎて姿なんて見えない。
それでも、この魔力はわかる。
となりでリルも顔を上げていた。
「オリハルコン……」
「急ごう!」
走り出そうとした、そのときだった。
「久しいな」
男の声がした。
おれたちは一斉に足を止める。
森の奥。
木々のあいだから、ひとりの男が歩いてきた。
長い外套。伸びた髪。痩せた頬。
そして、右腕がない。
となりにいたアダマンタイトの目つきが変わった。
「……カリオストロ」
トロッコのなかで聞いたばかりの名前だ。
「やはり来たか」
カリオストロは、アダマンタイトだけを見ていた。
「ずいぶん探したぞ」
「その言葉、そのまま返すわ」
「そうか」
カリオストロの声に怒りはない。
その目が、今度はリルへ移る。
「……ミスリル」
「……っ」
リルが身を引いた。
おれはすぐに、その前へ出る。
「リルになんの用だ」
カリオストロの視線が、おれへ移った。
「お前、《聖剣の作り手》か」
「……わかんのか?」
「わかるさ」
こっちを見ている。
なのに、目が合っている感じがしなかった。
「アダマンタイト、お前が必要だ」
カリオストロが、左手を差し出す。
「断るわ」
「なら、ミスリルをよこせ」
「あ?」
勝手なことを言われて、頭に血が上る。
「高位魔鉱石が揃えば、《賢者の石》を生み出せる」
「賢者の……石?」
(なんだそれは。聞いたことがない)
「あなた。なにをふき込まれたの?」
アダマンタイトが問う。
「知る必要はない。私は、妻を取り戻す」
迷いのない声だった。
「今度は失敗しない」
「……リルも、アダマンタイトも渡さねぇ」
おれは言った。
「こいつらは、ただの材料じゃねぇ!」
カリオストロが左手を上げる。
森のなかから、石の擦れる音がした。
一か所じゃない。
木の陰から、次々と《動く石像》が姿を現す。
さらに奥から、剣や槍を持ったゴブリンたちまで出てきた。
「マジかよ……どこに隠れてやがった」
「囲まれたわね」
アダマンタイトがつぶやく。
ヘイミルが剣を抜く。
エグレも赤いグラスへ手をかけた。
ハルジオンは短剣を構え、ヴェイグは戦鎚を肩へ担ぐ。
アダマンタイトが一歩前へ出た。
彼女の身体が黒い光に包まれる。
ひとの輪郭が崩れ、細く、長く変わっていった。
つぎの瞬間。
一本の漆黒の長剣が宙へ浮かんでいた。
「擬態?」
黒剣はそのまま飛び、ゴブリンたちの足もとへ突き刺さる。
一番近くにいたゴブリンが、反射的に柄を掴んだ。
途端に、そいつの目から力が消えた。
「……なんだ?」
黒剣を引き抜いたゴブリンが振り返り、となりの仲間へ斬りかかった。
「《魅了》か」
ハルジオンがすぐに気づく。
「持った相手の意識へ、干渉してる」
「そんなことできんのかよ……」
『感心してないで戦いなさい』
黒剣からアダマンタイトの声が返ってきた。
「しゃべれんのかよ!」
『うるさいわね』
そのあいだにも、動く石像が迫ってくる。
「お前は昔から邪魔ばかりだな、アダマンタイト」
カリオストロの目が鋭くなる。
『ちがう、あのときの儀式は――』
「もういい!」
カリオストロが声を荒らげた。
石像が、一斉に襲いかかる。
「すっかり岩石王のお仲間ってわけか」
ハルジオンがカリオストロのほうへ向く。
おれはその肩へ手を置いた。
「あいつは、おれが引き受ける」
「……カジバ」
「だから、まわりの敵を頼む」
ハルジオンは少し考えたあと、うなずいた。
「……ひとりで突っ走るなよ」
おれは、カリオストロへ向き直る。
「お前には、聞きてぇことがある」
「私にはない」
「ひとに興味持ったほうがいいぜ」
カリオストロは、近くにいた石像に触れた。
「《錬成魔術》」
石像が砕け散り、核となる紫の鉱石が光る。
鉱石は伸びながらかたちを変え、ひとつの槍へ組み上がった。
「……」
よくできてやがる。
そう思った瞬間には、もう槍が飛んできた。
「うぉっ!」
横へ跳ぶ。
槍がおれの脇を通り過ぎ、背後の木へ突き刺さった。
「危ねぇな!」
顔を戻したときには、カリオストロはつぎの石像へ触れていた。
石像が大剣へ変わる。
さらに、別の一体が戦斧になった。
「休みなしかよ!」
距離を取れば槍。
近づこうとすれば大剣。
横へまわれば戦斧。
ただ武器をつくっているんじゃない。
おれがつぎにどこへ動くのかを見て、そのたびに必要なかたちを選んでいる。
(こいつ……)
「だったら!」
おれは、地面に突き刺さった戦斧に触れる。
「錬成!」
傷ついた腕に痛みが走る。
それでも魔力を流し込み、戦斧を一枚の盾へ変えた。
(これは、アイザックの盾だ)
直後、カリオストロの大剣がたたきつけられる。
「ぐっ!」
盾には一撃で大きな亀裂が入った。
(硬さが足りねぇ!)
続けて槍が飛んでくる。
「錬成!」
盾を戦棍へ変え、槍をたたき落とす。
(これは、ホーエンハイムのだ)
「……ほう」
カリオストロが、はじめて反応した。
「……余裕かよ」
続けて大剣が来る。
おれも大剣をつくる。
(これは、クラリスのだ)
大剣がぶつかる。
「ぐっ……!」
重い一撃に押され、足の裏が地面を滑った。
踏ん張ったおれのすぐ横を、今度は石像がものすごい勢いで吹っ飛んでいく。
「はぁぁぁっ!」
ヴェイグだ。
振り抜かれた戦鎚が石像の胸を正面から打ち抜き、砕けた身体から紫色の鉱石が転がり出した。
「これで三体目!」
「まだ来るよ!」
エグレが叫ぶ。
赤いグラスは外していない。
下手に石化の呪眼を使えば、味方まで巻き込みかねない状況だ。
その横では、ヘイミルがゴブリンの剣を受け流し、開いた胴へ蹴りをたたき込んでいた。
「ハルジオン、うしろだ!」
ヘイミルが叫ぶ。
「見えてます!」
ハルジオンが素早く回転し、背後の石像を砕く。
みんなも戦っている。
アダマンタイトの黒剣を握ったゴブリンも、俺たちに加勢している。
リルはおれの近くから離れず、こっちへ向かってきた石像を押し返していた。
地面には砕けた石像と、カリオストロがつくった武器がいくつも転がっている。
材料はいくらでもある。
問題は、相手より先に必要なかたちをつくれるかだ。
「想像力は――ルールを超越する」
カリオストロが言った。
彼は左手を地面へつける。
すると、周囲にいた石像が一斉に光った。
「なっ!?」
十体近い石像が、まとめて崩れる。
砕けた身体のなかから魔鉱石があらわれ、そのすべてが同時にかたちを変え始めた。
石像の数だけ槍がつくられ、カリオストロの周囲へ浮かび上がる。
「そんな! 触れてねぇのに!」
「触れないと錬成できない。それがお前の想像力の限界だ」
カリオストロが左手を振る。
一斉に槍が飛んできた。
「錬成!」
足もとの鉱石を盾へ変える。
直後、複数の槍がたたきつけられた。
「ぐっ……!」
盾に亀裂が走る。
押される。
(想像力の……限界)
槍が盾を貫いた。
「っ!」
慌てて横へ転がる。
槍の穂先が頬をかすめ、そのまま地面へ突き刺さった。
つぎが来る。
五本の槍。
左右へ広がりながら、おれの逃げ道まで潰すように飛んでくる。
「くそっ!」
避けながら、槍を見る。
どれも同じだ。
穂先の長さ。柄の太さ。重心。
同じ石像を材料にして、同じやりかたで組み替えられている。
(無駄がねぇ)
さっきまでの武器も、すべてそうだった。
なにをつくっても、ちゃんとしている。
「……あんた、真面目だなぁ」
「なに?」
「……いや、すげぇよ」
飛んでくる槍を、目で追う。
「基礎がしっかりしてる。どこをどう変えて、なんでこのかたちにしたのか――手に取るようにわかるぜ!」
カリオストロの眉が動いた。
「あんたが教えてくれた!」
おれは、飛んできた槍へ手を伸ばす。
「想像力は、ルールを超える!」
触れない。槍へ意識を向ける。
いままでのおれは、触ったものを錬成してきた。
触って。構造を見て。かたちを決める。
それが《錬成魔術》のルールだと思ってた。
だったら、そのルールをひとつ外す。
「錬成!」
魔力を伸ばす。
飛んできた槍が、一瞬だけ光った。
でも、なにも起きない。
「……っ、まだか!」
身体を捻る。
槍が脇腹をかすめ、服を裂いた。
(かたちだけを追うな! カジバ!)
自分へ言い聞かせる。
あの槍がつくられた順番を、頭のなかで逆にたどる。
「……見えた!」
つぎの槍が来る。
今度は避けない。真正面から、その構造を見る。
「つくりかたがわかるなら――」
魔力を伸ばす。
触れなくていい。目の前にある構造を、頭のなかで掴む。
「逆にたどればいい!」
「まさか――」
カリオストロの表情が歪む。
「錬成!」
飛んできた槍が光る。
穂先が崩れ、柄が縮む。
槍として組み上げられていたかたちが、飛んでいる途中でほどけていく。
おれへ届く寸前、槍だったものは鉱石の塊へ戻った。
「うぉっ!」
慌てて頭を下げる。
鉱石が頭上を通り過ぎ、うしろの地面を転がっていった。
(……できた)
残りの槍が続けて迫ってくる。
だが、つくりかたは全部同じ!
「だったら――!」
両手を前へ突き出す。
ひとつずつ見る必要もない。
同じ構造なら、全部まとめて逆にたどれる。
「戻れぇぇぇっ! 」
魔力を広げる。
「錬成!!!」
迫っていた槍が、一斉に光った。
「……!」
カリオストロが目を見開く。
次々と穂先が消え、柄が崩れ、かたちがほどけていく。
おれへ届くころには、もう槍は一本も残っていなかった。
鉱石へ戻った塊が、おれのまわりへ転がっていく。
「……へへっ」
頭が熱い。
魔力もごっそり持っていかれた。
でも、できた。
カリオストロは、それでも動じない。
「ルールを超える。……意味がわかったぜ」
おれは、足もとに転がった鉱石をひとつ拾う。
「でもさ。ルールってのも、悪くねぇな」
「……なに?」
「あんたが基礎どおり、きっちりつくってくれたから戻せた」
おれは鉱石を握る。
「どうつくったのか、めちゃくちゃわかりやすかったよ」
カリオストロの顔から、余裕が消える。
おれは口の端を上げた。
「勉強になったぜ、先輩」
「……もういい」
「あ?」
カリオストロの左手が、自分自身の右肩へ触れる。
嫌な感じがした。
あいつはいま、自分の身体を材料として見ている。
「おい……まさか」
「足りないのなら、またつくればいい」
カリオストロの左腕が光る。
「その程度で、私が止まると思ったか」
皮膚の下でなにかが動き、肩のかたちが崩れ始めた。
骨が伸び、その先が鋭く細くなり、ひとの肩だったものが少しずつ刃へ変わっていく。
「自分の身体に錬成魔術を……!」
『やめなさい!』
アダマンタイトの声が飛んだ。
『それ以上やれば、戻れなくなるわよ!』
「構わない」
『カリオストロ!』
「妻を取り戻せるなら、この程度――」
パンッ!
乾いた音がした。
カリオストロの右肩から、血が弾ける。
「ぐっ! あ゙ぁ!?」
集中が途切れ、変形しかけていた肩が途中で止まった。
おれは音のしたほうを見る。
森の奥から、赤い髪の女が歩いてきた。
「クラリスっ!?」
「カジバ。無事でよかった」
クラリスはおれを一度見ただけで、すぐに手に持った緑色の塊をカリオストロへ向け直した。
そのかたちに見覚えがある。
火の試練で手に入れた、武器の設計図……。
(エクストラウェポン……《銃》)
カリオストロは目を見開いた。
「お前っ……なぜ!」
「少し前からノルンに来てんだよ。武器の整備と――こいつの実戦試験でね」
クラリスが銃を軽く持ち上げる。
「その武器は……」
「知らなくて当然。"異世界の武器"だから」
クラリスの指が銃の側面をなでた。
「ギルドのみんなでつくり上げた。ニコラスも一緒だった」
カリオストロの目元がピクッと動く。
「ニコラス……」
「死んだよ」
クラリスはあっさりと言った。
でも、銃を握る指の力は強くなった。
「バルドールが襲われたときにね。それで、オリハルコンも奪われた」
遠く。
ノルンの瞳のほうで、また金色の光が弾けた。
あそこでいま、奪われたオリハルコンが戦わされている。
「お父さんは、ここでなにやってんだよ!」
クラリスが怒鳴る。
「……ニコラスのことは、残念だ」
カリオストロがうつむいた。
「だが、だったらなおさらわかるはずだ」
「はっ。なにがだよ」
「失う苦しみだよ」
カリオストロが顔を上げる。
「ニコラスを取り戻せるとしたら、お前は――」
「じゃあお父さんは、ニコラスを戻すために、今度は誰を材料にするんだ?」
カリオストロは黙る。
クラリスは銃を下ろす。
それから、左腕の袖をまくった。
古い傷があった。
ただ斬ったとか、火傷したとか、そんな傷じゃない。
皮膚の一部が歪んでいる。
「これ、あんたの肩と同じだな! ……あのときも、そうやって錬成したんじゃないのか」
クラリスが言う。
カリオストロの顔から血の気が引いていく。
「それは……」
「この傷がなんなのか……うちは知らない」
クラリスが傷に触れる。
「なんでお父さんがいなくなったのかも。うちには……記憶がないから」
「お前……あそこにいたのか」
カリオストロが目を見開く。
『知らなかったでしょうね。あのときのあなたは、なにも見えていなかった!』
アダマンタイトが言う。
「記憶はないけど、わかるよ。そうやってひとりで抱え込んで、無茶したんだろ?」
クラリスが言う。
「失う苦しみ? 当然わかるさ! お母さんとお父さん! うちはどっちもいなくなったんだからなぁ!」
「……っ!」
カリオストロは表情を歪める。
「だが、お前のためでもあると……」
「じゃあ側にいろよ!」
クラリスの言葉に、カリオストロは目を見開いた。
「……うちは、聖剣の作り手になりたかった」
クラリスがつぶやく。
「錬成魔術も覚えた。鍛冶も続けた。お父さんがいなくなった穴を、うちが埋めようとした」
「お前……」
「でも、なれなかった」
クラリスは苦笑した。
「うちは持ってなかったんだよ。お父さんみたいな《対魔力》を……」
おれはなにも言えなかった。
最初に会ったころ。
こいつは、おれと聖剣の作り手の座を争った。
「それでも、鍛冶をやめたわけじゃない」
クラリスが銃を見る。
「お父さんがいなくても、対魔力がなくても、ニコラスたちと新しい武器をつくった」
そして、カリオストロをまっすぐ見る。
「なくなったものを全部取り戻さなきゃ、前に進めないわけじゃない」
銃を胸の前で持つ。
「残ったもんがあるからな!」
「ちがう……」
カリオストロが左手を地面へたたきつける。
「すべてうまくいく。邪魔さえなければ……《賢者の石》は手に入る!」
周囲の石が浮いた。
「沈黙の魔女、《ミストルティン》は見せた! 岩石王が生み出す、《生命を司る石》を!」
剣。槍。戦斧。砕けた石像。
全部がお互いへ食い込むように集まっていく。
「あと少しなんだ! あれさえ手に入れば、全部やり直せる!」
「そのために何人犠牲にする! それ以外はどうでもいいのかよ!」
「ちがう……私はまちがっていない!」
石がさらに集まる。
「私は、お前のために……!」
できあがっていくものを見て、おれは息を呑んだ。
デカい。
剣の刃がある。
槍の穂先もある。
斧も、棘も、何本もくっついている。
でも――
「……なんだよ、それ」
さっきまでのカリオストロの武器とは、まるでちがう。
あいつは強かった。
槍。大剣。戦斧。
なんのためのかたちなのか、全部ちゃんとわかっていた。
なのにいまは――
なにをしたいのか、どこにもない。
「強ぇかたちを、全部くっつけただけじゃねぇか」
カリオストロの顔が上がった。
「なに……?」
「それじゃ、《職人殺し》と一緒だ」
「……」
「見たかたちをなぞって、強そうなもんを全部集めただけ」
おれは巨大な塊を指差す。
「だれが持つんだよ、それ!」
「黙れ」
「なにを斬るんだ」
「黙れ!」
「だれを守るために、そのかたちになったんだ!」
「黙れぇっ!!!」
巨大な塊が持ち上がる。
「カジバ!」
リルがおれへかけ寄る。
おれも構えようとした。
でも――
「ぐっ……!」
膝が地面につく。
手を前へ出そうとしても、腕が震えて上がらない。
とっくに限界を越えている。
「カジバッ!」
リルがおれの右側へ入り、たおれそうになった身体を支えた。
「私を使って!」
アダマンタイトがひとの姿へ戻り、おれたちの前へ立っていた。
「……お前を?」
「彼を止めるわ」
おれは手を伸ばしかけた。
でも、途中で止めた。
「……アダマンタイト」
「なによ」
「……お前、なにになりたい?」
アダマンタイトの目が、少しだけ開いた。
「……昔は」
アダマンタイトは、カリオストロを見る。
「あのひとが決めていたわ」
「……おれはいま、あんたの心に聞いてるんだ」
アダマンタイトがこちらを見る。
クラリスが、反対側からおれの身体を支えた。そしてアダマンタイトへ声をかける。
「アダマンタイト。あんた自身がどうなりたいかだ」
アダマンタイトはうなずき、口を開いた。
「あいつの目を覚ます、巨大な刃。……大剣がいいわ」
「請け負った!」
おれはニヤリと笑う。
「あいつの性根、たたき直してやろうぜ!」
おれは手を触れる。
「錬成!」
黒い光が広がった。
でも――
「ぐっ!」
途中で止まる。
アダマンタイトの輪郭が崩れきらない。
(魔力が、足りねぇ……)
「私も手伝う!」
クラリスが横からおれの腕を掴んだ。
「うちだって、錬成魔術は使える!」
クラリスがアダマンタイトへ手を重ね、おれに呼びかける。
「修行を思いだして! ふたりで分担するよ!」
「……もちろんだぜ、師匠!」
カリオストロが目を見開く。
アダマンタイトが選ぶ。
クラリスとおれが、それをかたちにする。
三人で、ひとつの武器をつくっている。
「いくよ!」
「おう!」
『ええ!』
三つの魔力が重なる。
「《錬成魔術》!!!」
黒い光が弾けた。
おれとクラリスの手のなか、そこに一振りの黒い大剣があらわれた。
「そんなものっ!!!」
カリオストロの、巨大な武器の塊が振り下ろされる。
「カジバ!」
「わかってる!」
クラリスとふたりで柄を握る。
「力で受けるな! 見て!」
クラリスが叫ぶ。
おれは見る。
剣。槍。戦斧。
全部が無理やり繋がっている。
それぞれのかたちに意味があっても、繋げた場所には意味がない。
「……見えた! 右下! 槍と大剣のあいだ!」
「そこだ!」
ふたりで黒剣を滑らせる。
真正面から力比べなんてしない。
繋ぎ目へ。意味が途切れている場所へ刃を入れる。
「はあああっ!!!」
振り抜いた。
黒い線が、巨大な塊の中央を走る。
直後。轟音と共に、石の塊が左右へ崩れ落ちた。
「……っ」
カリオストロが動けずにいる。
クラリスが柄から手を離した。
そのまま走る。
「目ぇ覚ませぇ!」
右拳を握る。
「バカ親父ぃぃぃっ!!!!!!」
彼女の強烈な一打が、カリオストロの頬へ入った。
「がっぁ……!」
カリオストロがうしろへたおれる。
黒い大剣が光に包まれ、アダマンタイトがひとの姿へ戻る。
彼女はなにも言わず、ただ、昔の相棒を見ている。
地面へたおれたカリオストロの目が、クラリスへ移る。
「お前……錬成魔術を……」
「成長したろ?」
「……」
「私は前に進む。お父さんは?」
カリオストロの顔が崩れた。
「私は……」
その左手が土を掴む。
「ただ、お前に笑ってほしかった」
クラリスはなにも言わない。
「賢者の石を手に入れるには、闇の王国にいくしかない。お前との繋がりは断つべきだと……思い込んでいた」
クラリスがしゃがむ。
「うちはただ……」
そのまま、父親の肩へ手を置く。
「お父さんに帰ってきてほしかったんだよ」
「……クラリス」
カリオストロは、それ以上なにも言えなかった。
* * *
しばらくして。
カリオストロが口を開いた。
「……《賢者の石》は、ある」
クラリスが眉を寄せる。
「まだ言うのかよ」
カリオストロは首を振った。
「私が信じた力が、本当にあるのかはわからない」
「……」
「だが、石そのものは見た」
おれは顔を上げる。
「沈黙の魔女、《ミストルティン》って言ったよな?」
「ああ」
カリオストロは遠くを見る。
「岩石王が生み出した石だと、あの女は言っていた。私はそれを見て……勝手に、自分の願いを重ねたのかもしれない」
賢者の石。
死んだ人間を蘇らせる石なのか。
まったくちがう、"なにか"なのか。
まだわからない。
ただ――
カリオストロがそれを追い続けた理由だけは、もう終わった。
そのとき。
森の奥で、太い枝が折れた。
おれたちは顔を上げる。
残っていたゴブリンたちが、急に逃げ始めた。
一匹が走ると、他のやつらも武器を放り出して続いていく。さっきまでおれたちへ向かってきていた石像まで、命令を失ったみたいに動きを止めた。
「なんだ?」
交戦していたハルジオン、ヘイミル、エグレ、ヴェイグが森の奥を見る。
太い木が一本、ゆっくり傾いた。
幹が軋み、そのまま根元から地面へたおれ込んだ。
木の向こうから、人影が出てくる。
「……」
喋らない。
立ち止まりもしない。
透き通った白い宝石の身体。
ハルジオンの手が震えていた。
「ハルジオン?」
おれの呼びかけに返事がない。
「……全員、下がれ」
ハルジオンが言う。
「どうしたんだよ」
「下がれっ!!!」
白いサイレンスが足を止める。
「……直接見たことはない」
ハルジオンが言った。
「でも、まちがえるわけがない」
唇を噛み締める。
「俺の父さんと母さんを殺した……」
白いサイレンスは、なにも言わずただこちらを見つめている。
「こいつが――」
ハルジオンの天眼が、強く光った。
「《城塞崩し》」
「サイレンス、《ダイアモンド》だ」
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
■ミストルティン
北欧神話に登場する「ヤドリギ」を意味する名前。
光の神バルドルを死に追いやったことで知られ、物語によっては剣として描かれることもあるよ。
本作では《沈黙の魔女》として登場。
■ダイアモンド
宝石の一種。天然の物質のなかでも、とても硬いことで有名。
名前の由来は「征服されない」「屈しない」といった意味を持つ言葉で、4月の誕生石だよ。
本作では《サイレンス》のなかでも最強とされ、《城塞崩し》の異名で恐れられているよ。
■賢者の石
錬金術の伝承に登場する、究極の物質。
卑金属を黄金へ変えたり、不老不死をもたらしたりするとされ、多くの錬金術師が追い求めたといわれているよ。




