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カジバノチカラ - 鉱石少女がエクスカリバーになるまで -  作者: 上田文字禍
第2部 「魔剣衝突」
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47/54

46「賢者の石」

 トロッコが坑道の奥へ突っ込んでいく。


 最初に発進したときはどうなることかと思ったけど、速度が乗ってしまえば意外と揺れは少ない。


「……ドワーフの技術ってすげぇな」


 おれたちの向かいには、アダマンタイトがいる。

 彼女は、暗い坑道の先へ視線を向けていた。

 その横顔を見て、さっきから気になっていたことを思い出す。


「なぁ……」

「なによ?」

「お前もカリオストロも、どうしていなくなったんだよ」


 アダマンタイトはすぐには答えなかった。


 鍛冶ギルドの女職人、クラリスの父親。

 おれより前の《聖剣の作り手》。いまは行方がわからなくなっている。


 そこまでは知っている。


 アダマンタイトの目が細くなった。

「……カリオストロの妻は、《石化病》にかかっていた」


「石化病……」

 たしか、クラリスもそんな話をしていた。


「最初は指先だったわ。そこから少しずつ身体が石へ変わっていった。医者も呼んだけれど、だれにも止められなかった」

 アダマンタイトは淡々と続ける。

「そして最後には、完全に石になった」


「カリオストロは、それを死だと認めなかったのか」

 ハルジオンが口を挟む。


「ええ。石になっただけなら、戻せると考えた。《錬成魔術(モーフィング)》でね」


 魔力と想像力を使って、鍛冶の工程を一瞬で再現する。

 それがおれの知っている《錬成魔術》だ。


 それを人間へ使うなんて、考えたこともない。


「物質の変換か……」

 ハルジオンが口もとに手を当てた。

「だが、実際に人体が石に変わっている。それを逆に戻すことも、理屈の上では考えられるのか……」


「錬成魔術を生物へ向ける。普通なら想像力が追いつかない」

 アダマンタイトがつぶやく。

「だけど、カリオストロはその執念で人体構造を学び、禁忌の実験を進めた」


「そんなこと……」

 おれは驚く。


「巨大な錬成陣を用意して、その中央に石化した妻を置いた。私もそこにいた」

 アダマンタイトが目をふせる。

「止められないわ。あんな彼を間近で見ていれば……」


「だけど……足りなかった」

 アダマンタイトがポツリと言う。


「足りない?」

「なにかがまちがっていたのか……それはわからない。でも、石化した身体をそのままひとの身体へ戻すことはできなかった。錬成を完成させるには、追加で素材が必要だった」

「追加の素材……」

「足りない分を、どこかから補うしかなかった」


 足りない素材。

 考えた瞬間、嫌な答えが浮かんだ。


「不運は重なった。その錬成実験を、彼の娘が密かにのぞいていたの」

「それって……クラリス」

「父親を探して工房へ入ってきたのね。まだ幼かったから、なにをしているのかもわかっていなかったでしょう」


「まさか……」

 ハルジオンの顔が強張る。


「実の娘。足りない材料としては、この上ない」

 アダマンタイトが言う。

「拡張した錬成陣が、娘の身体を奪い始めた」


 背筋がゾッとする。


「……カリオストロは、それでよかったのかよ」


「彼も望んでなかったはず」

 おれの質問に、アダマンタイトはすぐに否定した。

「でも、娘の叫び声もなにもかも、彼には届いていなかった。あのときのカリオストロには、妻しか見えていなかったから」


 少し前のおれも、同じだった。

 アルヴィースがたおされて、職人殺しを壊すことしか頭になくなった。

 リルが止めてくれなかったら、おれは……どこまでやっていた?


「だから、私が止めた」

 アダマンタイトが自分の右手を見る。

「カリオストロの右腕を斬った。強引に錬成を止めたわ」


 ハルジオンも、リルもなにも言わない。


「……錬成はどうなったんだ」

「失敗よ。娘は助かったけれど、身体には傷が残った」

「……奥さんは?」

「崩れたわ」

 アダマンタイトは表情を変えなかった。

「砂になって、消えた」


 カリオストロは妻を失った。

 自分の右腕も失った。

 クラリスは助かったけど、その日の記憶を失った。


「……それで、いなくなったのか」

 おれはつぶやく。

「儀式が失敗して、奥さんも失って」


「ええ」

 アダマンタイトがうなずく。

「それに、儀式を止めた私を恨んで……」


「それでも、お前はカリオストロを追ったのか」

「そうね」

「なんでだよ」

 アダマンタイトはこちらを見て答えた。

「相棒だから」


 ……なんだよ。

 ずいぶん冷たい顔をしてるくせに、そんなまっすぐな目で。


「オリハルコンを魔剣に変えたのは、おそらくカリオストロよ」

 アダマンタイトが言った。

「これは、私の責任でもある」


 同じ《聖剣の作り手》。

 同じ《錬成魔術》を使う職人。


 そいつが、守りたいものだけを見続けた結果、娘まで材料にしかけた。


 他人事には聞こえなかった。



*   *   *



「光だ!」

 ハルジオンが前を指差した。


 暗い坑道の先に、小さな白い点が見える。


「出口か!」


 トロッコが坂をかけ上がった。

 つぎの瞬間には、強い光が視界いっぱいに飛び込んでくる。


「うぉっ!」

 外の風が顔へぶつかった。

 頭上には暗い空が広がっている。


 坑道から飛び出したトロッコは、そのまま森のなかへ伸びるレールを走っていく。

 しばらく暗い場所にいたせいで、外がやけに眩しい。


「見えたぞ!」

 ハルジオンの声に、おれも目を細めながら前を見る。

 木々の向こう。

 山と山のあいだを塞ぐように、巨大な石壁が横へ伸びていた。


「あれが《ノルンの瞳(ひとみ)》か……」



 遠くの空が青白く光った。


「なんだ!?」


 ノルンの瞳の上空を、雷が走る。

 一度だけじゃない。

 二度、三度と青白い光が弾け、そのたびに城壁の上から巨大な魔力が膨れ上がった。


 トロッコが少しずつ速度を落としていく。車輪の音が低くなり、最後に大きく揺れて止まった。


「着いた!」

 おれたちはすぐに飛び降りた。

 全身がずきずきと痛む。

 職人殺しとの戦いから、ほとんど休んでいない。それでも、遠くから聞こえてくる雷鳴(らいめい)を聞けば、止まってなんかいられなかった。


「ハルジオン!」

「ああ」

 ハルジオンが眼帯を外す。

 青緑色の《天眼》が光り、遠く離れた城壁へ向けられた。


「ヒルデブラントは?」

「まだ戦っている」

 ハルジオンが目を細める。

「サイレンスの一体はたおれている。少なくとも、いまはまともに動けていない」

「じゃあ、あと一体か!」

「そう簡単じゃない」

 ハルジオンの表情は険しいままだ。

「ヒルデブラントが、ひとりで抑えている」


 雷がまた走った。

 城壁の上から膨れ上がった魔力に、おれの身体が勝手に反応した。


「……これ」


 遠すぎて姿なんて見えない。

 それでも、この魔力はわかる。


 となりでリルも顔を上げていた。


「オリハルコン……」



「急ごう!」

 走り出そうとした、そのときだった。


「久しいな」

 男の声がした。


 おれたちは一斉に足を止める。


 森の奥。

 木々のあいだから、ひとりの男が歩いてきた。


 長い外套(がいとう)。伸びた髪。痩せた頬(ほお)。

 そして、右腕がない。


 となりにいたアダマンタイトの目つきが変わった。


「……カリオストロ」

 トロッコのなかで聞いたばかりの名前だ。


「やはり来たか」

 カリオストロは、アダマンタイトだけを見ていた。

「ずいぶん探したぞ」


「その言葉、そのまま返すわ」

「そうか」


 カリオストロの声に怒りはない。

 その目が、今度はリルへ移る。


「……ミスリル」

「……っ」

 リルが身を引いた。

 おれはすぐに、その前へ出る。


「リルになんの用だ」


 カリオストロの視線が、おれへ移った。

「お前、《聖剣の作り手》か」

「……わかんのか?」

「わかるさ」


 こっちを見ている。

 なのに、目が合っている感じがしなかった。


「アダマンタイト、お前が必要だ」

 カリオストロが、左手を差し出す。


「断るわ」

「なら、ミスリルをよこせ」


「あ?」

 勝手なことを言われて、頭に血が上る。


「高位魔鉱石が揃えば、《賢者の石》を生み出せる」


「賢者の……石?」

(なんだそれは。聞いたことがない)


「あなた。なにをふき込まれたの?」

 アダマンタイトが問う。

「知る必要はない。私は、妻を取り戻す」

 迷いのない声だった。

「今度は失敗しない」


「……リルも、アダマンタイトも渡さねぇ」

 おれは言った。

「こいつらは、ただの材料じゃねぇ!」


 カリオストロが左手を上げる。

 森のなかから、石の擦れる音がした。


 一か所じゃない。

 木の陰から、次々と《動く石像》が姿を現す。

 さらに奥から、剣(ソード)や槍(スピア)を持ったゴブリンたちまで出てきた。


「マジかよ……どこに隠れてやがった」


「囲まれたわね」

 アダマンタイトがつぶやく。


 ヘイミルが剣を抜く。

 エグレも赤いグラスへ手をかけた。

 ハルジオンは短剣(ショートソード)を構え、ヴェイグは戦鎚(ウォーハンマー)を肩へ担ぐ。


 アダマンタイトが一歩前へ出た。

 彼女の身体が黒い光に包まれる。

 ひとの輪郭(りんかく)が崩れ、細く、長く変わっていった。


 つぎの瞬間。

 一本の漆黒の長剣(ロングソード)が宙へ浮かんでいた。


「擬態(トランス)?」


 黒剣はそのまま飛び、ゴブリンたちの足もとへ突き刺さる。

 一番近くにいたゴブリンが、反射的に柄を掴んだ。

 途端に、そいつの目から力が消えた。


「……なんだ?」


 黒剣を引き抜いたゴブリンが振り返り、となりの仲間へ斬りかかった。


「《魅了(チャーム)》か」

 ハルジオンがすぐに気づく。

「持った相手の意識へ、干渉してる」


「そんなことできんのかよ……」


『感心してないで戦いなさい』

 黒剣からアダマンタイトの声が返ってきた。


「しゃべれんのかよ!」

『うるさいわね』


 そのあいだにも、動く石像が迫ってくる。


「お前は昔から邪魔ばかりだな、アダマンタイト」

 カリオストロの目が鋭くなる。


『ちがう、あのときの儀式は――』

「もういい!」

 カリオストロが声を荒らげた。


 石像が、一斉に襲いかかる。


「すっかり岩石王のお仲間ってわけか」

 ハルジオンがカリオストロのほうへ向く。

 おれはその肩へ手を置いた。


「あいつは、おれが引き受ける」

「……カジバ」

「だから、まわりの敵を頼む」


 ハルジオンは少し考えたあと、うなずいた。

「……ひとりで突っ走るなよ」


 おれは、カリオストロへ向き直る。

「お前には、聞きてぇことがある」

「私にはない」

「ひとに興味持ったほうがいいぜ」


 カリオストロは、近くにいた石像に触れた。

「《錬成魔術(モーフィング)》」


 石像が砕け散り、核となる紫の鉱石が光る。

 鉱石は伸びながらかたちを変え、ひとつの槍へ組み上がった。


「……」

 よくできてやがる。

 そう思った瞬間には、もう槍が飛んできた。


「うぉっ!」

 横へ跳ぶ。

 槍がおれの脇を通り過ぎ、背後の木へ突き刺さった。


「危ねぇな!」

 顔を戻したときには、カリオストロはつぎの石像へ触れていた。

 石像が大剣(グレートソード)へ変わる。

 さらに、別の一体が戦斧(アックス)になった。


「休みなしかよ!」


 距離を取れば槍。

 近づこうとすれば大剣。

 横へまわれば戦斧。


 ただ武器をつくっているんじゃない。

 おれがつぎにどこへ動くのかを見て、そのたびに必要なかたちを選んでいる。


(こいつ……)


「だったら!」

 おれは、地面に突き刺さった戦斧に触れる。


「錬成!」

 傷ついた腕に痛みが走る。

 それでも魔力を流し込み、戦斧を一枚の盾(シールド)へ変えた。

(これは、アイザックの盾だ)


 直後、カリオストロの大剣がたたきつけられる。


「ぐっ!」

 盾には一撃で大きな亀裂が入った。

(硬さが足りねぇ!)


 続けて槍が飛んでくる。


「錬成!」

 盾を戦棍(メイス)へ変え、槍をたたき落とす。

(これは、ホーエンハイムのだ)


「……ほう」

 カリオストロが、はじめて反応した。


「……余裕かよ」


 続けて大剣が来る。

 おれも大剣をつくる。

(これは、クラリスのだ)


 大剣がぶつかる。


「ぐっ……!」


 重い一撃に押され、足の裏が地面を滑った。

 踏ん張ったおれのすぐ横を、今度は石像がものすごい勢いで吹っ飛んでいく。


「はぁぁぁっ!」

 ヴェイグだ。

 振り抜かれた戦鎚が石像の胸を正面から打ち抜き、砕けた身体から紫色の鉱石が転がり出した。

「これで三体目!」


「まだ来るよ!」

 エグレが叫ぶ。

 赤いグラスは外していない。

 下手に石化の呪眼を使えば、味方まで巻き込みかねない状況だ。


 その横では、ヘイミルがゴブリンの剣を受け流し、開いた胴へ蹴りをたたき込んでいた。

「ハルジオン、うしろだ!」

 ヘイミルが叫ぶ。


「見えてます!」

 ハルジオンが素早く回転し、背後の石像を砕く。


 みんなも戦っている。

 アダマンタイトの黒剣を握ったゴブリンも、俺たちに加勢している。

 リルはおれの近くから離れず、こっちへ向かってきた石像を押し返していた。



 地面には砕けた石像と、カリオストロがつくった武器がいくつも転がっている。

 材料はいくらでもある。

 問題は、相手より先に必要なかたちをつくれるかだ。


「想像力は――ルールを超越する」

 カリオストロが言った。


 彼は左手を地面へつける。

 すると、周囲にいた石像が一斉に光った。


「なっ!?」


 十体近い石像が、まとめて崩れる。

 砕けた身体のなかから魔鉱石があらわれ、そのすべてが同時にかたちを変え始めた。

 石像の数だけ槍がつくられ、カリオストロの周囲へ浮かび上がる。


「そんな! 触れてねぇのに!」

「触れないと錬成できない。それがお前の想像力の限界だ」

 カリオストロが左手を振る。


 一斉に槍が飛んできた。


「錬成!」


 足もとの鉱石を盾へ変える。

 直後、複数の槍がたたきつけられた。


「ぐっ……!」

 盾に亀裂が走る。

 押される。


 (想像力の……限界)


 槍が盾を貫いた。


「っ!」

 慌てて横へ転がる。

 槍の穂先が頬をかすめ、そのまま地面へ突き刺さった。


 つぎが来る。


 五本の槍。

 左右へ広がりながら、おれの逃げ道まで潰すように飛んでくる。


「くそっ!」

 避けながら、槍を見る。

 どれも同じだ。

 穂先の長さ。柄の太さ。重心。

 同じ石像を材料にして、同じやりかたで組み替えられている。


(無駄がねぇ)


 さっきまでの武器も、すべてそうだった。

 なにをつくっても、ちゃんとしている。


「……あんた、真面目だなぁ」

「なに?」

「……いや、すげぇよ」


 飛んでくる槍を、目で追う。


「基礎がしっかりしてる。どこをどう変えて、なんでこのかたちにしたのか――手に取るようにわかるぜ!」


 カリオストロの眉が動いた。


「あんたが教えてくれた!」


 おれは、飛んできた槍へ手を伸ばす。


「想像力は、ルールを超える!」


 触れない。槍へ意識を向ける。

 いままでのおれは、触ったものを錬成してきた。

 触って。構造を見て。かたちを決める。

 それが《錬成魔術》のルールだと思ってた。


 だったら、そのルールをひとつ外す。


「錬成!」


 魔力を伸ばす。

 飛んできた槍が、一瞬だけ光った。


 でも、なにも起きない。


「……っ、まだか!」


 身体を捻(ひね)る。

 槍が脇腹をかすめ、服を裂いた。


(かたちだけを追うな! カジバ!)


 自分へ言い聞かせる。

 あの槍がつくられた順番を、頭のなかで逆にたどる。


「……見えた!」


 つぎの槍が来る。

 今度は避けない。真正面から、その構造を見る。


「つくりかたがわかるなら――」


 魔力を伸ばす。

 触れなくていい。目の前にある構造を、頭のなかで掴(つか)む。


「逆にたどればいい!」


「まさか――」

 カリオストロの表情が歪(ゆが)む。


「錬成!」


 飛んできた槍が光る。

 穂先が崩れ、柄が縮む。

 槍として組み上げられていたかたちが、飛んでいる途中でほどけていく。


 おれへ届く寸前、槍だったものは鉱石の塊へ戻った。


「うぉっ!」

 慌てて頭を下げる。

 鉱石が頭上を通り過ぎ、うしろの地面を転がっていった。

(……できた)



 残りの槍が続けて迫ってくる。

 だが、つくりかたは全部同じ!


「だったら――!」


 両手を前へ突き出す。

 ひとつずつ見る必要もない。

 同じ構造なら、全部まとめて逆にたどれる。


「戻れぇぇぇっ! 」

 魔力を広げる。

「錬成!!!」


 迫っていた槍が、一斉に光った。


「……!」

 カリオストロが目を見開く。


 次々と穂先が消え、柄が崩れ、かたちがほどけていく。

 おれへ届くころには、もう槍は一本も残っていなかった。


 鉱石へ戻った塊が、おれのまわりへ転がっていく。


「……へへっ」

 頭が熱い。

 魔力もごっそり持っていかれた。

 でも、できた。


 カリオストロは、それでも動じない。


「ルールを超える。……意味がわかったぜ」

 おれは、足もとに転がった鉱石をひとつ拾う。

「でもさ。ルールってのも、悪くねぇな」


「……なに?」


「あんたが基礎どおり、きっちりつくってくれたから戻せた」

 おれは鉱石を握る。

「どうつくったのか、めちゃくちゃわかりやすかったよ」


 カリオストロの顔から、余裕が消える。


 おれは口の端を上げた。

「勉強になったぜ、先輩」



「……もういい」

「あ?」


 カリオストロの左手が、自分自身の右肩へ触れる。

 嫌な感じがした。

 あいつはいま、自分の身体を材料として見ている。


「おい……まさか」

「足りないのなら、またつくればいい」

 カリオストロの左腕が光る。

「その程度で、私が止まると思ったか」


 皮膚の下でなにかが動き、肩のかたちが崩れ始めた。

 骨が伸び、その先が鋭く細くなり、ひとの肩だったものが少しずつ刃へ変わっていく。


「自分の身体に錬成魔術を……!」


『やめなさい!』

 アダマンタイトの声が飛んだ。

『それ以上やれば、戻れなくなるわよ!』


「構わない」

『カリオストロ!』

「妻を取り戻せるなら、この程度――」


 パンッ!


 乾いた音がした。

 カリオストロの右肩から、血が弾ける。


「ぐっ! あ゙ぁ!?」

 集中が途切れ、変形しかけていた肩が途中で止まった。


 おれは音のしたほうを見る。


 森の奥から、赤い髪の女が歩いてきた。


「クラリスっ!?」


「カジバ。無事でよかった」

 クラリスはおれを一度見ただけで、すぐに手に持った緑色の塊をカリオストロへ向け直した。


 そのかたちに見覚えがある。

 火の試練で手に入れた、武器の設計図……。


(エクストラウェポン……《銃》)


 カリオストロは目を見開いた。

「お前っ……なぜ!」


「少し前からノルンに来てんだよ。武器の整備と――こいつの実戦試験でね」

 クラリスが銃を軽く持ち上げる。


「その武器は……」


「知らなくて当然。"異世界の武器"だから」

 クラリスの指が銃の側面をなでた。

「ギルドのみんなでつくり上げた。ニコラスも一緒だった」


 カリオストロの目元がピクッと動く。

「ニコラス……」


「死んだよ」

 クラリスはあっさりと言った。

 でも、銃を握る指の力は強くなった。

「バルドールが襲われたときにね。それで、オリハルコンも奪われた」


 遠く。

 ノルンの瞳のほうで、また金色の光が弾けた。

 あそこでいま、奪われたオリハルコンが戦わされている。


「お父さんは、ここでなにやってんだよ!」

 クラリスが怒鳴る。


「……ニコラスのことは、残念だ」

 カリオストロがうつむいた。

「だが、だったらなおさらわかるはずだ」


「はっ。なにがだよ」


「失う苦しみだよ」

 カリオストロが顔を上げる。

「ニコラスを取り戻せるとしたら、お前は――」


「じゃあお父さんは、ニコラスを戻すために、今度は誰を材料にするんだ?」


 カリオストロは黙る。

 クラリスは銃を下ろす。

 それから、左腕の袖をまくった。


 古い傷があった。

 ただ斬ったとか、火傷したとか、そんな傷じゃない。

 皮膚の一部が歪んでいる。


「これ、あんたの肩と同じだな! ……あのときも、そうやって錬成したんじゃないのか」

 クラリスが言う。


 カリオストロの顔から血の気が引いていく。

「それは……」

 

「この傷がなんなのか……うちは知らない」

 クラリスが傷に触れる。

「なんでお父さんがいなくなったのかも。うちには……記憶がないから」


「お前……あそこにいたのか」

 カリオストロが目を見開く。


『知らなかったでしょうね。あのときのあなたは、なにも見えていなかった!』

 アダマンタイトが言う。


「記憶はないけど、わかるよ。そうやってひとりで抱え込んで、無茶したんだろ?」

 クラリスが言う。

「失う苦しみ? 当然わかるさ! お母さんとお父さん! うちはどっちもいなくなったんだからなぁ!」


「……っ!」

 カリオストロは表情を歪める。

「だが、お前のためでもあると……」


「じゃあ側にいろよ!」

 

 クラリスの言葉に、カリオストロは目を見開いた。


「……うちは、聖剣の作り手になりたかった」

 クラリスがつぶやく。

「錬成魔術も覚えた。鍛冶も続けた。お父さんがいなくなった穴を、うちが埋めようとした」


「お前……」


「でも、なれなかった」

 クラリスは苦笑した。

「うちは持ってなかったんだよ。お父さんみたいな《対魔力》を……」


 おれはなにも言えなかった。

 最初に会ったころ。

 こいつは、おれと聖剣の作り手の座を争った。


「それでも、鍛冶をやめたわけじゃない」

 クラリスが銃を見る。

「お父さんがいなくても、対魔力がなくても、ニコラスたちと新しい武器をつくった」

 そして、カリオストロをまっすぐ見る。

「なくなったものを全部取り戻さなきゃ、前に進めないわけじゃない」

 銃を胸の前で持つ。

「残ったもんがあるからな!」


「ちがう……」

 カリオストロが左手を地面へたたきつける。

「すべてうまくいく。邪魔さえなければ……《賢者の石》は手に入る!」


 周囲の石が浮いた。


「沈黙の魔女、《ミストルティン》は見せた! 岩石王が生み出す、《生命を司る石》を!」


 剣。槍。戦斧。砕けた石像。

 全部がお互いへ食い込むように集まっていく。


「あと少しなんだ! あれさえ手に入れば、全部やり直せる!」


「そのために何人犠牲にする! それ以外はどうでもいいのかよ!」


「ちがう……私はまちがっていない!」

 石がさらに集まる。

「私は、お前のために……!」


 できあがっていくものを見て、おれは息を呑んだ。


 デカい。

 剣の刃がある。

 槍の穂先もある。

 斧も、棘も、何本もくっついている。


 でも――


「……なんだよ、それ」

 さっきまでのカリオストロの武器とは、まるでちがう。


 あいつは強かった。

 槍。大剣。戦斧。

 なんのためのかたちなのか、全部ちゃんとわかっていた。


 なのにいまは――

 なにをしたいのか、どこにもない。


「強ぇかたちを、全部くっつけただけじゃねぇか」


 カリオストロの顔が上がった。

「なに……?」


「それじゃ、《職人殺し》と一緒だ」

「……」

「見たかたちをなぞって、強そうなもんを全部集めただけ」

 おれは巨大な塊を指差す。

「だれが持つんだよ、それ!」


「黙れ」

「なにを斬るんだ」

「黙れ!」

「だれを守るために、そのかたちになったんだ!」

「黙れぇっ!!!」


 巨大な塊が持ち上がる。


「カジバ!」

 リルがおれへかけ寄る。

 おれも構えようとした。

 でも――


「ぐっ……!」

 膝が地面につく。

 手を前へ出そうとしても、腕が震えて上がらない。

 とっくに限界を越えている。


「カジバッ!」

 リルがおれの右側へ入り、たおれそうになった身体を支えた。


「私を使って!」

 アダマンタイトがひとの姿へ戻り、おれたちの前へ立っていた。

「……お前を?」

「彼を止めるわ」


 おれは手を伸ばしかけた。

 でも、途中で止めた。


「……アダマンタイト」

「なによ」

「……お前、なにになりたい?」


 アダマンタイトの目が、少しだけ開いた。


「……昔は」

 アダマンタイトは、カリオストロを見る。

「あのひとが決めていたわ」


「……おれはいま、あんたの心に聞いてるんだ」

 アダマンタイトがこちらを見る。


 クラリスが、反対側からおれの身体を支えた。そしてアダマンタイトへ声をかける。

「アダマンタイト。あんた自身がどうなりたいかだ」


 アダマンタイトはうなずき、口を開いた。

「あいつの目を覚ます、巨大な刃。……大剣がいいわ」


「請け負った!」

 おれはニヤリと笑う。

「あいつの性根、たたき直してやろうぜ!」


 おれは手を触れる。


「錬成!」


 黒い光が広がった。

 でも――


「ぐっ!」

 途中で止まる。

 アダマンタイトの輪郭が崩れきらない。

(魔力が、足りねぇ……)


「私も手伝う!」

 クラリスが横からおれの腕を掴んだ。

「うちだって、錬成魔術は使える!」


 クラリスがアダマンタイトへ手を重ね、おれに呼びかける。

「修行を思いだして! ふたりで分担するよ!」


「……もちろんだぜ、師匠!」


 カリオストロが目を見開く。


 アダマンタイトが選ぶ。

 クラリスとおれが、それをかたちにする。

 三人で、ひとつの武器をつくっている。


「いくよ!」

「おう!」

『ええ!』


 三つの魔力が重なる。


「《錬成魔術(モーフィング)》!!!」


 黒い光が弾けた。

 おれとクラリスの手のなか、そこに一振りの黒い大剣があらわれた。


「そんなものっ!!!」

 カリオストロの、巨大な武器の塊が振り下ろされる。


「カジバ!」

「わかってる!」

 クラリスとふたりで柄を握る。


「力で受けるな! 見て!」

 クラリスが叫ぶ。


 おれは見る。

 剣。槍。戦斧。

 全部が無理やり繋がっている。

 それぞれのかたちに意味があっても、繋げた場所には意味がない。


「……見えた! 右下! 槍と大剣のあいだ!」

「そこだ!」

 ふたりで黒剣を滑らせる。


 真正面から力比べなんてしない。

 繋ぎ目へ。意味が途切れている場所へ刃を入れる。


「はあああっ!!!」


 振り抜いた。

 黒い線が、巨大な塊の中央を走る。

 直後。轟音と共に、石の塊が左右へ崩れ落ちた。


 「……っ」

 カリオストロが動けずにいる。


 クラリスが柄から手を離した。

 そのまま走る。


「目ぇ覚ませぇ!」

 右拳を握る。

「バカ親父ぃぃぃっ!!!!!!」

 彼女の強烈な一打が、カリオストロの頬へ入った。


「がっぁ……!」


 カリオストロがうしろへたおれる。


 

 黒い大剣が光に包まれ、アダマンタイトがひとの姿へ戻る。

 彼女はなにも言わず、ただ、昔の相棒を見ている。


 地面へたおれたカリオストロの目が、クラリスへ移る。


「お前……錬成魔術を……」

「成長したろ?」

「……」

「私は前に進む。お父さんは?」


 カリオストロの顔が崩れた。


「私は……」

 その左手が土を掴む。

「ただ、お前に笑ってほしかった」


 クラリスはなにも言わない。


「賢者の石を手に入れるには、闇の王国にいくしかない。お前との繋がりは断つべきだと……思い込んでいた」


 クラリスがしゃがむ。

「うちはただ……」

 そのまま、父親の肩へ手を置く。

「お父さんに帰ってきてほしかったんだよ」


「……クラリス」

 カリオストロは、それ以上なにも言えなかった。



*   *   *



 しばらくして。

 カリオストロが口を開いた。


「……《賢者の石》は、ある」


 クラリスが眉を寄せる。

「まだ言うのかよ」


 カリオストロは首を振った。

「私が信じた力が、本当にあるのかはわからない」


「……」

「だが、石そのものは見た」


 おれは顔を上げる。

「沈黙の魔女、《ミストルティン》って言ったよな?」


「ああ」

 カリオストロは遠くを見る。

「岩石王が生み出した石だと、あの女は言っていた。私はそれを見て……勝手に、自分の願いを重ねたのかもしれない」


 賢者の石。

 死んだ人間を蘇らせる石なのか。

 まったくちがう、"なにか"なのか。

 まだわからない。


 ただ――

 カリオストロがそれを追い続けた理由だけは、もう終わった。



 そのとき。

 森の奥で、太い枝が折れた。


 おれたちは顔を上げる。


 残っていたゴブリンたちが、急に逃げ始めた。

 一匹が走ると、他のやつらも武器を放り出して続いていく。さっきまでおれたちへ向かってきていた石像まで、命令を失ったみたいに動きを止めた。


「なんだ?」


 交戦していたハルジオン、ヘイミル、エグレ、ヴェイグが森の奥を見る。


 太い木が一本、ゆっくり傾いた。

 幹が軋み、そのまま根元から地面へたおれ込んだ。


 木の向こうから、人影が出てくる。


「……」


 喋らない。

 立ち止まりもしない。

 透き通った白い宝石の身体。



 ハルジオンの手が震えていた。


「ハルジオン?」

 おれの呼びかけに返事がない。


「……全員、下がれ」

 ハルジオンが言う。


「どうしたんだよ」

「下がれっ!!!」


 白いサイレンスが足を止める。


「……直接見たことはない」

 ハルジオンが言った。

「でも、まちがえるわけがない」

 唇を噛み締める。

「俺の父さんと母さんを殺した……」


 白いサイレンスは、なにも言わずただこちらを見つめている。


「こいつが――」

 ハルジオンの天眼が、強く光った。

「《城塞崩し》」


「サイレンス、《ダイアモンド》だ」



☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆


■ミストルティン

北欧神話に登場する「ヤドリギ」を意味する名前。

光の神バルドルを死に追いやったことで知られ、物語によっては剣として描かれることもあるよ。

本作では《沈黙の魔女》として登場。


■ダイアモンド

宝石の一種。天然の物質のなかでも、とても硬いことで有名。

名前の由来は「征服されない」「屈しない」といった意味を持つ言葉で、4月の誕生石だよ。

本作では《サイレンス》のなかでも最強とされ、《城塞崩し》の異名で恐れられているよ。


■賢者の石

錬金術の伝承に登場する、究極の物質。

卑金属を黄金へ変えたり、不老不死をもたらしたりするとされ、多くの錬金術師が追い求めたといわれているよ。

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