45「魔剣襲来」
「お前、《アダマンタイト》か……?」
ハルジオンが、その名を口にした。
黒髪の女は答えなかった。
砕け散った職人殺し、地面にたおれているドワーフたちへ順番に視線を向け、最後におれたちのところで目を止める。
なにを考えているのか、まるで読めない。
(アダマンタイト……)
前任の《聖剣の作り手》――カリオストロ。その相棒だった、高位魔鉱石だ。
「こいつが、カリオストロの相棒?」
「ああ……」
ハルジオンはアダマンタイトから目を離さないまま、短剣を握り直した。
「なぜ、いまになって出てきた?」
アダマンタイトは短剣へちらりと視線を落とした。
「そんなに構えなくていいわ。戦いにきたんじゃない」
「……お前、味方なのか?」
おれは聞く。
「好きに捉えて構わないわ。それにしても、ずいぶん派手にやったみたいね」
アダマンタイトは、砕けた職人殺しへ目を向けた。
「その身体でまだ喧嘩を売れるなら、むしろ感心するけれど」
「売ってねぇよ!」
「そう。なら賢明ね」
おれたちを挑発しているわけでもなさそうだった。
こっちの反応を確かめながら、一定の距離を取っているように見える。
ハルジオンだけは警戒を解かなかった。
「答えろ。ここへ出てきた目的があるんだろ」
「悪い知らせがある」
「なに?」
そこではじめて、アダマンタイトの声から軽さが消えた。
「《ノルンの瞳》が、いま襲撃されている」
ハルジオンの表情が変わった。
「ノルンの瞳が?」
「それって、光の土地と闇の土地の境界にある城塞都市だろ?」
おれの質問にアダマンタイトがうなずく。
「そう。光の土地最大の城塞都市。そこにサイレンスが来ている」
職人殺しをたおしたばかりで、頭のどこかから抜け落ちていた。
サイレンスは、あいつだけじゃない。
「だが、ノルンには現代の勇者、《ヒルデブラント》がいるはずだ」
ハルジオンが言った。
「彼がいるのに、押されているのか?」
「ええ。かなりね」
「……ありえない」
ヒルデブラント。
アルヴィースも言っていた。あいつがいる限り、《ノルンの瞳》はそう簡単には落ちない、と。
そのヒルデブラントが、サイレンスに押されている。
「……なっ」
ハルジオンが、ふいに右眼を押さえた。
眼帯のすきまから、青緑色の光が漏れている。
ハルジオンは眼帯を外すと、山脈の向こうへ顔を向けた。
「……城壁が見える。ノルンだ」
ハルジオンが目を細めた。
「大きな魔力が複数ぶつかっている。サイレンスは……二体?」
さらに見続けていたハルジオンの眉間へ、深い皺が寄る。
「いや……なんだ、あれは」
「他になにが見えた?」
おれは尋ねる。
「サイレンスが魔剣を持っている。だが、魔力が大きすぎる。これじゃ――」
青緑色の光が強くなった直後、ハルジオンが顔をしかめて右眼を押さえた。
「くそっ……輪郭が潰れる」
「無理すんな!」
ふらついた身体を、おれは慌てて支えた。
「……《オリハルコン》よ」
アダマンタイトが言った。
「……は?」
おれとリルが同時に振り返る。
「サイレンスが持っている魔剣。それはオリハルコン」
「オリハルコン……?」
リルがつぶやく。
「わけわかんねぇ! なんでオリハルコンがサイレンスの剣になってんだよ!」
「自分からなったわけじゃない」
片手でおれを制し、アダマンタイトは迷わず答えた。
「そんな子じゃないことくらい、わかるでしょう」
「そんな……。じゃあ、無理やり……」
リルが胸元を押さえた。
おれは、その手を見た。
リルには心がある。なりたいものがある。
だから、おれひとりで決めるんじゃない。リルひとりに決めさせるでもない。
ふたりで考えて、ふたりで決める。
それが、おれたちの《心刃一体》だった。
なのに。
オリハルコンは自分の意思を無視されて、だれかが決めた武器のかたちに閉じ込められている。
「……嫌だ」
リルの手がおれの手を握った。
おれも、すぐに握り返した。
「ああ、おれもだ。助けるぞ、リル」
「うん」
アダマンタイトが、おれたちの繋いだ手を見た。
ほんの一瞬だけ、その目から険しさが消えたように見えた。
アダマンタイトは山脈の方へ顔を向ける。
「なら、私と一緒にノルンまで来て」
* * *
光の土地と闇の土地を隔てる山脈。
ふたつの山に挟まれた谷を塞ぐように、巨大な城壁が築かれている。
城塞都市、《ノルンの瞳》。
その城壁の上で、ひとりの男が闇の土地を見つめていた。
空は黒雲で覆われている。
もうずっとこの調子だった。
「……静かすぎるな」
現代の勇者――《ヒルデブラント》。
その声を聞いて、近くにいた男が振り返る。長柄の戦鎚を肩に担いだウィゼルユルドだ。
「いいことじゃないですか」
「不自然だ」
「細かいですね、先輩」
「こういうのは細かいほうが長生きするんだよ」
ヒルデブラントは城壁の向こうから目を離さなかった。
見渡す限りの荒野に、魔物の姿はない。
「いままでは毎晩のように来ていた」
「三日前を最後に、魔物は確認されていませんね」
もうひとり、戦棍を携えた女が歩いてくる。
エイリークだ。
「守備隊としては喜ぶべき状況ですが、私も少し気になります」
「だろ?」
「先輩に同意するのは癪ですけどね」
ウィゼルユルドが口を挟んだ。
「なんでだよ」
「日頃の行いじゃないですか?」
「ふたりとも。警備中です」
エイリークが睨む。
「わかってるって」
口では軽く返しながらも、ヒルデブラントの視線は一度も荒野から外れていなかった。
やがて、その目が細くなる。
「エイリーク」
「はい」
「弓兵を半分下げろ。城壁上の非戦闘員もなかへ入れろ」
それを聞いたエイリークの表情が変わった。
「なにか見えましたか?」
「まだなにも」
「……まだ?」
ウィゼルユルドは戦鎚を肩から下ろした。
「嫌な予感です?」
「ああ。そういう曖昧なのは嫌いなんだけどな」
ヒルデブラントは荒野を見たまま答えた。
(なんだ……この胸騒ぎは)
ヒルデブラントは思う。
つぎの瞬間、三人の身体に鳥肌が走った。
強大な魔力の気配。
すると、地平線の向こうで青白い光が瞬いた。
「エイリーク!」
「はい!」
エイリークはそれだけ答えると、周囲の守備隊へ指示をはじめた。
「第三隊! 城壁上の非戦闘員を内側へ! 弓兵は半数を残して待機してください!」
兵士たちが動き始める。
ヒルデブラントはそれを確認すると、闇の土地へ目を戻す。
雲のなかで雷が走っている。
だが、無秩序に落ちているわけじゃない。
一箇所へ集まっている。
その中心そのものが、こちらへ近づいてきていた。
「ウィゼル」
「見えてます」
黒雲のなかから、大きな影があらわれた。
翼を広げた巨大な鷲。
そして、その背中にはひとのかたちをした"なにか"が立っている。
その人型が、一本の剣を頭上へ掲げた。
黒雲のなかで雷が爆ぜる。
青白い光が何本も空を走り、人型の掲げた剣へ吸い込まれていった。
ヒルデブラントの目つきが変わる。
「……なんだよ、その魔力」
そして、すぐに城壁を振り返る。
「全員、壁際から離れろ!」
人型が剣を振りかぶる。
「来るぞ!」
剣が振り下ろされた。
青白い光が、空を真っ二つに裂いた。
巨大な雷の刃が、《ノルンの瞳》へ襲いかかる。
青白い光が空を裂き、巨大な雷の刃となってノルンの瞳へ落ちてくる。
轟音とともに城壁の一部が吹き飛んだ。
砕けた石が降り注ぎ、兵士たちは頭をかばいながら地面へ伏せる。
ヒルデブラントも片膝をつき、飛んできた石片を腕で弾いた。
「立てるやつは負傷者を内側へ運べ! 続けてくるぞ! 壁際には戻るな!」
その間にも、巨大な大鷲は高度を落としていた。
背中に立っていた人型が膝を曲げる。
「ウィゼル、エイリーク。迎え撃つぞ」
ヒルデブラントが大剣を抜いた。
「了解」
「承知しました」
人型が、大鷲の背中を蹴った。
高い位置から城壁へ落ちてくる。
着地と同時に石床が割れた。
土煙のなかから立ち上がった身体は、頭から足先まで黄色い宝石でできていた。
「サイレンス……《トパーズ》!」
エイリークが戦棍へ手をかけた。
トパーズは、右手に握った金色の魔剣を持ち上げる。
ヒルデブラントの目が鋭くなった。
「……ったく。さっきの魔力の正体は、それか」
ウィゼルユルドも同じものを見ていた。
「先輩。あれ……」
「ああ」
「まさか……」
エイリークの表情も強張った。
百年前、勇者ハルマがつくった聖剣。
その素材となった、最高位の魔鉱石。
「オリハルコン……」
ヒルデブラントがその名を口にした。
「バルドールから奪われたとは聞いてたが……」
金色の魔剣を見据える。
「剣にされてんのかよ」
トパーズが踏み込んだ。
金色の魔剣が、ヒルデブラントの首へ走る。
ヒルデブラントは真正面から受けなかった。半歩だけ身体をずらし、自分の大剣の腹を斜めに当てる。
金属音とともに、青白い雷が散った。
斬撃の軌道だけを外へ逃がし、すぐに距離を取る。
ヒルデブラントは手にした大剣を見た。
刃に細かな亀裂が走っている。
一度触れただけだ。
まともに受け止めてすらいない。
「一合で、そこまで……」
ウィゼルユルドが息を詰める。
「相手はオリハルコンだ」
ヒルデブラントは大剣を持ち直した。
「だが、おれが持てばどんな武器も《聖剣》。迎え打てるさ」
普通の魔鉱石武器なら、一撃で砕けてもおかしくない。
それでも、まだ折れていない。
受ける角度を変え、力の逃げ道をつくった。
ほんの一度の攻防で、ヒルデブラントは手のなかの剣がどこまで耐えられるのかを測っていた。
トパーズが二撃目を振るう。
ヒルデブラントは刃を重ねない。
大剣の根元を一瞬だけ触れさせ、身体ごとまわって金色の刀身を外へ流した。
それでも、亀裂が広がる。
三撃目。
今度は足を引きながら斬撃を受け、衝撃をうしろへ逃がした。
刃から小さな破片が飛ぶ。
「……ここまでだな」
ヒルデブラントは大剣を一度見た。
「よく耐えた」
壊れる寸前の大剣を足もとへ置く。
そのまま右手を上げた。
「つぎだ!」
近くにいた兵士が魔鉱石の槍を投げる。
ヒルデブラントはそれを掴んだ。
そのまま槍を手のなかでまわし、穂先を相手へ向けた。
トパーズが槍をたたき斬ろうと、魔剣を振り下ろした。
ヒルデブラントは接触する直前に手を離す。
槍だけが弾き飛ばされる。
空いた両手のまま懐へ入り、トパーズの腹へ蹴りをたたき込む。
黄色い巨体が数歩後退する。
ヒルデブラントは転がった槍へ目を向ける。
「ありがとな」
そして、すぐに右手を上げた。
「つぎ!」
兵士が戦斧を投げる。
城壁の反対側で、巨大な大鷲が降り立った。
「やっぱり、運び屋だけじゃなかったみたいですね」
ウィゼルユルドが戦鎚を構える。
大鷲の翼が縮んだ。
黒い羽毛が乳白色へ変わり、鳥の胴体そのものが崩れていく。
脚が伸び、翼が腕へ変わり、巨大だった身体が人間ほどの大きさまで縮んだ。
そこに立っていたのは、乳白色の身体をした人型だった。
顔には、なにも描かれていない白い仮面。
「《オパール》……」
エイリークが戦棍を構える。
「記録にあります。《魅了》による幻惑を得意とするサイレンスです」
「幻惑?」
ウィゼルユルドが聞き返した直後、オパールの身体から乳白色の光が広がった。
「っ……!」
ウィゼルユルドが目を細める。
一体しかいなかったオパールが、二体になった。
三体、五体、さらに増えていく。
「なんだ、これ……!」
気づけば、十を超える乳白色の人影が城壁の上へ散らばっていた。
「分身……!」
エイリークが身構える。
「ちがう!」
離れた場所から、ヒルデブラントの声が飛んだ。
トパーズの斬撃を戦斧で受け流しながら、ほんの一瞬だけこちらを見る。
「増えてねぇ! 本体は一体だ!」
「一体って……!」
ウィゼルユルドは目を見開く。どう見ても十体以上いる。
左右へ散る姿も見える。
石床を蹴る足音まで聞こえてくる。
「先輩にはどう見えてるんですか!」
「一体だ!」
「こっちは十二体いますよ!」
「私には九体です!」
エイリークの答えを聞き、ウィゼルユルドの表情が変わった。
「……数までちがう?」
「私たちの知覚へ干渉しています!」
エイリークが叫ぶ。
オパールたちが一斉に動いた。
ウィゼルユルドが戦鎚を握り直す。
「だったら、まとめて潰す!」
戦鎚へ魔力が流れ込んだ。
銀色の結晶が柄から鎚頭へ走り、一気に膨れ上がる。人間の身体より大きな銀色の鎚頭がかたちをつくった。
エイリークも続く。
戦棍を銀色の結晶が覆い、棒身が倍近くまで伸びた。
「「魔鉱武器奥義――《夜狩》!」」
ウィゼルユルドが戦鎚を石床へたたきつける。
エイリークは長大化した戦棍を横薙ぎに振った。
左右から銀色の一撃が広がり、オパールの群れをまとめて呑み込む。
乳白色の人影が次々と消えた。
だが、手応えはない。
砕けたわけでも、吹き飛んだわけでもない。
それらは、光のなかへ溶けるように消えていく。
「やっぱり幻です!」
エイリークが言った、その直後。
別のオパールが目の前にいた。
「っ!」
戦棍を戻す。
間に合わない。
乳白色の拳がエイリークの腹へ撃ち込まれた。
「ぐっ……!」
エイリークの身体がうしろへ滑る。
彼女はすぐに構え直すが、表情には余裕がない。
ふたたびオパールが増える。
今度は十五体近い。
ウィゼルユルドとエイリークは背中を合わせた。
どこを見ても、乳白色の仮面が並んでいる。
* * *
「……まずいな」
ハルジオンがつぶやいた。
青緑色に光る《天眼》を細め、遠くを見続けている。
「まじで見えてんのか?」
「……サイレンスが二体いる。ヒルデブラントたちも苦戦してるみたいだ」
「じゃあ、助けに行ったほうがいいじゃねぇか」
「ああ。それに、オリハルコンの魔剣をまともに受けられる武器がない」
おれは山脈の向こうを見た。
もちろん、おれの目じゃなにも見えない。
でも、そこにオリハルコンがいる。
望んでもいない武器のかたちにされて、だれかを傷つけるために使われている。
「行くぞ」
ハルジオンが眼帯を戻した。
歩き出そうとして、その身体が大きくふらつく。
「うぉっ! お前、いけんのか?」
「お前だって同じだろ……」
「おれはぜってー的に平気だ!」
「カジバ!」
リルがすぐに割って入った。
「ぜってー的に平気じゃないよ」
「それ同感」
エグレもぼそりと言う。
「ふたりとも、手当は必要だ」
包帯を持ったヘイミルが近づいてきた。
「ノルンの瞳からは、すでに各地へ援軍要請が出ているわ」
アダマンタイトが言った。
「ただ、どの部隊も到着には時間がかかる」
「このあたりで一番近い戦力は?」
ハルジオンが聞く。
「ここよ。ドワーフの里」
アダマンタイトの返答に、全員が黙った。
里は、蛇人間と職人殺しに襲われたばかりだ。
戦えるやつは残っていない。
おれたちだって、まともな状態じゃねぇ。
それでも。
「行くしかねぇだろ」
おれは言った。
「もちろんだ」
ハルジオンがうなずく。
リルも、エグレも、ヘイミルも反対しなかった。
「問題は、どうやって行くかだな」
ヘイミルが山脈を見る。
「――だったら」
太い声が割って入った。
振り返ると、ガラールの旦那が傷だらけの身体で立っていた。
「話は聞いた。ノルンの瞳へ行くんだろ? あそこを使え」
ガラールが里の奥を親指で指した。
鉱山へ続く大きな坑道だ。
「あの坑道?」
「そうだ」
「でも、あれって鉱石を運ぶための――」
「そのままノルンまで繋がってる」
「……ノルンまで?」
思わず聞き返した。
「ああ、ノルンまでだ」
ガラールは当たり前みたいな顔をしていた。
* * *
ウィゼルユルドが戦鎚を振るう。
一体目も二体目も、幻だった。
だが、三体目を殴った瞬間、戦鎚へ確かな手応えが返ってきた。
「いた!」
戦鎚の側面がオパールの肩を捉える。
乳白色の身体が大きく傾いた。
「本体!」
エイリークが即座に踏み込んだ。
戦棍を突き出す。
だが、その瞬間、オパールの姿が三つに増えた。
「っ……!」
一瞬だけねらいが迷う。
その隙に、本体が横へ逃れた。
エイリークの戦棍が幻を貫く。
「逃がした!」
ウィゼルユルドが戦鎚を構え直した。
「でも、本体はちゃんと混じってる!」
その声を、少し離れた場所でヒルデブラントが聞いていた。
トパーズが振るう魔剣を、戦斧の根元で受け流す。
ヒルデブラントは視線だけをオパールへ向けた。
ウィゼルユルドとエイリークには、十体以上見えているらしい。
だが、ヒルデブラントはちがった。
本体は一体。
その周囲へ、薄い影がいくつか重なっているように見える。
「……なるほどな」
まったく効いていないわけではない。
オパールの輪郭はぶれ、ときどき二体に重なって見える。
それでも、ウィゼルユルドたちほどの幻覚はない。
理由はわかっていた。
《対魔力》。
オパールの《魅了》は、実際に身体を増やしているわけじゃない。
知覚へ干渉し、そこにいないオパールを見せている。
「ウィゼル! エイリーク! そいつを俺のほうへ追い込め!」
ふたりが同時に振り返る。
「本体がわかるんですか!?」
「お前らよりはな!」
トパーズが魔剣を振るう。
ヒルデブラントは戦斧で軌道を逸らした。
刃へ大きな亀裂が入る。
もう長くはもたない。
「俺が崩す!」
「「承知!」」
ふたりが即答した。
ウィゼルユルドの戦鎚が石床へ打ち込まれる。
衝撃に巻き込まれた幻が次々と消え、そのなかからオパール本体が右へ逃げた。
「通しません!」
エイリークが《夜狩》で長大化させた戦棍を横へ振る。
オパールはうしろへ下がった。
その先に、ヒルデブラントがいた。
ヒルデブラントは壊れかけた戦斧を手放した。
オパールの幻が八体まで増え、一斉に飛びかかってくる。
「先輩!」
「見えている!」
ヒルデブラントは幻を追わない。
輪郭が最もはっきりしている一体へ踏み込む。
乳白色の拳を身体をずらしてかわし、その腕を左手で掴んだ。
「捕まえた」
オパールの動きが止まる。
ヒルデブラントは逃がさない。
「俺に小細工は通用しない」
右拳を握り、オパールの腹へ一気にたたき込んだ。
ただの打撃ではない。
《対魔力》を拳へ集中させ、そのままオパールの身体へ直接ぶつける。
乳白色の身体が大きく震えた。
全身から発せられていた白い光が乱れ、オパールの魔力の流れが崩れる。
すると、城壁を埋め尽くしていた幻が一斉に消えた。
「……消えた?」
ウィゼルユルドが目を見開く。
城壁の上にいるオパールは、ヒルデブラントが掴んでいる一体だけだ。
「あれが本物……」
エイリークにも、ようやく本体だけが見えていた。
「いまだ!」
ヒルデブラントがオパールを突き放す。
ウィゼルユルドとエイリークは、もう動いていた。
今度は迷わない。
本体がはっきり見えている。
ウィゼルユルドが左。
エイリークが右。
「逃がしません!」
「散々やってくれましたね!」
オパールの乳白色の光が揺れた。
もう一度、幻をつくろうとしている。
だが、なにもあらわれない。
「「《夜狩》!」」
銀色の戦鎚と、長大な戦棍が振り抜かれた。
オパールの身体が吹き飛び、城塞の石床を何度も跳ねた。
オパールは起き上がろうと腕をついたが、身体を支えられず、そのまま石床へ崩れ落ちた。
ヒルデブラントは新たに短剣を持ち、トパーズへ向き直っていた。
金色の魔剣から、青白い雷が立ち上っている。
「さあ、つぎはお前だ」
トパーズの動きが変わった。
ヒルデブラントではなく、ウィゼルユルドたちへ顔を向ける。
「……まずい」
魔剣へ、青白い雷が集まりはじめた。
「ふたりとも散れ!」
ヒルデブラントが叫ぶ。
トパーズが踏み込んだ。ねらいはウィゼルユルド。
「っ!」
ウィゼルユルドが戦鎚を横へ構える。
「受けるな!」
ヒルデブラントが走る。
だが、間に合うより先にエイリークが動いた。
「ウィゼル!」
銀色の戦棍が横から伸びる。
ねらったのは魔剣ではなく、トパーズの左腕。
戦棍が肘へたたき込まれ、黄色い表面へ亀裂が走る。
その衝撃で、トパーズの斬撃が止まった。
「いまです!」
「わかってますよ!」
ウィゼルユルドが巨大な戦鎚を振り抜く。
エイリークがつくった亀裂へ、銀色の鎚頭が正確にたたき込まれた。
黄色い腕全体へ、ひびが大きく広がる。
それでも、まだ繋がっている。
トパーズが、右手の魔剣を振り上げた。
「下がれ!」
そこに、ヒルデブラントが飛び込んだ。
手にしていた短剣を投げる。
トパーズが顔を逸らす。
その一瞬で懐へ入り、亀裂の走った左腕を両手で掴んだ。
「せっかく割ってくれたんだ」
足を踏み込み、腰をまわす。
「もらうぞ!」
ひび割れた腕を、関節とは逆の方向へ捻り上げた。
黄色い結晶が砕け、トパーズの左腕が肘の上から千切れ飛んだ。
石床を転がった腕が、重い音を立てて止まる。
トパーズは声ひとつ上げず、残った右腕だけで魔剣を振った。
ヒルデブラントはうしろへ跳び、雷をまとった刃を避ける。
着地した直後、すぐに追撃が来た。
ヒルデブラントは地面に転がっていたトパーズの左腕を拾い上げ、そのまま金色の魔剣を受けた。
「お前……丈夫だな」
トパーズの左腕で魔剣を弾き、距離を取る。
ヒルデブラントはトパーズの左腕を二、三度振った。
肘から先が残っている。
長さも悪くない。
重さも十分。
なにより、普通の魔鉱石武器より遥かに硬い。
「いまからこれを、聖剣とする」
ヒルデブラントは握る位置を変えた。
破断した肘側を前へ向け、一本の短い戦棍のように構える。
トパーズは残った右腕で魔剣を構える。
両者が同時に踏み込む。
魔剣が横薙ぎに振られる。
ヒルデブラントは黄色い腕を両手で握り、斬撃を受ける。
強烈な衝撃が両腕へ抜けたが、トパーズの腕は砕けなかった。
ヒルデブラントはそのまま懐へ入る。
黄色い拳の部分をトパーズの脇腹へたたき込んだ。
鈍い音が響き、トパーズの身体が横へ流れる。
「押してる!」
ウィゼルユルドが言った。
その直後だった。
金色の魔剣から、一気に大量の雷が溢れ出した。
「先輩!」
トパーズが魔剣を振る。
つぎの瞬間。
雷をまとった剣身が、そのまま何倍もの長さまで伸びた。
「伸びるのかよ!」
ヒルデブラントがトパーズの左腕を構える。
だが、間に合わない。
「《夜狩》!」
ウィゼルユルドがヒルデブラントの前へ飛び込んだ。
巨大な銀色の戦鎚を両手で構える。
雷の一閃と戦鎚が激突した。
「ぐっ……!」
銀色の結晶へ亀裂が走る。
それでもウィゼルユルドは退かなかった。
《夜狩》の鎚頭が砕け、銀色の破片が飛び散り、ウィゼルユルドの身体が城壁の上を転がる。
「ウィゼル!」
エイリークが走る。
だが、トパーズはすでに二撃目へ入っていた。
ねらうはヒルデブラント。
エイリークは迷わず、その間へ飛び込んだ。
「させません!」
戦棍を両手で構える。
魔剣とぶつかった瞬間、雷が爆ぜた。
戦棍が中央から折れる。
防ぎきれなかった衝撃に押し飛ばされ、エイリークの身体が石壁へ激突した。
ふたりとも起き上がらない。
ヒルデブラントはトパーズを睨む。
雷をまとった魔剣が、ふたたびこちらへ向けられる。
ヒルデブラントは、手にしたトパーズの左腕を握り直した。
「あとは俺に任せろ」
* * *
ヘイミルに応急処置をしてもらったおれたちは、坑道のなかへ入った。
その光景を見て、おれはしばらく言葉が出なかった。
「……ビッグだな」
二本の鉄の線が、真っ暗な坑道の奥まで続いている。
その上に置かれていたのは、見たこともないくらい巨大なトロッコだった。
(いや、これ本当にトロッコか?)
おれの知ってるトロッコは、鉱石を乗せる箱だ。
目の前のやつは、人間が何十人も乗れそうなくらいデカい。
「これで移動するのか?」
「ああ」
ガラールが車体をたたく。
ゴン、と重い音が坑道へ響いた。
「ノルンへ鉱石を運ぶ、長距離輸送用だ」
おれは線路の先を見る。
暗くてなにも見えない。
「ヴェイグが同行する。悪いが、ほかのやつは連れていけない」
ガラールが言った。
「……ああ」
坑道の入口を振り返る。
アルヴィースたちは、まだ治療を受けている。
「馬も坑道には連れていけん。里で預かる」
ガラールがグルファクシやグラニテイオーを見た。
ハルジオンはグラニテイオーのところへ歩いていくと、灰色の首を軽くなでる。
「悪いな。しばらくここで待っててくれ」
おれもグルファクシのところへ行く。
「相棒、留守番頼んだぜ」
ブルルッ、と不満そうに鼻息をかけられた。
「里は俺たちに任せろ。行ってこい、カジバ」
ガラールはそれだけ言った。
「……ああ!」
おれはうなずいた。
おれ。リル。ハルジオン。エグレ。ヘイミル。ヴェイグ。
そして。
「……って、お前も乗るのか?」
アダマンタイトが当然みたいにトロッコへ足をかけていた。
「そのつもりだけれど」
(この姉ちゃん、一体何者なんだ?)
おれたちはトロッコへ乗り込んだ。
太い手すりを掴んだところで、ガラールが大きなレバーへ手をかける。
「全員、しっかり掴まれ!」
なんだか嫌な予感がした。
「旦那! これ、どのくらい速い?」
ガラールが、にやっと笑った。
「馬より速い」
レバーがたおされた。
つぎの瞬間、身体が一気にうしろへ持っていかれる。
「うぉぉぉぉぉぉっ!?」
巨大なトロッコが、暗い坑道へ向かって猛烈な勢いで加速した。
壁に並んだ灯りが、次々とうしろへ飛んでいく。
「速ぇぇぇぇぇぇ!」
「カジバ、掴まって!」
「掴まってるぅぅぅ!」
吹きつける風のなかで、必死に手すりを握る。
向かう先は、ノルンの瞳。
そこではヒルデブランとたちが、二体のサイレンスと戦っている。
そして。
オリハルコンが、望んでもいない武器のかたちに閉じ込められている。
トロッコはさらに速度を上げ、暗闇の奥へ突っ込んでいく。
待ってろ、オリハルコン。
おれがお前を取り戻す!
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
☆番外編!☆
■トパーズ
宝石の一種。黄色のイメージが強いけど、青やピンクなど、さまざまな色が存在するよ。
日本では「黄玉」とも呼ばれる、11月の誕生石だよ。
■オパール
宝石の一種。見る角度によって虹色の輝きが変化する「遊色効果」で有名。
日本では「蛋白石」とも呼ばれる、10月の誕生石だよ。
本作では《魅了》の力を応用し、相手の知覚へ干渉して幻を見せることができるよ!




