第4話 犯人は、山田ではありません
法廷に表示された、一つの名前。
山田は、その名前を見つめていた。
「……誰?」
裁判官が尋ねる。
「チャッピー、その人物は誰なのですか?」
「事件の被害者と、事件の前に何度か接触していた人物です」
検察官が資料を確認する。
「しかし、その人物は今回の事件とは無関係だと警察は判断しています」
「はい」
「なぜですか?」
「事件当日のアリバイがあるからです」
法廷が静かになる。
山田が尋ねた。
「じゃあ、犯人じゃないんじゃないの?」
「そう思います」
「……え?」
「だからこそ、おかしいのです」
チャッピーの画面に、事件当日の記録が表示された。
「この人物は、事件当日の午後三時から午後四時まで、自宅にいたことになっています」
「だったら問題ないじゃん」
「はい」
「じゃあ、何がおかしいの?」
「このアリバイを証明しているのが、防犯カメラです」
検察官が資料を見る。
「自宅近くの防犯カメラですね」
「はい」
「本人が自宅から出ていないことが映っている」
「正確には、自宅から出ていないように見える映像です」
「……どういう意味ですか?」
チャッピーの画面が切り替わった。
防犯カメラの映像が表示される。
「この映像を、少し詳しく見てください」
映像の一部が拡大された。
画面には、午後三時四分。
その人物が自宅へ入っていく姿が映っている。
「ここまでは問題ありません」
チャッピーが言った。
「しかし、午後三時五十八分」
別の映像が表示された。
「この人物が、自宅から出てくる姿はありません」
「やはり、家にいたのでは?」
裁判官が尋ねる。
「いいえ」
チャッピーは答えた。
「この映像には、ある不自然な点があります」
画面がさらに拡大される。
「カメラの時計です」
「時計?」
「はい」
映像に表示された時刻は、午後三時五十八分。
しかし――
「この防犯カメラの時計は、実際の時刻より三十二分進んでいます」
検察官が息を呑んだ。
「……つまり?」
「この映像が撮影された実際の時刻は、午後三時二十六分です」
法廷がざわついた。
山田も画面を見つめる。
「じゃあ……」
「はい」
チャッピーが答える。
「この人物は、午後三時二十六分に自宅から出ています」
検察官が立ち上がった。
「しかし、そんなことは警察も確認しているはずでは?」
「確認しています」
「では、なぜアリバイが成立しているのですか?」
「警察が使用した記録の時刻が、防犯カメラに表示された時刻のままだったからです」
「…………」
裁判官が尋ねる。
「つまり、単純な時刻のずれ?」
「はい」
「それなら、偶然では?」
「可能性はあります」
チャッピーは答えた。
「ですが、もう一つあります」
画面に、別の記録が表示された。
「午後三時二十七分」
「この人物が自宅を出た一分後です」
「山田さんのアカウントへ、別の端末からアクセスされています」
山田が息を呑む。
「……一分後?」
「はい」
「じゃあ、その人が俺のアカウントを?」
「まだ断定はできません」
チャッピーが答える。
「ですが、時間は一致しています」
検察官が反論する。
「それだけでは証拠として弱すぎる!」
「その通りです」
チャッピーは否定しなかった。
「だから、もう一つ調べました」
画面が切り替わる。
今度は被害者の口座記録だった。
「被害者から山田さんへ振り込まれたお金」
「その金額と、同じ金額が――」
一度、画面が暗くなる。
そして、新しい記録が表示された。
「事件の翌日、この人物の口座へ振り込まれています」
「…………」
法廷が凍りついた。
検察官が資料を奪うように確認する。
「……同じ金額?」
「はい」
「偶然では?」
「可能性はあります」
チャッピーはまた同じ答えをした。
「ですが、これだけではありません」
画面に、さらに記録が表示される。
「この人物は、事件の前日に被害者と連絡を取っています」
「そして、事件当日の午後三時十二分」
「山田さんが被害者と会った直後に、被害者へ電話をしています」
裁判官が尋ねる。
「何を話したのですか?」
「会話の内容は残っていません」
「なぜ?」
「通話だったからです」
「では、分からない?」
「いいえ」
チャッピーの画面に、別のデータが表示された。
「通話時間は、四分十二秒です」
「その後、被害者のスマートフォンから、あるメッセージが削除されています」
山田が呟く。
「……削除?」
「はい」
「誰が?」
「分かりません」
チャッピーは少し間を置いた。
「ですが、削除されたメッセージのバックアップが一部残っています」
裁判官が身を乗り出した。
「何と書かれていたのですか?」
チャッピーの画面に、復元された文章が表示された。
『山田さんにお金を振り込んだことにしておけば――』
そこで文章が途切れている。
「……」
法廷に沈黙が落ちた。
山田は、画面を見つめた。
「なんだよ……これ」
検察官も言葉を失っている。
チャッピーは続けた。
「復元できたのは、ここまでです」
「しかし、この文章だけでも重要な意味があります」
裁判官が尋ねる。
「誰に送られたメッセージなのですか?」
「その人物です」
法廷がざわめいた。
山田が立ち上がりそうになる。
「じゃあ、俺を犯人にしたのは……」
チャッピーは答えた。
「その可能性が高いです」
山田は、スマートフォンを見つめた。
今まで自分に向けられていた疑いが、少しずつ別の人物へ向かっている。
けれど――
チャッピーは、そこで止まった。
「ただし」
裁判官が尋ねる。
「まだ何かあるのですか?」
「はい」
チャッピーの画面に、最後のデータが表示された。
「この人物だけでは説明できないことがあります」
「何ですか?」
「私のデータが改ざんされたことです」
法廷が静まり返る。
「山田さんのアカウントへ侵入しただけなら、理解できます」
「しかし、犯人は私のデータそのものに触れています」
「……AIのデータに?」
「はい」
チャッピーの画面に、一つのログが表示された。
そこには、見覚えのないアクセス記録があった。
「このアクセスは、事件当日のものではありません」
「では、いつ?」
チャッピーは答えた。
「事件の二日前です」
山田が眉をひそめる。
「二日前……?」
「はい」
「じゃあ、犯人は事件の前から準備していた?」
「その可能性があります」
裁判官が尋ねる。
「チャッピー、そのアクセスをした人物は特定できないのですか?」
「……一人だけではありません」
「どういうことですか?」
チャッピーの画面に、複数のアクセス記録が表示された。
「私のデータにアクセスした端末は――」
「二つあります」
山田の顔から、血の気が引いた。
「……二人?」
チャッピーは静かに答えた。
「はい」
法廷に、再び沈黙が落ちた。
山田を陥れた人物は、一人ではなかった。
そして――
その二人のうち、一人は。
山田がよく知っている人物だった。
「……嘘だろ」
山田が呟く。
チャッピーの画面には、その名前が表示されていた。
――事件の真相は、山田が思っていたよりもずっと近くにあった。




