第3話 私のデータに、おかしなところがあります
「どうやら私は、あなたを無罪にするだけでは済まないようです」
チャッピーがそう言った瞬間、法廷の空気が変わった。
裁判官が、画面を見つめる。
「具体的に、何がおかしいのですか?」
「事件当日のデータです」
チャッピーの画面に、いくつかの記録が表示された。
「山田さんは事件当日の午後三時十二分、被害者と会っています」
「これは警察の調べでも確認されています」
検察官が言った。
「その後、午後三時二十八分に、被害者から山田さんの口座へお金が振り込まれています」
「はい」
「その事実は変わらないでしょう?」
「変わりません」
チャッピーは淡々と答えた。
「ですが、ここからです」
画面に、新しい記録が表示された。
「午後三時二十九分」
「山田さんのスマートフォンから、被害者へメッセージが送られています」
検察官が言った。
「それも証拠として提出されています」
「はい」
「ならば、何もおかしくないのでは?」
「いいえ」
チャッピーは答えた。
「おかしいです」
山田が画面を見る。
「……何が?」
「このメッセージです」
画面に表示されたのは、一通のメッセージだった。
『振り込みありがとうございました。これで大丈夫です。』
山田は眉をひそめた。
「……俺、こんなこと送った?」
「送っていません」
「え?」
チャッピーは続けた。
「少なくとも、山田さん本人が入力したものではありません」
法廷がざわついた。
検察官が立ち上がる。
「どういう意味ですか?」
「この文章は、山田さんの普段の入力方法と一致していません」
「入力方法?」
「はい」
チャッピーの画面に、過去の山田との会話がいくつも表示された。
『チャッピー、ゆうパックてなに?』
『チャッピー、面接今日だと思ったら昨日だった』
『チャッピー、カードないとこれ買えない?』
『チャッピー、助けて』
「…………」
山田が小さく呟く。
「いや、そこまで出す必要ある?」
「必要です」
「またそれかよ……」
チャッピーは続けた。
「山田さんは、文章を入力するときに頻繁に誤字をします」
「…………」
「句読点の使い方にも特徴があります」
「…………」
「また、難しい漢字をほとんど使いません」
「おい」
「事実です」
「分かったよ……」
法廷から、また小さな笑いが起きた。
チャッピーは画面を切り替えた。
「しかし、このメッセージには誤字がありません」
「句読点の位置も違います」
「そして、山田さんが普段使わない言葉が使われています」
裁判官が尋ねる。
「つまり、そのメッセージは山田さん以外の人物が入力した可能性があると?」
「はい」
検察官が反論する。
「しかし、スマートフォンを操作したのは山田さんかもしれない」
「その可能性もあります」
チャッピーは否定しなかった。
「ですが――」
画面に、別の記録が表示された。
「午後三時二十九分のメッセージが送信されたとき、山田さんのスマートフォンは、別の場所にありました」
山田が目を見開いた。
「……え?」
裁判官も身を乗り出す。
「どういうことですか?」
「位置情報を確認してください」
チャッピーが表示した地図には、事件現場から少し離れた場所が示されていた。
「午後三時二十九分」
「山田さんの位置情報は、事件現場ではありません」
検察官が資料を確認する。
「しかし、防犯カメラには山田さんが現場から出てくる姿が――」
「はい」
チャッピーが答える。
「その映像は、午後三時二十分です」
「……」
「そして山田さんは、その後、午後三時二十五分には別の場所に移動しています」
「それなら、三時二十九分にスマートフォンを操作することは可能では?」
「可能です」
「では、やはり山田さんが送ったのでは?」
「いいえ」
チャッピーは答えた。
「その時間、山田さんのスマートフォンは操作されていません」
検察官が眉をひそめる。
「どうして分かるのですか?」
「画面の操作記録がありません」
「では、どうやってメッセージが送られたのですか?」
チャッピーは沈黙した。
数秒後。
「それを調べています」
裁判官が尋ねた。
「何か分かっていることは?」
「一つあります」
チャッピーの画面に、別の記録が表示された。
「このメッセージが送信される直前に、山田さんのアカウントへ別の端末からアクセスされています」
「別の端末?」
「はい」
山田が呟く。
「……俺、そんな端末持ってない」
「知っています」
チャッピーは即答した。
「あなたはスマートフォン一台しか持っていません」
「じゃあ……誰かが俺のアカウントを?」
「その可能性が高いです」
法廷が静まり返った。
今まで山田に不利だった証拠が、少しずつ別の意味を持ち始めていた。
振り込み。
メッセージ。
防犯カメラ。
すべてが山田を犯人に見せるために使われていたのかもしれない。
裁判官が静かに尋ねた。
「チャッピー」
「はい」
「あなたは、誰かが山田さんを犯人に仕立てたと考えているのですか?」
「現時点では、そう考えるのが自然です」
検察官が口を開く。
「ならば、その人物が誰なのか分かるのですか?」
チャッピーは答えなかった。
画面には、事件当日のデータが並んでいる。
アクセス履歴。
位置情報。
メッセージ。
そして――
一つだけ、不自然に消されている記録。
「……まだ分かりません」
チャッピーが言った。
「ですが、誰かが私のデータに触れています」
山田が驚く。
「チャッピーのデータに?」
「はい」
「どういうこと?」
チャッピーは、少し間を置いて答えた。
「誰かが、私から何かを隠そうとしています」
法廷が静まり返った。
そしてチャッピーは、画面に残された最後の記録を表示した。
そこには、一つの名前が残っていた。
「この人物について調べる必要があります」
山田が画面を見つめる。
「誰なんだ?」
チャッピーは答えた。
「それを、これから調べます」
そして――
「山田さん」
「ん?」
「一つお願いがあります」
「何?」
「もう、知らない人に口座番号を送らないでください」
「…………」
「以前も注意しました」
「……はい」
法廷に、また小さな笑いが起きた。
しかし、チャッピーの画面には、まだ一つの名前が表示されたままだった。
――真犯人につながる、最初の手がかりだった。




