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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『りっちゃんと四号さん②』


 AED!!AED!!という姦しい大合唱が聞こえる中、私は一人自室に戻っていた。

 クローゼットの前でジャケットを脱ぎつつ、

 「たかが心臓が止まったくらいで死にゃあしないってのに、近頃の子は大袈裟なんだから・・」

 と、嘆息する。が、

 「・・・いや、違うか。アイツらは幽霊なだけで、私と同い年だっわ」

 首を横に振りつつ、ジャケットをハンガーに引っ掛ける。ハリセンに汚れがついていないことを確認すると、私はそれを元あった神棚へと戻した。

 その神棚は、ハリセンと共に譲り受けたあか婆の遺品の一つである。



 ━━━立って、くっきー!! あんたが今ここで倒れたら、足利義昭や細川藤孝との約束はどうなるの?! ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、羽柴秀吉に勝てるんだから!!



 ━━━次回、「キンカン死す」。農民スタンバイ!!



 ━━━光秀どっから来た?! 素人の漫才みたいな脈絡のないネタやりおってからに!! ウチが関西人やからって、何でもかんでもツッコんで貰えると思うなよ!! ケツの穴に竹槍ぶち込まれたくなかったら、さっさと水持ってこんかいっ!!!



 リビングの方から、『四号』のブチギレボイスが聞こえてくる。どうやらいつもの苦労人フェーズに突入したらしい。

 私は心の中で『四号』に対して同情の意を示しつつ、「既視感あるわー、ありすぎるわー」と、遠い目をする。あか婆と子どもの頃の私は、いつもこんな風に静佳にキレ散らかしていたものだ。

 せめて『四号』に、「もうツッコんどるやないかい」とガヤを飛ばしてあげるべきだろうかと考えていると、お宮に納められたあか婆の写真と目が合った。心なし、写真の中のあか婆も呆れているように見えた。

 私は苦笑しつつ、

 「いつまで経っても騒がしくてごめんね。私の周りは、こんな奴らばっかで・・」

 と、首をすくませる。

 あか婆の写真が納められているのは、本来神宮大麻を納めるべき場所だが、間違った使い方をしているのは百も承知である。

 『りっちゃん、これダメだと思うよ? 神様とあか婆に怒られちゃうよ? 地獄に落ちちゃうよ?』

 静佳からはインチキ霊媒師のようなことを言われたが、私は笑って、

 『神様もあか婆も、こんなことくらいで腹を立てるような人じゃないでしょ?』

 と言ったら、静佳も「確かに」と笑って納得してくれた。

 写真の中のあか婆は、初めて出会った時と同じく、穏やかな笑みを浮かべている。

 あか婆は、私を見つけてくれた時からお婆ちゃんで、そして、最後まで私のお婆ちゃんでいてくれた人だった。

 過去の思い出が、脳裏にどっと溢れてくる。雪崩のような記憶に身を任せていると、自然と涙腺が緩んでくる。私は指でそっと目元を拭い、どうにもならない寂しさを無理矢理抑え込んだ。

 初めて差し伸べられた手のことを思い出す。柔らかな笑みを浮かべた、初老の女性の温かな手━━。

 あか婆のことを思い出す時、私はいつも必ず『あの時』のことを思い出してしまう。あか婆と初めて会った、『あの時』のことを。

 そして━━



 ━━━私のようなモノのことは忘れて、幸せになりなさい。



 その記憶の中に強く紐付けられた、『あの人』の寂しそうな笑顔を思い出してしまうのだった。



         ※



 物心ついた時から、私の世界は灰色だった。

 窓のない四角形の部屋。所々がひび割れたコンクリートの壁。簡易トイレと黒ずんだ薄い毛布。

 そして、頑丈な鉄格子。



 薄暗い地下牢━━それが、幼い私にとっての『世界』だった。



 鉄格子の向こう側には、スチール製のテーブルと椅子が一式あり、そのすぐ横には大型の照明ライトが置かれていた。そのライトは昼夜関係なく、ずっと私のことを照らし続けていた。

 部屋の入り口にあたる頑丈そうな黒い扉は、その照明の丁度反対側にあり、それが開かられることは滅多になかった。

 地下牢に最もよく出入りしていたのは、世話役の老人たちだった。世話役といっても、残飯のような食事を投げ入れてくるだけで、他には何もせずにさっさと出て行ってしまうのだが。

 世話役は何ヶ月かに一度、刷新される。一番長く勤めた人でも、せいぜい半年くらいだったのではなかろうか。

 何故、そんなに頻繁に世話役は交代されていたのだろうか? 

 長じて疑問に思った私は、あか婆や晴信に訊ねてみたのだが、二人とも言葉を濁すばかりでまともに答えてくれなかった。

 むくれた私は、自分の話であることを隠して、それとなく静佳にどう思うかを訊いてみた。静佳は基本パッパラパーだが、変なところで変な頭の良さを見せることがあった。静佳なら、もしかしたら私の疑問に答えてくれるかもしれない。そう期待したのことだった。

 話を聞き終えた静佳は、

 「その世話役とやらは、どんな奴らなんじゃ?」

 と、訊ねてきた。私は少し考え、

 「・・・お爺さんお婆さんばっかり。少しくたびれた感じの、何かに怒っているような顔をした人たちばかりだった」

 と、答えた。

 すると静佳は、何かを得心したように「ああ」と笑い、



 「そんなら、その世話役とかいう奴らは、全員始末されたんじゃろうな」



 「・・・」

 「地下牢に閉じ込められていた子どもが何者かは知らんが、その子は『誰か』にとって非常に重要な子どもだったのは間違いじゃろう。その子の存在が外部に漏れないよう、口封じされたんじゃ。いなくなってしまっても誰も気にしない、偏屈で孤独な年寄りばかりを起用していたのは、つまりはそういうことじゃ」

 どうじゃ、正解じゃろ?と、得意げに笑う静佳を、私はどこか遠くにいるような気持ちで眺めていた。

 別段、世話役に対して思い入れがあるわけではない。

 先にも言ったように、世話役は檻の中に食事を投げ入れてくるだけで、他には何もしてこなかった。大半の人の顔は忘れてしまったし、誰とも言葉を交わしたことがない。

 しかし一人だけ、他とは違う世話役の人がいた。

 その人は、腰の曲がった背の低いお爺さんで、いつも顔を真っ赤にして不機嫌そうに地下牢の中に入ってきた。

 このお爺さんが入ってくるたび、地下牢の中に、ツンとした匂いが立ち込める。当時の私には分からなかったが、それは酒の匂いだった。

 恐らくは、アルコール依存症だったのだろう。

 お爺さんはまっすぐ歩くことが出来なくて、いつもフラフラと左右に揺れながら歩いていた。時折、私とお爺さんを隔てる鉄格子に、ガツンと身体をぶつけることもあった。

 「・・・」

 お爺さんはいつも不機嫌そうな表情をしていた。鉄格子に身体を思い切りぶつけても、その表情は揺るぎもしない。とても遅い動作で鉄格子の中にご飯を投げ入れてくると、そのまましばらく私のことをじっと見ていた。

 「・・・」

 表情は変わらず不機嫌そうだった。けれど、他の世話役の老人たちは、皆一様にして逃げるように地下牢を後にしていたのに、その人だけは、何故だか毎回必ず私のことを見ていたのだ。

 「・・・」

 何を考えてのことだったのかは分からない。その人が言葉を発することは、最後まで無かったから。

 けれど、私を見つめるその眼差しは、どこか悲しげであったように思う。



 ある時。

 いつものように、お爺さんが食事という名の残飯を持ってきた。

 けれど、その中に一つ、いつもと違うものが混じっていた。

 側面に可愛い絵が描かれた、小さなカップ。

 それは触るととても冷たくて、私は思わずビクリとしてしまった。

 恐る恐るお爺さんを見やると、お爺さんはいつものように無言で私のことをじっと見ていた。

 「・・・」

 私たちは、長くお互いのことをじっと見ていた。

 お爺さんは立ち去ろうとしない。

 どうしたのだろうと、内心で小首を傾げていると、不意に、お爺さんの腕が動いた。

 何かを掬いあげ、口に含む動作をする。

 食べてみろ、と、言っているのだと、私は理解した。

 言われた通り、『冷たいもの』を口に含んでみる。



 瞬間、身体中に稲妻が走ったかのような衝撃を覚えた。



 その『感覚』に、私は思わず硬直してしまう。『冷たいもの』を初めて口にした時の衝撃は、とても言葉では言い表せなかった。きっと世界一の文豪でも、アレを言い表す語彙は持てないだろうと思う。私にとって、『冷たいもの』は、それほどの衝撃だったのだ。



 初めて食べた『甘味』。まともな人間の食べ物。



 それが、『アイスクリーム』という名前の食べ物であることを、私は随分後になって知った。

 私は、アイスクリームを夢中で貪った。今まで残飯しか与えられてこなかった身体が、夢中でそれを欲していたのだ。

 最初は小さな木製のスプーンで。けれど、それでは脳の欲求に全然追いつけなくて、私はいつの間にか指でそれを掬っていた。

 食べる。とにかく夢中で食べる。

 小さな小さなカップ型のアイスクリームは、一瞬で無くなってしまった。

 一欠片も残すまいと、カップの中に舌を突っ込んで舐め回す。それもなくなると、今度は指をしゃぶった。脳が強く欲する『甘い』を感じられなくなるほどちゅうちゅうと自分の指をしゃぶって、ふと顔を上げると、



 そこにはもう、お爺さんの姿はなかった。



 お爺さんとは、それきりだった。

 次の日、新しい世話役がやってきた。

 『アイスクリーム』は、当たり前のようになかった。

 それが意味することと、お爺さんがいなくなってしまったこと。この二つを結びつけることを、私は未だに出来ずにいる。



 ※※※

 ※※

 ※



 世話役とは別に、極々稀に地下牢を訪れる人間がいた。

 ゴム毬のような体型をした壮年の男と、中学生みたいな幼い顔をした中年の男。

 二人の顔立ちは似ていたので、恐らく親子だったのだろう。

 壮年の男は、公衆便所を掃除する時のような目でいつも私のことを見ていた。



 ━━━近付くのも嫌だけれど、やらねばならぬことだから仕方ない。



 壮年の男の表情は、そう物語っていた。

 そいつはいつも、鉄格子の隙間から紙切れを何枚か私に向かって差し入れてきた。

 その紙には、何かの名前と数字がずらっと並んでいる。壮年の男は心底鬱陶しそうな表情で、



 「どれだ?」



 と、ただ一言訊いてきた。

 後年━━晴信から聞いたところによると、それは企業名と株価の一覧だったらしい。

 『人は、『天』に深く繋がった者ほど、広く『運命』を見通せる『力』を得ることが出来るのでヤンス。『久喜原』は『九鬼原』。存在しないとされる『天の九宮』を求めて鬼と化し、『魂』を焼かれた一族故、知性を消失した者ばかりが産まれる呪われた『家系』でヤンスが、極々稀にりっちゃんのような『当たり』が生まれるのでヤンス。『当たりの久喜原』は『生けるくだん』と呼ばれているでヤンス。その意味するところは、生まれ落ちた家に無限の富を約束する預言者。りっちゃんを幼い頃から閉じ込めて酷い扱いをしてきたのは、その予言の『力』を、恨みと怨念によって強化するためだったのだと思うんのでヤンス。まったく、酷い話でヤンスよ』

 長ぇし何言ってか分かんねぇし苛つくから3行に纏めて喋れやと言って晴信をボコったところ、要するに、あの壮年の男は先物で儲けるために私の『力』を利用していたらしい。



 私には、ぼんやりとではあるが、運命を察知する『力』があった。



 その『力』のことを、私は『勘』と呼んでいる。

 『勘』は私の意思に関係なく、突然頭の中に降って湧いてくる。

 それらは明確な『言葉』として降りてくることはほとんどない。まるで電気信号のように『※※をしろ』という形で、脳に直接響いてくる。

 『勘』が降ってくるのは、必ずと言っていいほど、自分の人生に大きな影響がある『何か』がある時だった。

 静佳と初めて会った時。静佳が『忌み山』からふらっと帰ってきた時。静佳が違法な粉を警察署に持って行こうとしていた時。びすけを産んですぐ、静佳が病室に飛び込んできた時━━『勘』が降ってくるのは、九割方静佳絡みで、どれもこれも私の人生において重大な局面ばかりだった。

 しかし、『勘』が降ってきた際、私の頭には軽い電流のようなものが流れるのだが、今まで生きてきた中で一番強く衝撃を受けた『勘』は、静佳に関する時のものではなかった。



 あか婆のお葬式の際、母親に手を引かれて立っていた、異様に顔立ちが整った幼い男の子。



 あの子━━サブと初めて出会った時に受けた『勘』の衝撃は、今までのものとはまるで比べ物にならなかったのだ。



 

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