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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『りっちゃんと四号さん①』


 しんどかった1日がようやく終わり、青色吐息で自宅に戻ると、家の中からウチのクソガキのぎゃあぎゃあという声が聞こえた。

 「・・・」

 私は心を無にして靴を脱ぐと、はあああああとため息を吐いて、リビングに通じるドアを開ける。中では、

 「俺はサタンだっ!! 俺はサタンだっ!

!」

 ウチのクソガキ━━びすけが、スパイダーウォークでリビングの中を所狭しと走り回っていた。

 アシダカグモのように動き回るびすけは、時折立ち止まると、口から謎の白い液体とキリストを呪う言葉をリビングの隅の方に向けて吐き散らしている。

 そこに、ガタガタと震えている黒いモヤのようなものがいた。

 私にはびすけのような強力な『力』がないのではっきりとは見えないが、それは娘が『棺桶』の中に封じている幽霊たちだった。

 最初の頃は二人しか外に出てくることはなかったのだが、この頃は数が増え、多い時には五人の姿を見るようになった。今日は外に出ているのは三人しかいないようだが、その三人は身を寄せ合うしてすみっこぐらしている。

 ガタガタと震える幽霊三人組に向け、びすけは狂犬病の犬のように唾を飛ばしながら、

 「手頃な大きさの十字架を持ってこい!! 永BANに追い込んでやるぜっ!!!」

 と、世にも恐ろしいことを喚いていた。

 その惨状を見た私は、「あー・・」と後頭部をかきながら回れ右する。

 「そういや、そろそろそんな時期だったわね・・」

 独り言を呟きつつ、自室から一振りのハリセンを手にしてリビングへと戻ってくる。

 そのハリセンは、以前は『静佳ちゃん用』と腹のところに書かれていたのだが、今はその忌々しい名前は二重線で消されており、代わりに、

 『びすけちゃん用』

 と、裏面に書き足されている。

 私はハリセンを二、三度軽く振って感触を確かめると、

 「ナザレの女のレプリカ風情がっ!! 俺に近づくんじゃねぇ!!!」

 と、唾を飛ばして叫ぶ娘の頭めがけて、それを思い切り振り下ろしたのだった。



 ※※※

 ※※

 ※



 びすけは三十発くらいぶん殴ったら大人しくなった。

 本当はもう二十発くらいいきたかったのだが、

 


 ━━━あ、あの・・。もうええんとちゃいますか? 娘さん、ピクリとも動かんくなってますけど・・。



 幽霊の一人におっかなびっくり話しかけられ、手を止める。

 気の強そうな声と、若干怪しい関西弁。『棺桶』たちのリーダー的存在で、『四号』と呼ばれている幽霊だ。

 「あ、ホントだ。泡吹いてるわ。・・・ちっ。物足んねーけど、しゃーないか」

 やれやれと肩をすくめて立ち去ろうとすると、「あ、あのー・・」と、再度『四号』に呼び止められる。

 


 ━━━む、娘さんは、どうされはったんですか・・? 何なんですか、これは?



 心底困惑している声を聞いて、私は訝しげに眉を寄せる。

 「あれ? アンタらあの子から『体質』のこと何も聞いてないの?」



 ━━━『体質』? 土曜の夜にミラーボールみたいに身体が七色にペカペカ光出すことなら知ってますけど・・。



 「あー、そうそう。それと同じ。宮本静佳っていうクソダボ女のせいでさ、私もびすけもこんな『体質』になっちゃったのよ。私の方は出産してから治ったんだけど、びすけは季節の変わり目になると、あんな風になっちゃうのよねぇ。まったく、親子揃って難儀な『体質』だわ・・」



 ━━━それ、『体質』とは言わんと思うんですけど・・。明らかに立夏さんに取り憑いとったやつが娘さんに移っとるやないですか・・。



 「そうなの? 私、そっち系の話は昔から全然でさ。よく分かんないのよね」



 ━━━いや、別に難しいことは何も言っとらんと思うんですけど・・。まぁ、ええです。



 『四号』はため息を吐くと、何かを諦めるように首を横に振った。

 「そういやアンタら、すみっこの方でガクブルしてたけど、こういうのってアンタらの専門なんでしょ? 何でビビってたの?」



 ━━━あっ、それはホンマにすいませんでした・・。ウチら、娘さんに来るべき時がついに来てしもうたんかと思って、ビビってしもうたんです・・。ホンマ、すいません・・。



 『四号』の言葉に、他の二人もこくこくと頷く。並の親なら眉を顰める発言だが、ウチの娘は頭がアレなので仕方ない。

 何の諦めなのか自分でも分からないため息を吐きつつ室内を見回すと、リビングは台風一過のように凄惨な有様となっていた。これを今から片付けなきゃならんのかと思うと、身体が鉛のように重くなってくる。

 「だっるー・・」

 がっくりと肩を落としつつ、とりあえず目についたゴミを拾い上げると、側にいた『四号』が、



 ━━━あ、ウチも手伝います。



 と、申し出てきてくれた。

 その言葉に呼応するように、隅にいる二人もこちらに近付いてくる。しかし、



 ━━━跨ぐなっ!!!



 突如、『四号』がブチギレた。



 ━━━跨ぐなっ!! 跨ぐなよっ、コラッ!!! お前ら、そこのカーペットの線から一歩もこっちに入ってくるんやないぞ?! お前らはカーテンレールの上に登って、新居に引っ越してきたばかりの家猫みたいに大人しくしとれ!! 分かったなっっ!!!



 いったい何をそんなにキレているのか不明だが、『四号』に罵声を浴びせられると、二人のうち一人は大人しくカーテンレールの上に登っていった。しかし、後の一人はその場に留まっている。

 残った一人の肩が僅かに揺れ、「はんっ」と鼻を鳴らす。



 ━━━何ッスか、その物言いは? 人がせっかく手伝いを申し出てんのに、それでキレるとか意味分かんなくないッスか?



 このスレたものの言い方は、確か『七号』と呼ばれている幽霊だ。



 ━━━キレるに決まっとるやろうが!! 『七号』、お前どのツラ下げてウチにものを言いよんねん?! お前も他のバカどもも、生前『片付け』なんて一回もまともに出来た試しがないやろうがっ!! 手伝う言うときながら毎度毎度余計なことばっかりしくさりおってからにっ・・。それでウチと神楽野と『あの子』が、どんだけ苦労させられたと思っとんねん!! 邪魔やから大人しく引っ込んどれやっ、ボケっっ!!



 ━━━あん? いくらなんでもボケは酷くないッスか? ウチらは確かに『四号』の言う通り、ちぃとばっかし家事が苦手な女の子ッスよ? でもね、それは個性なんッスよ、個性。生まれついての持病みたいなもんで、自分の力ではどうにもできないことなんッスから、それを槍玉に上げて暴言吐くってのは如何なもんッスかね? 『四号』だけじゃなくて、宦官くんも『あの子』もそうッスけど、もうちょっとこう、思いやりの心を持って生きた方がいいんじゃねぇッスか? 乳酸菌取ってる?



 ━━━どの口が抜かしとんねん、クソボケカスがっ!!! 『七号』お前、昔ウチらがリビングの片付けしてる最中に、意味もなくガスコンロのホース外して『舎』を爆破させたことあったやろうが!! そんな頭のおかしい奴に思いやりの心なんか持てるわけがないやろうが!! お釈迦様でも助走つけてぶん殴るわっっ!!!



 ━━━あー、そういやそんなこともあったッスねぇ・・。あん時は、クソ真面目にリビングの片付けしてる『四号』たちを見て、つい、今ここで台所が爆発したらウケるやろうなぁって思っちゃったんッスよね〜。



 ━━━ウケるか、ボケッ!! んなもんでウケるのはお前かシリアルキラーくらいのもんやぞ!!!



 ━━━うわっ、レッテル貼りッスか? ヘイターッスねー、『四号』は。・・・まぁ、確かにアレはアタシが悪かったッスけど、どっちかっていうとアレは『八号』の方に過失があるんじゃねぇッスかね? あのガス爆発は、アタシがガスのホース抜いた後に、『八号』が『逆ナイアガラバスター』って書かれたデケェ筒形花火を頭に乗っけて『真夏の夜の妖精がやってきたぞっ!!』って溶接みてぇに火花撒き散らしながらリビングに入ってきたのが直接の原因だったっしょ? アタシの過失は、割合で言うなら8:2の2しかないと思うんッスよね。・・・おい、『八号』。お前、何であの時花火なんか頭に乗っけてたんッスか? 正直、面白かったッスけど。

 


 ━━━え、えーっと・・。



 カーテンレールの上で丸まっている幽霊━━『八号』が、気まずそうに身じろぎする。



 ━━━み、みんなが真面目に片付けやってる中で、あ、頭に花火乗っけて登場したら、ウ、ウケるやろうなーって、思って・・。



 ━━━お前もそれなんかいっ!! お前らは何なんや?! ウケる思うたら何でもやるんか?! 左脳が死んどるんか?!



 ━━━あっ、今の発言は脳に障害がある人たちに対して差別になるッスよ? ウチらはそういうんじゃなくて、単純に頭が関西人なんッスよ。今ここでコレやったらウケるやろうなぁって思ったら、もうやらずにはいられねぇ。何かお祝い事がある度にクソ汚ねぇ道頓堀にハリガネムシに脳をやられたカマキリの如く飛び込んでいく頭のイカレた関西人の血が、アタシの中には流れてるんッスよ。この気持ち、エセ関西人の『四号』なら分かるっしょ?



 ━━━分かるか、ボケッ!! お前は関西人を何やと思っとるんや!! お前の頭っつーか思考回路は、関西人っちゅうよりも迷惑系配信者のそれやねん!! 何で何かをやろうとする前に、『これをやったら人様の迷惑になるかも』っていう当たり前のことが考えられへんねん?! 何でもかんでも考えなしにやる前に、一回立ち止まって自分の行動と発言を吟味する癖つけろやっ!! 



 ━━━何ッスか、人のことをまるで考えなしの猿みたいに言って・・。アタシらはそういう人間なんだからしゃーないじゃないッスか? ねぇ、『八号』?



 ━━━・・・いや、私も大概だけどさ、流石にアンタみたいなガチ社不と一緒にされるのは心外なんだけど・・。



 ━━━うわっ、出たッスよ。社不特有の『私はお前とは違うんだ』っていう根拠のうっすい選民思想と自己肯定。何も違わねぇっつーのに、ご苦労様でーす。・・・つーか、『四号』。お前さっきから、いかにも自分は常識人ですってツラしてご高説を垂れ流してるッスけど、おっきなクマさんのぬいぐるみに宦官くんの顔写真貼り付けて腰振ってたド変態が、いったいどのツラ下げて物言ってるんッスかね? 令和だからって何でもかんでも受け入れてもらえると思うなよ? この異常性欲者が。



 ━━━うっせぇわ!! ウチの性癖のことは今は関係ないやろうが!! 論点ずらしばっかで頭の一つもまともに下げられんワキガの公害女がっ!! 周りに迷惑かけんのは体臭だけにしとけやっ!!!



 ━━━私はワキガじゃねぇって言ってんだろうがっっ!! てめぇ、それ言ったら戦争だぞ、コラッ!!



 ━━━おうっ、上等じゃコラッ!! かかって来━━



 「うるせぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 堪忍袋の緒が切れた私は、ハリセンで幽霊三人組の頭を順にしばき倒す。

 「痛っ!!」「ぐぇっ!!」「何で私までっ!!」

 三人組は、揃って頭を抱えて転げ回る。私はそれを仁王立ちで見下ろし、

 「私はねぇ!! 今日、死ぬほど無駄な移動距離と死ぬほど無駄な待機時間と死ぬほど無駄な打ち合わせと死ぬほど無駄なロケと死ぬほど無駄な書類仕事と死ぬほど無駄な児童相談所の聴取を終えて家に帰って来たのっ!! だからっ、死ぬほど疲れてんのっ!! アンタらのレスバに付き合っている余裕は━━」

 「俺はサタンだっ!! 俺はサタンだっ!!」

 「うるせぇぇぇぇぇっっ!! お前は寝てろっ!!!」

 イヤなことがあった時の布団干しみたいにびすけをしばき倒している後ろで、三人組がノロノロと起き上がる。

 


 ━━━これ、『魂』に直接干渉するバフかかってるじゃないッスか?! 何でこんな高度な呪式がハリセンなんかに・・。



 ━━━技術は凄いけど、ゲテモノ過ぎでしょ・・。ロールスロイスにバキュームカー作らせるようなものだよ、これ。いったいどんな変態が作ったの・・。



 ━━━あれ? じゃりん子、息してなくない?



 「ん? これってそんな凄いもんなの? 昔、私がすごくお世話になった人が持ってたものなんだけど」



 ━━━凄いの方向性が明後日の方向にぶっ飛んでるッスけど、凄いっちゃ凄いッスね。これ作ったの誰だか知らねぇッスけど、相当の天才ッスよ、そいつ。



 ━━━私たちみたいな霊体や、身体を特殊な方法で硬化してる奴にも均等にダメージが入るよう設計されてるみたいだね。でも、ハリセンのダメージなんて無いも等しいのに、いったい何を目的として作ったんだろう? こんなんじゃ能力者同士の戦闘では役に立たないし、除霊だって、せいぜい雑霊を追い払うくらいにしか使えないのに・・。



 ━━━おいっ、じゃりん子、しっかりせぇ!!! おいっ!!!



 「・・・あー、これってさ、元々は静佳がやらかした時に、一発入れるために作ったものなのよ。アイツ、今でもアホみたいに頑丈なんだけど、昔はそれ以上でさ。脳天にツルハシぶち込んでやっても平然としてたのね。んで、これじゃあアイツを調教出来ないっていうんで、あか婆━━私もびすけもすごくお世話になった人なんだけど、その人が、弟子の晴信に頼んで作ってもらったのが、このハリセンってわけ」



 ━━━ほーん。つまりこれは、猛獣の矯正器具って訳ッスか? んなくだらないことのためにこんなもん作るとは、『西』の大天才様は随分と酔狂なんッスね。



 ━━━でも、これだけの呪式組める陰陽師が、何でくっきーに取り憑いてる雑霊を放置してるんだろ? ハリセンで叩いたところで中に引っ込むだけなんだから、根本的な解決にはならないのに・・。



 ━━━・・・あかん、心臓が止まっとる・・。



 「晴信が言うには、除(・)霊(・)出(・)来(・)な(・)い(・)理(・)由(・)が(・)あ(・)る(・)らしいんだけど、アイツの喋り方ってクソ苛つくじゃん? 私、話の途中でイライラしてきちゃってさ、『なげぇから3行にまとめて喋れやっ!!』って、ボコボコにぶん殴ったから、結局理由聞けなかったのよね」



 ━━━いや、アタシらは噂の晴信くんとは面識ないんで、知ってる前提で話されても困るんッスけど・・。



 ━━━・・・その話で、憶えてることって、他に何かないんですか?



 ━━━じゃりん子ぉぉぉ!!! 戻ってこいぃぃぃ!!!



 「んー・・」

 『八号』に問われ、私は天井を見つめて考える。そういえば、あの時晴信は━━



 『これは、びすけちゃんの◼️◼️に必要なグリッチなのです』



 と、言っていた気がする。

 しかし、いくら記憶を掘り起こしても、

 『◼️◼️』

 この部分だけは、まるで記憶を削り取られたかのように思い出すことが出来なかった。




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