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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『りっちゃんと四号さん③』


 地下牢に閉じ込められていた頃は、渡された紙を手に取ると、ピリっと軽い静電気が走ることがあった。

 そのピリっときたやつを壮年の男に渡すと、男は大層上機嫌になった。それは恐らく、『これから株価が上がる企業の名前』だったのだろうと思う。

 思う、というような曖昧な言い方しか出来ないのは、それを検証する術がないからである。

 何故なら地下牢から助け出されて以降、私はその『力』を消失してしまったのだから。



 びすけが産まれてすぐの頃、中卒無職の私はお金のことで困りに困っていた。

 人生一手詰みの局面を前にして、これからどうしたもんかと半ば思考停止状態で考えていると、ふと、地下牢に閉じ込められた頃のことを思い出した。



 ━━━『勘』を使って、FXで大儲けすればいいのでは?



 我ながら妙案であると思いついた私は、さっそく海外の3000倍までレバレッジが出来る口座を開設し、カストリ雑誌に載っていた『これから絶対来る株の銘柄一覧』の中で、一番ピリっと来た奴に全財産をフルレバで突っ込んだ。



 結果、大惨敗。



 齢18にして、希望の船すら乗船拒否されるような多額の負債を背負った私は、「しゃーない。泡風呂に就職すっか」と、覚悟を決めた。

 無料の求人情報誌の一番最後のページにあるペラペラの履歴書を切り取って、顔写真の欄にプリクラ、学歴職歴の欄に『中卒でーす』と書いて、福岡のお高い泡風呂の面接にレッツゴーストと玄関のドアを開けると、目の前に死に装束を着た静佳が立っていた。

 思わず仰け反った私に、静佳は目玉がグルグルになった顔をぐいっと近付けてくると、

 「りっちゃん。りっちゃんが泡風呂に就職するなら、私は店の奴らを全員殺すよ? ケツモチしてるヤクザも殺すし、上納金を納めてる※※も殺す。泡風呂を利用した客も全員殺す。殺すからね、りっちゃん? 私、本気だからね?」

 と、言ってきた。目がガチだった。

 それでしゃあなし、泡風呂に就職することを諦めた。

 だが現実問題として、多額の借金を何とかしなければならない。

 臓器しかねぇかと、東南アジア行きの安いツアーを探していると、

 「一週間だけ待って。何とかするから」

 と言い残し、静佳が何処かへ消えた。

 一週間後。

 ふらっと戻ってきた静佳は、とんでもない数の0がついた通帳を私に突きつけてきた。

 真っ青になった私とあか婆は、「お前、いったい何人殺した?!」と詰め寄ったが、静佳はキョトンとした顔をして、

 「人なんか殺してないよ? これは、ベーリング海峡でカニを捕まえて稼いだお金だから」

 と、訳の分からんことを言った。

 数日後。

 海外のニュースで、モビルアーマーみたいなデカいカニがベーリング海峡周辺で立て続けに捕獲されたというニュースが流れてきた。アメリカとロシアは共に捕獲の経緯を明かさなかったが、ネット上では、

 『俺は見たんだ・・。ジャパニーズAMAの格好をしたティーンエイジャーの少女が、ベーリング海峡に素潜りダイブして、モビルアーマーみたいなデカいカニを素手で引き揚げてくるのを・・』

 という風な、真偽不明の噂が流れていた。

 私とあか婆は半日じっくり考えた後、静佳に「ベーリング海峡はどうだった?」と訊いてみた。静佳は唇に手を当てながら「うーん」と唸り、「思ってたよりも温かかった」と答えた。私とあか婆は生温かい笑みを浮かべ、「そっかぁ、温かかったかぁ。地球温暖化は深刻だね」と言った。それはともかく。

 金の出所がどうあれ、友達からこんな大金を受け取るわけにはいかない。

 私と静佳は「受け取れ」「嫌だ」の押し問答を繰り返し、やがてそれは大喧嘩へと発展した。

 静佳と喧嘩することなど日常茶飯事だったが、その時の喧嘩は何というか今までの奴とは質が違っていて、私たちは絶縁一歩手前まで激しく言い争った。その舌戦が一時間を経過しようとしていた頃、

 「いい加減にしなさいっ!!」

 と、あか婆が割って入ってきた。

 私たちは揃って、口を出さないでと拒絶したのだが、

 「黙りなさい」

 あか婆に静かに一喝され、揃って首をすくめた。怒ったあか婆なんて星の数ほど見てきたはずなのに、その時のあか婆の怒り方は、今までのとはまるで迫力が違っていた。多分あれが、本気で怒った時のあか婆だったのだろうと思う。

 「・・・」

 あか婆は、目に静かな怒りを湛えて私たちのことを見ていた。静まり返ったその室内で、ふと、びすけが大声で泣いていることに今更ながら気が付いた。

 「びすけちゃんを放ったらかしにしてくだらないことで言い争って・・。あなたたちはいったい何をしているの?」

 私も静佳も、返す言葉がなかった。

 その後。

 あか婆の仲裁の元、私は借金を立て替えてもらうという形で、静佳がカニ漁()で稼いだお金を受け取った。

 静佳は返さなくていいと言ってきたが、そこだけは頑として許さなかった。



 私のFXの大惨敗から始まった一連の騒動がひと段落した頃、晴信がふらりと家に帰ってきた。

 ちょうど晴信に聞いてみたいことがあった私は、これ幸いにと訊ねてみた。

 「地下牢に閉じ込められてた頃は、これから来る株の銘柄を『勘』で当てられてたのに、どうしてFXではダメだったのかしら?」

 私の借金の額を聞いてトイレで吐いていた晴信は、しばらく無言で便座の前で正座していたが、やがて何かを決意したようにゆっくり息を吐くと、私に背を向けたまま、

 「・・・『勘』は、りっちゃんの人生を大きく左右する出来事がある時に降りてくるものなのです。上がる株の銘柄を当てることが出来たのは、そ(・)れ(・)が(・)そ(・)れ(・)だ(・)け(・)、(・)り(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)人(・)生(・)に(・)お(・)い(・)て(・)重(・)要(・)な(・)局(・)面(・)だ(・)っ(・)た(・)ということなのです」

 私は眉根を寄せ、「どういうこと?」と問い返す。晴信は小さく首を横に振った後、



 「もし、株を当てられていなかったら、りっちゃんは『利用価値なし』と見なされ、奴らに始末されていたのです」



 ※※※

 ※※

 ※



 残飯を投げ入れてくる世話役、月に二、三度訪れる肥えた親子、ゴキブリとネズミと変な虫・・それ以外何も存在しなかった私の世界は、ある日突然、終わりを迎えた。



 その日。

 いつものように、肥えた壮年の男と中坊みたいな顔をした中年の男が地下牢にやってきた。

 私は鉄格子の隙間から差し込まれた紙を受け取り、それを一枚一枚めくっていく。しかし、いつもなら5枚目くらいでピリっとくる『勘』が、その日はどういうわけだか中々やってこない。不思議に思いつつ紙をめくっていると、

 「ねぇねぇ、パパ、パパ」

 と、中年の男が甘えた声を出して、父親の肩を揺すり始めた。

 「ねぇ、まだダメ? ダメなの?」

 「ダメだと言っとるだろうが。まだ無理だ。あと数年は我慢しろ」

 父親は呆れ果てた顔で息子を見ていた。四十後半であろう息子は風船のように頬を膨らませ、「ちぇっ」と毒づく。それを見た父親は、ため息を吐きながら頭を振る。

 「・・・お前、よくこんな小汚いモノをそういう目で見られるな? 女なら何でもいいのか?」

 「やだなぁ、パパ。何でもいいわけないじゃん? よく見てみなって。コレ、絶対磨けば光るやつだって。ボクのセンサーがビンビンいってるもの」

 そう言って、息子が私を指差してくる。父親は胡散臭げに私を見ていたが、不意に「んー・・?」と、僅かに首を傾けると、

 「確かに、お前の言わんとすることも分かるな・・」

 と、とても厭な顔をして笑った。 

 その笑みを見た瞬間、私の全身にぞくりとしたものが走った。

 息子は、「そうでしょそうでしょ」と、猿のオモチャみたいに手を叩きながら飛び跳ねた。

 「結構いい線いってるでしょ、コレ? だからさ、パパも一緒にやろうよ? パパ上手いもんね、うまくねじ込むの。ボク、久しぶりにパパの格好いいとこ見てみ━━」



 その先を、息子が口にすることはなかった。



 それは、突然起こった。

 私の目の前から、肥えた親子の姿が消失する。

 消失という言葉以外、それは表現しようのない消え方だった。

 蜃気楼のようにすうっと消えていくのでもなく、何かに吸い込まれるように身体が消えていくのでもなく、肥えた親子は、ただ単純に世界から『消えた』。

 え、と、私が大きく目を見開いた瞬間、



 カランっ、と、何かが落ちる音がした。



 目を向けると、親子が立っていた場所に、古びた赤い箱が二個、落ちていた。

 その赤い箱は、底の厚い長方形の筆箱のような形をしている。箱はカタカタと痙攣しており、蓋の部分が僅かに開かれていた。隙間からは濃縮した闇のような『黒』が広がっており、人の精神力では到底直視出来ないその『黒』の奥底から、何者かの声が僅かに聞こえてきた。



 『勘』が、その声を聞くなと強く命じてきた。



 私は咄嗟に耳を塞いだ。すると、



 ━━━くすくすくす・・。



 ━━━くすくすくす・・。



 ━━━くすくすくす・・。



 無数の子どもの声が、突如として辺りに響き渡り始めた。

 いったい何人いるのか想像もつかないほどの、大人数の男女の声。それが、私を取り囲むようにして聞こえてくる。

 地下牢の四隅から、黒いモヤのようなものが這い出てきた。それらはあっという間に地下牢の壁を覆い尽くすと、ゆっくりと包囲するような形で私の元へと迫ってくる。子どもたちの忍び笑いが増す。何者かの気配が際限なく増えていく。

 私は、ただただ震えていることしか出来なかった。と━━



 「やめなさい」



 その一声で、何もかもがピタリと止んだ。

 黒いモヤも、子どもたちの忍び笑いも、何者かの気配も━━すべて消えた。

 目の前にあった二つの赤い箱も、いつの間にやら消えている。

 地下牢は、まるで何事もなかったかのように、平然といつもの姿を取り戻していた。と━━



 カツン、カツン、と、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。



 その足音はとても軽いのに、一歩、足音がする度、まるで世界が震えるかのような『圧』を覚えた。

 誰かは分からない。

 何者かかは分からない。

 けれど、と(・)て(・)も(・)恐(・)ろ(・)し(・)い(・)モ(・)ノ(・)が(・)や(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)のだと━━この時私は、本能で察していた。

 地下牢の鉄扉が、重い音を立てて開かれる。

 いったい何がやってくるのかと、震えながら扉を見つめる私の前に姿を見せたのは━━



 黒いゴスロリ衣装を身に纏った、お人形さんのような女の人だった。



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