番外編『宮本さんと風間さん㊺』
「よしっ!! これで何とかなるだろう!! 何とかなった!! 何とかなったということにしよう!!!」
建築現場と医療現場からたまに聞こえてくるけれど絶対に聞かなかったことにしなければならない種類の言葉が飛び出した後、主さんは何事もなかったかのようにまたカチャカチャとやり始めた。
その祠からは、依然として昭和のクーラーのように水がドバドバと滴り落ちている。
私は、空気を読むということを基本しないのだけれど、この時ばかりは黙っていた。小学校の学級委員長やツイ廃のような脊髄反射の正義感を発揮して、「主さん、そういうのはよくないと思います!! ちゃんと説明責任を果たすべきだと思います!!」と進言した結果、いったいどんな返答が返ってくるのか? 想像するだけで恐ろしかったからである。
「・・・」
主さんの黒い祠以外何もない真っ白な空間に、カチャカチャという音だけが響いていた。
私は正座したまま、首だけを振って辺りを見回す。見渡す限り、やはり白白白。遠くにうっすら黒い地平線が見えるだけで、他には石ころ一つ見つけられなかった。この空間は、
孤独。
その言葉を、具現化したような場所だった。
「・・・この空間に、主さんは一人でお住まいなんですか?」
主さんは「んー?」と言って目を上げると、「そうだぞー」と答えた。
「ここは、『元』は賑やかであったのだがなー、全員朕の『存在』に耐えきれずに消えてしまったー。今では、ここに住んでいるのは朕のみであるー」
「え? 消えてしまったって・・。それはもしかして、『御山』━━『六死ヶ嶽』に移住したということですか?」
「違うー。ここに元々住んでいたのは、『魂』から成るアストラル体とそれに付随するエネルギーのみによって『存在』する元から質量を持たぬモノたちであるー。お前たちニンゲン風に言うなら、『邪神』という奴だー」
「じゃ、『邪神』って・・」
漫画やゲームでしかお目にかかれない単語が飛び出してくる。その手のものでは必ずといっていいほど、ラスボスかそれに類する敵になるような存在が、「主さんがいる」という、ただそれだけのことで退散してしまうとは・・。
「退散というか、消滅だなー。あの手の奴らは肉体を元から持たぬ故、森羅万象の根源に触れやすい。故に、生まれながらにして強い『力』と『奇跡』を行使することが出来るのだが、『存在』が曖昧なのが致命的でなー。自分らより『上』の『存在』が来たら、一瞬にして『在る』ことが書き換えられてしまうのだー。『邪神』はニンゲンにとって脅威となる『存在』であるが、その実態は格ゲーの初狩りよりや連投荒らしよりも儚い『存在』なのであるー」
「は、はぁ・・」
格ゲーの初狩りよりや連投荒らしが何のことか分からなかったが、とりあえず頷いておく。
「朕の家の入り口にある、あの山━━お前たちニンゲンが『六死ヶ嶽』と名付けたあの山に住んでおる『存在』は、『邪神』とは一切無関係である。その見た目と強さ故、お前たちニンゲンは、あやつらのことを『邪神』か、それに類する者たちであると勝手に勘違いしておるようだが、それは大いなる誤りである。あやつらは━━」
「元は、お前と同じニンゲンである」
「え・・」
口の端が、痙攣したかのように引き攣る。
「そ、そんな、冗談ですよね? だって、あの人たち、姿形が人間とは全然違う・・」
「朕はそのような冗談は言わぬ。あやつらは紛れもなく、元・ニンゲンである。宮本静佳よ。お前は今、あやつらのことを『あの人たち』と言ったな? つまりそれは、朕の言葉が真実であると、お前が気付いている証拠でもある。お前は、そもそもの最初から気付いていたのだ。あやつらが━━」
「自分と同じ、『アレ』によって『魂』に余計なモノを付着させられたニンゲンであるということをな」
ぞわり、と、頭のてっぺんから氷水を被せられたような怖気を感じた。
同時に、私が何故あんなにも『六死ヶ嶽』に居心地の良さを感じていたのか? その理由を目の前に突きつけられたような気がした。
「あの人たちが、私と同じ・・」
「そうだ。あやつら自身が、もしくはあやつらの『前』が、『アレ』に『魂』を弄られた結果が、あの姿である」
「でも、私は━━」
「お前がニンゲンの姿をしているのは、『人間』を引き当てたからである。『アレ』の『仕込み』とは本来、ニンゲンを『人間』のまま別の生物に変態させることを目的としている。何の生物に変態するかは、宿主にも『アレ』にも選べぬ。それは宿主の『魂』と『願い』に大きく左右されるからである。宮本静佳よ。お前が『アレ』の『仕込み』を受けて尚、『人間』のままでいられたのは、お前の『魂』と『願い』が、ニンゲンであることを強く望んだからである。それが幸運なのか不運なのかは朕には判別出来ぬが、お前はニンゲンでありながら『人間』になれたという、数少ない例である。『アレ』はその昔、自身が欲する『ある生物』に変態出来るニンゲンを生み出すため、地球上のすべてのニンゲンの『魂』に『仕込み』を施したことがあるのだが、その結果、人類の99.99%が死滅した。99%のニンゲンは、『魂』に『仕込み』をされること自体に耐えきれずに消滅する。残りの1%も、そのほとんどは『仕込み』の影響により知能の大半を消失する。『六死ヶ嶽』のニンゲンたちのようにな。そして、お前と同じく、かろうじてそれの悪影響を免れ、知性を消失することなく、『アレ』の『仕込み』に適応出来た者はそれなりの『力』を得ることが出来るのだが、その『力』は所詮は紛い物であり、『上』の羽虫ども━━『邪神』の劣化版にしか過ぎぬ。ニンゲンとは━━」
「その程度の『存在』では、断じてない」
ガンッ、と、祠の中から、雷が落ちたのではないかと思うほどの激しい音がした。
私は飛び上がることも忘れ、その怒りにただただ恐怖した。
「『アレ』はな、自らの『つまらぬ願い』のために、全人類を絶滅寸前まで追い込み、あろうことかその『可能性』を『魂』に至るまで蹂躙したのだ。朕はどの時代どの次元どの世界線でも基本的には『傍観者』であるのだが、ことここに至っては捨ておくことは出来ぬ。『借りものの借りもの』であるとはいえ、『アレ』は元を辿れば朕が与えた『力』でもあるのだからな。朕は責任を果たすべく、『アレ』を滅ぼそうとしたのだが、『あの時』━━」
主さんの目元が険しくなる。カチャカチャという音が一層激しくなる。
主さんのいう『あの時』に、いったい何があったのかは定かではない。
だが、主さんがそのことに対して、酷く苛立っているのだということがはっきりと肌で感じられた。
「・・・」
主さんは何も言わない。カチャカチャという音だけが虚しく響いていく。
しばらくして、私は意を決して口を開いた。
「主さんの仰る『アレ』とは、いったい何者なんですか?」
主さんは長く沈黙していた。
答えたくない、或いは聞くだけで害になる話なのか?
私が訪ねたことを後悔しかけた、その時、
「・・・宮本静佳よ。もしも、お前がこの先━━」
主さんが、口を開いた。
「お前と同じ金色の眼をした、気味が悪いほどに容姿の整った男か女に出会うことがあったら、その時は全力で逃げよ」
「・・・」
「そして、朕の元を訪ねるがよい。『アレ』は、お前の手には負えぬ。例え何があろうとも━━どのような理由があろうとも、決して立ち向かおうとは考えるな」
よいな、と念押しし、主さんは再び沈黙した。
「・・・」
聞きたいことは山ほどあった。
けれど、私はそのすべてを飲み込み、「はい」と頷いた。
※
「よしっ、出来たぞ!!」
主さんの口調は、先のやり取りなどまるでなかったかのように朗らかだった。
黒い祠が設置の甘い洗濯機のようにガッコンガッコン動くと、扉のあるところから「ぺっ」という音と共に、何かが吐き出される。
それは中空にポッカリと空いた穴で、その奥にはドロリッチの中身のようなウネウネした空間が広がっていた。
私が指を震わせながら「わっついずでぃす?」と訪ねると、主さんはふふんと鼻を鳴らし、
「朕のお家とお前のお家を繋ぐワームホールである!!」
と、答えた。
「いやー、大変だったぞ!! 朕は朕であるから、ワームホールごとき作るのはお茶の子さいさいであるのだが、いかんせんここは朕が『存在』している空間であるからな!! そこからワームホールを作るとなるとべらぼうなエネルギーが必要な上、宇宙の法則が乱れてしまうからな!! 調整やら辻褄合わせやらが本当に大変だったぞ!!」
主さんはハッハッハッと笑う。辻褄合わせという言葉がすごく引っかかったけれど、私は黙って拍手を送った。
「さあ、宮本静佳よ!! ここを通って、一旦お前の家に帰るがよいー!! そして、手紙を書いて朕の元へ戻ってくるのだー!!」
「そ、それだけのことのために、あんなに苦労してらっしゃったんですか? 言ってくだされば、自力で帰ったのに・・」
「何を言うかー。お前が自力で帰ろうとすると、どんなに早くても百万年はかかるぞー。朕の家は、行きはよいよい帰りは超長いなのだー。いいから早くいけー。これ維持するの結構疲れるのだー」
主さんの言葉に、私は再びうるうると来てしまう。私ごときのために、ここまでしてくださったことが本当に嬉しかった。
「主さん・・」
「なんだー、どーしたー?」
「せめて、お礼をさせてください。主さんの黒くてツヤツヤしたぶっといモノを、私のペロペロで綺麗に━━」
「そういうのやめろって言ってるだろうぉぉぉぉぉ!!! もういいから、お前はやくいけよぉぉぉぉぉぉ!!!」




