番外編『宮本さんと風間さん㊹』
「しかし困ったなー。紙と鉛筆が創れないとなると、いったいどうやって手紙を書けばよいものか・・」
主さんは「んー」と唸った後、何かを閃いたように軽く目を見開いた。
「アレならどうだー? 地表をゴリゴリ削って文字を書くやつー。昔、お前たちニンゲンが、地球外にいるタコもどきにメッセージを送る時に使ってたアレだー。アレなら、簡単にやってやれるぞー」
「そ、それってもしかして、ナスカの地上絵のことですか? そ、それは、その、国土の狭い日本でそれをやったら、色々な人に迷惑がかかりますし、りっちゃん以外の人に、私の手紙というかメッセージを読まれるのも恥ずかしいですから、やめていただきたいかなぁと・・」
「んー? そうなのかー。まったく、ニンゲンというのはめんどくさくてよく分からぬ『存在』だなー。・・・仕方ない。あんまり気は進まんが、『まり』に頼むしかないかー」
主さんは深いため息を吐いた後、すうっと息を吸い込むと、
「おおいっっっ!!! まりぃぃぃ!!! 紙と鉛筆だぁぁぁ!! 紙と鉛筆をくれぇぇぇ!!!」
と、気の狂ったような大声を出した。
すると、一拍遅れて、
『うるせぇぇぇ、ボケ茄子っっ!!! 今何時だと思ってんのよ!!!』
知らない女の声が、何処から返ってきた。そして、
「ぎゃああああああああああ!!!」
何故か、主さんが祠の中で七転八倒し始めた。
祠が、七人家族と猫一匹が飛び込んできた家のようにバッタンバッタンと跳ね回る。その光景を見て、私はどうしたものかとオロオロする。と、
『死ねっ!!!』
まるで吐き捨てるような、女の声がした。
暴言が放たれると同時に、主さんの悲鳴と祠のバッタンバッタンが唐突に止まる。しん、となった祠に、私は恐る恐る「だ、大丈夫ですか?」と声をかけた。
「・・・うぅ」
祠の中から、主さんの苦しそうな呻き声がした。
「それ痛いからやめろって言ってるのに、ちっともやめてくれないんだもんなぁ・・。何だよもぉ、ちょっと声をかけただけなのに・・」
主さんは涙声で、ぶつぶつといじけたように文句を垂れている。
何が起こったのか定かではないが、どうやら先ほど聞こえてきた声の主に、何か痛いことをされたらしい。
(この主さんに、そんな真似が出来るだなんて、いったいどこの誰なのだろう?)
間違いなくヒトではあるまい。恐らく、主さんに近しい『何者か』、人智を超越した『何か』なのだろう。
「いや、『まり』はニンゲンであるぞー?」
まるで私の思考を読んだかのように━━実際読んだのだろう━━主さんがそう言った。
「『まり』は、朕が数十年前に見つけた『逸材』であるー。あやつは、肉体的な『可能性』はお前の足元にも及ばんが、精神的な『可能性』はお前を遥かに凌駕しておるー。何せこの朕ですら、『まり』ほどの精神の持ち主には今までお目にかかったことがないほどだからなー。あれはまさしく、精神のバケモノであるー。・・・だが」
主さんは、ハァと深いため息を吐く。
「バケモノ過ぎるが故、朕を畏れ敬い奉るということが一切出来ぬー。その上、『まり』はありとあらゆる意味で朕には興味がないのだー。朕のことを『ボケ茄子』などと酷い呼び方をするしー、ちょっとしたことですぐに『ぐりぐり』してくるー。まったくー。朕が無抵抗主義を貫いているのをいいことに、あやつは調子に乗っておるのだー。いつか見ておれよー、『まり』ー。この宇宙が数億段上の次元に達した暁には、朕が手ずからお前に『グリグリ』し返してやろうぞー。覚悟しておれー」
主さんが声を発する度、祠が上下にバッタンバッタンする。どうやら中で、激おこぷんぷん丸になっているらしい。
「ぬ、主さんがそこまで仰るということは、その『まり』とかいう人は、相当お強いのですか?」
「無茶苦茶強いぞー。何せあやつは、朕の0.1パーセントくらいの『力』があるからなー。『上』の次元の羽虫程度ならば相手にもならぬー。対して今の朕は、0.01パーセントの『力』しか出せないからなー。『ぐりぐり』され放題で困っておるのだー」
「え・・0.01パーセントって・・」
それでこの『圧』なのかと、私は愕然とした気分になる。だが、それよりも━━
「主さんは、何でそんなに『力』をセーブしてらっしゃるんですか?」
「そんくらいでないと宇宙がヤバいからだー。ぶっちゃけ0.5パーセントくらいまでは大丈夫なのだがー、それだと何かの拍子に、うっかり1パーセントを超えてしまう恐れがあるのだー。朕の『力』が1パーセントを超えるとー、宇宙が蒸発するだけでなく、この次元よりも更に『上』の次元まで消滅してしまうからなー。それだとまた、数の果てを5回数えるくらいの長い刻を待たねばならなくなるー。それはめんどいー」
「そ、そうなんですか・・」
スケールがあまりに大きすぎて、語彙力のない返答しか返せない。普通なら一笑に付すところだが、主さんがそう言うのなら、それは紛れもない真実なのだろう。
人間が微生物に対して嘘をつく必要も発想もないように、主さんが私に対して嘘をつく必要はまったくないのだから。
「うーん、『まり』を頼るのもダメだったかぁ・・。となると、いよいよ最後の手段であるなー。でも、これをやると宇宙の法則が乱れるんだよなー。失敗するとミトコンドリアが自我を宿して全宇宙に宣戦布告してしまうんだよなー。アイツら自我を宿すとべらぼうに強いからなー。今の段階のニンゲンじゃ太刀打ち出来ないんだよなー。一瞬で絶滅させられてしまうんだよなー。そうならないように注意が必要だなー」
「あ、あの、主さん・・。たかが紙と鉛筆程度のことで、全宇宙を危険に晒すのはやめていただきたいかと・・」
心の底から勘弁してくださいと思いつつ、私は額に脂汗をかきながら主さんに進言した。
主さんは「んー?」と眉根を寄せ、
「何を言うかー。紙と鉛筆は『たかが』であるが、手紙を書くということは『たかが』ではないのであろー?」
と言った。
「・・・」
その言葉を受け、私は何も言えなくなってしまう。
宇宙の平和とりっちゃんへの手紙。天秤にかけたらどちらが重いかなんて明白なのに、「やめてください」の一言が何故か言えなかった。
(私は、どうしようもなく自分勝手な女だった・・)
俯く私の頭に、何かニャルニャルしたものが触れた。
目を上げると、主さんの触手が私の頭を撫でていた。
「己の『願い』を第一に考えることを恥じる必要はないぞー、宮本静佳よー。それは、お前にとって何よりも大事なモノに紐付けされていることなのであろうー? ならば、そう考えるのは必然であるー。恥じる心があるだけマシであるー。己を捨て、利己的であることを捨て、他者のために利他的であろうとするお前たちニンゲンのその『習性』を、朕は何よりも愛しておるのだー。故に、朕はお前の願いを叶える。愛しいニンゲンの『願い』を叶えることに尽力する。この朕が、『尽力する』と言っているのである。しくじることなど、無量大数に一つもあり得ぬ。お前は何も案ずることなく、そこで見ておるだけでよい。この朕が、自らの『存在』にかけて、必ずやお前に手紙を書かせて見せようぞ」
「・・・主さん」
私は、目元に滲んだ涙を拭った。
主さんほどの『存在』が私なんかのために何かをしてくれているということに、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。ぶっちゃけそこまでの熱量を持ってやってもらうことではないのは分かっているのに、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
私の手は、自然と主さんの触手に伸びていった。そして心の赴くまま、主さんの触手に頬擦りする。主さんの触手は、何だかキュッキュッとして冷んやりした感触がした。
不敬な表現だけれども、その感触は、どこか茄子に似ていた。
今まで茄子を触って気持ちいいと思ったことは一度もないけれど、主さんの触手はいつまでも頬ずりしていたい魔性の魅力に満ちていた。不敬だからやめなければいけないと頭では分かっているのに、私はマタタビを頭から被った猫のように、スリスリスリスリと狂ったように主さんの触手に頬擦りし続ける━━。
「ハッハッハッ、どうやら朕の魅力の虜になってしまったようだな、宮本静佳よー。仕方ないことであるー。何せ朕は、『天』であり『冥』あり『生』であり『死』。即ち、森羅万象におけるすべてであるからなー。すべての『存在』は、『生』に惹かれ『死』に惹かれる運命にある。故に、朕に惹かれるのは至極当然のことであるのだー。ハッハッハッ、宮本静佳よ!! 思う存分、朕に惹かれまくるがよいー・・って、うん? ちょっと待て、お前。朕の触手をどこに持っていこうとしておるのだー? ・・・おっ、おいっ、やめろっ!! それはやめろ!! やめるのだ、宮本静佳よ!! い、いかん!! こやつ、よりにもよってこのタイミングで性に目覚めおったか!! それはマズイ!! それはマズイぞ、宮本静佳よ!! 令和に小学生でそれは本当にマズイ!! ガチのマジの本気でBANされてしまう!! やめろ!! やめろって!! やめろよぉぉぉ!!!!」
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「・・・あれ?」
何分か意識が飛んでいたようだ。
ハッとなって顔を上げると、何故か主さんの祠が、真夏のアスファルトに落としたソフトクリームのようにぐでーっとなっていた。
「・・・あ、危なかった・・。何とか未遂で終わらせたぞ・・。ダークネスが一般誌で連載出来ていた平成ならともかく、令和でコレ系のネタはマズイ。本当にマズイ。ツイフェミのバスターコールがかかるのは御免である。・・・しかし、参ったな。今のごちゃごちゃで、ズンドコベロンチョが『存在』ごとこの宇宙から消えてしまったぞ・・。うーん・・。でもまあ、大丈夫か・・。クラムボンならともかく、ズンドコベロンチョくらいなら、消えても問題あるまい。・・・たぶん」
主さんは、祠の中でぶつぶつと何事かを呟いている。が、
「・・・あれ? ちょっと待て。クラムボンも消えてないか? クラムボン消えてないか!? クラムボンはマズイぞ!! クラムボンが消えるのはマズイ!! マズイマズイマズイ・・」
祠の隙間という隙間から、昭和のクーラーのように水がポトポトと滴り落ちてくる。
私は、「あ、コレは本当に洒落にならないやつなんだな」と思いつつ、初の面接に挑む就活生のように身を固くしながら、あたふたする主さんの姿を見つめていた。




