番外編『宮本さんと風間さん㊷』
「朕は『天』であり『冥』であり『生』であり『死』、即ち!! 森羅万象における『すべて』である!! 朕の前に『存在』はなく、朕の『先』にも『存在』はない!! 故に!! 朕は唯一にして至高、究極にして『果て』!! 畏れ敬い奉るが良いぞ、ニンゲン!! 朕こそが、お前たちの『極』である!!!」
ハッハッハッと、祠以外何もない『白』の空間に、『眼』の笑い声が木霊する。
「・・・」
私はどうしていいか分からず、とりあえず祠の前で正座していた。頭の中では、時代劇のように平伏とかした方がいいのだろうかと、そんなことを考えていた。その考えが、自然と頭に浮かんだ。そう━━
目の前にいる『存在』が絶対的な強者であり、人間を含めたすべての『存在』が平伏しなければならない相手なのだということを、私はこの時、本能で理解していたのだ。
私は正座したまま、岩のように身体を硬くしていた。
「んー? どーした、ニンゲン? 朕の前だから緊張しておるのかー? ハッハッハッ!! 苦しゅうない、苦しゅうないぞー、ニンゲン。楽にせー」
『眼』が、存外フランクなことを言ってきた。その言葉を受け、私は「はい」と返事をする。
が、声を出すことが出来ない。
『御山』同様、この『白』の空間内でも、音を立てることは出来ないらしい。
私が喉を抑えながら、その旨を目で訴えると、
「んー? あっ、そうかそうかー。ちょっと待っておれー。・・・えーっと、アレをこうしてああしてちょんとやってっと・・よしっ!! これでもう大丈夫だー、ニンゲン。声を出してみよー」
私は再び「はい」と返事をしてみる。すると、いかなる変化があったのか、今度はちゃんと声を出すことが出来た。
『眼』は上機嫌に目を細め、
「うむっ、上手くいったようだな!! 流石は朕である!! 何でも出来すぎて困ってしまうな!!!」
そう言って、再びハッハッハッと笑い始める。自画自賛が凄いなぁと思いつい、私は会社の飲み会にイヤイヤ参加してるOLみたいな控えめな拍手を送った。
『眼』の笑い声がひと段落した後、私は意を決して訊ねてみた。
「え、えっと・・貴方は、何者なんですか?」
「んー? 朕は朕であるぞ? さっきも言った通り、森羅万象の『すべて』であるー。それ以外の何者でもないぞー?」
「い、いえ、そうではなくてですね・・貴方のお名前を教えていただきたいのですが・・」
「名前ー?」
『眼』は僅かに考え込むように目線を上に向けると、
「そんなものはないなー。朕には星の数ほどの呼び名があるが、そのどれもが朕にとっては無意味であり、的外れであるー。朕は朕であるとしか言いようがないなー」
「し、しかし、それでは何とお呼びすればいいのか分かりません・・」
「朕と呼べばよかろうー」
「そ、それは一人称ですので・・。名前として扱うには、些か不適切かと思います・・」
「んー? そうなのかー。じゃあ仕方ないなー。では、朕のことは・・んー? 何と呼ばせればいいのだー? お前たちニンゲンが、朕のことを勝手に呼んでいる名前ならあるが、アレは間違いもいいところだからなー。語弊があるからなー。風評被害もあるからなー。あの名前では呼んで欲しくはないなー」
『眼』はひとしきりうんうんと考え込んだ後、
「分からんー、もういいー。お前、お前だー。朕をどう呼ぶかは、お前が決めろー」
と、唐突な無茶振りをしてきた。
私は思わず自分の顔を指差して、
「ワシ・・じゃなかった。わ、私がですか?」
「そうだー、お前に任せるー。どうせ名前など、朕にとっては何の意味もないのだー。朕は朕であるが故に『名』で『存在』は縛られぬー。『言霊』も効かぬー。どう呼ぼうがお前の自由だー、ニンゲン。好きな『名』で呼ぶがいいー」
「そ、そう仰られましても・・」
私は背中に大汗をかきながら、目を泳がせる。
━━━相手のラインがまるで分からない。
少し話しただけだが、目の前にいる相手が暴君のような狭い器量の持ち主ではないことは分かった。しかし、『眼』と私とでは『存在』の『格』が違いすぎて、何が相手にとっての地雷なのかがまるで分からない。それ以前に、『眼』の『常識』自体が掴めない。誰もが無難に思えるような名前が、相手の機嫌を手酷く損ねてしまう結果になりえるのだ。私はどうしたものかと頭を悩ませ、
『決してあの山に━━『六ノ宮の冥主』様が御座しまする御山に足を踏み入れてはならぬ』
不意に、集落の年寄りたちがそう言っていたことを思い出す。
「・・・主さん」
私は、何かを思い出したかのようにポツリと呟く。そして、僅かに身を乗り出して、
「主さん。主さんというのはどうでしょうか? 私は、あなたのことを主さんとお呼びしたいです!」
と、言った。
『眼』━━『主さん』は、そんな私をキョトンと見つめた後、目元を上機嫌に緩ませると、
「主さん・・主さんか!! 良い名前だな!! 良いぞ!! 許す!! 朕のことは、主さんと呼ぶがいい!!」
そう言って、ハッハッハッと笑ったのだった。
※※※
※※
※
「ところでニンゲン。お前の名前は何と言うのだー?」
主さんにそう訊かれ、私は居住まいを正して自分の名前を告げる。
「宮本静佳かー、良い名前だなぁー。朕はニンゲンの名前の良し悪しは分からんがー、きっと良い名前なのだろうなーということは何となく分かるぞー」
「そ、そうでしょうか・・」
適当なことを言っているなぁと思ったが、口には出さなかった。
「うむ、朕が言うのだから相違ないー。それに、良いのは名前だけではないぞー。肉体もそうだがー、お前は何より『魂』が良いー。お前ほど『魂』が良い奴に出会ったのは、この宇宙では『三人目』だー。『アイツ』から数えて数千年、『まり』から数えて数十年というほんの僅かな時間で三人もの『可能性』に巡り会えるとは、まったく、この宇宙は本当に大当たりだなー」
そう言って、主さんは心底愉快そうに笑った。
「・・・しかし」
が、不意にその笑いを引っ込めると、少しだけ悲しむような目で私を見て、
「お前のその『眼』。それはアレだなー、『アレ』の『仕込み』だなー」
と、言った。
「・・・『アレ』?」
「『アレ』とは、少し前━━ニンゲンの感覚でいうところの数千年前に、ズルをして朕の『門』をくぐった奴のことであるー。ズルをしたことを抜きにしても、朕は元々アレのことが大嫌いでなー。罰を与えてやろうとしたのだが、『アイツ』にやめてくれと強く懇願されてなー、仕方なく許してやったのだー。・・・だが、それはやはり間違いであったなー。こうして『アレ』の仕込みを間近で見ると、つくづくそう思うぞー。朕は完璧で究極な『存在』であるが、極々稀に間違いを犯すー。いくら『アイツ』の頼みとはいえ、『アレ』を野放しにしてしまったのは、朕の数少ない過ちであったなー」
場の空気に、粘っこいものが混じり始める。主さんの言う『アレ』が誰のことを指しているのか分からないが、どうやら酷く不愉快な思いをさせられたらしい。
━━━主さんが不機嫌になる。
たったそれだけのことで、何もない大海原で巨大な嵐に遭遇したような絶望を覚える。
命の危機を感じた私は、場の空気を変えるべく身を乗り出した。
「・・・あ、あのっ! 先程『仕込み』と仰いましたが、わ、私の『眼』は、何かあるんですか?」
そう言って、主さんと同じ色をした自分の目を指差す。
金色の眼。
りっちゃんの銀眼同様、変わった色をしている自覚はあったが、これまでそのことを深く考えたことは一度もなかった。
主さんは大きく頷き、
「うむ、大アリであるー。お前のその『眼』は、『アレ』が朕の『力』をパクって作ったモノなのだー。著作権の侵害というやつだなー。朕は心が広いから、パクり自体はぶっちゃけ構わぬのだが、『粗悪品』をばら撒かれるのは不愉快であるー。『アレ』の『眼』は、そこそこの『力』は与えられるようだが、所詮パクりはパクりであるー。『朕』のオリジナルの足元にも及ばぬし、そもそも『アレ』自身の『力』が借りモノの借りモノであるからなー。借りモノの借りモノが借す『力』など、たかが知れているのは当然というわけだー。宮本静佳よー」
「お前は、お前の『前』か、あるいは『もっと前』のお前が『アレ』に目をつけられ、『魂』に『よからぬモノ』を植え付けられたのだー」
「お前の眼が朕と同じ色をしているのは、それの影響であるー。その『よからぬモノ』が、お前の『可能性』を大きく阻害しているのだー。お前の『足掻き』は、お前自身がそのことを本能と『魂』で理解しているからであるー」
「『足掻き』・・?」
私は、大きく首を傾げる。主さんから見て、私は何かを足掻いているように見えるのだろうか? 何も思い当たる節がないのだが・・?」
「宮本静佳よー、お前が今、一番やりたいと望んでいることはなんだー?」
「やりたいこと・・?」
私は少しだけ考え込み、
「えっと、それは、『剣』を極めることです」
「極めるとは、具体的にどのようなことを指すー? お前は、何をもって『極めた』と己を納得させることが出来るのだー?」
「それは・・」
━━━究極の『一撃』。
幼い頃、河原に落ちていた漫画に描かれていた薩摩ぼっけもんの生き様。大上段の一振りにすべてを賭け、後先のことも、己の生死すらも顧みない。私はそこに、
━━━何があろうが必ず相手を斬る。
という、強い意志と覚悟を感じた。それに、身が震えるほどの感銘を受けた。私という『存在』はかくあるべしと、天から啓示を受けた気分になった。
あの時━━いや、それよりも遥か昔から、私の役目は『それ』であるのだと、何故だか確信した。
以降、私の道はそれで決まった。
究極の一撃を━━いかなることがあろうとも相手を斬る究極の一撃を━━それを求めて、私は今日まで鍛錬を積んできたのだ。
「・・・私の求める望みは、究極の一撃とは、そういうものです。主さん。私は、その一撃に辿り着けるでしょうか?」
私が問うと、主さんはうーんと唸り、
「近しいものには辿り着けるであろうなー。でもそれは、お前の望むものとは微妙に離れているような気がするぞー。『剣』に魅入られたニンゲンが、那由多の果てを経て辿り着く境地が『剣の極』であるがー、お前の着地点は、朕が見るにそこではないようだなー。宮本静佳よー。お前が辿り着きたいと望む『極』は━━辿り着かねばならぬ『極』は、『剣』であって『剣』ではないー。それは、お前の『前』が半歩だけ踏み入ることが出来た『極』であるー」
「私の『前』・・?」
主さんのいう『前』とは、私の前世のことなのだろうか? 話がスピリチュアルすぎるし、正直主さんが何を言っているのかほとんど理解出来ないのだが━━
それは正しいことなのだと、心の型にすっぽりと嵌るような納得を覚えた。
「主さん、私が目指すべきことは、『剣』であって『剣』でないとは、いったいどういうことなのですか? 私は今まで、『剣』こそが自分の人生と命と『魂』をかけるべきものだと思って生きてきました。もしもそれが間違っているとするならば、私はこの先、何を目指すべきなのでしょうか?」
私がそう問うと、主さんは不思議そうな声で「んー?」と唸り、
「間違ってはいないぞー? お前が目指すべきは『剣』の道で相違ないー。ただ、辿り着かなければいけない場所が『剣』であって『剣』でない『領域』であるというだけだー。そのまま精進するがよいー」
「わ、私の目指す場所が『剣』であって『剣』でないなら、『剣』の道を進み続けるのは間違いなのではありませんか・・? 主さんの仰る『領域』が何を指すのか私には分かりませんが、今からでもそちらの道を目指すべきなのでは・・?」
「違うー。それではお前は辿り着けぬー。『剣』であって『剣』でないとは、『剣』が間違っているという意味ではないー。・・・うーむ、やはりいかんなー。宮本静佳よー、お前はどうやら、『アレ』がいらんことをしてしまったせいで、楽に慣れすぎてしまっているようだなー」
それではいかぬなー、と、主さんは残念そうにため息を吐く。
「ニンゲンが『極』に至るまでの道を0から10とするならば、お前は生まれながらにして『5』に辿り着いてしまっているー。『極』を目指さぬ凡人ならばそれでもよいがー、その生き方ではせいぜい『9』までしか辿り着けぬのだー。『アレ』のやり口とは、そういうものなのであるー。宮本静佳よー」
「ニンゲンとはなー、ズルをしては『10』には辿り着けん『存在』なのだー」
「今のままでは、どれだけ鍛錬を積もうが、お前は『9』止まりであるー。『9』であれば、『剣の極』の上り框程度なら踏めるであろうがー、それ以上は無理だー。故にー」
━━━お前の求める『領域』には、決して辿り着けぬ。
主さんのその言葉に、私は耳元で鐘を鳴らされたような強い衝撃を覚えた。




