番外編「宮本さんと風間さん㊴』
朝、目を覚ますと、背中の辺りに違和感を感じた。
何だろうと思い起き上がると、私の身体の下に隠れるようにして、りっちゃんが寝そべっていた。
りっちゃんは青ざめた顔でうんうんと唸っており、
「コイツです。何もかも全部コイツが悪いんです・・。連れていくならコイツだけにしてください・・。私は何も悪くありません・・」
と、ぶつぶつ寝言を呟いていた。どうやら一晩中、私を盾にしていたらしい。
私は「はぁ・・」とため息を吐き、りっちゃんの頬をぺちぺち叩きながら、起きろと言った。
「・・・ふぁ。・・・あっ、静佳ちゃん、おはよう・・」
りっちゃんは目を擦りながら、何事もなかったかのように欠伸をする。
「昨日は全然眠れなかったよ・・。何せ一晩中、命のやり取りをしていたから・・って、あの黒いのはっ!!」
眠そうに目をしばしばさせていたりっちゃんが、天敵に気付いたウサギのように飛び上がる。
それを見て、私は「りっちゃんはとてもではないが野生では生きていけんのう・・」と残念に思いつつ、背後を顎で指し示した。りっちゃんは振り向くと、
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
と、元気な叫び声を上げる。
真っ黒いドロドロが1箇所に集まり、何かの塊になろうとしていた。
地面から泡のように盛り上がるそれは、やがて『鹿』の姿に形を変えると、すべてのドロドロがそこに向かって吸い込まれていく。りっちゃんは私の背中に隠れて、何故かぐいぐいと前に押し出そうとしてきた。何をやっとるんじゃと訊くと、りっちゃんは「神様のお怒りを鎮めるにはこれしか方法がないの分かって」と、訳の分からないことを早口で言った。
そうこうしているうちに、黒い影のような体表が、朝日に追い立てられる闇のようにすうっと引いていき、中から在りし日の『鹿』の姿が露わになる。
そして、再び金色にペカペカと光り始めた。
「うわっ、眩しいのぉ・・。もうちょい光量を抑えてくれんか?」
光を手で遮りながら文句を言うと、『鹿』は苦虫を百匹噛み潰したような表情をして私の顔をしばらく見つめた後、
「・・・」
何かを諦めるように首を左右に振り、静かに私たちに背を向けた。そして、何処かへ向けてゆっくりと歩いていく。
「おーい、『鹿』っ!!」
その背に、私は声をかけた。
「おまんの肉、超美味かったど! また腹が減ったら狩りに行くで、そん時はよろしくな!!」
「・・・」
振り返った『鹿』は、苦虫を百万匹噛み潰したような表情で私を見た後、地面にぺっと唾を吐いてスタスタと歩いていった。
それを見て、私は大笑いする。
「態度の悪い『鹿』じゃのう!! 見てみい、りっちゃん!! あんなイキリ散らかした中坊みたいな奴が神様なわけなかろうが? 祟りなんぞないから大丈夫じゃ!!!」
「・・・」
しかし、りっちゃんは『鹿』に向かって土下座したまま、一切動くことはなかった。
朝食にする予定だった『鹿』の肉は昨日全部りっちゃんが食べてしまったので、
(どうしたもんかのう・・。さっきの今で悪いが、また『鹿』を狩りに行くかのう? それとも、食ったことないが、あのムール貝みたいな目をした銀色の猿にチャレンジしてみようかのう・・)
などと考えていると、突然ボトボトと空から何かが落ちてきた。
季節外れの雹でも降ってきたんかと思い地面を見ると、何故か落ち葉の上にイワナによく似た魚が大量に転がっていて、ビタンビタンと騒がしく跳ねていた。
(竜巻にでも運ばれてきたんか・・?)
しかし、空は快晴で、風も大して強くない。遠くから、酔っ払いのオッサンみたいなクソデカ哄笑が聞こえるくらいで、他に変わったことなど何もなかった。
私は小首を捻りつつ、「不思議なこともあるもんじゃのう」と呟いて、地面に散らばったイワナによく似た魚を拾い集めた。りっちゃんはまだ土下座をしていた。その背中で、イワナによく似た魚がビタンビタン跳ねていた。
落ちていたイワナによく似た魚の何匹かは、ハラワタのところを鋭い犬歯で食いちぎられていた。
それは特徴的な歯形だったが、何の獣なのかは分からなかった。食いちぎられている魚は流石に食べられないので、私は地面に穴を掘ってそれを埋めた。
ふと見上げると、風もないのに山に生い茂る木々が激しく揺れていた。
遠くに聞こえる酔っ払いのオッサンみたいなクソデカ哄笑は、その日はいつまでも消えることはなかった。
(さて・・)
私は火を起こしつつ、イワナによく似た魚をどう調理しようかと考えていた。
コレが普通のイワナなら、串に刺して火で炙れば終わりなのだが、コレはイワナではなく、『イワナによく似た魚』なのである。
その魚には、腹のすぐ下の辺りに、カエルによく似た生々しい脚がついていた。
(イワナにそっくりじゃから食っても問題なかろうが、脚の部分はちょっと気持ち悪いのう・・)
でも、そこだけ捨てるのも何か勿体無い気がする。
悩んだ末、私はイワナによく似た魚から脚だけを取り外し、それを雑草と一緒に入れて鍋で煮込んでみることにした。脚をもいだ後の魚は、串に刺して塩焼きにした。
「りっちゃんー、ご飯できたどー」
手を振って呼びかけると、土下座していたりっちゃんはすくりと立ち上がり、神妙な顔でこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「何やら元気がないとが、大丈夫かりっちゃん? これ食って元気だせい」
そう言って、お椀に盛った脚と雑草の煮込みをりっちゃんに差し出す。
それを受け取ったりっちゃんは、小さな声でありがとうと言うと、
「いただきます」
と手を合わせ、じゅるじゅるとそれを食べ始めた。ろくに噛まずに流し込んでいるようなので、脚の骨とか大丈夫なんかのうと思いつつ見守っていると、氷を噛み砕くようなバリボリという豪快な音が聞こえてきた。りっちゃんは、歯と顎がとても頑丈なのだ。
満足げな表情をしたりっちゃんは、ゴクリ、と大きく喉を鳴らすと、
「これ、美味しいね。鶏肉?」
と、聞いてきた。
私は一切表情を変えずに「そうじゃ」と頷いた。イワナによく似た魚は、毒とか衛生面で不安があるので様子見をしていたのだが、この分だと大丈夫なようである。私は安心して塩焼きにかぶりついた。普通に美味しかった。脚と雑草の煮込みは念のため食べなかった。
食後。
「さて・・。腹も膨れたことじゃし、そろそろ始めるかの」
私は立ち上がってりっちゃんの背後に回り込むと、脇の辺りを持って無理矢理立ち上がらせた。りっちゃんは不安げな表情で、「何? 何?」と暴れたが、私は「ええからええから」と宥めつつ、周辺で一番大きな木の幹まで引きずっていく。
そして、有無を言わさずに縄でぐるぐる巻きにした。
「うっし」
準備が完了し、私は腕をぐるんぐるん回して準備運動をする。りっちゃんは「何なんだって訊いてんだろうがよっ!」と暴言を吐いていた。
「落ち着けや、りっちゃん。今からやるのはな、おまんに度胸をつけてやるための訓練じゃ」
地面に落ちていた丁度いい大きさの木の棒で素振りをしながら、私はりっちゃんに微笑みかける。
「今からこの木の棒を、おまんの頭に目がけて全力で振り下ろす」
「おまわりさーん!! 助けてくださーい!! 人殺しが、人殺しがここにいますっ!!!」
「話は最後まで聞くもんじゃぞ、りっちゃん? 安心せぇ。全力で振り下ろすとは言うたが、寸止めじゃ寸止め。この木の棒がおまんの頭にぶち当たる寸前で止めちゃるから安心安全大丈夫、何も心配なかど!!」
「心配しかねぇよ!! 大体、そんなことやって何の意味があるんだよ!!」
「だから、最初に言うたじゃろうが? 度胸をつけるためじゃって。ワシの殺意満タンの唐竹割りを間近で見続ければ、自ずと心は鋼のように鍛えられる!! この訓練を終えた暁には、きっとりっちゃんには怖いものはなくなっとるど!! 完全に赤信号に切り替わった交差点にアクセルベタ踏みで突っ込んでくる土井山ナンバーのような強い心を、おまんも手に入れることが出来るんじゃ!!」
「そんなのは心が強いとは言わねぇんだよ!! 低脳って言うんだよっ(※個人の感想です)!!! いいから縄外せや、このクソダボがっ!!!」
りっちゃんはぎゃあぎゃあと暴れ続けたが、心を鬼にしてそれを無視し、「あんまり頭動かすと頭蓋骨にヒビが入るどー」と言って、木の棒を大上段に構えた。そして、
「んじゃ、始めっかの」
私は口の端を吊り上げ、りっちゃん目がけて思い切りそれを振り下ろした。
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寸止めは普通に失敗した。




