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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『宮本さんと風間さん㉟』


 ヤマさんは懐からスマホを取り出すと、それをポチポチといじり始め、

 「これが、金崎じゃこてんだ」

 と言って、一枚の画像を宮本静佳に見せてくる。

 それを覗き込んだ彼女は、えっと目を丸くし、画像を指差して、

 「・・・これ、画像間違えてないですか? 本当に、この人が金崎じゃこてんなんですか?」

 と、信じられないといった表情で訊いてくる。

 スマホの画面に映っている女性━━その顔が、宮本静佳が想像していたものとは、あまりにもかけ離れていたからである。

 ヤマさんは苦笑し、間違いじゃねぇよと頷く。

 美しいストレートの黒髪に白い肌。若干切れ長の綺麗な瞳が、画面の向こう側から宮本静佳を無表情に見つめている。

 「私、てっきり白塗りにしたカマキリみたいな見た目の女だと思ってたんですけど、これは・・」

 「(女の悪口はえげつねぇな・・)せ、清純派のアイドル。もう死語になっちまったのかもしれねぇが、平成風に言うならそれだよな?」

 宮本静佳は頷く。ヤマさんの話の中で出てきた暴言オブ暴言の雨あられが、この美しい女性の口から飛び出してきたとはとても信じられなかった。



 ━━━やな坊の上位互換。



 宮本静佳は、先程ヤマさんが言った言葉の意味を、今はっきりと理解出来た気がした。

 「金崎じゃこてんは愛媛の地方都市━━芸名から大体想像つくだろうが、じゃこ天の発祥の地である、とある海沿いの町の近くで生を受けた。彼女はその町で中学三年生まで過ごし、卒業と同時に愛媛を出た。高校は受験すらしなかった。その件で親と大喧嘩になり、勘当も同然で上京。最初の頃は住み込みのアルバイトを転々としていたが、いつの頃からか地下芸人活動をするようになる。その後の話は、さっき語った通りだ」

 「女性で中卒というのは、当時でもかなり珍しかったんじゃないですか?」

 ヤマさんは、「ああ」と頷く。

 「かなり珍しい部類に入るな。専門学校に入るとか留学するとかの特殊な事情を除く限り、高校へ進学しないのは家庭がよほど困窮しているか、手のつけられない悪ガキか、あるいは何らかの身体的または精神的な理由で学校に通えなくなったか・・大雑把な振り分けだが、大体そういう子どもたちばかりだった。・・・だが、金崎じゃこてんは、そのどれにも該当しない」

 理由らしい理由がなかったんだ、とヤマさんは語った。

 「学生時代の金崎じゃこてんは、芸人時代とは全く違い、無口な女の子だった。友達らしい友達もおらず、いつも一人で何をするでもなく教室の隅でぼうっと座っている━━そんな女の子だったそうだ。どのクラスに一人はいる内気な女の子。話だけ聞けばそんな風な印象を受けるだろうが、彼女はそういうタイプの子どもではなかった。画像を見ても分かる通り、金崎じゃこてんはかなり容姿に恵まれた女の子だったからな。言い寄ってくる男子は星の数ほどもいた。だが、その全てを彼女は袖にした。それどころか━━」



 「死ね」「キモい」「失せろ」



 「告白の有無関係なく、男子に対してはその三つの単語でしか喋らなかったそうだ。当然、そんなことをしていると悪ガキに絡まれるわけだが、そういう場合は躊躇なく相手の顔面に拳を入れてたそうだ。そんな攻撃的な性格だったからか、中学に入学したての頃はひっきりなしに告白やら愛の手紙やらを受け取っていた彼女も、中学三年生になる頃には誰からも避けられる存在になってしまった。ちなみに、男子に対しては苛烈な金崎じゃこてんだったが、女子に対しては幾分マシな態度だったらしい。あくまでも『幾分』だ。彼女と1分以上会話したことのある女子は、おそらく中学にはいなかっただろう」

 そんな金崎じゃこてんであるが、不良学生のように無断欠席するようなことはほとんどなく、授業態度は極めて良好だったらしい。勉学についても問題なし。むしろ、かなり優秀な部類だったそうだ。

 だが、訊ねられたことに答えるだけ、指示されたことをやるだけ、無駄なことは一切しない。問題児というほどではないのだが、些か扱いにくい女子━━教師陣営からの金崎じゃこてんの評価というのは、概ねそのようなものであった。

 「内申は花マルとはいえないが、それでも進学を危ぶまれるほどではなかった金崎じゃこてんが、何故高校に進学しなかったのか? その理由の本当のところははっきりしない。彼女は当時、両親に対して、中学を卒業したらどこかに就職して働くと告げていたそうだ」



 「この時点では、金崎じゃこてんの頭の中には、『芸人になる』という選択肢は恐らくなかったんだろう」



 「金崎じゃこてんには、両親と歳の離れた妹さんが一人いるんだが、誰もそんな話は聞いたことがなかったそうだ。そういう素振りさえなかったらしい。後に、妹さんが語ってくれたことだが、自分の姉が芸人になったのを知った時、彼女は心底驚いたそうだ。いつも無口で無表情で、真面目というよりまるで機械人形のような姉だったから、東京ではきっとOLなどの硬い職についているのだろうと思っていたらしい」

 「へぇ・・」

 ヤマさんの話を、宮本静佳は心底意外な心持ちで耳を傾けていた。

 と、同時に、強い疑問が湧く。

 「なんでそんな女の子が、あんな風になってしまったんでしょうか? 今の話を聞く限り、彼女が芸人を目指すようなタイプとはとても思えないのですが・・」

 ヤマさんは遠い目をし、「これも、本当のところは分からん」と、呟く。



 「・・・分からんが、恐らくはコレが転機だったんだろうな、という出来事はある」



 ※※※

 ※※

 ※



 金崎じゃこてんが19歳の頃、コンビニでアルバイトをしていた時の話だ。

 夜の0時を回った頃、職場の先輩と一緒に帰宅していた途中、彼女はとある一団に話しかけられた。

 その一団は緑色の帽子に黄色のゼッケンをつけており、そこには大きな字で『夜回りパトロール』と書かれていた。

 金崎じゃこてんが勤めていたコンビニは、繁華街のホテル密集地に極めて近い立地にあり、童顔で小柄な彼女はよからぬしのぎに手を出している女子高校生なのではと夜回りパトロールに疑われたのである。

 隣にいた男も紛らわしかった。

 彼は金崎じゃこてんのアルバイト先の先輩で、彼女とはただの職場の同僚でしかなかったのだが、いかんせん見た目があまりにもよろしくなかった。

 いかにも少女を金で買っていそうな肥えた中年のサラリーマン━━先輩はまだ二十歳そこそこの青年だったのだが、傍目にはそうにしか見えなかったのである。

 そのように見えてしまうのは、彼が元々老け顔で、樽のように太っていたせいもあるのだが、根本的な原因は、彼が『趣味がテレクラの30代独身男性窓際族』という役作りをしていたせいである。役作りといっても、先輩は役者ではない。



 彼がコンビニバイトの傍らで取り組んでいたのは『芸人活動』であり、その役作りは劇場でやる『芸』のためであった。



 先輩━━後に、金崎じゃこてんに『天才霊能力者のいっちゃん』の助手役のオーディションの話を持ってくるその男は、疑い深げな眼差しで彼を取り囲む夜回りパトロールに向け、あたふたと弁明じみた━━実際何もないのだが━━私は怪しい者ではありません的なことを必死に訴え続けていた。

 金崎じゃこてんはしばらく立ち止まってその様子を眺めていたが、「免許証は今日たまたま持ってないだけなんです! 信じてください!」と、号泣しながら訴え始めた先輩を虫を見るような目で一瞥し、何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとした。が━━

 「ちょっと待ちなさい」

 夜回りパトロールの一人である、初老の男性に二の腕を掴まれた。

 途端、金崎じゃこてんの目がキッと険しくなる。彼女はその手を乱暴に振り払うと、一切の躊躇いなく、男性の顔面に拳を叩き込んだ。

 場が騒然となる。

 その光景を見た先輩はあんぐりと口を開け、彼女に殴られた男は他のパトロールに支えられながら、「警察っ! 警察っ!」と叫び倒していた。

 「・・・」

 金崎じゃこてんは、そんな男を見下すような眼差しで見つめていたのだが、ふいに口の端を吊り上げると、

 「はっ」

 と、心底バカにしきった風に鼻で笑った。

 殴られた男の顔が、かあっと赤くなる。

 「人のことを殴っておきながら、何だその態度はっ!」

 男が激昂すると、金崎じゃこてんは一歩前へ進み出て、その胸ぐらを掴んだ。



 「てめぇこそ人の身体に勝手に触ってきやがってよぉ!! 被害者ぶってんじゃねぇぞ、変態ジジイがっ!!!」



 ガヤガヤと騒がしい繁華街が、一瞬しんとなる程の怒声だった。

 顔面蒼白だった先輩の表情に、驚愕と困惑が混ざり合っていく。バイト中でも小声でしか喋らない彼女が、こんなにも大きな声を出したのを見たのは初めてのことだったからだ。

 しかし、それ以上に彼を強く狼狽えさせたのは、彼女の表情だった。



 攻撃的でギラついた、獣のような眼差し。



 いついかなる時でも美しい機械人形のように、感情も表情も動くことのない金崎じゃこてん。その彼女が見せた初めての『感情』に、彼はただただ圧倒され、ショックを受け、そして何故か━━



 悲しい。



 と、感じた。

 彼女を除く全員が冷水をぶち撒けられたかのように身を縮こませる中、金崎じゃこてんは歯を見せて笑い、

 「お前、随分手慣れた様子だったなぁ? その様子だと、普段から常習的にやってたんだろ!? なぁ? そうだよなぁ、おいっ!!!」

 と言って、男にぐいと顔を近づける。

 男は助けを求めるように左右を見回しながら、「な、何の話だ・・」と小さな声で言った。金崎じゃこてんは再び「はっ」と鼻で笑うと、自身の腕を軽く叩いてみせる。

 「もうボケが始まったのかよ? 忘れたとはいわせねぇぞ? てめぇ、さっきアタシに何した? 触っただろうがよぉ!! アタシの身体をよぉ!!」

 「う、腕を触りはしたが、それは・・声をかけるためで・・」

 「うるせぇ!!」

 金崎じゃこてんは、男を一喝する。

 「いつまでもグダグダグダグダと言い訳垂れてんじゃねぇぞ、クソジジイがよぉ!! そんな小学生が考えたような言い訳が通用するとでも思ってんのか? んな言い訳が通用するのはなぁ、てめぇの煩悩に塗れたクソみたいな脳みその中だけなんだよ、このっ低脳がっ!!」

 「さっきから何を言って・・」

 「しらばっくれんなっつってんだよ!!」

 場の空気が、ビリビリと震えた。

 「声かけるだけなら声かけるだけでいいだろうがよっ!! 何で腕を触った!? 百歩譲って身体に触れるのはいいとして、何で肩や手首じゃなく、わざわざ二の腕を掴んだ? しかもご丁寧に、指(・)で(・)ア(・)タ(・)シ(・)の(・)胸(・)を(・)な(・)ぞ(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)し(・)て(・)よ(・)ぉ(・)!!!」

 男を除く全員が、一斉に彼へ視線を注ぐ。男の身体がびくりと震え、その顔に動揺が走った。

 男は悪戯がバレた小学生のような顔で口の端をピクピクさせると、

 「い、いやっ! わざとじゃないっ!! たまたまっ、たまたまだからっ!!!」

 と言って、周囲を見回す。仲間であるはずの夜回りパトロールたちの目に、疑念と不審が広がっていく。

 場の形勢がよからぬ方向に向かっているのを察した男は、急にキッと眉を顰めると、立ち上がって金崎じゃこてんを強く指差し、

 「それよりも暴行っ!! 暴行だから!! 警察呼んでよ、早くっ!!!」

 と、あからさまに話を逸らそうとした。

 それを見た金崎じゃこてんの表情に、凶暴性が増していく。そして、

 


 「本当にどうしようもねぇ奴だなっ!! 流石は夜回りパトロールなんてバカしかやらねぇことやってる奴だわっ!! クズの度合いが違ぇや!!!」



 と、暴言を吐いた。

 金崎じゃこてんに傾きかけていたパトロールたちの心が、引き潮のようにスッと離れていくのを感じた。

 「か、金崎さんっ!! 何を言ってるんだ!!」

 先輩が、大慌てで割って入ってくる。彼は眉をひそめ始めたパトロール達に向け、すみませんすみませんと頭を下げる。

 「す、すみません!! か、彼女ちょっと、興奮しすぎちゃったみたいで・・い、今のは言葉のあやなんですっ!! すみません、本当にすみません!! 金崎さんも、皆さんに謝って━━」

 「うるせぇ!! しゃしゃり出てくんなっ、デブっ!!!」

 金崎じゃこてんは先輩の頭を張り倒すと、退けと言わんばかりに横へ向かって蹴り飛ばした。先輩は「ひゃん」と、女の子みたいな声を上げて地面に倒れ込んだ。

 彼女が一歩前へ踏み出す。

 それに合わせるように、パトロールたちはじりじりと後退りする。全員が、彼女の正気を疑う目をしていた。

 「バカが揃いも揃って雁首揃えて繁華街の中をふらふらと歩き回ってよぉ!! それでいったい何が守れてんだ? お前らいったい何の役に立ってるっていうんだよ? ええ!? 答えてみろや!!!」

 パトロールたちは、まるで汚いものでも見るかのように眉を顰め、彼女から目を逸らした。

 そんな中で、一人の壮年の女性が一歩前へ進み出る。

 穏やかそうな顔をした、落ち着いた雰囲気の女性である。パトロールたちの中で、彼女だけは表情に嫌悪を浮かべていなかった。

 女性はまっすぐ金崎じゃこてんの目を見やり、

 「私たちは、子どもたちが危険なことに巻き込まれないよう、声をかける活動をしています。治安維持の役に立つ立たないは重要ではありません。それは警察の方たちのお仕事です。私たちはただ、行き場のない子どもたちが危険に巻き込まれることがないように、注意して回っているだけなのです」

 行き場のない子ども?と、金崎じゃこてんは心底バカにしきった表情で吐き捨てる。

 「そんなガキがどこにいるってんだよ? 夜の繁華街でウロチョロしてるガキなんざなぁ、全員火遊びがしたいだけのバカばっかだろうが?」

 「そういう子たちが多いことは否定しません。けれど、中には本当に居場所のない子どもいるのですよ?」

 「んなもん全体の中じゃ極少数だろうが? 大体『居場所がなかった』ってのは、古今東西補導された未成年が警察に使う言い訳の歴代No. 1じゃねぇか? ふかしだとは思わねぇのかよ? 学校や社会が窮屈だのなんだの言ってる奴が、それよりも更に窮屈な夜の世界に飛び込んでいくとか、冷静に考えておかしいだろうが? アンタらが得意げに声かけてんのはなぁ、そういう連中なんだよ。嘘つきで自分勝手で、自分らの快楽のことしか考えてねぇ、救いようのねぇバカどもなんだよ。親がどうとか学校が窮屈だとかはすべて建前で、アイツらの頭の中にあるのは遊ぶこととセックスすること、ただそれだけだ。それしか考えてねぇ、単細胞生物よりもくだらねぇ連中なんだよ、アイツらは。そんな連中を救って、いったい何になるってんだ? ハメ外してイキった挙句、ヤクザやチンピラに因縁つけられてボコられたとして、それは自業自得だろうが? 自業自得って言葉をそいつらに対して使わなかったら、いったい何に対して使うってんだよ!!」

 「暴力団やそれに類する危険な不良に目をつけられた場合、単なる暴行だけでは絶対にすまされません。寄生されてしまうのです。連中は暴力と恐喝、時には甘い汁で子どもたちを洗脳し、自分たちにとって都合の良い奴隷に作り替えようとあれこれ画策してきます。完全に取り込まれてしまうと、もう普通の人生に戻ることは出来ません。そういう手遅れの状況になる前に、私たちは子どもたちを助けてあげたいのです。そのために、私たちは声かけを━━」

 だからっ!!と、金崎じゃこてんは再度声を荒げる。

 「それも込みで、自業自得だっつってんだろうがっ!!! お前も!! お前も!! お前も!! 何でこんな簡単なことが分からねぇんだよ!!」

 彼女は周囲にいる人間を順に指差し、激しく髪をかきむしり始める。

 「ああああああああああああ!!!」

 そして、幼子のように地団駄を踏むと、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。

 「か、金崎さん・・」

 先輩がオロオロと声をかける。

 「何で・・」

 ポツリと、金崎じゃこてんは小さな声で呟いた。

 「何で誰も分からないの? 分かってくれないの? 順(・)番(・)が(・)違(・)う(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)? 夜の街を遊び歩いている連中なんてどうでもいい。そんな奴らなんてずっとずっと後回しにして、今すぐにでも助けてあげないといけない人がいっぱいいるのに、どうしてそんな連中ばかりを積極的に助けようとするの? どうして世の中は━━」



 「ろ(・)く(・)で(・)も(・)な(・)い(・)奴(・)に(・)だ(・)け(・)、(・)こ(・)ん(・)な(・)に(・)も(・)優(・)し(・)い(・)の(・)?」



 それきり金崎じゃこてんは、しゃがみ込んだままぴくりとも動かず、何も言葉を発しなくなってしまった。



 その後。

 金崎じゃこてんのこの一件は、書類送検になりはしたものの、不起訴となる。

 相手の男性は、仲間内でも「あの人は少し様子がおかしい」と不審がられていたようで、この一件を機に、夜回りパトロールからは完全に除外されることとなる。

 男性は金崎じゃこてんに対して民事の訴訟を検討していたようだが、結局訴状を出すことはなく、この一件は完全に決着した。風の噂であるが、男性は別の性加害が明らかになり、お縄になったらしい。



 その裏にはあの壮年の女性の尽力があったのだが━━それはまた、別の話である。




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