番外編『宮本さんと風間さん㉞』
〜〜天才霊能力者のいっちゃん第二話 『恐怖の指食いポスト!! 呪われた郵便局を探し出せ!!』〜〜
某県某所を散策中、巫女服を着た金崎じゃこてんが、
「今日は、あちーなぁ・・」
と言いながら、胸元をパタパタさせる。
「・・・」
『いっちゃん』はそんな彼女を、顔を赤らめながら気まずそうにチラチラと見やっている。
その視線に気付いたのか、金崎じゃこてんは「お?」という顔をすると、ニタリと口の端を吊り上げて、
「お師匠くーん、アタシの服の中に、おじさんの直腸の中で息を引き取ったヌタウナギの悪霊が入り込んできたみたいなんだけど、除霊してくれないかなー?」
と言って、胸元を大きくはだけて迫ってきた。『いっちゃん』は目をまん丸にし、「うにゅっ」と変な擬音を発して後退りする。それを見た金崎じゃこてんは「ブフォ!」と、不良品のブブゼラのように吹き出すと、ウェヒャヒャヒャと大笑いし始める。
「おいっ、カメラっ!! 今のちゃんと撮ったか!? 見たかよ、今のあのガキの表情? スケベ丸出しの表情でアタシの胸元ガン見しやがってよぉ!!! おいっ、役得だったなぁクソガキ!! お前が中坊になって見事に猿に進化した暁には、『お姉ちゃん、あの時はありがとうございます。一生の宝物にします』って、日に三度涙を流しながら宇和島の方角に向かって土下座しろよ? んで、毎月五万アタシの口座に振り込め。分かったか、このエロガキ!!」
ウェヒャヒャヒャ!!という、アマゾンの猿みたいな笑い声が響き渡る中、『いっちゃん』は顔を真っ赤にして涙目でプルプルと震えていた。その顔がドアップで映し出される中、カーンッというゴングのSEが差し込まれる。画面外から、ハンバーグの空気抜きをしているような音と共に、女二人の壮絶な罵り合いが聞こえてくる━━
その後、ロケは顔がトマトになった『いっちゃん』一人だけで進行していく。
「おいっ、ババアっ!! てめぇそんなに元気がありあまってるんならよぉ、ここに来る途中にあったネコ耳義妹ロリっ子メイド喫茶の面接受けて伝説になってこいやっ!! 毎日毎日担当にシャンパン入れるためにクロッキーみてぇな顔したオタクどもの相手をしてるホス狂のお姉様方の荒んだ心をお前の負けない心と投げ出さない心と逃げ出さない心と信じ抜く心で元気にして差し上げろ!! んで、そのバイトで稼いだ金を慰謝料として毎月五万アタシの口座に振り込め!! 分かったか、この家元がよぉ!!!」
「家元は言い過ぎだろうがっ!! 訂正しろてめぇタココラッてめぇこの野郎っっ!!!」
その間、罵声とハンバーグの空気抜きをしているような音はずーっと聞こえていたが、金崎じゃこてんは最後まで画面に戻ってくることはなかった。
※※※
※※
※
〜〜天才霊能力者のいっちゃん第三話 『夜な夜な響く悲しげな泣き声・・。夜の図書館に迷い込んだ哀れな少女の霊を救い出せ!!』〜〜
某県某所。少女の幽霊が出るとの噂がある夜の図書館で、『いっちゃん』が見事な語り口調で幽霊の目撃談を語っていると、
「ああああああああああああっっ!!!」
と、隣にいる金崎じゃこてんがいきなり大声で奇声を発し始めた。結構な長い時間だった。
「・・・」
『いっちゃん』は目をまん丸にして、来るべき時がついに来たのかいやもう来てるよなという表情で金崎じゃこてんの横顔を見やった。
一方、当の本人は朝のランニングを終えたような表情で「ふぅ」と額の汗を拭うと、満面の笑みで、
「図書館で思い切りデカい声だすのって、子どもの頃からの憧れだったんだよな!! 思ってた通り、ちょー気持ちいいやっ!!」
と言って、あっはっはっと笑った。
「ほらガキ、お前もやってみろ? ちょー気持ちいいぞ!!」
「・・・」
背中をポンポン叩く金崎じゃこてんを、『いっちゃん』は異常者を見る目で見つめている。カメラには映っていないが、他のスタッフも同様の表情を浮かべているのが空気で分かった。
その後、ロケは終始上機嫌な金崎じゃこてんと、終始怯えている『いっちゃん』の二人で、特に何が起こるわけでもなく普通に終了した。
「今日のアタシ様は超ご機嫌だわ!! スポンサーの皆様方が特別手当として毎月五万アタシの口座に振り込んでくれたらもっともっとご機嫌になれると思うんで、ご検討のほどよろしくお願いしまーす!! 押忍ッ!!!」
「・・・」
この回は『天才霊能力者いっちゃん』の中で一番の駄作だと言われているが、一部のファンの間では、「一周回って面白い」と、カルト的な人気を博している回でもあった。
※※※
※※
※
〜〜天才霊能力者のいっちゃん第四話 『その鳴き声は人か豚か!? 廃墟と化した屠殺場でご主人様を待ち続ける豚野郎に、今宵こそ引導を渡してやるのだっ!!』〜〜
某県某所。倒産した屠殺場の廃墟の入り口にて。
かつて、この屠殺場の経営者だったAさん(50代女性)は、趣味とお小遣い稼ぎを兼ねて出張型SM風俗の女王様をしていた。
ある日、彼女は屠殺場から100歩離れた丘の上に住んでる太客のBさん(30代男性)から、プレイ前に記入するシートにこんなお願い事を書かれた。
『豚さんが亡くなられたばかりの屠殺場でボクのことを『こんなところで興奮するなんて、お前は本当にどうしようもないクズの豚野郎だなっ!!!』と、罵ってください』
Aさんはコイツやべぇなと思ったが、通常の三倍の料金を支払うと言われてホイホイと了承した。
深夜の屠殺場。日中に豚さんをお肉にした場所で、トゲトゲのついた首輪と吸水力に優れたオムツを身につけたBさんは、四つん這いになってポロポロと涙を流し始めた。
「あぁ、こんな場所で興奮してしまうだなんて、ボクは何て罪深い生き物なんだ・・。ボクは最低だ・・。ボクはっ!! 最低だっ!!!」
感極まったかのように咽び泣きながら腰をカクカクさせるBさんを見て、Aさんはコイツ本当にやべぇなと思ったが、このどうしようもなく業の深い生き物を見ている内に、30代の頃から夫に内緒で始めた歴二十年にも及ぶ女王様の血がムラムラと騒ぎ出してしまった。
結果、盛り上がりに盛り上がった。
普段は別料金のプレイも全部やった。延長もした。百均で買ったクッキングタイマーがピロピロと鳴り始める頃には、Aさんはフルマラソンを走り切ったアスリートのような顔つきになっており、Bさんは「アインッ!!」「ツヴァイッ!!」「グーテンモルゲンッ!!」の三単語しか話せない、なんだかよく分からない生き物になってしまっていた。
Aさんは百均で買ったクッキングタイマーのスイッチをオフにしながら、
「おらぁっ!! 豚てめぇこの野郎っ!! 最後に人間の食卓を彩るために犠牲になった豚さんたちの気持ちを味合わせてやっから覚悟しろてめぇこの野郎っ!!」
と言って、豚さんをお肉にするときに使う機械をBさんの鼻の穴や唇につけ始めた。Bさんは身体中の穴という穴から液体を垂れ流しながら、
「グーテンモルゲン・・グーテンモルゲンッ!!」
と、歓喜の声を上げた。
当初、Aさんは装着させるだけで終わらせるつもりだったのだが、「グーテンモルゲンって何だよ意味わかんねぇよ」という頭の中の消えないツッコミが心の棘になり、つい、回してはいけないダイヤルを思い切りクルクルしてしまった。
結果、深夜の屠殺場にピーポーピーポーという音が鳴り響き、Bさんはこの屠殺場で亡くなった最後の生き物になった。Aさんは人間専用の檻に入れられた。屠殺場は認可を取り消されて廃業した。
それ以降、この屠殺場では、夜な夜な豚なのか人間なのか判断しかねる野太い泣き声が聞こえてくるのだという━━
「・・・」
以上のクソみたいな話を、金崎じゃこてんは『いっちゃん』の耳を両手でしっかりと塞いだまま語り終えた。
金崎じゃこてんは「はぁぁぁぁ・・」と深いため息を吐き、
「おいっ、プロデューサー。・・・お前、脱げ」
と、唐突なことを言った。画面の外から、「何で?」という至極まっとうな疑問が返ってくる。
金崎じゃこてんは、「あ?」と顔を歪め、
「何で?じゃねぇだろうが、馬鹿野郎がよぉっ!! てめぇ、それでもプロデューサーか!? その程度のテレビ脳で給料貰ってて恥ずかしくねぇのかよ? てめぇにテレビマンとしての矜持が耳くそほどでもまだ残ってんのなら、てめぇの給料を毎月五万アタシの口座に自主返納しろ、このド無能がよぉ!! 何なんだよ、このエピソードはっ!! 冒頭で持ってくる話にしては強すぎるだろがっ!! お前、こんなもん最初に話しちまったら、後は何やっても蛇足にしかならねぇぞっ!! ここから巻き返すにはなぁ、もうお前がここで全裸になって、人間の性欲がいかに罪深いかをこのガキに教えてやる臨時の性教育を施してやるしか手はねぇんだよ!! タイトルは『緊急特別企画!! SM一人で出来るかな?』だっ!!!」
人類が長い年月をかけて磨き上げてきた倫理観という巨塔に中指を突き立てる発言が飛び出すと同時に、「ウチの子はまだ小2だっつってんだろがっ!!」というブチギレボイスと共に、もうすっかりお馴染みとなった女の手が画面の外から伸びてくる。
画面が即座に『いっちゃん』のドアップに切り替わり、ハンセンの入場曲が差し込まれる中、
「おいっ、ババアっ!! この流れの中で割り込んでくるってことは、相応の覚悟があるっつーことでいいんだよな? いいんだよなぁ!? 本気出すぞ? アタシ本気出すぞ? 本気出しててめぇを歌舞伎町のコインパーキングの中心で愛を叫ぶホス狂のようになるまで罵り倒してやっからな? その覚悟は出来てるっつーことでいいんだよなぁ、ババアっ!!!」
「やれるもんならやってみろや、この『ピーーっ』野郎がよぉ!!!」
と、いつもの女二人の壮絶な罵り合いが幕を開ける━━
「・・・?」
その間、置いてけぼりの『いっちゃん』は、純粋無垢の権化のような表情で、一人小首を傾げていた。
※
「・・・どう考えてもその女はクビにするべきだと思うんですけど・・。テレビ局側が金崎じゃこてんを使い続けたのって、何か理由があってのことなんですか? あと、毎月五万のくだりは一体何なんですか?」
宮本静佳がそう訊くと、ヤマさんは「それは俺の方が聞きてぇくらいだよ・・」と言って、頰をかいた。
「さっきも言ったが、俺が話を聞けたのは末端のADのみでな。撮影班の間でもかなり話題になったらしいが、チーフADすらその辺の事情は知らなかったそうだ。元嫁は、『何であんな女を起用し続けるんだ』というクレームを何度も入れたそうだが、すべて無視されたらしい。この妙な頑なさから察するに、恐らくは『天才霊能力者のいっちゃん』という番組を立ち上げた何者かによる意向だったんだろう。・・・矛盾があるがな」
「矛盾、ですか?」
「そう、矛盾だ。考えてもみてくれ。相手は、『天才霊能力者のいっちゃん』という番組に莫大な手間とコストをかけている。つまりそいつにとって、その番組はそれほど価値があるものだったというわけだ。にも関わらず、その大事な番組をぶち壊しにするような女芸人を起用し続けた理由は一体何んだ? 行動が、矛盾していると思わねぇか?」
ヤマさんに問われ、宮本静佳は確かにと頷く。
もし自分が『天才霊能力者のいっちゃん』という番組を立ち上げた何者か━━仮に『黒幕』と名付けるが、その立場だったとしたら、金崎じゃこてんのような女は絶対に排除するだろう。しかし、『黒幕』はそれをするどころか、逆に守るような真似をした。何故か?
「出来なかった理由がある、ということでしょうか? もしかして、金崎じゃこてんという女芸人には、『黒幕』と繋がりがある『何か』があったのでは?」
宮本静佳がそう訊くと、ヤマさんは、
「やっぱり静佳ちゃんには、刑事の素質があるな」
と言って、薄く笑った。
「俺も同じように考えたよ。金崎じゃこてんが起用され続けたのは、何かしらの『理由』がある。その『理由』こそが、『黒幕』を知る手掛かりになると俺は踏んだんだ。だが、先に結論を言っちまうと━━」
その線は、まったくの見当違いだった。




