番外編『宮本さんと風間さん㉝』
「CM明け、ロケは息子と金崎じゃこてんが雑貨屋の廃墟の中で棒立ちしているシーンから始まった。息子は心配そうな表情でチラチラと横を伺い、金崎じゃこてんは引っ掻き傷と乱れた髪をそのままに、憮然とした表情で立ち尽くしていた。台本によると、ここは『助手』が場所の説明をするシーンだっんだが、金崎じゃこてんは我関せずといった風にそっぽを向いていた。その様子を見て、息子はこれはダメだと判断したんだろうな。引きつった笑みを浮かべながら、『この雑貨屋には、夜な夜な女性の幽霊が出るそうで・・』と、自ら説明し始めた。金崎じゃこてんは、そんな息子を白けた目で見つめていたんだが、不意にさっきと同じような性根が腐った笑みを浮かべると━━」
━━━ここの雑貨屋が閉店した理由ってのはよぉ、単なる移転だったらしいぜ? 人死が出たこともねぇってのに、こんなところにいったい何が『出る』ってんだよ?
「と、いじわるなことを言った。すると、息子はぴたりと口上を止め、妙に真面目な顔つきになって、金崎じゃこてんの方を見やった」
━━━そんなの、分からないじゃないですか。
「テレビの画面越しでも、その場にいた全員が息を飲んだのが分かった。その時の息子の表情は妙に大人びている━━いや、そんな表現では足りないな。アレは━━」
━━━神懸かっている。
「・・としか、表現出来ないものだった。その雑貨屋は、廃屋とはいえ、窓ガラスは残っているし、壁に隙間などもなかった。が、息子がそう言った瞬間、何処からともなく、スッとした冷たい風が一陣、吹いてきたそうだ。金崎じゃこてんは、狼狽えたように僅かに身を逸らした。息子は金崎じゃこてんから顔を逸らすと、どこか遠いところを見るような眼差しで続けた」
━━━雑貨屋さんに何の曰くもなくても、人が死んでいなくても、こんな寂しい場所なんだから、行き場のない『誰か』が迷い込んできたとしても、何の不思議もないでしょう? その人は、何処かに行きたいのに何処にも行けずに、ただただどうしようもなくて、この場所に留まり続けているのかもしれません。・・・そんなの、すごく可哀想じゃないですか? いないのなら『いない』でいい。それは、すごく喜ばしいことですから。でも、もし『いる』のだとしたら、せめて僕だけでも、その人のために祈ってあげたい・・。
「それは、台本には無い台詞だった。息子はその場にしゃがみ込むと、数珠を持った手を合わせて、静かに目を瞑った。そして、念仏の真似事を唱えた後、小さな声で、」
━━━お気の毒に。僕には祈ってあげることしか出来ませんが、貴方が成仏出来ることを祈っています。
「と言った。その、次の瞬間だった。みしり、という嫌な音がしたかと思うと、息子のすぐ側の天井に亀裂が走り、蛍光灯と石膏ボードがバラバラと滝のように一斉に崩れ落ちてきたんだ。誰かの『危ない!』という声が聞こえ、カメラの画面が大きくブレた。その時、呆然と天井を見上げる息子の首根っこを引っ掴み、まるで抱きしめるようにしてかばってくれたのは━━」
━━━すぐ横にいた、金崎じゃこてんだった。
「天井の崩落はすぐに収まった。電灯のついていない蛍光灯と石膏ボードの一部が剥がれ落ちたきりで、天井が一斉に落ちてくるといったようなことにはならなかった。しん、とした静寂が辺りを支配していた。埃が舞い上がる廃屋の中で、金崎じゃこてんはかなり長いこと息子を抱きしめていた。そして顔を上げると、息子の顔を両手で掴み、怪我がないかどうかを確かめ始めた。その時、金崎じゃこてんは━━」
━━━今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「どういう心情で、どういう心理だったのかは分からない。ただその顔は、間違いなく息子の安否を必死に確認しようとしているものだった。あれだけ好き放題暴言を吐き、息子のことなんか心底どうでもいいという態度を取っておきながら、金崎じゃこてんは何故あの時、あんなにも狼狽え、必死になっていたのか・・。それは、今となってはもう分からない。分からないが、俺は『アレ』こそが━━あの時の『顔』こそが、金崎じゃこてんという女性の、本当の顔だったのではないか? そんな風に思えてならねぇんだよ・・」
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「息子に怪我がないことが分かると、金崎じゃこてんはホッと息を吐いた。が、すぐに『しまった』という顔つきになると、息子を突き放すようにして立ち上がった。そして、バツが悪そうに髪をかきむしる。そんな彼女を、息子は不思議そうな顔で見つめていた」
━━━パンッパンッと、柔らかいものを叩くような軽い音がした。
「音からして、恐らくはカンペ代わりに使っていた画用紙をマジックか何かで叩いていたんだろう。普通なら絶対に収録を止めて避難させるところを、どういうつもりだったんだか、ディレクターは撮影を続行させた。そのディレクターは、お笑い番組で過激なことをやり過ぎて干されていた奴だったからな。きっと、今しがたの事故のことなんぞ頭から抜け落ちてしまっていて、せいぜい『いい画が撮れた』くらいにしか思っていなかったんだろう。金崎じゃこてんの表情が見る見る険しくなり、カメラの方を指さして何事かを喚こうとした。が、それより早く、息子が彼女を抑えた。この時、息子は金崎じゃこてんを抑えながら、何事かを囁いていた。何と言っていたのかは定かじゃねぇが、かなり不服そうな顔をしながらも、金崎じゃこてんは引き下がった。彼女が落ち着いたのを確認すると、息子はカメラの方へ向かってくるりと振り返り、いつものように良い子のお手本みたいな笑みを浮かべた」
━━━幽霊さんを、少しだけ怒らせてしまったみたいですね。
「息子は照れくさそうに笑うと、『もう一度除霊しましょうか』と言って、再び数珠をジャラジャラさせながら、胡散臭げなお経をバカ真面目に唱え始めた。横にいた金崎じゃこてんは、呆れ半分驚き半分の、何とも表現しがたい顔で息子を見ていた。正直、俺もそんな気分だった。こんな出鱈目で無茶苦茶な番組に、何故そこまで真摯になれるのか・・。俺には、まったく理解出来なかった」
お経を唱え終えると、『いっちゃん』は、番組の締めにやる予定だった九字切りの真似事をし、「これできっと、ここにいる方も成仏出来たと思います」と言って、手を合わせながらニコリと笑った。その1シーンを切り取れば、額縁に入れるタイプのポスターにしてしまえるくらい、それは完璧としか言いようのない笑顔だった。金崎じゃこてんは、そんな『いっちゃん』を見て小さく頭を振り、
━━━そんな適当な除霊したら、地縛霊に恨まれちまうぞ? お前は自業自得だからいいとして、アタシまで逆恨みされたらどうしてくれんだ?
金崎じゃこてんにそう問われると、『いっちゃん』は小さく口の端を吊り上げて彼女を見やり、
━━━ 大丈夫ですよ。もし何かあったら、その時は例え那由多の果てを超えてでも、僕は絶対にキミのことを守りにいってあげますからね?
と言った。金崎じゃこてんは、一瞬鼻白んだ後、ウヒャヒャヒャヒャと、大きく破顔し、
━━━やべぇわ、このガキ。将来絶対碌な大人にならねぇぞ!! 孕ませた女でビンゴ大会とかやり始めるタイプだわ!!!
と言って、腹を抱えて笑い始めた。カーンッと、プロレスのゴングのような効果音が差し込まれる。カメラのフレームの外から、先ほどと同じ女の手が伸びてくる。女二人の激しい罵り合いと、トンカツを仕込んでいるような鈍い音をBGMに、あわあわと口を動かす『いっちゃん』の顔がアップで映し出される━━
『天才霊能力者のいっちゃん』の第一話は、こうして幕を閉じたのだった。
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「それで、その金崎じゃこてんとかいう女芸人はクビになったんですよね?」
「いや、それが不思議なことになぁ・・」
迎えた『天才霊能力者のいっちゃん』の第二回放送時。そこには━━
「・・・」
「・・・」
両者共に、「何でまだいるんだろう?」という表情を浮かべた、『いっちゃん』と金崎じゃこてんの姿があった。




