番外編『宮本さんと風間さん㉜』
そこまで話すと、ヤマさんはまたもや微妙な表情をして黙り込んでしまった。そして何故か、ちらちらと宮本静佳の方を横目で伺ってくる。
「え? どうしたんですか」
宮本静佳がキョトンとした表情で訊ねると、ヤマさんは「いや・・」と、申し訳なさそうに後頭部をかき、
「さっきの話で大体想像つくと思うんだが、その『助手』━━『金崎じゃこてん』って名前の女芸人なんだがな。この女にまつわるエピソードってのが、どうにも何というか、その・・女性の前で話すような内容じゃねぇんだよ・・。何もかもがセクハラになっちまう・・」
ヤマさんが恥ずかしそうにそう言うと、宮本静佳は合点がいったように「あー・・」と頷いた。そして、「あっはっはっ」と、微妙に目の焦点が合っていない笑みを浮かべる。
「そんなこと気にしなくても大丈夫ですよ、ヤマさん。私が毎日どれだけその手のことを言われていると思っているんですか? 今日なんて、スピード違反の切符切ってやったヤカラっぽいオッサンに『俺は違反なんてしてねぇよ!! スピード超過に見えたのは、お前が変なビデオの見すぎで60㎞を69㎞に見間違えたからだよ、バーーカ!!』って、最高に意味の分からないことを言われましたからね。ちなみに、そこの道路の指定速度は40㎞です。あと、毎朝署の通用口に立って、何をするでもなく中に入っていく人をじーっと眺めている変な爺さんいるじゃないですか? アイツ、他の人には何も言わないくせに、私が中に入る時だけ『ねぇちゃん、ちゃんとセックスしてんのか?』って、呆れ果てた顔で訊いてくるんですよ? 百億歩譲って、そういうこと訊いてくるのは良しとしますよ? でも何で、呆れられてるんですかね? それが、どうしても分かりません。あと、交通整理している時に、わざとらしく私の前で躓いて避妊具を落とす奴とかいて━━」
「分かった!! 分かったから、静佳ちゃん!! お前ぇさんが毎日大変な思いをしているのは分かったから、一旦ちょっと落ち着こうや!!」
ヤマさんに制されて、宮本静佳はハッと我に返ったような顔をする。そして赤面し、
「す、すいません・・。つい、日頃の溜まりに溜まった鬱憤が・・」
と、恥ずかしそうに縮こまる。
「い、いや・・いいんだいいんだ。そういうのを吐き出すのは大切なことだからな・・」
「うぅ・・本当にすみません・・」
「・・・」
ヤマさんは、宮本静佳を心の底から気の毒そうに見やり、
「・・・美人さんってのは、本当に大変なんだなぁ・・」
と、小さく呟いた。
※※※
※※
※
「・・・話を戻すが」
本当に辛くなったら、その時は自分のようなジジイではなく、ちゃんとしたカウンセラーに相談しなさいと宮本静佳によーく言い聞かせ、ヤマさんは軽く咳払いして話を続けた。
「『助手』━━金崎じゃこてんは、『天才霊能力者のいっちゃん』の第一回放送時は、比較的大人しくしていた。ロケの場所は某県にある寂れたシャッター街で、そこの潰れた雑貨屋に女の幽霊が出るってんで、除霊をしに行くという設定だった。ロケの道中、金崎じゃこてんは息子にべったりとくっついて、まるでメイド喫茶の店員のように甘ったるい声でぶりっこしていた。息子は歩いている最中、電柱を指差して、
━━━今そこに人がいた。
だの、廃屋の窓ガラスを指差して、
━━━誰かが覗いていた。
だの言うんだが、その度に金崎じゃこてんは『きゃあ』と、わざとらしい悲鳴を上げて息子に抱きついてきた。で、『助手』が抱きついてくる度に、息子はその頭をそっと撫でて━━」
『大丈夫ですよ。もし何かあったら、その時は例え那由多の果てを超えてでも、僕は絶対にキミのことを守りにいってあげますからね?』
「・・・と、言った。俺は『天才霊能力者のいっちゃん』のすべての回の台本を持っているんだが、どの回にも、毎回必ずこの突拍子のないセリフが差し込まれている」
「それって、いわゆる『決め台詞』のつもりだったんですかね? 『じっちゃんの名にかけて』とか、『お前のやったことは全部まるっとお見通しだ!』的な」
ヤマさんは難しい表情で「どうだろうな・・」と首を捻る。
「あくまでも俺の個人的な感想なんだが、この台本を書いた奴は、この台詞を『決め台詞』のつもりで差し込んでいたのではないように思うんだよ。何せ━━」
━━━この意味不明な台詞が、一話につき必ず十回以上は登場するんだ。
「しかも、絶対にこの台詞は外すなという注釈付きで、だ。その台詞を言う流れは、前後のやり取りを完全に無視した、どこからどう見ても後から無理矢理付け足したとしか思えないものだった。『天才霊能力者いっちゃん』の台本の筋書きは、そこ以外は一応話がまとまってはいるんだが、全体的に文章はどこか機械的で、まるでAIが書いたもののようだった。しかし、その台詞に書き込まれた『注釈』だけは、機械的ではない本物の人間の感情━━情念のようなものを感じた。その正確な内容は━━」
━━━この台詞を削ることは何があろうと許さない。絶対に許さない。
「というものだった。その注釈が、すべての台本の該当箇所につけられていた。台本を書いた人間は、例によって例の如く正体不明なんだが、その何者かは、那由多の果てがどうとかいう台詞に明らかに強く『執着』していた。その『執着』が、どういう類いの『執着』なのかは分からない。しかし、この台詞こそが、相手の正体を突き止める鍵だと俺は直感した。何かしらの小説や映画の一場面かもしれないと思い、その手の専門家やマニアに話を聞きに行ったことがあるんだが・・」
━━━大丈夫ですよ。もし何かあったら、その時は例え那由多の果てを超えてでも、僕は絶対にキミのことを守りにいってあげますからね?
「これに類似する台詞が出てくる作品を知っている者は、誰もいなかった」
※※※
※※
※
「金崎じゃこてんは、番組が始まった最初の10分くらいは、ニコニコと笑みを浮かべながら、息子の三歩後ろを従順そうに歩いていた。だが、番組が中盤に差し掛かる頃になると、その笑顔が段々と引き攣り始めてきた。台本には、息子が例の台詞を言う度、『助手』は感極まったように「はい!」と頷くようにと指定されていたんだが、金崎じゃこてんは」
━━━は〜〜〜い。
「と適当に返事をして、そっぽを向いて耳をほじるようになった。静佳ちゃんが毎日のように相手をしている、大人を舐め腐った不良少年少女の受け答えのような態度だよ。制作スタッフ側も、一旦カメラを止めて注意なりなんなりすればよかったんだが、ディレクターが『このまま行け』と指示を出した。そのディレクターは、長年お笑い番組の制作に関わっていた奴で、『この方が面白い』とでも思ったんだろうな。息子は大分困惑していたが、必死にロケを成立させようとアレコレ頑張っていた。対する金崎じゃこてんは、もう何もかもを放り投げたような表情をして━━」
━━━おい、ガキ・・じゃなかった、お師匠くん。今そこのポリバケツの中に、歯が鍵盤になってるジジイがいたから、ちょっと見て来いよ?
「と言って、生ゴミで溢れかえっている汚いポリバケツを指差して、ヘラヘラと笑った。台本にはない流れだった。息子はギョッとして目を泳がせたが、すぐに覚悟を決めたような表情になって、小さく頷いた。真面目な子だから、ここで止めてはダメだと思ったんだろうな。いつものように良い子のお手本みたいな笑みを浮かべると、『ちょっと霊視してきますね』と言って、ポリバケツに近付いていった。その時現場にいた奴が言うには、カラスですら寄り付かないほどの酷い悪臭を放っていたらしいんだが、息子は眉一つ動かさずにポリバケツの蓋を開けた。そして、中をしばらく覗き込んだ後、手に持った数珠をじゃらじゃらと鳴らしてお経のようなものを唱え始めた。息子の格好はどこからどう見ても神道系のものなんだが、除霊の真似事をやる時は何故か仏教の作法に準じていた。『天才霊能力者のいっちゃん』って番組は、何もかもが出鱈目で作りの荒い番組だった。それこそ━━」
━━━素人が思いつきの即興で作ったかのような。
「その辺の雑さが、金崎じゃこてんは許せなかったんだろうな。彼女は『モラルとか倫理とか、そういうのは初めてのオムツの中に捨ててきた』と公言して憚らないとんでもない奴だったんだが、変なところで頑固というか、真面目なところがあった。特に、芸事のことになると、その傾向が顕著に現れた。金崎じゃこてんは、側から見ればとてもそうには見えないが、『芸』というものに強い敬意と愛着を持っていたんだ。彼女のその『芯』が、『天才霊能力者のいっちゃん』という番組にNOを突きつけた」
━━━それまでの白けた表情が一変し、金崎じゃこてんは性根が腐ったような笑みを浮かべ始めた。
「今となっては、その時に彼女が何を考えてたのかは想像するしかないんだが、恐らくは伝説を残してやろうとでも思ったんじゃねぇかな? 静佳ちゃんが知ってるかどうか分からねぇけどよ、有名なあの芸人が言った、『1クールのレギュラーよりも1回の伝説を』ってやつだ。金崎じゃこてんは、あの芸人が大好きだったらしいから、多分それに倣おうとしたんだろうな。生ゴミまみれのポリバケツの前で念仏もどきを唱えている息子を指さして、餌の時間がきた猿みたいな声で大笑いし始めた。そして、カメラから微妙に外れた場所を見て、いきなり中指を突き立てた。その視線の先にいたのは、俺の元嫁だった。金崎じゃこてんは唖然としている元嫁の目を真っ直ぐ見つめながら━━」
━━━おいっ、おばさん!! お前んとこのガキ、お前の家の通帳の桁増やすためにすげぇ頑張ってんなぁ!!! 流石はてめぇのガキ使って金儲けしてる恥知らずの股から這い出て来たガキだわ!! 面構えが違ぇや!!!
「・・・と、暴言を吐いたんだ」
宮本静佳はあんぐりと口を開ける。
「最低じゃないですか、その女。私がその場にいたら、生皮を引っぺがしてやったのに」
「それは流石にやりすぎだよ。・・・だがまぁ、ぶん殴られても文句は言えねぇ暴言だわな・・」
ヤマさんはそう言って、小さくため息を吐いた。
(・・・あれ?)
その様子を見て、宮本静佳は内心で首を傾げる。
ヤマさんの表情に、『怒り』というものがまるで感じられなかったからだ。
ヤマさんが、元嫁に対してどのような感情を抱いているのかは分からない。しかし、息子に対しては、強い愛情を抱いているのは間違いなかった。それなのに、そんな酷い暴言を吐いた、金崎じゃこてんとかいう宇和島に対する歩く風評被害のような女に怒りを覚えないのは、いったいどういうわけなのだろうか?
宮本静佳は気にはなったが、その疑問を口にすることはなかった。
彼女は無意識に、今それを口にするべきではないと思ったのだ。
「その後はとんでもない修羅場になった。実際のOAでは、金崎じゃこてんが暴言を吐いた後、カメラのフレームの外から女の手が飛び出したところでCMに入っている。その手の主は、言うまでもなく元嫁だ。アレは口より先に手が出るタイプの気性が荒い女でな。ラーテルのように一直線に金崎じゃこてんに殴りかかりにいったらしい。その時現場にいた奴が言うには、まぁ酷い修羅場だったそうだ。金崎じゃこてんの方も、殴られて大人しくしているようなタマではなかったからな。元嫁と取っ組み合いの喧嘩をやり始めて、周りのスタッフが総出で引き剥がす騒ぎになった」
その後、ロケは中止になると思われたが、驚くべきことにそのまま続行されたのだそうだ。勿論、金崎じゃこてんも込みで、である。
「そこまで拗れたのに、何故ロケ続行の判断が下されたのかは分からん。俺が話を聞けたのは末端のADで、その時どういう話し合いが持たれたのかはソイツも知らなかった」
「ディレクターに話を聞くことは出来なかったんですか?」
ヤマさんは静かに首を振る。
「ディレクターを始め、『天才霊能力者のいっちゃん』という番組に関わった人間は、一人を除いて全員行方不明だ」
宮本静佳の背に、再びぞわりとしたものが走る。
その横で、ヤマさんは「・・いや、違うな」と、急に何かを思い出したかのように顔を上げ、
「息子の付き添いをやっていた元嫁を入れるなら、二人になるのか。俺の知っている限り、この件で存命なのは、アイツと元ADの二人だけだ」
と、言った。
その言葉は、否応なしに一つの事実を現している。
(・・・なら、ヤマさんの息子さんと、金崎じゃこてんとかいう女芸人は、もう━━)
土井山署の喫煙所に、酷く冷たい風が吹いた気がした。




