番外編『宮本さんと風間さん㉛』
「息子の初主演となったその作品は、その後に大成功を収めた。その映画は元々はレンタル専用の作品だったらしいんだが、店に並ぶやいなや、あまりにも反響が凄いってんで、劇場でも公開される運びになった。当時はまだPHSが幅を効かせていて、スマホなんて劇物はまだ無かった時代だ」
━━━そんな時代に、純粋な口コミだけで成功を勝ち取っちまった。
「それがどれだけ困難なことか、静佳ちゃんの世代ならギリギリ分かるだろう。その後、息子の元には次々と仕事が舞い込んでくるようになった。それは役者としての仕事だけでなく、アイドルのような歌の仕事や、芸人のような街レポの仕事まで含まれていた。依頼された仕事の種類は、ベテランのタレントでも対処出来ないほど多種多様に及んでいたが、息子はそれを難なくやり遂げちまった。そのうち業界で、『天才がいる』という噂が広まり始めた。息子は瞬く間に大手出版社やキー局から引っ張りだこになり、将来の成功は約束されたも同然の状態になった。だが、そんな時━━」
━━━息子が所属していた事務所に、とある『仕事』が舞い込んできた。
不意に、場の空気に肌を刺すような緊張が混じった。ヤマさんの表情が、先よりも更に険しくなっている。
彼の顔を見て、宮本静佳は思わず息を呑む。
それは、心の奥の奥に押し込めて、二度と表には出すまいと決意した激情を、必死に押え込んでいる人間の表情だったからだ。
「・・・少し話が逸れちまうが、この『仕事』ってやつがどうにも妙でな・・」
「と、言いますと?」
「普通なら、そんな案件は絶対に受けないだろうという内容だったんだ。当時、事務所内では、息子はアイドル路線で売り出すことが決定していた。しかし、社長が突然、それに待ったをかけた」
━━━この子は、『霊能力者』としと売り出していこうと思う。
「いきなり、そんな頓珍漢なことを言い始めやがったんだ。当然、他の社員は全員猛反対した。だがその男は、何故か異様なまでに頑なでな。結局、社長権限を使ってまで、その話を強引に押し切っちまった。そいつが言うには、世間は今オカルトブームで、霊能力者として売り出せば必ず成功すると説いていたそうだが、納得する者は誰もいなかった。そもそもの話、世間にオカルトブームなんて来ちゃいなかったんだ。オカルト系の特番なんぞ、キー局が年に二、三回思い出したかのようにやるくらいで、かつての口裂け女や人面犬のように、毎日のニュースの1コーナーになるくらい世間がオカルト的な話題に夢中になっているわけでもなかった。一応、スピリチュアル系だか何だかの訳の分からん奴らが持て囃されていた時代ではあったが、息子に求められた『役』というのは、そいつらとは全く別のものだった。息子がやらされたのは、本来の意味での『霊能力者』。つまり━━」
━━━心霊スポットや曰く付きの場所へ行って、霊視やお祓いの真似事をする、胡散臭いオカルト系のタレントのことだ。
「それが、『天才霊能力者のいっちゃん』だ。・・・意味が分からねぇだろう? 役者かアイドルで売り出せば必ず成功すると分かっている金の卵を、わざわざそんなものに落とし込みやがったんだ。あそこの事務所は何を考えているんだと、当時業界でもちょっとした話題になったらしい。自分のところのタレントより目立つ存在を許さない例の事務所の妨害工作か、あるいは事務所の社長が女でやらかして脅されているのか・・様々な憶測が飛び交ったが、真相は結局分からず終いだった。俺は━━」
━━━すべてが終わってしまった後、その辺りの事情を探ろうしたことがある。
「だが、決定的な話は何も掴むことが出来なかった。事務所の社長は清廉潔白とは言い難い男だったが、何者かに弱味を握られている形跡はなかったし、他事務所は、妨害よりも引き抜きをメインに考えていたことが後々分かった。残された可能性は、本当に事務所の社長のただの思いつきだった、というシンプルでバカげた話だが、俺はそれにどうしても納得がいかなかった。何故なら━━」
━━━その芸能事務所の社長が、後に殺害されたからだ。
「しかも、普通の殺され方じゃなかった。その男は、身体をバラバラにされて殺されていた。更に奇妙なことに、犯行には道具を使った形跡が一切無く、検死の結果、男は何者かの手によって、生きたまま素手で解体されたことが分かった」
その凄惨な光景を想像し、宮本静佳の顔から血の気が引く。
「犯人は未だに不明だ。一時は動物説も疑われたが、最終的には人間の仕業であると結論付けられた。その根拠となったのは、遺体に残された痕跡だった。被害者の身体には、人間の手によって強く掴まれた跡が無数に残っていた。容疑者が残した痕跡はそれだけじゃねぇ。遺体と現場からは、容疑者のものと見られる毛髪や皮膚片の他、指紋のようなものが多数検出された」
指紋のようなもの、という不可思議な言い回しに、宮本静佳は僅かに首を傾げる。それに応えるように、ヤマさんは小さく頷くと、
「それ以外に表現しようがないものだった。指紋の形状が、人間ではあり得ない形をしていたんだ。指紋を持つ生物は人間以外にもいるが、検出された指紋はそのどれにも該当しなかった。更に奇妙だったのは、遺体に付着していた容疑者のDNAだ。それを解析してみたところ、極めて人間に近い何かという異常な検査結果が出た。霊長類の中には、人間とDNA配列が近い生き物がいくつかいるが、容疑者のDNAはそのどれにも該当しなかったそうだ。これらを総合すると、容疑者は人間を紙きれのようにいとも簡単にバラバラにしちまう膂力の持ち主で、人間のようで人間ではない『何者か』ということになる。だが、天下の桜の代紋が、そんな荒唐無稽な話を認めるわけにはいかん。『上』で議論を重ねた結果、DNA鑑定については無視することが決定した。そして、遺体に残っていた掌の跡だけを根拠に、この件の犯人は人間であると正式に決定された。これこそまさに、オカルトだよな・・」
ヤマさんはゆっくりと頭を振った。
「・・・」
そんなヤマさんの横で、宮本静佳は沈んだ表情で俯いていた。
(・・・今のヤマさんの話)
容疑者は人間を紙きれのようにいとも簡単にバラバラにしちまう膂力の持ち主で、人間のようで人間ではない『何者か』。
━━━それは丸々、私に当てはまることだ。
ヤマさんはそんな宮本静佳の様子に気付くことなく、話を進める。
「話を元に戻すが、息子がやっていた『天才霊能力者のいっちゃん』は30分番組で、深夜2時前後の遅い時間帯とはいえ、毎週月曜から金曜の五日間に渡って放映されていた。内容はともかく、新人のタレントに割り振られる仕事としては破格の待遇だった。それだけ息子は周囲から期待されていたと考えたいところだが、これにもおかしな点がある」
ヤマさんの眼に、鋭利な光が宿る。
「詳しく話すと長くなっちまうからざっくりと説明するが、『天才霊能力者のいっちゃん』という番組が、どういう経緯で立ち上がり、どこから流れてきた金で制作されたのか、そういったことが、まるっきり分かってねぇんだ」
宮本静佳は眉根を寄せる。
「そんなことがあり得るんですか? そういうのって、捜査すれば簡単に分かりそうですけど・・」
「それが分からなかったんだ。局や関係各所に保管されているはずの契約書や明細やらの重要な書類は一枚も見つからず、金を出資していたとされるスポンサー企業は、全てが存在しないダミー会社だった。局側の関係者に聴取しようにも━━」
━━━この件で音頭を取っていた人間は、全員が謎の失踪を遂げている。
頬を撫でる風に、産毛が逆立つような寒気を感じた。
「死体は上がっていない。扱いはあくまでも失踪となっているが、俺は芸能事務所の社長同様、何者かに始末されたと睨んでいる。というのも、その関係者たちには、普通ではない『ある一つの共通点』があってな。その共通点ってのが、酷くきな臭いんだが・・この話をし始めると本当に日が暮れちまうから、今はそういう不可解な点があったとだけ憶えておいてくれ」
宮本静佳は小さく頷く。
「あと、『天才霊能力者のいっちゃん』という番組には、息子の他にもう一人━━『助手』という設定の女芸人が出演していてな。その二人で、全国各地の心霊スポットを巡って『除霊』をするというのが、番組の主なコンセプトだった。『除霊』とは言ったが、あくまでも真似事だ」
━━━息子には、びす坊のようなホンモノの『力』は無かった。
「心霊スポットを『助手』と一緒にぐだぐだとだべりながら周って、番組の最後に一番それっぽい場所で九字切りの真似事をして終わる━━それが、番組の一連の流れだった。番組の構成自体は、昔テレビによく出ていた詐欺師がやっていたのとほぼ同じ━━身も蓋もない言い方をするならパクリだった。しかし━━」
━━━『天才霊能力者のいっちゃん』は、誰もが予想だにしない形で人気を博していくことになる。
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「それは映画の時のように、息子さんの『魅力』で人気を博したということですか?」
宮本静佳がそう訊ねると、予想に反し、ヤマさんは首を横に振った。
「いや、『天才霊能力者のいっちゃん』に関しては、人気を博するきっかけとなったのは、息子じゃ無かった。きっかけになったのは、もう一人の方━━」
━━━『助手』の方だった。
そこまで話すと、ヤマさんは何故か微妙な表情をして黙り込んでしまった。
宮本静佳がどうしたんですかと訊ねると、ヤマさんは更に微妙な表現になって、
「いや・・」
と、頭をかき、
「その『助手』ってのが、相当な曲者でな・・。何というか、その・・」
ヤマさんはしばらく宙を向いて唸った後、
「やな坊の上位互換みたいな奴なんだ」
と、言った。
やな坊というのは、柳田おれんじのことである。
その名前を聞いた宮本静佳も、微妙な表情になる。
「あのクソガキの上位互換とか想像もしたくないんですけど・・いったいどんな人なんです?」
宮本静佳が訊ねると、ヤマさんは何故かすごく言いにくそうに眉間を押さえ、
「その子は、当時まだ二十歳そこそこの、地下芸人上がりの若い女だった。静佳ちゃんは、地下芸人ってのが、どういうものなのかは知っているかい?」
「具体的なことは何も知りませんが、地下アイドルと似たようなものですかね?」
ヤマさんは軽く頷き、
「概ねその認識で合ってる。全員がそうってわけじゃねぇんだが、小規模のライブハウスでの活動をメインにし、陽の当たる場所ではやりにくいネタを披露するのが地下芸人という存在だ。その『助手』は中学卒業と同時に上京し、都内のライブハウスを転々としながら地下芸人活動を続けていた。お世辞にも売れっ子というわけじゃねぇんだが、コアなファンを多く持っていた子でな。移り変わりの激しい地下芸人界隈でも、そこそこ名の知られた存在だったらしい。だが、それほどの知名度だったにも関わらず、ライブハウスの運営側からは、少し距離を置かれていた。・・・いや、少しどころではなかったな。何せその『助手』は、都内のライブハウスの八割から出禁を食らっていたんだからな・・」
「八割って・・」
何をしたらそんな扱いになるんですかと訊ねると、ヤマさんは苦虫を百万匹噛み潰したような顔をし、
「単純に、口が悪すぎたんだよ」
と、言った。
「映像がほとんど残ってねぇから俺は断片的にしか知らねぇんだが、『助手』がやっていたネタってのは、地上波どころかネット配信すら無理なレベルのやつばかりだったそうだ。地下芸人のライブを観にくる客ってのは、ほとんどが『そういうの』を期待してくる奴らばかりなんだが、『助手』がやるネタや漫談ってのは、『そういうの』が好きな客ですら、北極のように冷え冷えにしてしまうってんで有名だったらしい。そんな奴だったから、『お前みたいな人間トーチカを出演させていたらウチまで延焼してしまう』ってんで、ほとんどのライブハウスから出禁を食らっていた。そのうち活動の場がなくなり、一時は路上ライブをして糊口をしのいでいたそうだが、それをやる度にお巡りさんに囲まれて尿検査を迫られるってんで、いつの間にやらそれもやらなくなった。で、進退極まって右往左往している時に、懇意にしていた芸人からあるオーディションに参加しないかと誘われたらしい。それが、『天才霊能力者のいっちゃん』の『助手』役のオーディションだった。本人はダメ元で受けたオーディションだったが、その子はどういうわけだか、それに受かっちまった。そして━━」
━━━それが、大跳ねした。




