結井ちゃんフィーバー
彼女を何ともなく見ているうちに、朝礼がもう終わろうとしていた。時計を見ると、9時16分、彼女が来てからあっという間に時間が過ぎるのを感じる。1限は9時20分からだから、次の授業までには間に合いそうだった。
「はい、じゃあ号令お願いします」
「起立」
いっせいにイスが引かれる。その音はいつもはやかましいはずなのに、クラスの静寂に気圧されて遠慮しているように感じた。
「気をつけ、礼」
「ありがとうございました」
しかし、その後は堪えきれなかったのだろうか。イスが床に擦れる音は教室に一斉に響いて、教室の沈黙を破ってしまった。
「え、やばい、可愛すぎる」
「伊藤さんっていうのか〜」
「福岡出身だって、方言しゃべるのかな?」
「よし、まじ嬉しいわ」
「ちょっと、雰囲気やばすぎ〜」
こんな声でたちまち教室は埋め尽くされた。
もう誰にも止められない。そして、気づいたときには私を含め彼女は周囲をクラスメイトに囲まれ始めていた。
私はまるで芸能人だなと思いながら周囲を見回す。大体が女子で、男子はあまりいない。でも、私はそんなに人が多いのが好きではないので、その場から一旦離れることにした。
「ちょっとごめん」
私が席を離れる。すると、彼女の周りに人がより一層近づいた。距離をとりながらその光景を眺めていると、
「ゆいゆい!ね、私の言った通りだったでしょ、めっちゃかわいい」
唯ちゃんが後ろから話しかけて来た。
「うん、そうだったね」
「なんだろうね、同じゆいなのにこの差は。ねー、ゆいゆいどうする?」
「血で血を洗えないよ」
「まぁ、そうだよね〜」
名前がゆいの子が来て何をどうするのか私にはよく分からなかったが、とにかく予想以上だった。綺麗な顔立ちに上品そうな仕草、転校生は初めは人気者だとばかり思っていたが、この様ではずっと人気者なんじゃないかと思ってしまうほどだった。
「みんな自己紹介してるよ〜、ゆいゆい、私たちも行った方がいいんじゃない?」
「あー、でも出る幕なさそうじゃない?」
唯ちゃんは背伸びして彼女の方を見る。
「確かに、そうかも」
「じゃあ、昼休みに一緒に行こうよ、ゆいゆい」
「うん」
この会話もそうだったが、唯ちゃんとの会話は少し聞き取りづらかった。なぜなら、とにかく朝礼が終わってから、教室が異常なほどにざわついていたからだ。教室の中だけではない。噂を聞きつけた他のクラスの人が、転校生を一目見ようと何人かがクラスの様子を伺っていた。
この現象を世が世なら結井ちゃんフィーバーとでも言うのだろうか。もう誰にも止められないような感じだった。しかし、ここは学校、止められる者はいる。
「ガラガラガラ」
「はーい、もう授業始まるぞー」
数学の谷先生が教室に入ってきた。すると、集まっていたギャラリーが蜘蛛の子を散らすように自分のクラスや席に戻っていく。これで、私も自分の席に座れるようになったと思っていると、1限のチャイムが鳴った。みんなそそくさと席に着いていく。
あぁ、やっぱり学校では誰も先生には勝てないんだと私はふと思い知った。




