五月病
雨が急に降り出すのと同時に雨の匂いとでも言うのだろうか、鼻にかかるもやっとした空気が垂れ込んだ。それに押し流されるように私は学校の中に走って行った。髪や制服に付いた水滴を払いながら、気持ち急ぎめで自分のクラスに向かう。
そして2-B、自分の教室が見えてきた。雨に濡れて少し崩れた前髪を直しながら、ドアの前に立つ。朝礼に間に合うのは久しぶりだなと思いつつドアに手をかけると、なにやら教室の中が騒がしい。雨が降っているのに、それに負けないくらいのざわめきを感じる。
何なのだろうと思いながら、おそるおそるドアを引く。すると、教室の視線がすっと自分に集まり、ほんの一瞬静かになったかと思うと再び、教室の中がざわつき始めた。最近遅刻をしていたから、遅れて教室に入るときのクラスメイトの視線の気まずさには慣れていたつもりではあったが、今日はいつものあの視線とは違った。好奇心とでも言うのだろうか。
入口からそそくさと喧騒を避けて自分の席に移動する。窓側の前から2番目の席だ。外の中庭が見えるので、席自体は悪くないのだが先生からの距離が少し近いのが残念でならない。私はよく居眠りをするタイプなのでそれは死活問題だ。
席について一息つく。時計を見ると8時58分、ギリギリ間に合った。しかし、まだ担任の中村先生は来ていないらしい。どうりでこんなに騒がしいのかと思いながらも、その熱中具合には首を傾げた。
とそこへ、
「お、今日はちゃんと遅れずに来たじゃん、ギリギリだけど」
「そうだっけ?」
友達の倉田唯である。おしゃべりをするのが好きな明るい女子高生で、私が遅刻がちになったときも声をかけてくれる優しい子だ。高校1年のときから同じクラスで仲も良い。仲が良いのは同じクラスだっただけじゃなく…
「ゆいゆい!明日からもちゃんと来るんだよー」
そう、名前が同じ「ゆい」なのだ。私はゆいゆい、彼女は唯ちゃん呼びで女子には通っている。男子には関係ないらしいが。
「うーん、どうだろ。その日の気分次第なのかも」
「別に病気じゃないんでしょ?」
病気…か。もしかしたら、そうなのかもしれない。
「私、病気なのかも。五月病ってやつ。」
「げほげほ、移しちゃおうかなー」
「病気の人はそんなこと言わなーい」
その場を冗談めいた言葉であしらったが、本当はみんな私がなんで遅刻しているのかを分かっているはずだ。とは言え、そんなことを真正面から言う人なんかいない。だって…
「ゆい…」
また、あの言葉が頭を流れる。そう、私が動こうとすると、いつもこの言葉にとらわれる。私はどうしたらいい?
ふと、窓の方を見る。みんなの熱気で曇った窓をシャツで拭うと、さっきよりも激しい雨が教室の喧騒をよそに打ちつけるのが分かった。




