お母さん
「チーン」
私は母の遺影の前で手を合わせた。
母が死んでからもう2週間が経ったが、私の心の中はぽっかりと穴が空いていた。喪失感を埋めるものがまったく私の中に存在していなかったからだ。
そのせいか、みんなの前では気丈に振る舞ってはいたが、いざ学校にいくとなるとそんな気力は無く、ここ最近はずっと遅刻気味だった。
普通は母の分まで生きるとか、切り替えていくものなのだろうか。
でも、私にはそれはできなかった。
何をするのにも生前の母の顔が浮かんできて、もやっとした心地になる。一日の間しばらくは、どうして母が死んだのか、どうして死ななきゃいけなかったのか頭の中で考えていた。
母の死を知ったのは、夜11時過ぎだった。両親は共働きで、帰ってくるのは遅かったので、あの日はいつものように気長に待っていたが、いくらメッセージを送っても返事が返ってこなかった。
父が帰ってきてから少し心配になって職場に連絡すると、もう帰った後らしかった。それから母の携帯に電話を掛けてもつながる気配はなかった。
いっそう心配になりながら母の帰りを待っていると、もう日付をまたぎそうになってきた。父と警察に連絡した方がいいか話しているうちに、家の電話が鳴った。
「もしもし、警察の者ですが清原さんのお宅で間違いないでしょうか」
こんな遅くに警察?もしかしてお母さんに何かあったの?私は心がキュッと縮んだ気がした。
「そうですけど…」
「お父様はいらっしゃいますでしょうか」
「はい、居ます…」
電話を代わると、父は何回か返事をした後、一瞬顔が固まったように見えた。その後は5分ぐらい、何かを話しているようだった。
電話が終わり、父が受話器を置くと、見たこともないような神妙な面持ちをしていた。
「警察の人なんだって?」
私はこわばった父の顔を覗きながら、恐る恐る聞いた。
「お母さんが、交通事故で死んだ…」
「え、どういうこと…」
「本当に…」
「お母さんが死んだの?」
「うん…」
父は搾り出したような声でそう答えた。
私は頭が真っ白になった。
「なんで、お母さんが?」
「母の死」その言葉を飲み込めないまま、私はそれを必死に否定しようとした。
「嘘でしょ、ねぇ、お父さん!」
「嘘じゃない、本当に死んだらしい」
なんで?ねぇ、なんで?
そう問いかけているうちに、涙が溢れてきて何も見えなくなった。脳裏にはお母さんの姿が絶えず浮かんできて、もっと話しとけばよかった、いろいろわがまま言ってごめんなさいという思いでいっぱいだった。
もうお母さんとは会えないんだ。
私はそれからただただ泣くことしかできなかった。
「ブルッ」
そんなことを思い出している内に、LINEの通知が鳴った。
きっと、唯ちゃんからだろう。放課後、何か話したいことがあるって言っていたし。
何の用件なんだろうか?私は少しどきどきしながら、スマホの画面を開いた。
「伊藤結井からメッセージが来ています。」
え?こっちのゆいちゃん?
私はすぐにアプリを開いて、メッセージを確かめた。
「やっほー、ゆいゆい」
「話したいことがあるんだけど、今から電話できないかな?」
話したいこと?一体何だろう?
とにかく、私はスマホを手に持って自分の部屋に向かった。濡れていた足はもう乾いていて、階段を上る乾いた音が足下に響いていた。




