ずぶ濡れ
「唯ちゃんに何があったんだろう?」
そんなことを考えて廊下を歩いている内に、もうすぐそこは雨の激しい校舎外だった。晴菜ちゃんと話している間に人混みの姿はもう無くなっていて、ほとんどの人が帰った後だった。
私も早く帰らなきゃと思い、片手に持っていた折りたたみ傘を開く。こんなにこの傘って小さかったっけ?その小ささにすこし驚いて、そっと傘を外に差し出してみる。すると、傘が雨をはじく音が銃弾のように鳴った。
「うるさっ!」
割と大きな声を出したつもりだったが、その声は雨にかき消された。何をしゃべっても、自分の耳に響いてこない感じがする。この雨の中、こんな頼りない傘なんかで大丈夫なのかという不安が頭をよぎったが、意を決して差し出した傘の中に飛び込んだ。
「ザザザザザザザ…」
傘の中に入ると、雨音が反響してそれ以外何も聞こえなくなった。
そのまま校舎を出ると、予感はしていたが大きな水たまりがあちこちに出来ていた。靴を濡らさないように、私は小さな歩幅でぴょんっと飛び超えながら進んでいった。このとき私は、この雨の中帰りつくことに必死で唯ちゃんのことを考える余裕はすでになくなっていた。
それから私は水たまりを避けながらなんとか帰り道を歩いていったが、途中、側溝から水が溢れて避けようのない大きな水たまりができていたせいで、私の靴はあえなくぐちょぐちょに濡れてしまった。私が歩くたびに濡れた靴下がぐちょっと鳴って、何だか気持ち悪い。一刻も早く家に帰って、靴下を脱ぎ捨てたい気分だった。
気持ち悪さに耐えながらしばらく歩いてると、ようやく朝通った交差点にたどり着いた。ここは、さっき通ってきた道と違って、車が水しぶきを立てながら走る音が聞こえてくる。信号が赤だったので、横断歩道の手前で待っていると、右からやってきた黒い車が大きなしぶきを上げた。
「もう最悪…」
気づいたときには、私の腰から下はぐっしょり濡れてしまっていた。私の横を通っていった車を恨めしく思いながら、スカートの裾をぎゅっとしぼって、後でしわにならないように伸ばした。そして、濡れた箇所をハンカチで拭おうと、足から太ももにかけて生地を当てていると、ハンカチはあっという間に濡れきってしまった。仕方がないので、あとは付いた水滴を手で軽く払って、青になった横断歩道を渡った。
濡れて重くなったスカートは太ももにひっついてきて何とも歩きにくかったが、車が多い通りも抜けて、私の住む住宅街に差し掛かった。
雨の勢いは止まずに、視界が曇っていて、見慣れているはずの景色がいつもとは違うように見える。住宅街は少し上り坂になっているせいか上の方から雨水が流れてきていて、まるで小川の中を進んでいるような感覚だった。
そして、朝自転車で来た道を戻っていくうちに、自分の家もだんだんと近づいてきていた。やっと家に帰れるという安堵感からか、私は唯ちゃんのことを考える余裕が生まれていた。
晴菜ちゃんは唯ちゃんが最近変だって言ってたけど、今日唯ちゃんが帰り際話したいって言ってたこととやっぱり何か関係があるのかな?
私は最近唯ちゃんと過ごした時間を思い出して、何か気になることはなかったか必死に考えた。このとき私は、本当は友達として気づいてあげなきゃいけなかったのにと自責の念を感じていた。
怪我、自転車通学、後ろから驚かされたくない?授業中、昼休み、部活、友達関係…?それとも…
あれこれ考えているうちに、気づくと家の前をもう通り過ぎていた。やっと、というよりはもう着いたのかという感じだった。頭の中は今日あったいろんなことでぐちゃぐちゃになっていて、体も雨に濡れていたので、私は一旦家に入って落ち着きたくなった。
雨が跳ねている階段を二、三歩上って、玄関の扉の前に立つとようやく傘をささないでいられるようになった。足下では、濡れた靴がまだ残っていた乾いた地面に足跡を滲ませた。
私は折りたたみ傘を閉じて、傘についた雨粒を振り払った。思い返すと折りたたみ傘は意外と私を雨から守ってくれて、前よりもちょっぴり頼もしく見えた。
背負っていたリュックから鍵を出して、私はようやく家の中に入ることができた。扉を閉めると雨の音はピタッと止んで、静けさが私の前に広がっていった。耳についていた雨の音も、その空間に吸い込まれるようにすっと消えて、その代わりに私はしばらくの間、静けさというものを聞いているような感じだった。




