一斉帰宅
もう早く帰らないとなと思っていると、唯ちゃんが私のところに話しかけに来た。
「ねーゆいゆい、ゆいゆいはどうやって今日帰るの?」
「歩いて帰ろうかなと思ってるよ、さすがに自転車で帰るのはやばそうだから」
結局、雨も降っていて視界も悪そうだったので、歩いて帰ることに私は決めた。
「私も歩いて帰るんだけど、そしたら明日も歩きになっちゃうよね、はぁー」
「あれ?唯ちゃんって電車通学じゃなかったっけ?」
前に唯ちゃんの家に遊びに行ったことがあるが、とてもじゃないが歩ける距離ではなかった気がした。
「最近さー、自転車で来てるんだよね、実は。私、ちょっと太り気味でさ、運動しなきゃと思って」
「そうなんだ、でも電車使えば明日も普通に来られるんじゃない?」
「それだと、今まで頑張ってきた意味が無いじゃん、私決心したんだよね」
そこまで無理する必要はない気がしたが、どうやら本気らしいので後は何も言わなかった。
「じゃあ、気をつけてね、唯ちゃん」
「うん、ゆいゆいも気をつけてね。あとさ…本当は今日の放課後、二人で話したいことがあったんだけど、一斉帰宅になったじゃん。だから、私家に帰ったらゆいゆいに話したいことがあるんだけど、今日って時間ある?」
「うん、大丈夫だけど」
「おっけー、じゃあまたね」
「うん、またね」
なんだか少し元気がないように見えたが、この雨の中歩いて帰るのは誰でも嫌だろうな。今話してもよかった気はしたが、雨も降っているし、別に帰ってからゆっくり話していいかと思い直した。
唯ちゃんが教室を出てから、私もそろそろ帰るかと手に持っていたスマホをポケットにしまう。確認した天気予報は当分雨100%で、雨雲レーダーも関東は真っ赤に染まっていた。教室に人はまだいたが、残っているのはこの状況を楽しんでいる男子や、家が割と近い人がほとんどで、もう半分もいなかった。私も帰れるうちにと思って、折りたたみ傘を片手に教室を後にした。
1年から3年まで全員が一斉に帰ることは普段ないので、廊下や外に出られる通路などは見たことがないぐらい混み合っていた。雨が降っているのもあるだろう。人の波に押し流されるままに私も進んでいく。途中、人の流れが合流して進むスピードは遅くなったが、5分ぐらいすると、ようやく外の雨の音が大きく聞こえるようになってきた。やっと帰れるとほっとしていると、人混みの中で確かに私の肩を後ろから叩いた人がいた。振り返るとそれは晴菜ちゃんだった。
「あ、ゆいゆい。そういえば唯のことでさ、実は話したいことがあったんだけど」
「え?唯ちゃん?」
人混みのせいで聞こえにくかったが、唯ちゃんのことに関する話というのは分かった。
「そう、ちょっと一旦ここから離れてもいい?」
やっと帰れそうだったのに、と思ったが何だか真剣そうな面持ちだったので「いいよ」と言って、二人で人混みを離れることにした。空いている廊下に出て、あまり人通りがないところで晴菜ちゃんはぴたっと歩を止めた。
「ねー、あのさ…」
言いづらいのか言葉を詰まらせている様子だったが、下を少し向いてから決心したような目で私の顔を見て言った。
「私さ、最近唯の様子が何かちょっとおかしいと思ってるんだけど、ゆいゆいはどう思う?」
「え?唯ちゃんの様子が最近おかしいかって?」
「そう、少なくとも私の目にはそう映ってさ、ほら、唯と仲良さそうなゆいゆいに聞いてみようと思って」
私は首をひねった。唯ちゃんに変わった様子はここ最近あっただろうか。むしろ、私にはいつも変わりなく振る舞ってくれているように感じていたし、なにより私はあの日から自分のことに精一杯で他の人の様子を気にする余裕は正直言って無かった。晴菜ちゃんの思い過ごしじゃないかと思ったが、訳を聞いてみることにした。
「うーん、何でそう思ったの?」
「まずさ、唯急に自転車通学するようになったじゃん。多分1時間以上かかるんじゃないかな、電車で来たらもっと早く行けるのにさ」
「それはダイエットしてるからって言ってたよ」
「私も部活の帰りにそう言われた。でもさすがにやり過ぎじゃない?」
「まぁ、確かにそうだよね」
唯ちゃんと晴菜ちゃんは同じバドミントン部で、私は今は休部しているが吹奏楽部だった。最近、遅刻が続いていたのと、部活に行っていないのとで、唯ちゃんと授業がある時間帯以外そういえば会っていなかった。
「他にもあってさ。ゆいゆいは知らないと思うんだけど、ゆいゆいが学校休んでたときの時間割に体育があってさ、授業が終わって更衣室で着替えてたんだけど、唯の左足に大きいあざがあって、あと左の脇腹もなんか怪我してるみたいだったんだよね。部活でそんな怪我するわけないし、体操服の上からジャージ着てたからそのとき気づいたんだけど、それどうしたの?って聞いたら、なんか盛大にずっこけたって唯は言ってたけど、なんか不自然というか。最近怪我が治ってきたみたいで、部活の練習には参加してるんだけど、しかもそれが自転車通学するようになったときと重なってるんだよね」
なんだか頭がごちゃごちゃしてきていた。唯ちゃん怪我してたんだ、話好きの唯ちゃんが何で私に言って来なかったんだろう?
「なんか事故に遭ったとか?」
「私もそう思ったんだけど、普通それなら逆に車とか怖いからさ、電車で来るはずだよね。なんか辻褄が合わなくてさ、唯もなんか隠してるように見えるし」
「うーん、それか本当にどっかにぶつけて怪我したとか?」
「それなら、いいんだけどさ。あと、最後にこれは私の思い過ごしかもしれないんだけど、唯後ろから何かされるのが嫌みたいでさ。最近になってかどうか分からないけど、この前後ろから「わ!」ってしたら、本当に青ざめた顔で、「びっくりするから、もうしないで」って言ってきたんだよね。その日たまたま機嫌が悪かっただけなのかもしれないけど、唯にしてはそういうの珍しくない?」
「うん、そんな唯ちゃんあんまり見たことないかも」
唯ちゃんは怒ったときでも、どこかふざけているような感じだったので、そういった反応をする唯ちゃんをあまり想像できなかった。
「多分、聞いても教えてくれるような感じじゃないからさ、今。だから、もし唯が何か言ってたら私にも教えてね、ゆいゆい」
「うん、分かった…」
私はそのとき自身のない返事をした。そばにいて分からなかったのに、果たして唯ちゃんが何か隠していることを聞くことはできるんだろうか。そのまま晴菜ちゃんとは別れて、外に出られる通路に向かった。足取りはおぼつかないまま、頭の中ではずっと唯ちゃんのことを考えていた。




