第十八話「巡り、戻る」①
コダマを先頭に、景真たちは禁樹域のさらに奥へ進んだ。
天蓋樹から伸びる根は、進むほど複雑に枝分かれしていく。地上へ大きく盛り上がるものもあれば、土の下へ潜ったままどこへ続くのか分からないものもある。
「この先じゃ」
コダマが足を止めた。
「先ほど見つけたものと似た歪みが、この方角にある」
「場所までは分からないんですよね」
景真が尋ねる。
「うむ。大樹の気が失われておる辺りまでは追える。じゃが、どの根のどこにあるかは、そなたらに探してもらわねばならぬ」
「十分です。何も分からず探すより、ずっと楽ですから」
紅緒はそう答え、周囲へ目を向けた。
一度、杭の姿を見ている。
探すべきものが分からなかった昨日までとは違う。根に巻き込まれた不自然な盛り上がり。黒ずんだ細い根。周囲だけ弱った草。見落とさないための手掛かりはいくつもあった。
「この辺は、まだ草が残ってるね」
山吹が腰を屈める。
見た目には青い葉が多い。だが、その中から一本をつまみ上げると、葉の端が僅かにしおれていた。
「枯れるところまでは行ってない。でも、元気とも言えないねえ」
「じゃあ、近いかもしれないな」
景真は地面を這う根へ沿って歩き始めた。
紅緒も別の根を追う。術の気配を探ろうとはしなかった。前に杭へ霊力を触れさせた時の反応が頭に残っている。今は余計な刺激を与えない方がいい。
しばらく進んだところで、山吹が呼んだ。
「こっちを見てみな」
三人が集まる。
山吹の足元では、太い根の脇から伸びた細根が何本か、途中で色を失っていた。
「昨日のと同じだ」
景真がしゃがみ込む。
「この先ほど黒くなってる」
「なら、元を辿ればいい」
山吹が細根を指で示した。
景真は細い根の流れを目で追う。何本かは途中で土へ消えたが、そのうち一本が、少し離れた太い根の裏側へ続いていた。
「……あそこか?」
根の下へ回り込む。
地面との隙間は狭く、上から見ただけでは何も分からない。景真が膝をつき、顔を低くして覗き込んだ。
「何かある」
「触る前に見せて」
紅緒も隣へ身を屈める。
根の裏側。土と苔に半ば隠れるように、黒いものが埋まっていた。
山吹が周囲の土を慎重に除く。
現れたのは、一本目とほとんど同じ太さの黒い杭だった。
「二本目……」
紅緒は杭の表面を見つめた。
泥の隙間に、見覚えのある細かな線が走っている。触れずとも分かる。完全に同じとまでは言い切れないが、術式の組み方はよく似ていた。
「同じものみたいか?」
「少なくとも、別物には見えないわ。材質も、刻まれている術式も似てる」
山吹が根の周囲を確かめる。
「こっちも樹皮が巻いてるね。昨日今日のものじゃない」
コダマは杭の存在を確かめるように根へ手を添えた。
「……確かに、ここでも大樹の気が紛らわされておる」
二本目を見つけても、喜べる者はいなかった。
一本だけなら、一か所だけを狙った仕掛けとも考えられた。
だが、二本目が見つかったことで話は変わった。誰かが意図して、天蓋樹の複数の根へ同じものを打ち込んでいる。
「まだありますか?」
紅緒が尋ねる。
コダマはすぐには答えなかった。目を閉じ、しばらく根へ触れたまま動かない。
やがて、少女の顔が別の方角へ向いた。
「……ある」
「やっぱりか」
景真が立ち上がる。
「今度はどっちです?」
コダマが森のさらに奥を指した。
「あちらじゃ」
*
三つ目の歪みは、二本目より見つけにくかった。
周囲の草はほとんど枯れていない。命灯草も見当たらず、山吹が植物から異常を辿ることができなかった。
「こっちは、表に影響が出にくいのかもしれないね」
「それなら、杭も見えにくいかもしれないな」
景真は根の表面を注意深く見ていく。
紅緒も、苔の盛り上がりや樹皮の歪みを一つずつ確かめた。
だが、それらしい場所はない。
「この辺りで間違いないんですか?」
紅緒が尋ねると、コダマは僅かに眉を寄せた。
「大きくは違わぬ。じゃが、先ほどより深い」
「深い?」
「大樹の気が失われておるのは、この下じゃ」
コダマが地面を指す。
景真はその言葉を聞いて、足元へ目を落とした。
地上へ出た根ばかり見ていた。
けれど、天蓋樹の根の大半は土の下にある。
「山吹さん。少し掘っても大丈夫そうですか?」
「場所を選べばね。細い根を切らないようにしな」
コダマにも確認すると、少女は頷いた。
「大樹を傷つけぬならよい」
四人は根と根の間の土を少しずつ除いていった。
深く掘る必要はなかった。
手のひらほど土を退けたところで、景真の指が止まる。
「あった」
土の下を横へ走る太い根。その側面に、黒い杭の頭が僅かに覗いていた。
一本目、二本目よりも深く埋もれている。樹皮も周囲へ大きく盛り上がり、杭の大半を呑み込んでいた。
「三本目……」
紅緒が息を吐く。
山吹は何も言わず、露出した部分だけを確かめた。
「同じだね」
短い言葉だった。
紅緒も頷く。
黒い材質。細かな術式。そして、根へ長く取り込まれた跡。
三本とも、よく似ている。
「他には?」
景真がコダマを見る。
コダマは三本目の根へ触れ、目を閉じた。
しばらくして、森を渡るように遠くの葉がざわめく。
一度。二度。
やがて静けさが戻った。
「今、わしらに追える同じ歪みは、この三つじゃ」
「じゃあ、とりあえず全部見つかったってことか」
「うむ。見落としておらぬ限りはな」
コダマは慎重に付け加えた。
景真は周囲を見回した。
一本目は、命灯草が枯れていた根。
二本目は、そこから方角を変えた別の太い根。
そして三本目は、さらに離れた地中の根。
どれも天蓋樹から大きく伸びた、別々の根へ打ち込まれている。
「それにしても、ずいぶん離してあるね」
山吹が三本の杭がある方角を見比べた。
紅緒も、一本目と二本目、そして今いる三本目の位置を思い浮かべる。
「一か所からまとめて奪うんじゃなくて、別々の流れから少しずつ取るため……?」
紅緒は自分の言葉を確かめるように、ゆっくり続けた。
「断言はできないけど、そうなら大樹がすぐに弱りきらず、異変も目立ちにくいのかもしれない」
「ここまでくれば、偶然じゃないね」
山吹が低く言った。
「誰かが場所を選んで、一本ずつ刺したんだ」
紅緒は土から覗く黒い杭を見る。
「ええ。それも、見つかりにくいように」
三本の杭。
天蓋樹の気を奪いながら、その気に紛れて存在を隠す術。
これほどのものを、誰かがわざわざ禁樹域へ持ち込み、別々の根へ打ち込んだ。
「何のために、ここまで……」
答えはない。
景真は少し考えてから、三本目の杭へ視線を戻した。
「誰がやったかは、今は分からない」
紅緒は景真の言葉に頷き、黒い杭へ視線を戻した。
「ええ。でも、やることは決まったわ。次は――こいつらをどうやって抜くかね」




