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『ゲロ味の錠剤』  作者: kar777


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第4話 向こう側

 気づけば、タイプ音は止み、人はいなくなっていた。

 授業は終わったんだ。何も書けずに。

 俺はやっぱり、だめだ。

 視界が歪んでいた。嗚咽が漏れる。

 静かな夜の雰囲気が、俺をやさしく包んでる。

「…泣いてんの?」

 後ろから声。振り返ると、女性が立っている。

 服装はぼやけていてもわかるくらいパンクで…スタッズのついたジャケットか、何か。

 急いで目を拭う。顔を逸らす。

「いえ」

「なんで、泣いてたの?」

 女性の足音が近づいてくる。

「夢を…諦めたくなかった」

 そう呟く。聞こえないくらい、小さく。

 足音が止む。

「ここ来ない方がいいよ。あんた」

「…はい?」

 もう一度、振り返る。

 女性は、何故だか悲しそうな顔をしていた。


「どうしてですか?」

「ここは…金儲けのための、スッカスカの授業しかしないから」

「…」

「泣くくらい書きたいなら、来ない方がいい。こんな…ぬるい場所」

「でも…皆、書けてました。俺は――」

 視線を戻す。白紙。手を握る力が強くなる。

「やっぱり…俺がダメなんです」

 その時、ドアの方から声がした。白石さんだ。

「二人とも。もう、教室閉めるよ」

 女性は少し嫌そうな顔をしながら、教室を出た。俺も少し遅れて荷物をまとめ、教室を後にした。


 建物を出ると、さっきの女性が待ち構えていた。冷たい風が吹く中、寒そうな格好で。

「…何ですか」

「空、見ようぜ」

「いえ。そんな気分じゃ、ないので」

 家へと歩を進める。三歩進んで――

「夢、諦めたくねぇんだろ?」

「…聞こえてたんですか」

「あぁ」

「じゃあ何ですか。夢を諦めないために…空を見ると?」

「あぁ」

「何の関係もないじゃないですか」

「関係あるさ。あんたには、必要だ」

 女性は、強く断言した。空を指を指す。

 その言葉に押されてか、俺は…空を見上げた。

 白く、淡く。光っている星と月。

 それらが目に映った時、久しぶりに空を見つめたことに気づく。

 空は、綺麗だった。

 けれど、それだけだ。

「これが、何の関係があるんですか」

「見方がちげぇよ」

 顔を下ろすと、いつの間にか近づいていた女性は俺の手を、空を遮るように固定した。

「こうすんだよ」

「え、でも…」

「いいから見ろ。向こう側に、何が見える?」

「そりゃ、何も見えないですよ」

「それを見るのが、想像だ」

「…え?」

「もう一度聞く。向こう側に、何が見える。何を…想像する」


 もう一度、手のひらを見つめる。その向こう側を見つめる。

 …でも。

「やっぱり、何も見えない」

「あんた、突飛なものを想像しようとしすぎ。身の程をわきまえないと」

「…」

「…あんた、名前は?」

「俺は、透。相川透(あいかわとおる)

「そう。あたしは、真柴凛(ましばりん)

 女性、真柴さんはそう言って背を向けた。

「じゃあな。このスクール…辞めろよ」

 そう捨て台詞を残して歩いて行く。俺の家と逆方向に。

「ちょっと待って!」

 静かな町に俺の声が響く。真柴さんが背を向けたまま答える。

「なんだよ」

「なんで、こんな教えてくれたんですか」

「悲劇の主人公ヅラが鼻についたから」

「……このスクールは来ない方がいいって言いましたよね」

「そうだな」

「じゃあなんで…今、真柴さんはスクールに通ってるんですか」

「…」

 初めて真柴さんが黙り込む。風が抜ける。

「なんでです」

 もう一度、問い直す。

「…ノーコメント。もう行っていい?」

「あとひとつ!聞かせてください」

 ため息が聞こえる。

「なんで、小説を書くことができるんですか」

 その問いに真柴さんは振り返り、笑顔で答えた。

「才能」

 冷たい風が、体を震えさせる。

 聞かなければよかった。


 帰り道。空を見上げながら、回っていた。足取りは軽やかではなかった。

 真柴さんの言葉がずっと、重い。

 その重さが、アパートに着いてからも続いていく。

 今日は、もう何もしたくない。

 もう、寝てしまおう。

 片づけられてないゲロを横目に俺は倒れこんだ。

 目をつぶる。

「…」

 いや、シャワーは浴びよう。来月には、水道が止まってるかもしれない。


 全身に刺激が走り、なぞる様に水が流れる。

 聞こえるのは、水音と俺の呼吸。

 でも、その奥で反響する言葉があった。

 ――向こう側に、何が見える?

 目を閉じる。けど…

「…分かってる。俺には才能がないことなんて。でも…諦めたくないんだよ」

 水音に消されるくらい弱々しく響く。

 強烈に面白い物語。

 頭を回すも、何も思いつかない。

 ――あんたは、突飛なものを想像しようとしすぎ

 目を開けた。前には鏡。

 そこに映っていたのは…

 水滴が背中を伝う。

「…俺だ」

 ――向こう側に、何が見える?


 俺は受付を抜けて、教室に向かった。

 机と机の間の道を通り、もうすでに椅子に座っている真柴さんの隣に座る。

 一瞬驚いた顔をして、けれどすぐに表情を戻して真柴さんは口を開いた。

「なんで来た。来んなっつったろ」

 その問いに答える代わりに、紙を机に叩きつけた。

 目を真ん丸にしながら紙を手に取り、目を通す真柴さん向かい言う。

「書けましたよ。あなたのアドバイスのおかげで」

「…」

「だから、来たんです」

 全て読み終わったのか、真柴さんは紙から顔を上げて、不敵に笑った。

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