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『ゲロ味の錠剤』  作者: kar777


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第12話 偽善の正体

 味方。その言葉をここのところよく聞いた気がする。

 真柴さん、千景さんそして……

「急にどうしたんですか、相川さん」

 困り眉で話す白石さんを鋭く見据え、口を開く。

「手伝ってほしいんですよ。小説書くの」

「え? まぁ……」「ただ!」

 被せて吐いた声が、教室の空気を切り裂いた。少しのけぞった白石さんに一歩近づき言う言葉の続き。

「小説の技術とか、そんなものを教えてほしいわけじゃない。語ってほしいんです」

「語る……?」

「はい。白石さんの小説にできるくらい面白い話を、語ってほしいんです」

「そんな、急に言われても……出てきませんよ」

「俺もそうです。出てこなくて、書けなくて……それでも、って足掻いたら……失って」

 俺はまた一歩、踏み込んだ。白石さんの肩がピクリと動く。俺を訝しむ目が少し、変わった気がした。

「だから、あなたなんです。今、あなたにしか……頼れない」

 時計の規則通りの音が鳴り響く中、俺は頭を下げた。

「お願いします」

「……分かりました」

 顔を上げると白石さんは、苦虫を噛み潰したような、苦しそうな顔をしていた。

「そこまで面白い話ではないですけど……ひとつだけ」

 そして、一呼吸おいて語り始めた。



あれは、僕が子供の時。僕には、ある不満がありました。

妹ばかりをかわいがる両親です。

自分よりも遅く生まれたというただそれだけで、おざなりにされなければならないという現実に、不満を募らせていたのです。

……この時僕は7、8歳。まぁ、よくあることでしょう?

けれど、僕は不満を抑えることができなかった。そして不満の向かう先。

僕は、飼い犬のドリスに……暴力を加えてしまった。



「ちょ、ちょっと待った!」

「……どうしました?」

 妙にリアルで……いや、まるで白石さんの過去を語るような口調。

 つい、止めてしまった。

「え、その……作り話(フィクション)、ですよね?」

「…………いえ、事実です」

 言葉が出てこない。開いた口が塞がらない。

「ドリスは鳴きませんでした。子供の暴力ですし、痛くなかったのかもしれません。けれど、殴った。暴力をふるってしまった」

 信じられない。ペットに暴力をふるうなんて。そいつは続ける。

「その行動を、何度悔いた事か……何度、自分を殴ったことか。けれど、何より苦しかったのは――」

 少しの間の後、強く、けれど弱々しく声が響いた。

「罰が、来なかったことです」


「地獄があれば、どれほどよかったか。罰を与えられれば、どれほどよかったか!」

「……」

「ドリスは、殴られた次の日も、前と変わらず接してくれた。……敵意をあらわにして、噛みついてくれたら……どれほど、よかったことでしょう」

 何故か、唐突に理解できた。白石さんという人間を。

「だから……偽善?」

 白石さんは自嘲ぎみに笑う。

「そうです。相川さんの言う通り、僕の行動はただの、罪滅ぼし」

 ふと、手が痛いくらいに強く握られていることに気づく。

 俺はどうにもその態度が……すべてを諦めたような、その態度が――

 白石さんの胸ぐらをつかむ。そして叫んだ。

「結局、逃げてるだけじゃねぇか! 現実から……罪から! 黙って聞いてりゃ悲劇のヒロインぶりやがって……!」

「……そうですね。結局、この話をしたのも……罪滅ぼしなのかもしれない」

 いけしゃあしゃあと告げるその顔を無性に殴りたい。そんな欲求を抑えながら、喉が痛くなりながら。それでも叫ぶ。

「向き合ってないんだよ、お前は!」

「じゃあ!」

 はじめて白石さんが声を張り上げた。

「ドリスも、両親も死んだ今! ……どうしたらいいんだよ」

 教室の空気が止まった。時計の音すら、遠くなった気がした。

 胸ぐらを掴んだままの俺の手が、じわりと汗ばむ。言葉が出ない。今までとは、少し違う理由で。

「どうしたら……よかったんだよ……」

 その言葉は俺に対してではなかった。

 俺は、掴んでいた手をゆっくりと離した。白石さんは、ゆっくりと目を閉じた。そして、かすれた声で、呟いた。

「謝れれば、よかったのに……」

 怒りも、軽蔑も……全部、どこかに消えていた。

 重ねてしまったんだ。自分と白石さん、その二人を。

 ……いや、もしかしたら……自分と重ねてしまったから、力の限り怒鳴りつけたのかもしれない。

 俺も……真柴さんも。


 俺は白石さんに背を向け、歩き出した。

「書いてみます」

 その一言だけを残して。

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