第11話 決意、向こう側
翌朝、夜通し動いていた俺の手が止まった。
「……できた」
机の上には、AIが一晩で吐き出した小説。読み返すと、やっぱり何というか、小説になっている。
疲れた目を癒そうと窓に目を移す。にわか雨が降っていた。
……今日も、居るだろうか。
いや、きっと真柴さんは今日もスクールにいるだろう。雨音の中、いつもの席でPCに向かう様子がありありと想像できる。
少し笑みがこぼれる。
この作品を見せに行こう。千景さんには……また今度。
立ち上がり、PCを抱える。
ドアを開けると潮風のような塩味ある匂いが、鼻を刺した。
傘などはない。胸に抱えて走り出す。ジトッとした重い空気とは裏腹に、足どりは軽い。
水たまりに足を取られ、ぐちょぐちょと嫌な感触を足に感じて、そうして着いたスクールの前。
そこには今まさにスクールに入ろうと傘をたたんでいる真柴さん。
「……よう」
「書きましたよ」
俺は胸に抱えたPCを、誇らしげに少し持ち上げた。真柴さんの眉が、わずかに動く。
「読んでもらえませんか?」
言いながら、自分でも驚くほど声が弾んでいた。
「……昨日とは、まるで別人だな」
「まぁ、書けたんで」
待ちきれずPCを開き、真柴さんに画面を突き付ける。
真柴さんは黙って読み始めた。傘をまた開き、俺も中に入れて。
しばしの沈黙。
俺は真柴さんの活字を追うその目をじっと見つめていた。雨音が激しくなる。
雨、強くなってきたな。帰りは、どうしようか。
そんな考えが浮かび上がり、すぐに考えるのをやめた。
体に強い衝撃が走る。
少しして真柴さんが俺の胸ぐらをつかみ、馬乗りになっている事実を理解した。
「AIを……使ったな!」
そんな真柴さんの声は何故か、今までないほどに激しい口調で、そして……怒りと悲しみに満ちていた。
口は開いたまま、何の言葉も出てこない。雨粒と涙が全身を刺し、なぞる様に流れた。聞こえるのは、雨音と真柴さんの呼吸。
そしてその奥で反響する言葉があった。
――読者のいない俺
そんな言葉が。
「……気づいたんですか?」
「当たり前だろ! 書き方も、考え方も! ……あんたと全く違う」
……なんだ。居たじゃないか。すぐそこに。
「読み手、なめんなよ!」
そんな怒鳴り声の向こうに。馬乗りになって、何故か涙を流す真柴さんの向こう側に。
……晴れた空が、見えた。
「ごめんなさい」
俺は何故かそんな言葉をこぼしていた。
少しの間、向かい合い。雨を一身に受け続けた。
真柴さんは何も言わずに立ち上がり、歩き出した。傘も持たずに。
「真柴さん、傘……」
「うるさい」
口は、もう開くことはなく。遠ざかる背中を追う事しかできなかった。
……けれど、数メートルほど離れた所で、真柴さんが足を止め、背中を向けたまま叫ぶ。
「もう、あんた――」
雨に遮られたその言葉の続きは、何となくわかった。
だからこそ、今俺が言うべきことも、何となくわかった。
波紋広がるアスファルトの先。その背中に。
「来週の日曜! 読んでください‼」
そう、叫んだ。
……普通、人はあんな状況怒るだろう。
未だ横たわったまま、そう思う。
まるでAIが悪であるかのような、俺の夜通しの努力を意味のないものと言うのような、そんな言い回し。
そりゃ怒るだろう。だが今、怒りは毛ほどもわかない。立ち上がって、真柴さんの傘をさす。
なぜだろう? 真柴さんが涙を流したからだろうか。読者はすぐそばにいるのだと、感じたからだろうか。
……いや、そんな理由ではない気がする。何か言い表せはしないが、そう感じる。
落ちていたPCを開くと、幸運にも壊れてはいなかった。
AIのページかついている。
「こんにちは、今日は何について掘り下げましょうか?」
「……」
深呼吸する。
ぐちゃぐちゃになったこの思考はきっと、もう結論に行きつくことはない。
少なくとも、今は。
ドアに手をかけ、俺はスクールに入った。今俺にできることを、成すために。
びしょびしょの体でスクールに入るなり、目についたのは……偽善者。
「……こんにちは」
少し訝しげにこちらを見る目。そんなものは気にせずに俺は、先週の事を思い出していた。
にやりと笑い、口を開く。
「俺の、味方……何だよな?」
「え?」
素っ頓狂な声が、部屋に響いた。




