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『ゲロ味の錠剤』  作者: kar777


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第10話 夢の終わり。

 夜風が髪を揺らす。

「AIって凄いんですよ」

 そう言う千景さんの顔は明るい。雲の合間から差した光も、いつの間にかなくなっていて、街灯だけが、俺の影を作っている。

「何でも作れて、自由で。あなたにぴったりだと思うんです。AI……使ってみませんか?」

「使います!」

 考えるより先に、口が動いていた。千景さんが、心底嬉しそうにふっと目を細める。

「なんでAIを勧めたか、疑問には思わないんですか?」

 街灯の光が、千景さんの横顔を薄く照らしている。

「……別に」

「そうですか」

 会話が止まる。けれど、千景さんはずっとこちらを見つめてくる。

 そうして息を数えきれないほどに繰り返し、ふいに寒さを感じた時、千景さんはクスリと笑って、

「それじゃあ、もう、行きますね」

 そう、白い息を吐いて、背中を向けた。

「あの!」

 要件などなかった。けれど引き留める理由はあった。もう少し話したい。そんな理由が。

 千景さんがくるりと振り返る。

「……なんです?」

 必死に頭を巡らせて思いついたのは――

「ペンネーム……って、なんですか?」

 なんだそれ。でも、好きなものを聞くよりかはましだろう。

「言いたくないです」

 千景さんの声は冷たかった。

「あ、無理なら、別に。すみません、急に」

 あたふたをする俺を見て、千景さんは微笑みながら言った。

「別に怒ってませんよ。少し、恥ずかしかっただけです。AI、ちゃんと使ってくださいね」

 夜風が急に強くなるも、それすら貫通して。

「AIは、あなたの味方ですから」

 その言い方は優しくて、どこか……残酷だった。


「おい!」

 真柴さんの言葉に、ハッとする。街灯の下に一つ残った、俺の影から、顔を上げ。真柴さんへと、視線を這わす。

「大丈夫かよ? なんかあったのか?」

「……なにも、なかった……です」

 なぜかついた嘘を、上ずった声を、無視して俺は走る。

 空はまもなく雨が降りそうなほど黒かった。


 暗闇の部屋がブルーライトに照らされる。

 その光の元は、スマホでも、テレビでもなく、PC。

 検索窓にAIと打ち込む。

 昨日食べた弁当の残骸が床に散らばったこの部屋で、息が早まる。体が熱くなる。

 一番上のWEBを、クリック。

「こんにちは、今日は何について掘り下げましょうか?」

「小説を、考えて」

 すぐに生まれるタイトル、『白紙の隣人』

 膨大な設定。そして書き出し案。

 俺は暗い画面に反射した、にやけた面を見ていた。

「……すげぇ」

「続けるなら、・導入を伸ばす・プロットを固める・隣人の正体を決める……どこから進める?」

「じゃあ……本文を、書いて」

 汗が背中を流れた。本当に、千景さんには感謝だ。




「これで、あいつは終わりだ」

 重々しいピアノの旋律とは裏腹に、私は実に充実した気分だった。

 あいつはもう、抜け出せない。

 白い画面に、黒い文字が増えていく。自分の言葉じゃないのに、自分の言葉みたいに見える。……その快感を、一度知ったら戻れない。

「あなたは、きっと……私と同じになる」

 誰もいない部屋で、小さく呟く。

 ピアノの旋律が、ゆっくりと終わりに向かう。その余韻の中で、私は笑った。

「ようこそ」

 バンとピアノを強くたたく。不快な音がこだまする。

「——夢の終わりへ」

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