第9話 曇り空の下で
「……どうしてここまで、してくれたんですか?」
真柴さんの笑顔を見て、ついに出てきた純粋な疑問。
本当に、罪滅ぼしなのだろうか?
思えば、今までの行動にもよくわからないところはあった。急に怒ったり、笑ったり……突き放したり。
激しく動く感情への疑問が膨れ上がって、今、口からこぼれたのだ。
「……理由が、必要?」
顔は真顔。声は冷たく告げる。
「今までの真柴さんの行動を見てると……支離滅裂で、都合よく見えるんです。でも、あるんですよね。理由が。それが俺は……どうしても、知りたいんです」
「理由なんて……」
真柴さんはそれ以上に何かを言いかけて、辞めた。
俺に一瞥もせず、PCをバッグにしまい込み教室を出ようと歩き出す。
「教えてください!」
大きく反響する教室で、真柴さんが振り向く。観念したように。
「あんたはひどく似てんだよ……あたしの、兄貴に」
「真柴さんのお兄さんに?」
「あぁ、死んだ兄貴にな」
「……」
その言葉は、あまりにも軽く、あまりにも重かった。
「だから、話したくなかったんだよ。そんな顔になっちまうんだからな」
そういって、真柴さんは教室を出て行った。呆然とする俺を置いて。
暖房の音だけが、やけに大きく聞こえた。
机に置いたノートPCを開く。画面の白さが目に刺さる。
書こうとする。でも、指は動かない。浮かぶのは、また同じ。
――今はただ、他人を頼れ
「……誰を?」
自嘲の笑いが漏れた。今、真柴さんに聞ける訳がない。
……千景さん? でも、俺は千景さんの事を何も知らない。
好きなものも、嫌いなものも……ペンネームだって知らない。
知っているのは、夢だけ。住所だって、向こうが知っているだけ。
俺は、さっき投稿した小説のPV数を画面に映し、黙っていた。
もちろん0PVのその画面を。
「……もう閉めるよ」
そんな言葉が響く頃、俺は返事もせずに、画面が真っ暗なPCを閉じた。
日曜日。
いつものスクールの教室は、相変わらず安っぽい机と椅子のままだった。ホワイトボードには、前回の授業の名残みたいな走り書きがうっすら残っている。「視点」とか「地の文」とか。後ろには真柴さんがいるが、話はしない。
ただ、いつもと変わったところは、座る俺の前にあるのはペンと紙じゃなく、ノートPCなこと。
……画面に映っているのは依然0PVの小説だけ。その小説だけだ。
「はい。じゃあ授業を始めます」
白石さんの言葉で、今日も真柴さんとは話さないまま、授業が始まった。
垂れ流す講釈に耳を貸さず、画面だけを見つめる。そして思い至る。
「来た意味なくね?」
こぼれた声が、白石さんの手に持っていたマーカーを止めた。生徒たちの視線が、一斉に俺へ向く。
「いや……その、すみません」
そう言って、俺は視線を落とした。白石さんは小さく頷き、授業を再開する。
――ここ来ない方がいいよ。あんた
なぜだかその言葉を思い出していた。
授業が終わるなり、俺は教室を飛び出た。どうにもならないもやもやが付きまとう。
0PV。読者のいない俺は……夢しかない俺は。
……一体今、何をすればいいのだろう。
スクールのドアを押し開ける。
目が合う。
曇り空、雲の間から差す月光の元、そこに居たのは……
「こんばんは」
「……千景さん? なんで、ここが?」
俺の問いには答えずに、千景さんは笑顔で告げた。
「AIって、知ってます?」




