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ヘンリー-ジョージの鏡(7)

1999年1月20日 パタゴニア執政府 プエルトジョーンズ 政府複合施設1号

 元はコモドーロ-リバダビアとして知られていたこの町は石油採掘の拠点として作られ、特にその後アメリカ企業の石油採掘拠点として繁栄していたのだがパタゴニア執政府が成立すると、チュバ川がアルゼンチンとの国境とされたため元々の州都であったラウソンではなくコモドーロ-リバダビアがパタゴニアの首都となり、その名もプエルトジョーンズと改名されていた。


 そして、パタゴニアの成立から実に70年以上が経過するとその在り様は大きく変化していた。もはや敵対国家であったアルゼンチンはパタゴニアとその同盟国に分割されて消滅し、プエルト-ジョーンズの建物もアメリカ企業やアルゼンチン政府の建てた建物ではなく、第二次世界大戦初期にアルゼンチンから徹底的に爆撃されたこともあり、新たな建物に建て替えられていた。


 当初は主にイタリアから初代司令官(コマンドール)ガブリオーレ-ダヌンツィオとともにパタゴニアに来た未来派の建築物が多かったが、現在では《《別の潮流》》に属するものが主流となっていた。


 それは公共建築の帝冠様式と地方への分散化政策によって各地で居住用に作られた当時の同盟国フランスのものを引き写した(もっとも、その発案者のル-コルビュジェはスイス人だったし、さらに言えばフランスでは無機質すぎるル-コルビュジェのものよりもその師に当たるオーギュスト-ペレの伝統的な建築原理を再解釈した作品群のほうが人気があった)巨大な十字状の無機質な高層建築に縛られた大戦後の大日本帝国における極端な建築政策に反発した丹下健三や黒川紀章、日本に移住したユダヤ系のツヴィ-タデウシュ-ヘッカーやヨナ-フリードマンらが作り出した新たな建築思想であるメタボリズムと呼ばれるものだった。


 彼らは1960年から開始されたモンテビデオとウルグアイ領となりブエノスアイレスから改称されたラ-トリニダー(ブエノスアイレスという名は植民地時代に由来する名だがあまりにも"アルゼンチン的"すぎる、と考えられその旧名であるラ-トリニダーが選ばれた)を結ぶ人工島によってラプラタ川河口部に軸線上の都市を作ろうとした新都市建設計画において大きな注目を集めた。


 ウルグアイと南ウルグアイ(ウルグアイに併合された旧アルゼンチンのエントレリオス州とサラド川以北のブエノスアイレス州を指す言葉だが、旧敵国人という意味を込めた蔑称としても使われていた)を物理的に結ぶことで目に見えた形での国家の統合を示そうとするウルグアイと従来よりラプラタ川の深さの浅さに悩まされていたパラグアイとブラジルが浚渫工事を望んでいたものの大量の土砂を処分する必要があったためその処分場所を必要としていたというそれぞれの事情があってのことではあったが、それでもメタボリズムは世界から注目を集めることになり、中でもそれを積極的に受け入れようとしたのがパタゴニアだった。


 パタゴニアは旧アルゼンチン政府に弾圧された移民たちを基礎として成立した国家ではあったが、そのため移民たちの中には極端な未来派の主張を疑問視するものも多かった。1960年代には未来派の思想は生まれてからすでに半世紀が過ぎ、新たな思想としての輝きは失われつつあった。次なる戦争がもたらすのは社会の衛生ではなく週末だろうからだ。その為少しずつ新たな思想を取り入れる必要に迫られており、第一に建築という目に見える形でそれを示そうとしたのだった。


 35年前に完成したパタゴニアの行政関係の施設が集まる、この政府複合施設1号という簡素な名前の建物はパタゴニアにおける最初のメタボリズム建築の一つだったが、その中から出てきた太田自動車工業製のリムジンの中では現在のパタゴニアを治める司令官であるマリオ-ルイス-ロドリゲス-コボスが苦い顔をしていた。


「まさか、日本に続き清国までもが…確かに軍縮も対話も望ましいが、いざという時の備えがないとなると…」


 まったくもって憂鬱な気分だった。これまで手を携えてアメリカに対抗してきた両国が相次いでアメリカの新政権に対して友好を宣言し、アメリカ側もそれに答えて"愛国党政権による民間人攻撃"に対して謝罪したのだった。もっとも後者については日本側では『奇襲攻撃そのものに対する謝罪ではなく不完全なものに過ぎない』と反発していたし、長らく有色人種への鉄槌と教育されていたアメリカでは突然の"国辱外交"への怒りから各地で反対者たちがテロを起こす始末だったが。


 だが、友好国たる日清を失った南米諸国は大混乱だった。新たな同盟相手を探そうにも日清と対立する南アジアでは経済的には利益はあるかもしれないが軍事的には遠すぎて対抗できないだろうからだ。


(それで欧州は…ああいや愚問だったな)


 コボスは窓から街の景色を見ながらそう思った。


 その視線の先には最近増え始めた女性らしさを強調した服を着た者たちがいた。学生だろうか、彼女たちは一見すると欧州からの移民をルーツに持つ白人のようだが、みな完全にそうとはいい切れない様々な人種的特徴を持っていた。


 大戦期にパタゴニアが人口増加のために導入した自由恋愛の積極的容認とそれに伴う恋愛税の徴収による子供の国家扶養は60年代に入るとより一歩進んで、人種の混交によってこそ理想の人類である宇宙人種が生まれるという旧アルゼンチン政府の白人化政策に対抗するためのプロパガンダであったはずのものを実現するべく、恋愛税の控除など様々な手で異人種間結婚を奨励し、その実現が図られることになった。メタボリズム同様に先代司令官のホメロ-ロムロ-クリスタッリ-フラスネッリによる"未来派国家"としてのパタゴニアの立て直し政策の一つだったが、それはこうして結実していたのだった。


 だが、一方で彼女たちの服装は未来へと時が進んでいるのを明確に示していた。一昔前ならばその様な格好をするものなどいなかった。当時は来るべき決戦に備えるためとして服装は統制され|男女ともに共通した服装ユニセックスの着用を義務付けられていた。だが、ここ最近はすべてが変わっていた。


 アメリカの劇的な崩壊によってもはやまやかし戦争(ファウニーウォー)など過去となっていた。自分たちでさえそうなのだから先祖たちの故郷である欧州諸国も今更、まやかし戦争(ファウニーウォー)の時代になど戻りたくもないはずだった。かつて、敵味方として分かれた欧州諸国とアメリカ、あるいは現在進行形で対立を続ける日清両国と南アジア、オーストラリアなどが参加する国際火星共同入植計画の存在を思えば、対立よりも和解の方向に世界が向かってるのは明らかだった。尤も日清両国が行っている対テロ戦争という不確定要素はあるが。


 ふと上を見上げると上空を巨大な飛行船が飛んでいくのが見えた。100年ほど前に見られた旅客用や遊覧用ではない。もともとは、国家壊滅後の報復攻撃のために作られ、現在では違う目的のために転用されたものだった。


 その目的の1つは本格的な宇宙進出や太陽から直接エネルギーを得ることを目的とした空想科学小説の中の施設であるステープルドン球に着想を得た太陽風の中の電子を利用して発電する画期的な新型宇宙発電衛星の利用開始に伴い、予期せぬ衝突による大惨事を避けるため既存の衛星の削減が進む中での代替用の通信などのためのプラットフォームとしての役割。そしてもう一つは宇宙進出のためのロケット打ち上げの母機としての役割だった。とくに後者は赤道に近い南米諸国にとって新時代の産業の柱として認識されており、パタゴニアもそう考えていた。


 コボス自身は軍縮による予算の捻出によってさらに加速させたいと考えていたが、第二次大戦以来いまだ帰還できぬコロンビア、エクアドルの両政府の問題やそもそも常にアメリカに圧迫されてきた歴史を思えば、日清が妥協したといって南米諸国までそうなるとは限らなかった。そして、それがわかっているこそコボスはさらに憂鬱になった。


 結局、コボス率いるパタゴニア、そして南米諸国はアメリカの参加に反対して見送っていた国際火星共同入植計画への参加を表明することになった。それは、日清ほど劇的な形ではなくとも、南米諸国もまたアメリカを単に敵としてだけでなく、一つの国家として考えなければいけない時代が訪れたことを示していたのだった。

新型宇宙発電衛星は現実でいうダイソン-ハロップ衛星で、ステープルドン球は史実のダイソン球なんですがそうするとダイソン-ハロップ衛星を何て呼んでいいかわからなくなったので変更しました。


それから人工知能を自動推論計算機に変更しました。どうも人工知能だけ現実世界準拠なのはどうかと悩んだ結果こうなりました。ご批判が多ければ元に戻します。

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― 新着の感想 ―
メタボリズムってなんか太りそうな名前だなあと思ったら本当にあったんですね。しかも日本発とは。技術志向の未来主義が吹き荒れた後には妥当なのかもしれません。 未来主義が過去のものになってしまったのは残念で…
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