◇第16話
「いやね、にわかに信じがたいことだったから」
ヒュースはごめんねと言葉を付け足して言う。
確かに・・と感じつつも、マーシャルはどことなく柔らかくなった雰囲気に胸を撫で下ろす。
「それで、マーシャル嬢に宝石箱を何とかしてもらおうと」
「実際精霊は力を使えないらしいがな」
マーシャルは申し訳なさそうに頷く。
精霊とはよくわからない生き物であり、気に入った人間に加護としてその力を貸しているが、彼ら自身は力を行使できない。
それをわかった上で何度もお願いでもすれば、怒って、あるいは怯えて寄り付かなくなってしまうし、下手をすれば加護をなくしてしまう。
「じゃあどうするの?」
「彼女は技術士だ」
「へ?本当に?」
「え、私資格は持ってませんよ」
昔に両親と兄に強請ったが結局受けさせてもらえず、しかし自分の為に魔道具を解体して新しく造り直すこと自体に資格は必要ないため、マーシャルは資格取得は諦めたのだ。
造ったものを売買しようとすれば、保障のために資格が必要になるのだけれど。
「でも魔道具は造れるし、解体できますよ」
「魔道具を解体・・」
一般人からしてみれば、なんとも恐れ多いことである。
高価と言われる魔道具を解体してしまうのだ。
さすがにこのときばかりはヒュースも顔を引き攣らせた。
「じゃあ宝石箱も?」
「魔道具なら何とかなるかもな」
人を食べる宝石箱なのだから魔道具以外の何物でもないのだろうけれど。
「そう、本当に助かるよ。ウィズ以外の技術士って本当に使えないから困ってたんだ」
ヒュースは特に気にすることもなく、さらりと毒を吐いてみせた。
おまけに顔はにこやかな笑顔なのだから、その怖さば倍増だ。
「じゃあ早速案内したほうがいいのかな」
「お願いしますっ!」
パァッと花が咲いたように笑うマーシャルに、ヒュースは驚き、エドワードは苦笑する。
世界中のどこを探しても、人を食った宝石箱を見るのに、こんなうれしそうな顔をする年頃の娘はいないだろう。
それだけで、ヒュースはマーシャルが変わった娘だということを感じ取った。
そしてヒュースでさえ勿体無いと思ってしまうのだった。
「じゃあ案内するよ」
ヒュースの言葉にいすから立ち上がり、3人して王女の部屋へと向かう。
傍から見ればなんとも豪勢な3人だろう。
人目を引く容姿をした3人が連れ立って歩くなど、この上なく目立つことだ。
しかし、それもつかの間で、王女の部屋に近付くにつれて人は少なくなり、王女の部屋の前に着いたころには人などいなかった。
部屋の前に騎士さえもいない状況に、マーシャルは少しばかりおかしく思う。
「ここが第一王女の部屋。騎士も誰もいないって変だよね」
ため息混じりに言うヒュースはどことなく忌々しそうだ。
王女などの王族を守るのは青騎士の役目であり、本来ならば、青を纏う騎士たちが交代でこの扉の前に立っていなければならない。
しかし、王女が食べられてしまった今ではその姿は見受けられず、あろうことか宝石箱に恐れおののいて護衛すらしたがらないのだという。
「騎士の風上にも置けないよね」
そう言いながら、ヒュースはエドワードを見やる。
なんとも意地悪な視線だ。
「青のことを俺に言われても知らん」
「そうなんだけどさ。青って白っぽい人間いるじゃん。あれどうにかならないの?」
王女の部屋の鍵を探しながら、ヒュースはエドワードに文句をたれる。
というのも、王城で護衛を務める青には2通りの人種がいるのだという。
青色のほとんどが実力で選ばれたエリート集団ではあるのだけれど、ほんの少数だけ、そうでない騎士がいるのだ。
それは、白になりたかったけれど、容姿が足りず、それでも王城で勤務をしたいと申し出た騎士。
周りの人間が嫌がっているのだ、当事者である青の騎士団は相当困っているだろう。
「青はあまり時間が合わないからな」
城下の巡回をする黒と偵察をする赤と違って、王城で王族の護衛を務める青は王族が目覚めてから寝るまでが勤務時間となる。
もちろん交代はあるけれど、黒と赤と時間がかち合うことはそうそうない。
会うとすれば、朝の訓練の時間くらいだ。
「ユーリがぼやいてはいたな」
エドワードは少し前に会った、同僚であり青の騎士団に所属しているユーリウス・ミッドベンのことを思い浮かべた。
男にしては小柄で中性的な顔立ちをしているユーリウスは、エドワードに会うたびに白になれなかった彼らの愚痴をこぼしている。
「そっか。ああいうのいると邪魔だしなんとかしよっかな」
「は?」
「ん?」
「・・・いやなんでもない」
「そう?あ、開いたよ」
ヒュースからとんでもない言葉が聞こえてきた気がしたが、マーシャルもエドワードも何も言わずに受け流す。
聞き返したほうが怖いのだ。
そしてなんともタイミングよく部屋の扉が開いたため、3人は話を中断してそっと扉を開けた。
――――――これがっ!
扉を開けてすぐ目に入ったのは、中央のテーブルの上に置かれた、宝石箱というには大きいそれ。
しかし人を食べたというには小さい、両手で抱えられるほどの大きさ。
いくつもの宝石があしらわれたそれは、シャンデリアの照明に照らされてキラキラと色とりどりに光り輝いている。
それと呼応するように、マーシャルの真紅の瞳もキラキラと輝いてる。
しかしそのキラキラした瞳の理由は、おおよそ見当もつかないものだが。
彼女が目をキラキラと輝かせているのは、目の前にある宝石箱が人を食ったということを差し引いても美しすぎるからではない。
彼女は、人を食ったというなんとも奇妙な魔道具にやっと会えることができたに、こんなにも喜んでいるのだ。
そんなことをわかっているのは、当人を除けば、エドワードくらいだ。
エドワードはそんなマーシャルを見てまた苦笑をこぼす。
「さ、好きなだけどうぞ」
ヒュースの言葉に、マーシャルはおもちゃを与えられた子どものように手を叩いて喜び、宝石箱へと駆けていく。
「技術士の老いぼれもビックリだね」
「全くだな。あの人たちですら怖がって近付かなかったのにな」
まさか駆けていくとは。
それもあんな満開の笑顔で。
それはおもちゃを与えられた子どものようで、それでいてやっと会えた恋人に見せるような、愛らしくも慈しむような笑顔。
つくづく、マーシャルという人間が魔道具が大好きであるということを思わせる。
「彼女、魔道具が好きなの?」
「ああ、恋人にしたいくらいには」
「恋人?本当に?」
「魔道具のためなら結婚すら諦めているらしい」
「はー・・なんとも残念なご令嬢だね」
見目はあんなにもいいのに。
という言葉が、聞こえてきそうだった。
扉に寄りかかるようにして立つエドワードと腕を組んで立つヒュースは嬉々として宝石箱を見つめるマーシャルを見つめた。
「なにかわかったか?」
マーシャルの顔がほんの少し曇ったのを目敏く見つけたエドワードは、扉から背を離してマーシャルへと歩み寄る。
マーシャルは少し考える素振りをして、口を開けては閉じてを繰り返す。
まるで、なにかを言いあぐねるように。
「とっても複雑ですね」
結局言葉を選んだマーシャルが口にしたのは、一言ただそれだけだった。
それだけを呟いたマーシャルはエドワードに再び背を向け宝石箱を見やる。
鍵のない宝石箱は、ただキラキラと輝くのみだ。
「シャル?」
「はい?」
「なにが複雑なんだ?」
「そうですね・・本当にいろいろと複雑です。この宝石箱の造りも、魔石の力も、魔道具の目的も。そしてとても精巧だ」
マーシャルはとても悲しそうに、その宝石箱を見る。
そして慈しむように、慰めるように、宝石箱を撫でた。
ごつごつとした冷たい感触がマーシャルの手に伝わる。
そして意を決したように、マーシャルは顔を上げる。
「この宝石箱には私の意志だけでは開けることはできません」
そうはっきりと述べたマーシャルに、なにもわからないエドワードとヒュースは首を傾げるしかなかった。




