◇第17話
「あ、もちろん無理やりでよければ壊すことはできますよ」
先ほどの真剣な顔つきと言葉はどこへいったと問いたくなるほどの、身の変わりようにエドワードとヒュースは目を点にする。
あっけらかんと恐ろしいことを言ってのけるマーシャルに、2人は「なら、」という言葉を続けようとするが、それをマーシャルが遮る。
「ただし、壊すのと開けるのとでは雲泥の差がありますけど」
マーシャルはそう言って、宝石箱のそばから離れる。
その背中は、もう宝石箱に用はないとでも言っているようだ。
いや、実際にマーシャルはもう宝石箱には用がない。
彼女は改造が趣味であって、もちろん魔道具を見るのも造るのも好きだが、手がつけられない魔道具は彼女のやる気を半減させる力がある。
つまり、彼女は今、少し前まであった興奮ややる気が大きく削がれている状態なのだ。
「詳しいお話は・・そうですね、先ほどの部屋でしましょうか」
マーシャルは可愛らしい笑顔を浮かべて、部屋から出てしまう。
エドワードとヒュースは訳がわからないと言いたげな顔で、先ほどいた執務室へと足を運んだ。
たどり着いた執務室で、先ほどと同じ席に腰を下ろした3人の視線がかち合った。
「で?」
ヒュースはどこか苛立たしげに問う。
「壊すと開くとは違うってなに?」
「そのままですよ」
「は?」
「おそらくあれを解体してこじ開けたところで中身は空でしょうね」
マーシャルはつまらなさそうに言った。
宝石箱は確かに謎が多いし、解体して中身をこれでもかと漁って、もう一度自分で組み立ててみたいとは思う。
しかし、あの宝石箱だけはそうはいかない。
何と言っても、中にいるはずであろう王女の意思がそこにあるからだ。
「そんなはずない。王女が食われたんだから」
「そうです。その王女が出たくないと言ってるんです。無理にこじ開けたって出てきてなんてくれないですよ」
マーシャルは呆れたように言って、爵位持ちしかいないにも関わらずいすに深く腰掛ける。
しかしそんなことも気にならないくらいには、エドワードもヒュースもマーシャルが言った言葉の意味を考える。
マーシャルの言い分では、まるで第一王女自身があの宝箱に閉じこもっているようではないか、と。
「最初から説明してもらえる?君はあの宝石箱を見て何を知って、何を聞いたの」
ヒュースの言葉にマーシャルはほんの少しの間をおいて、言葉を選ぶようにしてその口を開けた。
「・・あの宝石箱は間違いなく魔道具です。それも人を閉じ込めておく為の」
それが、マーシャルがあのごてごてに装飾された宝石たちから読み取ったこと。
宝石と見せかけて数個だけ魔石が紛れ込んでいた。
その魔石たちが、周りから与えられる攻撃魔法を防ぎ、王女を中に閉じ込めているのだから。
しかし、問題はそれだけではないのだ。
「第一王女を閉じ込める・・」
「そんな人に心当たりありますか?」
マーシャルはわかっていて質問している。
そしてヒュースもそんなことなどわかっていて、押し黙る。
現在、王城では第一王女を玉座にという王女派と、第一王子を玉座にという王子派という2つの貴族による後継者争いが勃発している。
それが貴族だけの間であるのならまだしも、第一王子の母である側妃がなんとしても息子を玉座に置きたいのだという。
しかし第一継承権は第一王女にあり、王女は聡明で敏い。
側妃にとって、第一王女であるシェイラ様は邪魔者以外の何者でもないのだ。
「おそらく、王子派の仕業だろうな」
「レイチェル様ということもありえる」
エドワードとヒュースは低い声で呟く。
誰かが聞き耳を立てているわけではないが、王城で大きな声で言うのはやはり憚れるようだ。
マーシャルはやっぱりなと呆れたようなため息を吐いた。
「まぁ、あの宝石箱からでは、どこの誰とはわかりませんけど」
見てわかるくらいなら、あんなふうに第一王女の部屋に置きっ放しにはしないだろう。
「私、王都に住んでるわけでもなければ、そういう情報にも疎いので、少し教えていただけます?」
「・・いいけど、どこまで知ってるの?」
「そうですね・・王位争いを第一王女と第一王子がしている、ということですかね」
マーシャルは、今となってはそれすら間違いではあるのだけれど、と心の中で呟いておく。
「実際王位争いをしてるのは、シェイラ様を推している貴族と、レイチェル様率いるディートリア様推しの貴族だね」
マーシャルはヒュースの言葉をうんうんと首を振りながら聞く。
そんな様子を見ていたエドワードは、そっと席を立ちお茶の準備を始めた。
「レイチェル様は何としても王子を玉座に座らせたいみたい」
「そうなんですか?なんで?」
「さぁ・・ただあの人は権力とかそういうの好きだからね。レイチェル様が王子を産んだらこうなるだろうなっていうのは、前々からみんな思っていたみたい」
呆れたように言うヒュースは、エドワードが淹れた紅茶を見て眉間にしわを寄せる。
その顔は紅茶に対して不満を持っているようだが、長い付き合いであるエドワードはどこ吹く風である。
政のみならず、この王城を牛耳っているヒュースに対して、こんな対応ができるのは陛下を除けばおそらくエドワードくらいである。
「本人たちは?」
「別に兄妹を蹴落としてまで、王座につきたいなんてことは思ってないみたいだよ」
あくまでいがみ合っているのは貴族同士であり、そこに側妃が絡んでいるということだ。
「実際、王女と王子の仲はいいしな」
「そうなの?」
エドワードの言葉にマーシャルは驚いてエドワードの顔を見た。
「側妃はディートリア様にシェイラ様を恨んで生きてほしかったみたいだけどな」
「だから余計にこじれてるんだけどね」
ヒュースはため息をつく。
宰相という立場上、次期国王についてはかなり悩んできたし、会議で出される議題は2回に1回はそれだ。
次期国王をどうするか、という議題で始まった会議は、いつだって睨みあって結論が出ずに時間が来てしまう。
この議題が上がるたびに、ヒュースは時間の無駄だと感じるのだった。
「まぁ簡単に言えば、王女や王子の意見や気持ちはまるっと無視して、貴族たちが勝手に次期国王にしたがっているって話だね」
「おー、一番わかりやすい」
「で?これと宝石箱、どんな関係があるの?」
「だから、王女は出たくないと言っているんです」
マーシャルはエドワードが淹れてくれたお茶を飲む。
ほんの少し渋みが出ていた。
ヒュースが嫌な顔をするわけだ、とマーシャルはひとりで納得する。
「王女の出たくないという意思に反応した宝石箱が、彼女の魔力を糧に王女を閉じ込めています。おそらく王女は自分がこのまま宝石箱に引きこもっていれば、王位争いをせずに済むと考えておられるのではないですか」
マーシャルには聞こえていた。
嵌めこまれた魔石から漏れ出る、強い意志を。
それは声高に『ここから出たくない』と言っていた。
何故だと問うても答えはなかったが、何度も出たくないと語るそれに、マーシャルは違和感を感じた。
閉じ込められたくせに出たくない。
一体どんな引きこもりだ!と、エドワードとヒュースがいなければ突っ込んでいただろう。
「そんなこと、」
「あるんですね。私も新しい発見です」
そう言い切ったマーシャルの目は輝いていた。
魔道具に関して新しい知識を手に入れられたのだ。
「まぁ、王女がいくら出たくないと言ったところで、実際は出られないんですけどね」
問題はそこなのだ、というふうにマーシャルは言った。
出たい、出たくない関係なく、出ることはできないのだから。




