◇第15話
王城の西側にあった騎士食堂を出て、歩くこと数分。
見えてきたのは、白を基調にした王が住まう城。
雄大に聳え立つそれに、マーシャルは思わず背筋を伸ばした。
「視線が痛いんですけど」
城の中に入ってマーシャルがボソリと呟く。
というのも、先ほどから、王城に勤めている貴族や侍女、侍従がマーシャルのことをチラチラ、ジロジロ見てくるのだ。
それは珍しそうに、あるいは驚くように、そしてあるいは嫉妬や羨望のようで。
居心地が悪いことこの上ない。
「ああ、悪い。俺が女を連れて歩くことなんてないからな」
特に悪いと思っていないようにエドワードは言う。
エドワードは宿舎では着崩していた騎士服をきっちりと着ていた。
濃いグレーのシャツに黒のネクタイ、そして黒のコートを着て前はきっちりと締めて左の腰には魔剣を差している。
王都の治安を守る黒騎士が王城に居るというといだけでも珍しいのに、その副団長が女性を連れて歩いている。
それも特別美人な妙齢の女性を。
傍から見れば、それは主従の関係にも、恋人の関係にも見える。
目を引かないわけがない。
「マーシャル嬢には申し訳ないがしばらくはこの状態だ」
エドワードは慣れろと言外に言う。
マーシャルはため息をつくしかなかった。
「あ、そうだ、ずっと思っていたのですが、そのマーシャル嬢というのはやめてきただけませんか」
「なぜ?」
「どこぞの貴族のご令嬢ならまだしも平民の娘ですよ。そんな呼び方をされても落ち着きません」
屋敷にいたときですら、マーシャルは家令であるハートンにお嬢様と呼ばれるのを嫌ったほどだ。
しかしマーシャルの言葉にエドワードは戸惑う。
エドワードとて、多くの女性と接してきたわけではないが、呼び方が落ち着かないから変えろと言われたのは初めてなのだ。
「どうぞ、マーシャルとお呼びください」
「しかし、」
「ああ、シャルでもいいですよ。家族からはそう呼ばれていましたから」
「いいのか?」
「なぜ駄目なのですか?」
平民であり、小さなときより男の子たちと遊んでいたマーシャルにとって、お嬢様と呼ばれるよりもマーシャルと呼ばれるほうが馴染んでいる。
呼ばれ続けてきた己の名前を本人が良いと言っているのだから、呼ばない理由などないのではと、マーシャルは思っている。
「・・わかった、ではシャルと呼ばしてもらう」
「はい」
エドワードが折れたので、マーシャルはにっこりと愛らしく微笑む。
いきなり見せられたそれに、エドワードの心はドクリと跳ね上がる。
まるでそれは5年前のあの時のように。
「ならば、俺のことも呼び捨てで」
「いやそれは駄目でしょう」
エドワードの申し出にマーシャルは食い気味に断る。
爵位持ちが平民を呼び捨てにすると、平民が爵位持ちを呼び捨てにするのでは、天と地の差以上の差がある。
公爵家の人間で黒騎士団副団長という身分を持つエドワードを呼び捨てにした日には、レイモンドが卒倒するか怒鳴り込んできそうだとマーシャルは思った。
「俺が許可してるだろ」
「許可あってもおいそれと呼べるものではありません」
「ならば俺も呼べない」
「はい?」
「マーシャル嬢、と呼ばしてもらう」
当然だと言わんばかりに言うエドワードにマーシャルは目を丸くする。
子供か!という突っ込みを心の中で呟き、彼女はここが王城であることも忘れて唸る。
「わかりました、エドワード、とお呼びすればいいんですね?」
「エドでいい」
「いや、さすがにそれは」
まずいのでは・・と思った矢先に、マーシャルの目に映るのは先ほどのエドワードの不満顔。
せこい男だ、と心で罵る。
しかしそうとわかっていて、了承してしまう自分は馬鹿な女だ、とため息をつく。
「エド、でいいですか」
「うん。本当は敬語もいらないんだけど」
それは無理です、という言葉が口から出ずとも顔に出ていたらしい。
エドワードはぷっと吹き出して笑う。
マーシャルは目の前で笑う黒を纏う彼に、どこかキラキラしたものを感じた。
「人の仕事場の前で恋愛ごごっこしないでくれない?」
「ヒュース」
エドワードがヒュースと呼んだ男は、眼鏡をかけた、優しそうな印象を与える青年だった。
その纏っている雰囲気はとっても冷たいものであったが。
「何しに来たの?黒はここに来るほど暇じゃないでしょ」
剣呑と言ってのける彼、ヒュース・リッパーはエドワードを冷たく見たあと、エドワードよりも頭ひとつ以上小さいマーシャルを見た。
その表情の違いように、マーシャルは笑顔を引き攣らせる。
マーシャルに向けられるのは、とっても優しい笑顔。
「はじめまして。僕はここで宰相を務めてるヒュース・リッパー。そこにいるでくの棒とは幼馴染だ」
黒騎士団の副団長をでくの棒扱いにしたヒュースはにっこりと優しげな笑みを向ける。
見目が良いだけに、女性にはもてそうだと、マーシャルは心の中で思う。
「マーシャル・レヴィと申します」
ワンピースの裾をほんの少しつまんで、マーシャルは頭を下げる。
「レヴィ商会のご息女かな?」
「はい」
マーシャルは内心冷や汗ダラダラで対応する。
優しい笑顔が印象的である、一見好青年と言えるヒュースであるが、マーシャルは気が付いている。
この国でよく見る茶色い目が決して笑っていないことを。
「とりあえず中に入ろうか」
ヒュースはそう言って、執務室の扉を開けた。
マーシャルとエドワードは執務室に入り、並んでいすに腰掛けた。
「エドは立ってるべきでしょ」
「いいだろ、別に。この部屋に悪さしようなんて馬鹿いるわけがない」
「当たり前でしょ」
それはどう意味だろうかと、考えたところでマーシャルに知る糸口はない。
なにより、マーシャルは自分の目の前に座ったこの国の宰相様と対峙することに、全神経を集中しなければならないのだ。
「さて、マーシャル嬢」
「はい、」
「まず確認ですが、エドの魔剣に宿っている精霊はあなたがあげた魔石が原因で間違いないですね?」
「・・・はい」
マーシャルはなんとも居たたまれない気持ちになる。
彼女だって、剣と同化した卵ですら羽化するなどとわかっていたら、易々と魔石をあげることなどしなかった。
そもそも、魔道具に精霊が宿るなど聞いたことがない。
と、思ってから、いや・・と思い直す。
あの時、マーシャルが持っていた魔石は、エドワードの持つ魔力や加護に惹かれていた。
あの場所へ行きたいと。
あの火が欲しいと。
あの時のマーシャルに訴えた。
ならば、マーシャルは同化しても卵は羽化するとわかった今でも、あの時と同じ行動をとるだろうと、簡単に想像できた。
「あれはどうやって手に入れたの?」
スッと紅茶を出しながらヒュースは聞く。
まるでお茶会で他愛もない話をするかのように聞いてくる様子に、マーシャルは落ち着くように差し出された紅茶を飲んだ。
「貰ったんです」
「誰から?」
「・・・精霊から」
そうマーシャルが言った言葉に、ヒュースは目を光らせる。
しかしそれも本当につかの間で、ヒュースはふぅ・・と息を吐くと、先ほどまでの緊張はどこへ行ったのか、いすに深くもたれかかった。
「なるほど、どうやら本当だったみたいだね」
ヒュースはそう呟くと、淹れた紅茶を飲んだ。
いったいなんだというのだ、と言いたげな瞳でマーシャルは隣に座るエドワードを見ると、エドワードは苦笑を漏らしていた。




