プロローグ③
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
アリシアは再び固まった。
今。
何とおっしゃったのだろうか。
十年。
十年?
「それはどういう……」
ことですか?
最後まで言い切る前だった。
「レオン様」
声がかかった。
二人同時に振り向く。
そこには壮年の執事が立っていた。
レオンの家に仕える執事である。
「馬車の準備が整っております」
「ありがとう」
レオンが短く答える。
執事は一礼した後、アリシアへ視線を向けた。
その目がふっと優しく細められる。
「ローゼン公爵令嬢」
「は、はい」
「ようこそおいでくださいました」
「え……?」
思わず目を瞬かせる。
執事はどこか感慨深そうだった。
まるで。
ずっと待っていた客人を迎えるような。
そんな顔。
「さあ、こちらへ」
促されるまま歩く。
少し先には馬車が停まっていた。
侯爵家でも使われるような立派な馬車だ。
御者も。
使用人も。
どこか機嫌が良さそうに見えるのは気のせいだろうか。
(気のせいですわよね……?)
そう思いたい。
だが何となく嫌な予感がする。
レオンが扉を開いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
アリシアはそっと乗り込む。
そしてふと気付いた。
「あの」
「はい」
「レオン様はどちらへ?」
当然、自分を送ったら帰るものだと思っていた。
だがレオンは不思議そうに首を傾げる。
「アリシア嬢のお屋敷ですが」
「……はい」
「私もご一緒します」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「え?」
「ご挨拶をしなければ」
「ご挨拶?」
「はい」
レオンは当然のように頷く。
「お嬢様をください、と」
沈黙。
アリシアの思考が停止した。
お嬢様をください。
お嬢様をください。
お嬢様をください。
頭の中でその言葉だけが繰り返される。
「…………」
顔が熱い。
信じられないほど熱い。
レオンはそんなアリシアに気付いていないのか。
それとも気付いた上でなのか。
平然と隣へ腰を下ろした。
馬車の扉が閉まる。
がたん、と車輪が動き始める。
アリシアは窓の外を見た。
見たまま固まった。
もう今日は色々ありすぎて、
何から考えれば良いのか分からなかった。
その時。
「一つだけ我儘をお許しください」
少しだけ。
少しだけ真剣な声だった。
だからアリシアは言葉を失う。
「今日だけで構いません」
静かな声。
「私の膝の上に座っていただけませんか」
「……」
最初、言葉の意味が。
理解できなかった。
しかし、時間が経つにつれ。
徐々に……顔が赤くなった。
「なっ、なっ、なっ」
レオンから体を離す。
「やっぱり、お嫌……ですよね」
寂しそうな顔。
本当に。
本当に。
「ずるいですわ……」
陥落。
「もう……お好きになさいませ」
その瞬間、レオンの顔が花が咲いたような。
笑顔となる。
「きゃっ」
身体が浮く。
膝の上だった。
「…………」
言葉が出ない。
そこへ追い打ちが来る。
「ずっと夢でしたので」
耳元で囁かれる声。
心臓が跳ねた。
”ずっと夢だった。”
たったそれだけの言葉なのに。
拒絶できなくなる。
「…………」
アリシアは俯いた。
結局。
逃げるように胸元へ顔を埋める。
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