プロローグ②
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
パーティー会場を出ても。
胸に顔を埋めたまま運ばれていた。
恥ずかしくて顔を上げられない。
だが、いつまでもこのままという訳にもいかなかった。
ちらり、と視線を上げる。
レオンの横顔が見えた。
いつも通りだ。
王城で見かける時と変わらない。
表情も落ち着いている。
先ほど大広間で突然求婚した人物とは思えなかった。
(どうして……)
分からない。
本当に分からない。
いったい何が起きているのだろう。
「……レオン様」
「はい」
すぐに返事が返ってくる。
それだけで少し緊張した。
「本当に、よろしいのですか?」
思わず口から出た。
レオンが足を止めることはない。
「何がでしょう」
「その……わたくしとのことです」
自分で言っていて悲しくなる。
つい先ほど婚約破棄された女。
しかも大勢の前で。
冤罪をかけられ。
追放まで言い渡された。
貴族社会で良い噂など流れるはずもない。
「わたくし、婚約破棄されたのですよ」
「知っています」
「国外追放も」
「聞いていました」
「その……」
続きが出てこない。
言葉を探していると。
「だから何ですか?」
不思議そうな声だった。
アリシアは瞬きをした。
「え?」
「私は何か問題があるとは思いませんが」
あまりにも自然に言う。
本当に疑問らしい。
そのことが余計に理解できなかった。
「でも……」
「アリシア様」
名前を呼ばれる。
心臓が跳ねた。
「傷ついたあなたの心配しかしていませんでした」
思考が止まる。
「え……?」
「私が国外追放される心配はしていませんでした」
何を言っているのだろう。
意味が分からない。
「断られたら、どうしようかとは考えましたが」
淡々と。
まるで当たり前のことのように。
レオンは言った。
アリシアは再び顔を伏せた。
無理だった。
まともに聞いていられない。
頬が熱い。
耳も熱い。
たぶん真っ赤だ。
(この人は……)
昔からこうだっただろうか。
そんなはずはない。
こんな人なら覚えている。
もっと早く気付いている。
だが記憶の中のレオンはいつも一定の距離にいた。
王太子の護衛騎士。
幼馴染。
優秀な騎士。
それだけ。
それだけのはずなのに。
どうして今、
自分をこんな目で見ているのだろう。
◇
誰もいない中庭の長椅子に、そっとアリシアを降ろす。
ようやくレオンの腕の中を離れたアリシアは、
俯いたままドレスを握りしめた。
「アリシア様」
名前を呼ばれる。
反射的に肩が震えた。
「申し訳ありませんでした」
「……え?」
思わず顔を上げる。
レオンは真っ直ぐこちらを見ていた。
「本来なら、もっと早く動くべきでした」
「レオン様……?」
「殿下にもっと強く進言するべきでした」
静かな声だった。
「あなたが何度説明しても聞いてもらえなかった時も」
「……」
「理不尽な噂が広まり始めた時も」
「……」
「私は止められませんでした」
アリシアは目を見開く。
そんなことを。
そんなことを気にしていたのか。
「違いますわ」
思わず言葉が漏れた。
「レオン様は何も悪くありません」
「ですが」
「違います」
自分でも驚くほど強く否定していた。
「レオン様は、ずっと私の話を聞いてくださいました」
王太子は聞いてくれなかった。
クラスメイトも。
教師も。
父でさえ。
最後の頃は信じてくれなかった。
けれど。
「あなたは聞いてくださいました」
何度も。
何度も。
話を聞いてくれた。
それだけで。
どれだけ救われていたことか。
アリシアは小さく笑った。
「実は少しだけ」
「……?」
「思っていたことがありますの」
言うつもりはなかった。
墓まで持っていくつもりだった。
けれど。
もう婚約は終わったのだ。
「殿下には申し訳ないのですけれど」
レオンが黙って聞いている。
だから続けてしまった。
「この方が私の婚約者だったら、と」
言った瞬間。
しまったと思った。
何を言っているのだろう。
恥ずかしくなって慌てて俯く。
「い、いいえ! 今のは!」
途中で言葉が止まった。
気付けば。
抱き締められていた。
「……レオン様?」
強くはない。
壊れ物に触れるような抱擁だった。
けれど逃げられない。
近い。
近すぎる。
心臓の音が聞こえる気がした。
そして。
耳元で。
低い声が落ちる。
「ありがとうございます」
熱い吐息が耳にかかる。
一瞬。
アリシアの思考が停止した。
「……っ」
耳が熱い。
頬が熱い。
顔が熱い。
たぶん。
今までの人生で一番真っ赤になっている。
「れ、れれれれれレオン様っ!?」
悲鳴のような声が出た。
その瞬間。
レオンが少しだけ離れる。
そして初めて見るくらい柔らかな笑みを浮かべた。
「その言葉だけで、十年待った甲斐がありました」
アリシアは再び固まった。
今、
何とおっしゃったのだろうか。
十年?
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