プロローグ①
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「公爵令嬢アリシア・フォン・ローゼン!」
王太子エドワードの怒声が大広間に響き渡る。
卒業記念パーティー。
本来ならば華やかな祝賀の場だった。
しかし今、この場に漂う空気は重い。
「貴様はこれまで幾度となくレティシアをいじめてきた!」
アリシアは俯いた。
覚えがない。
だが説明しようとしても聞いてもらえなかった。
「証言も証拠も揃っている!」
「……そう、ですか」
静かな返事。
否定する気力も残っていなかった。
隣に立つ令嬢たちがひそひそと囁く。
使用人たちも不安そうに視線を向けている。
「よって私はここに宣言する!」
エドワードは高らかに叫んだ。
「アリシア・フォン・ローゼン! お前との婚約を破棄する!」
ざわり、と会場が沸いた。
アリシアは目を閉じる。
分かっていた。
こうなることは。
最近の彼はまるで別人だった。
何を言っても届かない。
どれだけ説明しても信じてくれない。
終わった。
そう思った、その時。
「殿下」
静かな声。
エドワードの後ろに立っていた青年が一歩前へ出た。
王太子護衛騎士。
王子の幼馴染でもある青年。
レオン・アークライト。
「なんだ?」
レオンは真っ直ぐ王子を見る。
「アリシア嬢は、もう殿下の婚約者ではないということですね?」
「何を今さら言っている。話を聞いていなかったのか? 当然だろう」
一瞬。
レオンの表情が緩んだ。
「そうですか」
心から安心したような声だった。
「良かった」
「は?」
王子だけではない。
会場中が困惑する。
レオンはそのままアリシアの前へ歩いて来た。
そして。
騎士が令嬢の前に跪く。
「レ、レオン様?」
アリシアは戸惑った。
彼はいつだって礼儀正しかった。
だが今の行動は明らかに異常だ。
「アリシア嬢」
レオンの声が少しだけ震えていた。
「こんな直後に申し上げることをお許しください」
「え……?」
嫌な予感がした。
なぜだろう。
断罪されている時よりも心臓がうるさい。
「ずっと言えませんでした」
レオンは深く息を吸う。
そして。
「私はあなたをお慕いしております」
会場が静まり返った。
「私と」
一拍。
「結婚を前提にお付き合いください」
「「「はぁぁぁっ!?」」」
悲鳴のような声が上がる。
王子も。
貴族たちも。
使用人たちも。
全員が凍り付いていた。
だが一番固まっているのはアリシア本人だった。
「え……?」
理解が追いつかない。
「え?」
もう一度言った。
「えええぇぇぇぇ!?」
顔が熱い。
猛烈に熱い。
耳どころではない。
首まで赤くなっているのが自分でも分かる。
「しょ、正気ですの!?」
「正気です」
「わ、わたくしは今、婚約破棄されたのですよ!?」
「知っています」
「傷物ですわ!」
「関係ありません」
即答だった。
アリシアは息を呑む。
レオンは真っ直ぐに彼女を見上げる。
「私はあなたをずっと見てきました」
「……!」
「あなたが誰よりも努力してきたことも」
「……」
「完璧であろうと必死だったことも」
「……」
「周囲を思いやってきたことも」
「……」
「誰にも見られていないところで泣いていたことも」
アリシアの肩が震えた。
「全部、知っています」
知られていた。
誰にも見せていないと思っていた姿を。
全部。
「だから」
レオンは微笑む。
「俺はあなたが好きなんです」
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
真っ赤な顔のまま。
アリシアは小さく俯いた。
「……ひゃい」
「はい?」
「お、お受けします……」
消え入りそうな声だった。
レオンの顔がぱっと明るくなる。
「良かった」
次の瞬間。
「きゃっ!」
身体が浮いた。
アリシアは突然お姫様抱っこされていた。
「れ、レオン様!?」
驚いて彼の首にしがみつく。
恥ずかしさのあまり胸元に顔を埋めた。
「帰りましょう」
そのままレオンは歩き出す。
「お、おい!!」
ようやく我に返った王子が叫んだ。
「レオン! どういうつもりだ!」
足が止まる。
レオンは振り返った。
その目にあった温度が消えている。
「殿下」
冷たい声だった。
「私は何度も申し上げました」
「……」
「ちゃんと調べてください」
「アリシア嬢と話してください」
「確認してください」
「私は何度も言いました」
王子の顔が引きつる。
「そ、それがどうした!」
「聞かなかったのは殿下です」
静かな声。
けれどその言葉は重かった。
「ですからこれは、殿下ご自身が招いた結果です」
「くっ……!」
王子は言葉を失う。
レオンはもう興味を失ったように視線を外した。
「お前もその女と一緒に国外追放だ!」
「喜んで」
即答だった。
「なっ!?」
「俺は彼女がいる場所ならどこへでも行きますので」
アリシアの顔がさらに真っ赤になる。
「な、なななななにを仰っておりますの!?」
「本心ですが」
「~~~~っ!」
会場中の視線が痛い。
もう見られたくない。
アリシアは彼の胸に顔を押し付けた。
そんな彼女を抱えたまま。
レオン・アークライトは振り返らず歩き出す。
断罪の舞台から。
最愛の婚約者を連れて。
お読み頂き、ありがとうございます。




