88話
宿の客室も今まで泊った宿泊施設の中でも特に清潔だった。清潔で無臭のベッドシーツ、表面の磨かれたテーブルには新鮮な果物が置かれている。
「これって食べてもいいでしょうか……?」
「いいんじゃないか? 泊ってる間、この部屋はあたしたちの部屋なんだ。全力で寛がさせてもらうよ」
アンジーは遠慮なく果物を1つ取って豪快にかぶりつく。一室借りるだけでも魔物討伐依頼一回では採算が合わない金額だった。今までとは桁が違う、上流階級向けの宿屋だ。
「私は町を見て来るわ。ミックも一緒に行く?」
「僕は先に孤児院への手紙を書いてからにします。この事を孤児の皆や神父様に伝えたらきっとうらやましがると思うなぁ!」
旅先の宿屋に泊まったら、ミックはまず最初に故郷の神父様と孤児院の後輩たちに手紙を送って旅先の状況を伝えていた。ミックの安全と、旅先での様々な情報が彼らを喜ばせていた。
「うわぁ、インクと羊皮紙まで用意してある! せっかくだから使わせてもらおう!」
「帰れる場所があるって素敵ね。私はもうなくなってしまったけれど……」
リサが少し表情を曇らせる。まだ過去の傷跡が完全に治ったわけではないようだ。故郷も魔法の師匠だった人もいなくなってしまったのだから当然ではある。
「もしよかったら、僕の孤児院に来ませんか? 本物の魔法を見たら後輩たちもきっと喜びますし、神父様もきっとよくしてくれますよ!」
ミックがそう言うと、リサは表情を明るくした。
「ありがとう、急に暗い話してごめんなさいね。もし、ミックの故郷に戻る事があったら、お願いするわね」
そう言って彼女は外に出て行った。その後ろをアンジーとミックは見送る。
「そう言えば魔法使いギルドに呼ばれたからこの町まで来たけれど、ここでの用事が終わったらカペー地方に一度帰るのもいいかもねぇ」
「アンジーさんも一緒にどうですか?」
「あたしは根無し草だよ。流浪の身の方が性に合ってる。ま、ミックといると退屈しないし、あんたが旅を続けるならそれまでは一緒にいるよ」
魔法使いギルドに呼ばれたのはミックの方で彼がアンジーについて行くという名目で魔法使いギルドに行くから、アンジーも同行することにしていた。それから先の事は何も考えていなかった。
「魔法使いギルドに行ったら僕はどうなるんでしょうか」
「魔法使いに認められて、ここで魔法の勉強をしながら過ごす事になるんじゃないかい? それとも転ばし魔法なんて特殊な魔法を使ってるから、研究対象としてギルドに軟禁されるとか……」
「そんな怖い事言うなんて意地悪ですよ!」
そんなやり取りをしていると、窓から鳥が入ってきた。それは魔法使いギルドの受付で見た、鳥の形に折られた紙だ。テーブルの上に着地すると、自然に一枚の紙に戻った。そこには魔法使いギルドからの返答が書かれていた。
『明日の昼の鐘がなった後、ギルドの者が案内をしますので、手持ちの道具を持ってお越しください』
急いで書いたような殴り書きの文字で、手紙にはそう書かれていた。




