6話
「ひぃっ……はぁはぁ……」
新人冒険者はグリズリーベアに剣を向けているが、自分には太刀打ちできない相手だと既に理解していた。顔は青ざめて恐怖のあまり今にも泣きだしそうだ。向けている剣も腕が震えてまともに振る事も出来ないだろう。そんな冒険者に対し、グリズリーベアはただの獲物としか見てないように、ほとんど動じていない。まるで獲物をどこから食べようか考えているようだ。
ここにいるだけでも危険だ。ミックも早く逃げなければグリズリーベアに見つかってしまう。自分に出来る事と言えば、急いでこの場から逃げ出して、冒険者ギルドに報告する事だけだ。
「ぐるる!」
魔物は獲物を美味しく食べる方法を決めたのか、冒険者に向かって駆けだした。その巨体に似合わない軽い足取りで、ぐんぐんと距離を詰める。
「がああ!」
「きゃああ!」
恐怖のあまりその場から動けず冒険者は悲鳴を上げる。その頼りない身体を押しつぶさんばかりに、魔物は両腕を広げて飛び掛かった。
「転ばせ!」
ミックは無我夢中で叫んだ。すると、後ろ足で立ちあがりかけたグリズリーベアはバランスを崩して、冒険者から逸れて木々に身体をぶつけた。
「逃げて! 早く!」
「ひっ、ひいぃ!」
剣を放り捨てて冒険者はその場から逃げ出した。ミックは自分が何をしているのか自分でも信じられなかった。早く逃げるのが一番安全な行動だったのに、つい彼女を助けてしまった。
「ぐるる!」
せっかくの獲物を逃がされて、魔物の怒りはミックへと向けられた。木々にぶつかった所で、殆どダメージもなく、むしろ食事の邪魔をされて怒り心頭だ。恐ろしい形相で、ミックへと向かってくる。
「う……うわぁ! 転ばせ!」
ミックはありったけの転ばせ魔法をグリズリーベアにかけ続けるが、さっきは、丁度魔物が立ちあがって不安定な状態だったら効果があった。しかし、四足で駆けるグリズリーベアの様な魔物には、人間の様に二本足で歩くゴブリンの様な魔物よりも効果が薄い。ちょっとバランスを崩しても残りの手足ですぐに体勢を立て直す。
ミックには背を向ける暇もない。このままでは間違いなく、魔物の餌として食べられてしまう。どうしてあの時、すぐに逃げずに彼女を助けてしまったのだろう。きっとあの冒険者にも家族がいると思ってしまったからだろうか。でも、それで自分が死んでしまったら結局孤児院のみんなや神父様を悲しませてしまうじゃないか。着実に迫りくる脅威に、ミックは徐々に絶望を感じていく。転ばし魔法だけでは死までの時間が、ほんの僅かに伸びる程度でいずれ魔力も切れる。その前に魔物がミックに襲い掛かるか。彼の命運はそのどちらかしかなかった。




