選ばれし候補
「はぁっ、双壁機構」
「天雷機構」
とある場所の一角、半透明の巨大な盾を雷が受け流し、続く一撃を躱して切り込む。
「速度が良くなった。でも狙いが甘い」
「波動機構」
刹那、地面が裏返る。
否、正確には裏返った地面が流れてきたという表現の方が正しいか。
津波というには少し小規模な土石流に、地面を蹴って躱すと、今度は地面を蹴りあげて切り込み、男の首に迫る前に一つの盾に阻まれる。
「封鎖」
「石牢」
四方を囲む盾を、地面から土が覆っていく。
二人の合わせ技、天雷機構は威力の面で見ると、他の機構と比べて見劣りするため、これは非常に理にかなった選択であるのは間違えない。
天井までの構成がもう少し早ければ。
「破光」
「そう来ると思いまし――――――!」
「私もよ」
上空で波打つ斧を横から一つの光剣が殴りつける。
態勢を崩したところで地面へ蹴り落とし、同時にもう片方の女性を覆う防壁へ、今度は周囲に生成した大量の光の剣を放つ。
一本、十本、五十本、以外にも取りこぼすことなくその全てを半透明の盾は防いでくるが、当然無意味な攻防はただのごり押しではない。
「隙間が開いたわね」
光の剣を少しずつ左右へ誘導し、開いた中央の隙間を詰める。
剣を突きつけると、目の前で驚いた顔をした白交じりの青髪の騎士は笑った。
「参りました。流石はハンナ様です」
「ありがとう。でも、様はもう必要は無いわ。むしろ立場から考えたら、私が使徒候補生のケイトに様をつけた方が良いかしら……私はもう、使徒にも候補生にもなることはないもの」
「……何があろうと、私の全てはハンナ様のために有ります」
女性、使徒候補生11位のケイト・フェルトールが片膝を着く。
機関が開放している訓練区域から少し外れた山の中心、ここを利用するのはかなり久しぶりな気がする。
長い審問から解放され、ハルス様のご厚意で復帰まで1週間の休暇をいただいた。
神威武装の返還で少しだけ下がった機構の威力に慣れて、こうしてかつての指南役をしていた二人と訓練をして。
「っはー、やっぱりハンナ様は強ぇ!」
「ヴァルガス、怪我はない?」
「もちっすよ、というか、正直衰えてなさすぎじゃないっすか?神威武装を返すと弱体化するって聞いてたのに」
「……弱くなったわ。実際に」
遠くから歩いてくる白交じりの茶髪の騎士、使徒候補生19位のヴァルガス・ラインハイトの姿に小さく息を吐く。
一等天者の中から、使徒が候補生として選べる二人。
諸々の報告を終えると直ぐに連絡をくれ、会うやいなや心配の言葉と共に、衰えた機構の調整にも付き合ってくれている。
「でも、マジで見る目ねえよな。上層部の馬鹿ども。ハンナ様を使徒から外すなんて」
「仕方ないわ。一度のミスで400万人の被害が出た。当然の罰よ」
「いいえ、結果に目がくらみ、結果的に対策の戦力を弱体化させているだけですから、無意味な愚行に違いはありません。使徒の中でも最も高潔であられるハンナ様へこのような――――――」
「止めて」
隣で静かに憤るケイトを思わず、少しだけ強い口調で窘めた。
いつも通りのやり取り、その中に生じた少しだけの不純物は、果たしていつから気になるようになってしまったのだろう。
「……ハンナ様」
「でもっすよ、ハンナ様を負かす相手って、実際どんだけ強いんすか?ハンナ様より上の方なんて、機関でもほとんどいないのに」
「……そうね。少なくとも使徒や使徒候補生でも、単独で出会ったなら直ぐに応援を呼ぶべきよ。数は3人程度だけれど、少なくとも――――――」
容易く倒せる相手ではない
ふと、そこまで言いかけたところで、頭の隅を少し前の会話がよぎる。
『ハンナ・アンネーリエ、お主から見て、敵はどのように映った?』
昨日、機関の会議室の外。
『……!勇葉様、棺さん、お久しぶりです』
『よいよい、そう畏まらずとも、使徒は皆私達よりも替えが聞かぬ者達ばかりだ。こうして話したのは、2年前の大征伐以来かえ?』
『はい、あの時はお世話になりました。特に棺さんのご助力が無ければ、あの任務の成功は無かったと思います』
かつて3人の使徒が導入された大規模世界剪定作戦、通称『大征伐』。
原生生物の猛攻が激しく、かつてない規模の人員が動員されたその作戦は、意外にも死傷者の数を二桁で終結させ、それぞれの世界でも歪の脅威から市民を守る天者たちの功績として、大々的に報じられたと聞いた。
その中で動員された天者がハンナと第四席 アルフィルド・キングシャーク そして第三席、天導棺。
『がははは、あの時は楽しかったな。しかし、故に未だに信じられぬ。あの規格外を除けば統合世界最強でも最強、大征伐でさえ我らと見劣りせぬ活躍だったお主が、まさかたった3人に敗北するとは』
『……はい、棺様もどうかお気をつけて。彼らは――――――』
油断ならない相手、そこまで言いかけたところで、言葉が出ていないことに気付いた。
第三使徒は余りに強い、ハンナ・アンネーリエのようにつけ込む隙も無い。
ならば、彼らが向かうときは即ち。
『……ハンナ・アンネーリエ、一つ問おう。『守護者』が敗北したのは、お主の実力不足ゆえか。あるいは――――――』
「ハンナ様?」
「……?ごめんなさい、話の途中だったわね。今彼らの元には、勇葉様と棺さんが向かってるはずよ。だから心配しなくても大丈夫」
こちらをのぞき込む端正な顔立ちの女性の頬に、顔を合わせないまま視線を上げる。
そう、きっと今頃か、あるいは近い時間に、群生世界の代表がリゼル達の元へ乗り込むだろう。
当然勝ち目はない。
大切なものを守るすべも、滅びを止めるすべも、ましてや助けるすべも。
「ははははっ、でも今の話なら、棺様も一人なら負けちゃうんじゃないっすか?」
「……いいえ、あり得ないわ。私は何度見ても忘れられないもの。彼は大征伐であらゆる原生生物を討って、後ろの皇には一振りの刀さえ届かせなかった。空を割って、大地を削って、きっとあれこそが――――――」
生物としての強さの極地。
きっとこんなハンナ自身の言葉さえ、彼の本気を表すには力不足だろう。
第三使徒となってから数年、全力を出している姿はいまだに見たことがない。
使徒同士が共闘することが滅多にないのもあるが、数少ないその時でさえ、隣に立つ妹を守る『鬼』は、傷の一つを負っているのさえ見た事は無い。
万が一にも、彼の刃圏を貫く可能性があるとすれば。
「おやおや、凄いお顔ですねぇ。果たしてそれは使徒を罷免された悔しさからでしょうか。それとも――――――」
気づかず歪んでいたらしい顔は、今何を考えていたのだろう。
「……ハイドラ」
「何か御用でしょうか。科学室長様、要件とあらば私に」
「ははっ、何しに来たんすか。わざわざこんな山奥まで。心配しなくても、悪だくみなんてしてねえっすよ」
目の前に立ちはだかるように、二人が前へ出る。
既に上下関係は解消されたにも関わらずここまでしてくれるのは、それだけ元第七使徒は慕われていたのか、あるいはハイドラが嫌われているのか。
「きひひひひ、相変わらず心棒が厚いですねぇ、元第七使徒様は。軽い冗談じゃないですか。少なくとも今は」
「やたらと含みを持たせなくて良いわ、ハイドラ。何の用?丁度訓練も終わった所だから、要件がないなら帰るけれど」
彼女とは、基本的に可能な限り関わりを持ちたくない。
元より性格的にキーラと似ているのもあるのかもしれないが、実際彼女の周りはキーラの時以上に黒い噂が絶えない。
誰も入隊時期が分からない『吸血鬼』なのだから、もはや当然というものかもしれないが。
「きひっ、そう焦らないでください。心配せずとも、今日はご挨拶に寄っただけですよ。聞いていませんでしたか?あなたに代わって着任された、新たなる『使徒』を」
それでも、彼女の言葉に少しでも興味を持ってしまったのは、いまだ潔く退いたつもりの席に、未練が残っていたという事だろう。
「はあ、マジっすか?俺達なんも知らされてないのに!?」
「通知は来てたわよ。私はハンナ様がいない以上どうでもいいから、無視したけれど」
「自由ですねぇ……」
使徒が空席になった場合は、世界事に取り決めはあるものの、基本的には所属している世界の使徒候補生で最も順位の高い者が昇格となる。
統合世界の場合には、異があるものは決闘を挑むことができ、勝てば昇格の座は交代。
とはいえ、世界同士の立場から曖昧になっている使徒とは違って、しっかりと順位分けされた席は、いまだ3回程度見かけた中でも覆るのは見たことが無い。
「……!そう、早いわね。確か三位の子だったかしら。あの子なら――――――」
「あー、いえいえ、その子じゃありませんよ。今回はなんと、22年ぶりの下克上が起こったんです!使徒の座に就くのは候補生の末席――――――」




