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進撃

「妊娠してたのか。いつからだ?」

「ふふ、分かったのは2か月くらい前です。あ、相手はお察しの通りですよ。キーラさんは身体の外で育てることも提案してくれましたけど――――――」

「僕は、今からでもそうした方が良いと思うよ。子供も大切だけど、アイシャの身体に何かあったら困るから」

「ね、ずっとこんな調子なんですから」


それから数分後、近くの広い空間へ場所を移して。


「アイシャちゃん、薬を持ってきたわ。軽い鎮痛剤よ。凶暴な誰かさんが殴った所も、少しはマシになるわ」

「おい」

「ふふふふ、ありがとうございます。でも、やっぱり勝てなかったのは悔しいなあ。私達も結構強くなったと思ったのに」


地べたに寝ころんだまま小さく息を吐くアイシャ。


キーラから手渡された薬を飲むため、ノルンの手を借りて身体を起こし、一瞬だけこちらと目が合う。


あの時とは違う、否、あの時から勇気だけはあった。


ただ、出会って1か月も経たないうちに、まだ子供だったはずの二人に次の命が宿るとは。

というか、正直な所二人は兄妹かと思っていたが。


「……驚きだな。母親になると気分が変わるというが、どうだ?」

「あははは、別に変りませんよ。正直、まだ信じられないんです。リゼルさんやカミアさんが来てくださって、キーラさんにこの街を復興してもらって……いまだに目を閉じると思うんです。本当は全て夢なんじゃないかって」


アイシャはそう言うと、隣で心配そうに手を握ったままのノルンを見る。

何よりも愛おしそうに、訪れた幸せをかみしめるように。


「ふは、私達も次はあんな感じでしてみようか?」

「……あり得ないな。反吐が出る」


きっと、リゼルやカミアのような人間には、一生理解できないものだ。


「そうだ、ノルン。あれ教えてあげなさいよ。この子の名前」

「……名前?」

「ふふ、そうだね。実は……この子ができた時から、二人で名前を考えていたんです。僕たちにとっては、お二人は全てを変えてくれた人だから。だから僕たちの子にも、男の子なら『リズ』女の子なら『ミア』――――――」


いつかこの子が育った時、お二人のような人になるように。


ノルンの言葉と、カミアの視線がこちらへ向いたのはほとんど同時だった。


片や嬉しそうな笑みで、片や嫌味ったらしい表情で。

だが何より、一番の理解者が、後者だという事が心から腹が立つ。


「ふふ、ふふふふふふふ」

「……キーラ、俺達の話はもういい。ここが10年後の世界なのは分かった。今から俺達はどうすればいい、この世界はまだ遅いままか?」


正直言って、今の状況の把握が及ばなさすぎる。

10年の時を進めた理由は分かる。

戦力の増強、戦闘場所の整備、機関の本拠地の建立。


しかしこの後の行動については、彼女の意思によって変わることは間違いない。

もしこのまま外界の時間で1日でも、この世界で安全な数年を過ごせるのであれば、更に戦力の増強もできるし、リゼル達は本格的に訓練もできる。


ただ二つの勢力に空いた溝は、例え100年の年月が経とうと埋まるものではない。


「いいえ、時間を遅くした原理は、簡単に言えば統合世界に干渉されて引き寄せられた時間を特殊な装置で元に戻しただけ。外部からの干渉、あなた達が帰還するまでね」


だから、と言葉を繋ぐキーラに、正直もう半分理解は諦めていた。

いずれにせよ理解をするべきなのは、きっと今は統合世界と同じ時間が流れているという事実と、二度同じことを行うのは無理という事か。


結界のようなものなら、張り直せば良いような気もするが。


「そうか。ジャミングは問題ないのか?」

「ええ、時間がゆっくり流れていた分、完璧に制御できているわ。でも解析されるまでの時間を引き延ばすことは出来なかった。もしルロウから連絡が来たら――――――」


始まりの合図、キーラの言葉は、話の切り替えにはあまりにも唐突だった。


何を言っているのか、隣のノルンやアイシャ、ましてやカミアに視線を向けても、急な話題の転換に何かを知っている様子はない。


表現の齟齬、彼女にはあり得ない可能性を考え始めた瞬間に。


『侵入警報、侵入警報!キーラ、適性存在です!E地区外門に登録外の人間が侵入!数は……2人?防衛機構を――――――!!』


機械の音声が途切れる。


同時に、微かな振動を感じた。


「ふふふふふ、解析、パターン4ね。くじ運としては悪い方かしら。リゼルとカミアちゃんはそこのエレベーターから上に。ノルンちゃんはそっち、私も直ぐに行くわ」

「おい、何が起きてる!」

「説明は後よ。一手間違えたら終わりだと思って。ただ成功すれば時間を稼げる。それに、相手の戦力を把握するのにも――――――」

『上、少し離れて二人の人間がいるな。それ以上は分からないが、一人はすさまじい気配、はははは……』


あれが私達の敵か。


カミアの重く沈むような言葉は、いつになく警戒しているのが分かった。


指定されたエレベーターへと走り、数十秒の間の後、一つの家のドアをけ破る。

ほぼ同タイミングで飛び出してきたノルンは、無数にある家のいくつかに地下へのエレベーターを仕込んでいるのか。

何にせよ周囲には高い建物が無かったお陰で、辺りに立ち昇るわずかな黒煙と、一部が削り取られている城壁が見えた。


地面を蹴りあげて数メートル、遮るもののなくなった長い石造りの絨毯の先、一人の刀を握ったままの男が。


「む、見つかったか?」


こちらを一瞥した切り裂くような強烈な気配……ここは既に、第(・)三(・)使(・)徒(・)の刃圏だ。


「……!!カミア!」

『分かっているとも。撃て、ぜんりょ――――――!』


バチリと、彼女が言葉を言い終えるよりも早く、辺りに電界を奔らせる。


過電砲用の砲塔をカミアの身体で更に増強した、いわば超過速電磁砲塔。

現身を殺した時の不完全な状態から、その威力は更に1.5倍以上にまで拡張して、直撃すればあの城壁程度なら何重に張られようと破れるだろう。


人間の身体など当然。


「……震撃機構」


ましてや、正面から受け止めきれる者など、正面から歪な亀裂と共に刀を振るった、目の前の『皇鬼(すめらぎ)』くらいのものだろう。


「カミア、続け」


二つのエネルギーが衝突した瞬間、結果を確認するよりも早く地面を蹴る。


返事は聞いてる余裕もない。

雷を纏った最速で地面に雷の軌跡だけを残し、数秒後に先ほどの砲弾が爆発ごと断ち割られるのと共に、男の前へ立つ。


直後に身体の右側を通り抜けて、はるか後方まで地面を断ち割った一つの歪なエネルギーの刃は、見ずとも触れた時点で詰みというオチだ。


「がはははは、良い殺気だ!」

「雷星剣」


蹴り上げた脚を、間の刀が受け止める。

邂逅から数秒、現時点で唯一良かったのは、鋼鉄の脚は力では負けなかったこと。


「む」

『下がると危険だぞ』


地面から伸びた無数の剣は、振り向きざまに振るわれた男の一撃で全てが散らされてしまったが。


「くっ……!はは、刃ごと切るとは!」

「ふむ、何やら面妖な術を使うな。そちの女子(おなご)がカミアか?そして、今攻撃してきたお主が――――――」

「……リゼルだ。天滅機関第三使徒、『皇鬼』天導(てんどう)棺(ひつぎ)」


口から発した言葉に、男、棺の口元が軽く持ち上がる。


その反応は隠すつもりはないのか、いずれにせよそれが本当ならば、リゼルは今すぐにもう一度キーラから薬をもらう必要がある。

第三使徒『皇鬼』は四界連合の一角、人類が共存を選んだ数多の巨大生物が蠢く群生世界アリアリリシュに属する天者達の頂点。


独特な甲冑のような鎧に、後方に掻き上げられた黒の長髪、片刃の長刀。

実際に会った事は無いが、噂だけはいくらでも聞いたことがある。


曰く、片や一撃で大陸を割った。

曰く、片や一刀で海を裂いた。


曰く……大地震で街を丸ごと更地にした。


「いきなり第三使徒を寄越すなんて、ビビりすぎじゃないか?天下の機関様が」

「ははははははっ、げに可笑しなことを言う!当然だろう、ぬしらはアルス・バトラール以来の、それも初めて使徒を退けた反逆者だ。私なら、万が一にも打(・)ち(・)漏(・)ら(・)す(・)事は無い」


敵陣に少数で乗り込むにしては、余りに強気な言葉。


それでも彼の言葉を、リゼルでさえ信じてしまいそうになるのは、今この場で男の纏う気配が、挟んでいるカミアさえ見えなくなしてしまう程に強大で、気を抜けば脳の意思を感じ取った脚が距離を取ろうと一歩引いてしまうだろう。


(ちっ、勝てないな……まだ……)


実際に会って初めて理解した、天導の持つ気配は、さっき戦ったディアドールでさえ比較にならない。


一度の敗北の先にあるのは、道の終わり。

ただこいつと真っ当に戦った先も、きっと道の先は無い。


「ほう、ならば近くに隠れている奴を人質にでもするとしようか」

「はははは、意外に鋭いのう。よもや妹の隠形に――――――」


気づくか。


そう言うと、天導が刀をカミアへ向け、同時にカミアが向けていた刃の先、1メートルほどを空けて、小さな鏡のような柱体が出現した。


純白の髪に、ティアラと思わしき冠、見慣れない第三世界の織物のような装束。

丸い目は染め上げられてしまいそうな程に白く、大きく、不釣り合いなのは背中に背負われた4本の短めの剣くらいか。


「やあやあ、稀代の反逆者達よ!初めましてじゃな。私は群生世界盟主、天導勇葉。お主たちが今噂の――――――」

「あら、聞こえなかったかしら。もう一度言うわ。近くに隠れている子を人質でもしようかしら、向こうの岩(・)陰(・)にいる子でも」


きっと四界連合の統率者という重要過ぎる顔ぶれでさえ意識が向かなかったのは……それだけ第三使徒という存在に意識を奪われ過ぎていた証だ。


「……魔女か」

「うふふふふ、久しぶりねぇ棺桶ちゃん。悪いけれど、返事は早めにお願いできるかしら。うっかり指が滑っちゃいそうなの。選択肢をあげるわ。刀を収めてあなた達の世界へ変えるか――――――」


――――――私達を皆殺しにして、大切な妹(あなたの世界)を失うか。


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