生命と遺物
「なるほど、それで持って帰ってきたのがこれなのね?」
「ああ、まさか吐しゃ物と一緒に寄越されるとは思っていなかったが――――――」
遠くで戦うリゼル達を見ながら、懐に仕舞っていた小さな『何か』を手渡す。
しばらくして乾いたせいか、匂いは少しだけマシになったような気がする。
ただキーラはそれを躊躇うことなく受け取ると、あろうことか顔を近づけたまま、穴が開きそうなほどに見つめる。
物体にはいくつかの窪みや幾何学的な線。
「ふふ、そこまでしてでも守りたいものだった、って事じゃない?とにかく、これは解析するまでも無いわね。正確な座標は分からないけれど、これは『帰還デバイス』よ」
「ほう?私達が戻るときに使うアレか。ならば……ふむ、奴はどこかの世界からのスパイか?」
「……そうね。可能性としてはそれが妥当かしら。話の整合性を取るのであれば、彼は四界連合の既知する外の世界から来たスパイで、裏切りの際に自分の世界がバレないように体の中にデバイスを隠した?でも、四界連合を恐れるレベルなら、それほどの戦力水準ではない?ただ四界連合の認知外からアクセスできる技術段階なら――――――」
何やらぶつぶつと呟き始めるキーラ。
その真剣な表情は傍から見ていても、味方ならば頼もしい事この上ない。
実際、この手の技術に関してはもとより興味もないうえ、リゼルの世界は元居た場所と比較にならないほど技術が発展している。
おまけに数十億の人々が住んでいる世界に座する機関の元技術頭ともなれば、きっとカミア程度では想像もできない思考回路をしているのだろう。
だからこそ当然、一瞬の油断さえ許されない相手でもある。
「帰還デバイスか、ならばこれを使って名も知らぬ世界へ助けを求めるか?」
「……そうね。選択肢としてはいくつかあるけれど、リゼルが認めるもので絞るなら、助けを求めるのはきっと許さないと思うわ。たまたま相手が元より戦争をする気だったとかでもない限り、無関係な相手を強制的に戦争に引きずり込むんだもの。ふふ、だから愛しいのだけれど」
「はははは、その点に関しては同感だな。しかし、ならばどうする?私も知略の分野には疎いのでな。謀るのは貴様の担当だろう、狂人女」
これが本当に帰還デバイスと呼ばれるものなのであれば、確かに扱いとしては難しいのだろう。
リゼルは恐らく、能動的な理由がない限り、第三者を戦争に加わらせることを良しとしない。
恐らく今戦っているノルンやアイシャでさえも、守るべき対象を戦わせている一方、当事者であるという道理から、戦いに参加をさせるか迷っているのだろう。
だからこそ助けを求めるような手や、あるいは脅して従わせるような手も、確実に拒絶することは間違いない。
「うふふふふ、そうね。ひとまずその辺はゆっくり考えましょうか。少なくとも、いまだに手札がそう多くないことは確かよ。多少戦力は増強したとはいえ……」
まだまだ機関の足元はおろか、指先の爪さえ欠けさせることはできない。
キーラの言葉に、不思議と少しだけ心が高鳴る自分がいた。
きっとこんな感情を抱く時点で、カミアという人間は真っ当なリゼルと違い、既に壊れているのだろう。
今思えば、最初のきっかけは何だったか。
力を持ちながら振るわないリゼルに苛立ち、理由を知って興味が湧いた。
進み始めたら止まれない極端すぎる人間性に、背中を押してしまったら届いてしまいそうな破滅に。
(リゼルに興味があった?……いや、はははは……私はもっと最低だな)
イリアが死んで復讐を果たした時点で、生きる目的はもうなかった。
後は自分自身ので身投げをするか、全てを巻き込んで滅びるか。
だからリゼルと出会えたのは悪い事ではなかった。
少しだけまた、退屈な余生を生きてみようと思える興味が湧いたから。
腐った骸で象った道の先にいつか。
「つまらない選択はするなよ、狂人女」
「ふふ、面白い事を言うのね。きっとこの先は、何を選んでも退屈することはないわよ。あなたが何を目的に生きていても――――――」
どんな道を望んでも。
キーラの言葉に直後、遠くから突き抜けるような熱風が流れてきた。
見るといつの間にかノルンとアイシャは武器を同時に構え、それぞれ視認できるほどの炎と風を纏っていた。
合体技か何かか、威力としては相当に高そうだが。
「ほう、あの威力は主でも受けきるのは厳しそうだな」
「あら、少し目を話していたら、そろそろ時間ね。白熱してきたところで止めるのは忍びないけれど――――――」
「風玉」
「破炎」
「はは、放電機構」
周囲を取り囲んだ炎の渦は、中心から放たれる雷をいとも容易く呑み込んだ。
否、正確には辺りに立ち込めた風を炎が取り込んで増強し、二人はそれぞれの武器を構えたまま、こちらを挟み込んでいる。
(どっちからやるか。いや、訓練なら受けきるべきなのか……?)
実戦で取るべき対処法は、当然神威武装と同じ、発動前に潰す。
威力は知ったところで対処が出来なければ終わり、とはいえ二人の成果を確認するという目的であればこういう連携技の威力を知っておくのも悪くはない。
「くっ、ぅぅぅううううーっ!!」
「……制御は難しそうだな。雷鳴――――――」
「行かせません!」
雷を纏って蹴った地面に、後方から風の刃が迫る。
当然予測はしていたので身体を刹那に斬り返して剣を数撃弾き、その身体へ鋼鉄の脚を放って後退させると、目の前で徐々に炎を肥大化させているアイシャへ地面を踏みししめる。
「待ってやらないぞ」
「……!行かせません」
「……はっ」
再び背後から迫る風の刃を、今度は身体を捻って躱す。
すり抜けてアイシャへ迫った一撃は、炎を更に増強させた。
護衛兼支援役のノルンと、攻撃役のアイシャ、意外と考えられた連携だ。
(もう一度対処してたら間に合わないか。なら……)
迫る剣を幾度目か弾き、今度は全力でノルンの身体を蹴り飛ばす。
武器は当然挟んでいるとはいえ、先ほどまでとは二倍以上の力に、直ぐには詰められない距離を離し、「うっ」と息を吐いている。
これで邪魔をされる心配はない、しかし対処する時間もまた。
「なら飛び道具だ。雷――――――!」
「……!うぐっ……もうほとんど……溜まってるわっ!!」
雷を纏った槍を投げる。
過電砲は万が一があると怖いので使わないとしても、正直な所ここまでの威力の攻撃を放つつもりは無かった。
対処を誤れば死んでしまう可能性さえある一撃。
それでも躊躇うことなく手札を切ることができたのは、直後に振るわれた炎が、僅かな均衡さえなく、その槍を横角に弾き飛ばしたからだろう。
「雷星剣」
「はぁ、はぁ……紅玉――――――!!」
地面を蹴る。
今出せる限りのほぼ最高出力。
対して、目の前で振りかぶられた斧は、恐らくあと一撃を放つのがアイシャの疲労から考えても限度だろう。
とはいえ、武装の周囲を覆う炎は、オーウェルの時でさえ比較にならないほど圧倒的な気配を放っていた。
「戦闘は終了よ!アイシャちゃん、身重の身体でそれ以上の戦闘は認められないわ!」
衝突する直前、隣から投げかけられた聞きなれた声と理解が追いつかない言葉は、思わず間の抜けた顔をしてしまっていただろう。
「はははははは、まさか……いや、10年も経てばそうか。ふふふふふ……」
遠くで聞こえた不快な笑い声に、咄嗟に意識を一瞬取られ、直ぐに当事者である女性へ視線を向ける。
行き場を失ってゆらゆらと揺らめき始める炎。
まるで命の灯を示すかのような不穏なそれは、力を失ったアイシャが倒れるのと共に姿を消していた。
「カミア!」
「大丈夫だとも。ただの疲労だ」
目の前で支えられたアイシャの姿と共に、忙しなく訪れる新たな情報の洪水は、留まるところを知らない。




