風炎
「さて、それじゃあそろそろ始めるわよ。勝利条件はどちらかが降参を言うまで、各自怪我には十分気を付けて……始まりの合図はいる?」
「いや、もう開始でいい。まずは当然――――――」
先ほどの部屋から一つ通路を挟んで隣、変わらず機械仕掛けの広い訓練室で槍を構える。
さっきの会話から10分程度、目の前には一振りの長剣を持ったノルンと自身の身体以上に大きな戦斧を持ったアイシャが立っていた。
「……!その斧――――――」
「ふふん、凄いでしょ!特注で作ってもらったんですから!」
「アイシャ、程々にね」
「程々?その程度で俺に勝てるのか?」
全力で来い、そんな簡単な挑発に、対する二人は同時に武器を構えた。
その様は、本当に武術の心得を習得したのか、脚運びから構えにいたるまで、武術に明るくないリゼルには全く隙が見当たらない。
「いきます!」
「いくわ!」
踏み込んできた速度は、三等程度はあるか。
「はっ、負けるかよ」
正直、今のリゼルの力は自己評価で二等か一等の下位程度。
キーラの薬を使えば話は違うが、とはいえここで二人に負けているようではあまりにも先がないし、おまけに格好も悪い。
(先に来るのはノルンだな。簡単に弾いて斬り上げは脚で……)
まずは小手調べか、単純な上段の一撃を槍ではじくと、想定よりも早く迫る斧を槍で受け止め、一歩後退する。
「重いでしょう!」
「はっ、そうでもない。あの時に比べたら――――――」
一言を交す間、再び迫った剣を再び弾き、今度はノルンへ槍の峰で反撃する。
避けられたのは、元々かなり反射神経が良いのか、それとも使用する機構に起因したものか。
「踏み込みが浅いな。攪乱前提か?」
「はい、僕は力がそれほどないので――――――っ!」
数度、振るわれる剣を躱し、継いだ一撃を弾き飛ばす。
埋めるように上段から振るわれた斧は再度躱す。
「風烈機構」
刹那、眼前に迫った風の刃を槍で受け止めるのと同時、今度はその力をこらえ切れず、一歩を飛び退いた。
「排熱機構」
「……!放電機構」
炎斧が横薙ぎに振るわれる。
近づく者すべてを焼き払わんとする一撃は、まるでいつかの二等天者……それほど強くはないか。
「はぁっ!!」
「はっ」
次いで振り下ろされた炎の一撃を、いつかとは違い正面から均衡させた。
「良い連携だな」
「ふふ、お二人が旅立たれてから、ずっと考えていたんですよ。僕達も守られてるだけじゃいけない……って!」
迫る風の刃を正面から弾く。
同時に再び迫る炎を今度は躱し、今度は雷を纏って高速で踏み込むと、アイシャの身体へ勢いをつけて拳を振るう。
「う……くっ!」
「アイシャ!」
「ノルン、隙だらけだな」
勢いまで殺しきれず、腕越しに受け止めて後退したアイシャを他所に、視線が逸れたノルンへ再び接近する。
片割れがやられた事への動揺か、先ほどよりも剣筋の悪い風の刃を数度躱し、受け流し、今度は脚で武器事勢いよく蹴り飛ばすと、その首元に槍を突きつける。
「怪我した程度で集中を乱し過ぎた。気持ちは分からなくもないが、死ぬ気か?」
「くっ……すみません」
「謝罪はいい。正直、俺も機構を使わされるとは思ってなかった」
二人の連携は決して悪くない。
お互いを気にし過ぎてしまうのが弱点なのだろうが、ずっと一緒に育ってきた家族なら、ある程度はしょうがないのかもしれないとも思う。
敵が機関ではなければ。
「俺は……お前達を死なせる気はない。だからこの程度なら、少なくとも隣には立たせない」
恐らく今の彼らの実力なら、それぞれ三等天者くらいまでであれば少なくとも安定して戦えはするはずだ。
ただしそれは当然補助戦力としてであり、リゼルやカミアが何かあっても即座に助けに入れる、彼らを『失う事がない』程度の相手だけだ。
「どうする、ノルン、アイシャ」
「……!くっ、ノルン、あれをやりましょ」
「えぇ、でもアイシャ……これ以上は――――――」
「うるさい、やるったらやるのよ!10年も訓練をし続けたのよ、キーラさんにお兄ちゃんたちの事を聞いてから。私達のために全てを捨てたお兄ちゃんに、これ以上情けない姿を見せるつもり?」
アイシャが叫ぶ。
力加減を間違えたか、片膝をつきながら息を吐くアイシャに、ノルンは少しだけ心配そうな表情を浮かべていたが、やがて覚悟を決めたのか、「うん」と小さく頷く。
同時に少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
アイシャが叫んだ内容は、彼らを口実として使った身としては聞いていて気恥ずかしさもあったが、それ以上にまだ会って間もないはずの彼らの成長に少しだけ寂しさも感じる。
「風烈機構、最大出力」
「排熱機構、最大出力」
おまけに、頬を焼き始めた圧倒的な熱の火力は、反射的に足元に雷を纏っていた。
「そうか。本当に戦えるようになったんだな……」
『闇の王……そうか、ならきっとこれが……私の『光』に最後に残せる可能性なんだろう』
時は少し遡る。
『うん?何か言ったか貴様』
『ふふ、いいや。どうやら本当にこの出会いは天命であったのだと、耐え続けた自分を褒めていたところだ。ああ……』
男、アルス・バトラールが小さく息を吐く。
回り一面を覆う黒い石のような牢獄の中心、浮かべた穏やかな顔は自身の人生を振り返っているかのようだった。
生を諦めた不快な、否、これは少しだけ違うか。
『なんだ、問答はこれで終わりか?それならさっさとその『何か』を寄越せ。有用なら、私達が存分に使ってやる』
『ああ、君たちになら託そう。相容れない二つの光を別つ、境界線となり得る闇の使者へ――――――ぐっ、ごぼっ!?』
その瞬間、男がむせ返る。
何が起こったのか、一瞬話しすぎかとも思ったが、ついで不規則な胎動を始めるアルス・バトラールの身体に、思わず顔を顰める。
嫌な予感は当然あった。
牢獄に入る以上手荷物検査はされるだろうし、下手をすれば身体の中さえ、致命とならない範囲なら空けられてもおかしくはない。
『うっ……うごっ、おえっ……!』
『……はぁ』
不快だ、何もない空間に響く嗚咽に、思わず顔を背ける。
これはアルス・バトラールが身体の中の秘密を取り出しているのだろう。
だが汚い、とにかく汚い。
おまけに、これをこの後運ばなければならないと言うのだから。
『……うっ、ごぼっ、ごほ、ごほ……ああ、良かった。これで本当に――――――』
『……くそ、今すぐ殺してしまおうか』
気づけば目の前に差し出された、形容しがたい色彩に塗れた『何か』を、引きつったまま固まった掌へ乗せられていた。
『なんだこれは?』
『……?おや、知らないのかい……君も……なら、知っていると……ごほっ!』
男の身体が、何かを乗せた手を引っ搔くように頽れる。
物を貰った以上、今度は特に助ける義理も無い
本当に全ての力を使い切ったのか、その場で立ち上がろうと腕に力を入れて、再び地に落ちた汚らしい身体を、仕方なく脚で裏返す。
『ふふふふ……もう、起きる力も無い……情けない限りだ』
『遺言は?この汚らしい何かに免じて、貴様が守った奴に一言だけ伝えてやる』
これが何かは分からないが、もし本当に男の運命を守り抜けていたのなら、同じ道を示された者として、巡り合う可能性は決して低くない。
もしそれが敵としてであったのなら、当然殺す事に違いはないが。
『遺言、か……ふふっ、ふふふふふふ……ああ……願っているとも……エル……リア……ごほっ!ずっと君が……ひろい、世界を――――――』
『……ふは、何を言っているのか分からないな……ははははははっ、どうしてそこまで満足した顔が出来るんだ……そうか、貴様は守れたからか』
地面に寝そべったまま、男はしばらくの間ぶつぶつと何かを呟いていた。
もうこちらを気にしてもいない。
光の消えた瞳を開いたまま、力の入らない手足を重ねたままで。
『不快だな、実に』
時を刻まない鼓動を抱いたまま、反射的に切り落としてしまった首は、地面に落ちてなお、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。




