背滅機関
「背滅機関第一騎士団、ノルン隊、敬礼!」
「第二騎士団、アイシャ隊、敬礼!」
目の前に立つ信じられない光景に圧倒されるまま、3人?の歩いた道を取り囲んだ兵士たちが同じく武器を前手に重ねて、敬礼の姿勢を取る。
もはや何が起きているのか分からない。
隣で立つカミアを見ると、彼女はそれほど興味がないのか、隣で「はっ」と笑うと、やがてこちらが歩いていくよりも早く、二人が武術の気配を感じられるしっかりとした足取りのまま歩いてくる。
もはや数日前の面影も無く、髪型や雰囲気でしか二人の判別は出来なかったが。
「……とりあえず、キーラを呼んでくれ。頭が混乱してる」
「ふふふ、キーラさんもそれを狙ってお二人の着地地点を街の外にしたんです。僕やアイシャの成長を見せるために」
「貴様達、あの時泣いていた子供か?」
「い、いつの話してるんですか!?い、いや、でも……?と、とにかく……詳しい事は後から話しますけど、私達ものすごく強くなったんです!背滅機関の人数もどんどん増えて、今では50人くらいいるんですよ」
50人、その言葉に周囲に立つ男性達が足踏みをする。
前を見据えたままの者、ちらちらとこちらを見るもの、後者の方が少し多い気もするが、10年という歳月を、しかもこの中のほとんどがあの時リゼル達を見ていないのなら当然の反応か。
というよりも、むしろよくここまでの人数を集められた。
「そうか……本当に凄いな」
「ふふん、そうでしょ?私達頑張ったんですから!」
「アイシャ、口調。微妙に戻ってるよ」
ノルンの言葉に、アイシャが思わず「あ」と口を噤む。
その反応は、普段から口調は作っていただけなのか、いずれにせよむしろ数日前まで小さかった姿しか知らない身からすれば、作られている口調の方が違和感がある。
おまけにこうして並ぶと、もはやアイシャやノルンも、リゼルと身長も変わらない。
ともすれば、機関との戦争にも問題なく参加できてしまいそうな程。
「二人とも、お喋りは程々にって言ったでしょう」
そして、混乱する頭にようやく届いた見覚えのある声は、騒がしい鼓動がようやく、少しだけ鎮まったような気がした。
「あっ、キーラさん!」
ノルン達越しに聞こえた声に、視線を僅かに横に動かすと、同時にノルンとアイシャが振り返る。
ふわりと目に飛び込んできた桃色の髪に白いコート、工具箱のようなものは変わらず彼女の手に握られており、優し気な目元には10年の歳月が。
『キーラ、ただいま戻りました。あなたの無意味なお使いから』
「あら、ご苦労様、ルロウ。そうしたら先に戻ってN8地区の復旧をお願い。説明もしてくれた?」
『ええ、該当事項に加えて10年が経過したことを伝えました』
「……秘匿事項をバラしたのね?」
キーラの言葉に、否定も謝罪もしないロボットが隣を通り抜けていく。
相変わらずとんでもない態度だと思わなくもないが、恐らく作ったのは彼女自身なので、もしかしたらあれがキーラの本性なのかもしれない。
いずれにせよ。
「キーラ」
「あら、お帰りなさい。リゼル、カミアちゃん。10年ぶりね」
「……?あんたは……あんまり変わってないな」
思わずじっとのぞき込んでしまったリゼルに、カミアはくすりと笑う。
実際、10年という人間の一生からすればそこそこ長い期間が経過しているにも関わらず、彼女の姿は、全くと言っていいほど変わっていなかった。
「どう、私のお土産は気に入ってくれた?」
「……どうやったんだ?時を進めるなんて――――――」
「ふふふふふ、心配しなくても直ぐに説明してあげるわ。正直ここからはそれほど時間も無いでしょうし。それじゃあ騎士団は解散していいわよ。ノルンちゃんとアイシャちゃんだけついてきて」
「第一騎士団、解散!各担当地区の巡廻へ戻ってください」
「第二騎士団も解散。各自明日の外地への探索用意を進めて下さい」
二人の言葉に、最後敬礼した騎士団の列をしり目に、キーラは「ついて来て」と言うと、後方にある階段、は使わず、近くにある通路から一つの部屋へ入る。
「随分と雰囲気が違う部屋だな。機械だらけ、てっきり玉座の間とかで話をするのかと」
「ふふふふ、ええ、当然敵もそう思うわ。だからあえて復旧したのよ。町全体も含めて」
キーラの言葉に、リゼルは「なるほど」と雑な返答のまま、連れられて部屋の隅に置かれた一つのエレベーターらしきものに入る。
微かな振動と開く扉、恐らく地下であろう通路には変わらず人の影は無く、ともすれば一人なら気がふれてしまいそうな空間を一定の速度で歩いていく。
「そういえば、皆は今どこに住んでるんだ?」
「希望に寄るわね。基本的にはこれからの戦いもあるからこの奥にある居住区画を推奨はしているけれど、10年の間に一部の外から来た人とか半分くらいは地上に移住したんじゃないかしら。まあ、弾除けには良いでしょう」
「言い方が悪い。ちなみにさっきのロボットは?ルロウとか言ったか」
「ああ、あの子は私の代わりに街全体の復興を担当する自立志向型のAIよ。私はほとんどの期間眠っていたから」
キーラはそう言うと、目の前の自動扉を抜け、やがて一つの空間へ辿り着く。
だだっ広い空間と天井、片面一帯に掛けられた馴染み深い実験用のカプセルベッド。
部屋の反対側に置かれた巨大な四角いテーブルと数が合わない椅子は簡易的な作戦室も兼ねているのか、とはいえ何のための部屋なのかは一目でわかった。
「さて、到着ね。それじゃあみんな各自椅子を適当な所において、少し話しましょうか。まずは簡単な答え合わせから、この世界は今リゼル達が旅立ってから10年、正確には10年と9か月が経過しているわ。原理は接触される前の状態への時間軸の回帰、とは言っても理解できないでしょうから、その間に起きたことを幾つか話すわね」
少し長いわよ、そんな前口上と共に始まったキーラの言葉は、相変わらず理解が出来なかった。
「まずは10年の間に私が何をしていたか。10年の間、私はほとんどをここの休眠ポッドで眠っていたわ。いわゆるコールドスリープね。だから正確には私の経過した年月は半年にも満たない程度。最初に復興用に自立型のAIを開発して、後は重要な意思決定だけを一月に一回、行っていたくらいね」
「……!なるほど、道理であんただけは老けていないわけだ」
「あら、そんな事を思っていたの?でもそうね。さっきのルロウがその過程で生み出したAIよ。学習期間に毎日可愛がっていたら、少し捻くれちゃったけれど――――――」
少し?
そんなどうでもいいツッコみが頭の中に浮かぶが、AIも毎日膨大な学習をするたびにそれを毎回上回られるのだから、ああもなってしまうのかもしれない。
「なら、街はそのルロウが生き残りに指示を出して直したのか?」
「ええ、あの子は本当に優秀よ。厳密には今の街は一部の居住区画以外ほとんど見せかけだけれど、実務用ロボットの開発も教えてあげたら、9年目には城まで修復し終えたわ」
「あのー、勿論僕達も手伝いましたよ?」
隣から上がる主張に、キーラがくすりと笑った。
だが実際、ノルン達生き残りの力があったとはいえ、街全体を機械が主導して直すとは、正直考えられない。
それ以前に、そこまでの指示を出せるAIを開発できるという事は、ここの文明は滅びる前はかなり発展していたのか、あるいはキーラの技術力を未だに過小評価していたのか。
「ちなみに、このいっぱい手伝ってくれた子はもう18歳よ。使うのは――――――」
「ちょ、キーラさん!せっかくなら僕の口から言いたいですよ。それに……」
その瞬間、ノルンがこちらを見る。
興味によってか、輝いている瞳は目を合わせるだけでも少し眩しい。
とはいえ理由は分からず、突然何なのかと思っていたところで、答えるよりも早くキーラが口を開いた。
「そうね、なら折角だから模擬戦をしましょうか。ハンデとしては、リゼル対ノルンちゃん、アイシャちゃんとの1:2にしましょうか」
「ああ、そういう事か。なら元天者の力を見せてやる」
「私は見学か?」
「当然、カミアちゃんまで参加したら勝負にならないわ。カミアちゃんは向こうが戦っている間に旅の戦果を教えて?アルス・バトラールは連れていないから、失敗かしら?」
「いや……ふむ、私では判別がつかないな――――――」
カミアの言葉に、キーラは自然と彼女へ身体を寄せて話の態勢を作ると、同時に左の袖が少しだけ引き寄せられる。
「あの、今更だけど……あの時はありがとう、ございました。私、強くなったわ!二人で、お兄ちゃんに負けないくらい」
「……ああ」
少しだけ赤らんだまま、こちらへ向けられた勇ましい双眸に、不思議な感情が浮かんだ。
温かい、それでも何故か少しだけ怖い。
もしかしたらこれは、人間との関係が深まっていくことへの『恐れ』なのかもしれない。
最後には断頭台しか待っていない旅へ、守るべき相手が飛び込んでいくことへの。




