流浪
『全てが解決したその時には、俺があんた達を滅ぼした全ての罪と一緒に消えてやる』
『全ての選択を俺がして、全ての罪を背負って消えれば……少なくとも今よりはマシになる』
「にゃははは、悪くない気分だね」
その頃天滅機関内第四支部。
『報告、第十使徒様が帰還されました。お帰りなさいませ。エルニス卿から伝言が届いていますが、お繋ぎしますか?』
「いや、どうせ呼び出しだろう。今から向かうって伝えておいてくれ」
『かしこまりました……また減給ですね』
「……余計なお世話だよ」
女性の言葉に、ディアドールは固まった身体を伸ばしながら通話を切ると、直ぐに装置のようなものから降りて扉を潜ると、機械仕掛けの通路を進んでいく。
しばらく歩くと通路の脇、小さな足元の横窓から見えた無窮の空は、この場所が先ほどまでの監獄とは真逆の遥か天空の先にある証。
「ディ、ディアドール様、敬礼!」
「ああ、いいよいいよ、今日はそういう気分じゃないんだ。先のお前達も、そのまま気にせず行っていいよ」
やがて、すれ違うたびに立ち止まって向けられる敬意を受け流しながら、いくつかの通路と階段、また通路を超えると、しばらく先に両開きの扉が映る。
明らかに今までとは違う重要そうな扉だが、当然ここでは一番と言っていいほどに偉いディアドールはそのまま気にせずノックもしないまま開くと……目の前に二人の人が見えた。
「遅いぞ、ディアドール」
「にゃははは、おやおや、エルニス卿にハイドラ様まで。これは珍しい組み合わせで。先に弁明しておくけど、牢獄を圧壊したのは不本意だよ。こうでもしないと戦力を連れ去られるところだった」
「ほうほう、あなたがそれほどの苦戦を?席次の縛りさえなければ使徒の中でも上位と言われるかの『番犬』様が」
目の前の長机で肘をつくエルニスの隣、机に腰かけたままのハイドラにディアドールは「はっ」と笑う。
それは彼女の言葉に対する肯定、否、目の前で短めの金髪をセンターで分けた彼の気配
を目の前にすれば、そんな問答は無意味であることが分かる。
少なくとも同じ世界の内では。
「……下らない嘘を吐くな。私は現れた時点で潰すように命令したはずだ」
「いやいや、無茶を言わないで欲しいね。地下にはアルフィルド猊下の部下ちゃんもいたんだ。それに聞いた情報通りの相手なら、あたしが撃ち漏らすわけはないだろう」
実際、途中から急激に強くなったリゼルと、地下で使徒候補生であるラヴェルを殺したカミア、あの場で二人との戦いは、負けはしなくとも多少なり苦戦はしただろう。
当然負けはないが。
「やけにこちらの落ち度を強調しますねぇ。何かまだ隠し玉があったと?」
「さあ、ただなんにせよアルス・バトラールは死んだ。だから奴らは貴重な一度の往復を無駄に使っただけか、あるいは――――――」
もう終わったか。
少しだけ微笑んだディアドールの言葉に、今度は目の前のハイドラが笑った。
「何が起きてる?薬でも打たれたか?」
目の前に映るあり得ない光景に、思わず小さく息を呑む。
状況が理解できない、出かけたのはたった数日前。
転移装置を使って移動して、天界世界を数日歩いて、戦って、戻って。
目覚めたら時を忘れたおとぎの中。
「ははっ、魔女の異名は真実だったか」
「ふざけるな、この世界の奴らに異能は無いはずだ。いくら実験したところで……ちっ、とりあえず門を乗り越えて――――――」
足元に雷を奔らせる。
降りる時に少しだけ見えた感じでは、ここは既に門だけではなく街ごと修復されている。
ほとんど滅びたと言っても過言ではない街を、瓦礫を片づけ、建物を修復し、機能させる。
きっと本当に魔女という存在がいたとしても、こんなことは不可能なはずだ。
『認証完了。対象、リゼル・レインライト、カミア。開門します――――――』
『心配しなくても、きちんとお土産は用意しておくわ』
「……ちっ、言葉通りか」
ふいに目の前でその胸を開く街へ、少しだけ嫌な予感を抑えながら脚を踏み入れる。
街の中も、建物はそのほとんどが修復されていた。
崩れていた平屋も、体を成していなかった道も、水さえ流れていなかった噴水も。
ただ、どこも人の気配だけがない。
それが少しだけ、不気味に感じる。
「そう言えば地下はどうだ?」
「健在だな。脇に通路があるが、変わらず人の気配は少なくとも傍にはない。いったん止まっても問題なければ潜っても良いが……」
「いや、そこまではしなくていい。どうせキーラのやることなら、いずれ種明かしが
――――――」
しばらく歩いたところで、考えてみればこれはどこへ向かえば良いのかと、周囲を見渡す。
この街の中心には、かつて無かった巨大な城が建っていた。
当然今の象徴と言えばそこなのだろうが、最初に作戦会議をした場所は地下だったので、そちらの可能性も十分に。
「……!主、人の気配だ。左奥の青色屋根……む?」
「ようやくか。ひとまずキーラの居場所を聞いてから――――――」
カミアの言葉に、前方100メートル程、歩いている先で平屋の扉が開く。
こちらへ向いて開かれる扉は、何もないと分かっていても少しだけ警戒してしまう。
思わず足を止めて数秒の時を浪費していた二人は、目の前に現れた小さな身体に思わず目を見開いていた。
『おや、キーラに寄ればこの辺りにいると聞いたのですが、また悪ふざけでしょうか』
目の前でウィンウィンという擬音でも似合いそうに、もはや歩いているという表現が正しいのか、飛び出してきた小さな機械に。
「主よ、あれは人間か?」
「なわけないだろ。ちっ、本当に面倒くさいな。おい」
目の前で反対方向を向いた1メートルはあるかという小さな機械に声をかける。
一瞬キーラの名前が聞こえた以上、無関係という事はないはず。
そんな軽い気持ちで投げた問いかけは、直後にゆっくりと車輪を動かしながら身体を反転させた機械に映る、小さな怒りマークのかかれた液晶画面にどうでも良くなっていた。
「む?何やら可愛らしいガラクタだな」
『おや、私としたことが歩行速度の計算を誤っていたようです。初めまして。ところで、『おい』と『ガラクタ』というのは私の名前でしょうか?私の名前にはどちらの言葉も入っていませんし、初対面の相手への声掛けだとしてもいささか失礼な呼称にあたると予測されますが』
「……なんだこいつは」
小さくため息を吐くと、こちらを向いた機械の液晶に怒りマークが増える。
何をさせられているのか、ふとそんな疑問が当然のごとく頭をよぎるが、これがキーラからの使者であるならば、無視をするわけにもいかない。
『『こいつ』というのも、私の呼称には入っていませんね。私はルロウ、あなた方がリゼル・レインライトとカミアですね。思ったよりも間の抜けた顔ですが、良いでしょう。あなたの愛しき母君よりお迎えに上がれと言われて、わざわざご足労をかけてあげました』
「……キーラはどこに?」
『奥の城です。わざわざ城を建て直したのです、当然でしょう?少しは頭を使って考えて下さい』
ついて来てください、口を開くと共にやたら攻撃的な謎の機械はそう言うと、二人の前を小さな車輪とは思えない程、二人の歩行速度と変わらないくらいの速度で歩き始める。
道案内をしてくれようとしているのか、というかどうしてここまで口が悪いのか。
キーラが作ったとは思えないほどの欠陥ロボットに、面倒なので何も話さないままついて歩き始めると。
『何か聞きたいことがあるのではありませんか?着いてからも説明が山ほどあるので、ある程度までは疑問に答えてやってもいい、とルロウは言っています』
「はっ、ルロウとは貴様の名前か?どうして貴様みたいなガラクタに名前がある?」
『ぴぴっ、カミアからの悪口を検知。仲直りモードを起動します。カミア、手を』
不意にロボットから伸ばされた細い腕に、カミアははっ、と笑いながら自身の手をロボットへ重ねる。
『電撃機構、出力低』
「あ?……がっ!?」
そして、バチリという嫌な音と共に、カミアの身体が一瞬ピクリと跳ねた。
『静かになりました、会話を再開しましょう』
「……そうか」
もうどうでも良くなってきた会話に、隣で頽れかけたカミアを抱き上げた。
気絶したのか反応はない、というかどれだけ強い電流を流したのか、彼女の手を振り払った機械、ルロウにそのまま問いを投げる。
「それで、どうやってここまで街は復興した?俺達がいなかったのは数日のはずだが」
『回答拒否。キーラが説明します』
「……この復興はおま、ルロウがやったのか?」
『回答可能。ええ、私がほとんどの作業を行いました』
「そうか。人口は増えたのか?」
「回答可能。増えました。お二人がいなくなってから周囲で人間のコミュニティーを一つ発見。またこの10年の間に子供も生まれ――――――」
10年?
ルロウの言葉に、一瞬脚を止めると、そこで機械も失言に気付いたのか、こちらをゆっくりと振り返る。
『訂正、年月に関しては自然な説明の上で避けて通れなかったと予測。私のせいではありませんでした』
「10年?10年だと?どうなってる……この場所は……」
『鼓動の増加を確認、落ち着いてください。悪い報告では有りませんし、直ぐにキーラが説明します。歩行速度を速めましょう』
突然の発言に少しだけ詰め寄ると、直後に目の前のルロウが今までより1.5倍、下手をしたら2倍くらいの速度で走りだす。
自分の失言、というよりもそもそも機械の失言とは何なのか。
逃げ帰るようにも見えた機械に、とはいえ追いつかなければ行先も分からないため、カミアを抱えたまま離されないようにに走り始める。
『アクセス権限確認。開門します――――――』
聞こえてくる似たような文言と共に、もう一つの巨大な城門をくぐったのは、腕の中のカミアが薄っすらと目を覚ましたころだった。
「くっ、油断したか。ガラクタ風情に」
「……それはもういい。どうやらこの世界は俺達が出かけてから10年が経ってるらしい。だからその辺も含めて全部――――――」
話を聞く、そんな言葉に隣で「何だと?」と当然の疑問を浮かべているカミアを無視してもう一つの城門を潜ると、更に堀にかかった橋を越え、3度目の巨大な門へ出会う。
『戻りましたよ。開けなさい』
ルロウの言葉に、今度は門が何も反応することもなく自然と開く。
門番でもいるのか、そんな問いは地面へ降りたカミアが何かを感じ取るよりも早く。
「お待ちしておりました」
「おかえりなさい、リゼルさん、カミアさん」
二列に分かれて並んだ兵士達の列、絨毯の敷かれた豪華絢爛な通路の先で、片手に斧を持った灰髪の青年と黒のお下げ髪の女性が、身体の前で手を重ねたまま立ちはだかっていた。




