青
「君たちはどんな目的のために、世界を壊す」
突然と投げられた言葉に、カミアは思わずふっ、と吹き出した。
下らない問いかけ、死の間際に聞きたいことが、そんなどうでもいい他人のための自己犠牲とは。
あるいは、それだけ持っている『何か』が大切なのか。
「ははっ、理由など無いさ。少なくとも既に目的を果たした私には……貴様の問いに答えられるとすれば、上で戦っている主はどうやら、機関とやらを絶滅させるらしい」
「……!やはり……とはいえ、20年前の噂をたどってここまで来る程なら、余程追い詰められているのだろう。その点では謝らなければいけないね。もし君の答えが満足のいくものなら、私の命はここで尽きる」
先ほどの異種返しか、やたらと遠回しな言葉の答えに、小さく息を吐く。
とはいえその言葉恐らく嘘は無い、というよりも人間である以上当然の摂理。
言葉通りに受け取るなら、身体の中に何かを隠しているのか。
とはいえ、別にこちらは答えを間違えようと最悪この男の身体を開けば良いわけだが。
「先に言っておくと、私の身体には一か所溶解液が仕込まれていてね。君の答えが託すに足りなければ、その時は私事秘密が蒸発する仕組みだ」
「はははは、下らないな。その時は可能性にかけて貴様の身体を細切れにするだけだが……まあ良い」
小さく息を吐く。
この男が求めている答えは何か、恐らく順当に考えるのなら正義を説くか、あるいはこの男自信が反逆者なら悪の正当性を解くか。
逃がしたという言い回しから考えれば後者の可能性が恐らく高いのだろうが、少しだけ愉快なのは、薄っぺらい嘘は見抜かれてしまいそうな男の眼。
この男は本当に、ただ一つの何かを守るために20年もの罰を耐え続けたのだろう。
「君の主は、使徒か?」
「いいや、元一等?二等?だったか、とはいえ既に第七使徒に勝ち越した期待の星だ」
「……仲間は多いのかい?」
「さあ、どこまでが仲間なのかにもよるが、戦えるのは私と主、多くても3人といった所か。どうだ、そろそろ気は済んだか?」
当然そんな訳がない問いかけに、男がふふ、と微かに笑う。
動作が少し遅いな、という感想がふと脳裏に浮かんだが、死にかけ相手にはどうしようもないか。
気がかりがあるとすれば、今頃上層で面倒そうな使徒との戦いに赴いている主だが。
「……ふむ、そうだね。まだ大したことは聞いていないが、少なくとも君たちがここへ全ての戦力を傾けてきたのは分かった」
「はははっ、なるほど……私はどうやらこの手の駆け引きが苦手らしい。機関を滅ぼす理由だったか?主が望んだからだ。1人を守るために99人を殺すことを、ひとつの世界を護るために立ちはだかる敵の全てを滅ぼす力を……だから突き落としてやったんだ、光の溢れた天界から――――――」
当然、カミアが手を組んだのはそれだけが理由ではない。
力がないにも関わらず、後先を考えない覚悟と衝動性。
手の中に握る1つを護るため、他の全てを切り捨てられる狂気。
「……君の主は、光に戻りたいとは思わないのかい?」
「はっ、あり得ないな。手を伸ばす相手がいるなら私が殺す。眼を覚ますならもう一人の奴が薬で眠らせる。もう二度と主が――――――」
――――――光に戻ることはない。
笑ったまま吐き捨てた言葉に、こちらを見据える瞳は微笑んでいた。
「何だ、まだ殺していないのか?」
目の前、突然と現れたカミアに一瞬だけ視線を向けて、直ぐに戻す。
丁度いい、と言えば丁度いいタイミング。
その前に今の状況を整理しなければならない。
こちらの勝利条件は。
「おや、戻ってきたのかい、不死身女。丁度今話がまとまって……って、あんた何か臭うねえ。風呂はちゃんと入った方が良いよ?」
「……」
何を言っているのか。
ディアドールの言葉に、カミアは珍しく何も反応をしないまま、こちらへ移動する。
数十分離れていただけだが、まるで数日間離れていたような、少しだけ不思議な感覚がする。
「お前、本当に臭いな。失敗か?」
「……良いだろう。そこまで言うのなら二択にしてやる。今この場で私のキスを受け入れたら成功。もし拒んだら――――――」
すっ、と一歩で整った黒い相貌と、酷い匂いが迫ってくる。
一歩間違えれば戦闘中のこの場でここまで躊躇いが無いとは、どうやら彼女にしては珍しく本当に怒っているらしい。
当然、彼女はここで拒めば本当に成果を破壊する人間なので、受け入れるしかないが。
「にゃははは、おー、随分とお熱いね。あたしまで恥ずかしくなってきちゃうよ」
「……本当にくさ――――――っ!」
口元に鋭い痛みが奔る。
同時に微かに広がった鉄の味は、もはや彼女と出会ってからは違和感さえ感じなくなっていた。
生暖かい感触に彼女の細い腰を抱き寄せ、その場で力の限り抱きしめる。
リゼルとしてはそこまで強くする意味も未だに分からないが、彼女が満足するならどうでも良い。
ついでに、腕をこちらへ回さないでくれるなら。
「これで成功か?」
「……ん、ふはっ、まあ良いだろう。悪い報告と良い報告、帰ったらそれぞれ聞かせてやる。それで――――――」
カミアは今の口づけでようやく満足をしたのか、こすりつけていた身体をあっさりと離すと、すっかり最初の熱も冷めて呆れたような顔のディアドールへ向き直る。
「あんた達、流石に節操ってもんが無さすぎじゃないかい?」
「ふはは、すまない。主は独占欲が凄まじいものでな」
「……それで、俺達は見逃してもらえるっていう認識で良いのか?良いなら帰るが、戦うなら――――――」
再び槍を構えたまま、今度は隣のカミアと並び立つ。
やはり臭い、とはいえそれ以上に不思議と安心感があるのは、それだけリゼル自身も彼女を信頼してしまっているのか。
「にゃははは、急に真面目な空気になったね。まあいいや。不死身女、下にはラヴィ……ラヴェルがいただろう。あの子は?」
「大剣を持った女か?当然殺した。動きは悪くなかったが……」
相手が悪かった、煽るように言い放つカミアに、そのままディアドールの反応を伺う。
実際。こちらへ殺意を向けてくる相手への慈悲など有るわけがない。
それでも、もし殺した相手が話している人にとっては大切な存在だったのなら。
もし、その身内がカミアのような手段を選んだとしたのなら。
「ほう、ラヴェルをかい?あんた一人で?本当に油断できないねぇ、仮にも使徒候補生だってのに」
「ははははは、それにしては嬉しそうだな。復讐する、とでも言われたらどうしようかと思っていたが」
「にゃははははは、あの子は海の民だからね。それに生憎とあたしはドライなんだ。あの子が死んだなら……もう躊躇う理由は無いね」
その瞬間、今までとは違う、深い声が響く。
どこかキーラと似た妖しい微笑。
その表情の意味は果たして何だったのか、いずれにせよ彼女が本当にこの場を逃がしてくれるのなら。
「……!主よ、帰還だ!直ぐに!」
「……!ちっ」
刹那、目の前から消えたカミアの言葉に、咄嗟に後方に光を開く。
何が起きたのかは地面を蹴った瞬間に分かった。
「また会おうねえ、リゼル・レインライト!その時はもっと良い答えを期待してるよ」
「っ、そ!!圧壊しやがっ――――――!!」
服の裾を、刹那に少しだけ冷えた感触が奔る。
同時に、転移の光でさえ貫いて閉じられた真っ黒な視界と、バキリと言う音だけで聞こえた不快な旋律は、何が起きたのか言われずとも理解した。
『着いたぞ、主』
「……くそ。本当に成功か?」
それでも、気づけばいつの間にか地面に伏せていた身体と一面に広がる青は、少なくとも命からがら戻ってくることだけは成功した証だ。
「はははははは、一度の冒険で命がけだな」
目の前で、武器から人へ変わったカミアに差し出された手を取る。
腕が一度飲み込まれたのか、先ほどまで気になっていた匂いも少しマシになったか……麻痺しただけか?
「貴様、今臭くないと思っただろう」
「……行くぞ」
カミアの疑問に答えないまま、少しだけ固まった背中と腕を伸ばす。
近くに建物は見えないが、電子地図を見ると、元いた都市はここから数十キロ先。
咄嗟の軌道で位置がずれたのか、ふと少しだけ脳裏にそんな疑問が浮かんだが、帰ってこれたのなら良いか、と直ぐに切り上げる。
「……む?」
いずれにせよ、元の場所に戻れているのなら。
「何だ?」
「……いいや、説明するだけ無駄だ。もう少し歩けば見えてくるだろう。自分の眼で――――――」
カミアの言葉を待たずに、地面を蹴る。
数度地面を蹴り、勢いよく飛びあがったところで飛翔デバイスを起動、急加速し、視界を遮る二つの山岳の間、薄っすらと生い茂った緑の隙間から彼方を望む。
「……こんなに遠くから初めて見た。意外とでかいな」
『節穴か?よく目を凝らしてみろ、城壁や城が修復されている』
「……!!」
カミアの言葉に、再び空中を蹴る。
下降する勢いも利用し、空気を裂くままに一筋の雷となって、城門の前の地面へと衝撃波と共に脚を突き立てる。
「……!!何が起きた?」
始めて訪れた時にリゼル達が倒した城門、数日前には荒廃しきっていた視界の中心で、記憶とは似ても似つかない荘厳な大門がそびえ立っていた。
『報告、ジャミングの解除を行いました。キーラ』
『あら、気づかなかったわ。それじゃあお迎えに行きましょうか。我が愛しい息子を――――――』




