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罪と罰

「さて、まずは君たちについて聞いても良いかい?機関の施設でも最重要に近いここへ乗り込んでくるとは、君たちは何者かな」


しゃがれた老人の声、見た目相応な白く染まったぼさぼさの髪に、答えるよりも早く手を短めの剣に変え、目元の髪を切り落とす。

生きられるのかさえ危うい骨と皮だけの身体、おまけに鉄と合わさった酷い匂い。


とてもじゃないが戦える状態ではない、むしろまともなのは。


「おや、随分と乱暴なお嬢さんだ。しかし、お陰でさっぱりしたよ。君の綺麗な瞳がよく見える」

「ふはっ、見る目が無いな。しかし、貴様の目もまだ死んではいない。不思議なものだ。後は迎えが来るまでこの地下牢だというのに、何が貴様をそこまで駆り立てる?私はカミア、滅びた世界を護る背滅機関にして……天を滅ぼす者」

「……!背滅機関……そうか。もしや、ここへは私を引き込むために?」

「ああ、だが()()()()()()。貴様は何故機関を裏切った?それが私を喜ばせるに足るものなら……この場で『殺して』やろう」


手を剣へと変えたまま、今度は男の首へ突き付ける。


動じる気配はない、それは既に数十年と牢屋に閉じ込められて半死の状態だからこそ。

しかし、やはりこちらをしっかりと見据える濃い青の瞳に、やがてその身体へ巻き付いている鎖を断ち切ると、男の身体が地面に落ちる。


既に腐りきっているかのような気持ちの悪い身体は、支えてやるのは一度きりだが。


「ふふ、ふふふふ……くっ、ああ、やはり君の眼は美しい。私が裏切った理由か……大したことじゃない。ただたまたま現地にいた孤独な子供を見つけて……ふぅ、助けてやりたいと思った」


男は、そう言うと倒れた身体を何とか起き上がらせ、再び自身を縛り付けていた墓石のようなものへ身体を横たえる。


今にも死んでしまいそうな身体と、反して未だに研ぎ澄まされた気配。


戦えはしない、それでも何かを捨てきれない。


「滅ぼせなかったのか?」

「……ああ。今思えば後半はもういいと言っていた。結局部隊と対立して倒した後は、デバイスがないから他の世界には飛べず、使徒候補生だったからか最初は事情徴収のために派遣された追っ手を説得して、失敗して、倒して……使徒がくるまで精々数週間だった」


なるほど、主と似ている。


紡ぎだされた言葉にふとそう思ったが、一方でそれならば何故、未だに猛った光を帯びているのか。

復讐、あるいは。


「少女は、死んだのか?」

「……いいや、()()()()()()。だから私はまだ生きていられるし、今からもう一度だけ……私の望んだ『選択』が出来る。今度は私が君か、あるいは君の仲間に問おう。君たちはどんな目的のために―――――――」






『私達の罪は罰せられるべきか』


身体中を奔る痛みに、ふとディアドールの言葉が頭をよぎった。


善悪の問いに、きっと最終的な答えは出ない。

彼女はきっと、自分が罪を犯していると理解している。

リゼル・レインライトも、これは悪意であると理解をしている。


――――――それなら、この戦いは何のために戦っている?


「ああ、残念だねえ。あんたなら、面白い答えでも持ってるかと思ったけど……」


晴れていく土煙を抜けて、鞭を肩にかけたディアドールがこちらへ歩いて来る。


少しだけがっかりしたような、残念そうな表情は、問答を突っぱねたことに対する答えなのか。

ただ、考えてみれば少しだけ腹が立つ、何故勝手に答えを要求されて、彼女の望む答えを言わなければならないのか。


「……そうか。俺達とあんた達で『私達』か」

「……!気づいてくれて嬉しいねえ。でも遅い、もうその状態じゃあ――――――」


ディアドールはそう言うと、手元に一つの拳銃のようなものを取り出す。


絶体絶命の状況、それは例え奥の手を使っても変わらない。


「……『母の愛に感謝を』」


誰にも聞こえないように呟く馬鹿みたいな起動呪文に、脚から何かが流れ込んでくるような感覚があった。


全身を引き裂く痛みが増し、やがて一瞬にして引いていく。

同時に、刹那の間に身体を這いまわるむず痒さ、身体中をくすぐられているかのようなそれは、明らかに異常な速度で全身の傷が修復を始めている証だった。


「あ?なんだい」


当然、そこまですれば目の前の番犬の引き金も、滑りは良くなるというものだが。


「……!くっ!」


身体を逸らして、弾丸を心臓からズラす。


銃弾は人の眼では見えない。

それはリゼルもしかり、目の前に立つ彼女や警戒状態の候補生でもなければ、いかに身体能力の高くなった天者相手でも、未だに小石程の大きさの弾丸は必殺の武器となり得る。


「身体を逸らした?あり得ないだろう、そんなのあたしでも――――――!」

「悪いな。俺は正々堂々なんて人間じゃない。放電機構!」


足元から周囲へ放つ電撃に、ディアドールは飛び退く。


同時に迫りくる鞭を、今度は寝ころんだまま間一髪で躱し、そのまま立ち上がって槍を向ける。


「過電砲」

「にゃははは、だからそれは効かないっ……って!」


発射した弾丸が、再び空中ではじけ飛ぶ。


ただ当然、今回は織り込み済み。


迫りくる鞭を身体を折って躱すのと共に()()、そのまま勢いよく引っ張る。


「は、嘘だろう!?」

「雷星剣」


目の前に迫ったディアドールの身体を蹴り上げ……ようとして、頬をかすめる。


そのまま槍を再度振り抜こうと手に持って……巻き付いていた鞭によって、動かない。


「お返しだ」

「ちっ!」


ディアドールが背中から取り出したナイフを間一髪で躱し、迫った彼女の額に自身の頭蓋をぶつける。

当然大した有効打にはならないが、少なくとも二人の間を隔てる数メートルの仕切り直しには。


「いったぁぁぁああああ!!なんだい急に、パワーアップし過ぎだろう」

「……っ、くそ、薬を使ってもこの程度か」

「にゃはははは、いやいや、まさか私の鞭が掴まれるなんて思わなんだ。っつぅー……まあ、でも丁度良かったかもしれないね。もう一度だけ聞こう……あたし達は罰せられるべきかい?」

「……」


再び投げられる意味のない問い。


だが、その真意は鞭の痛みで目覚めたのか、ようやく理解した。

向こうの側だけじゃない、リゼルやカミア、使徒や天者、世界を超える者達は『全て』自身の罪にどう向き合うべきか。


どんな崇高な目標であれ、自身が罰を受けるべきと理解するのであれば、どうやって罪の範囲を定めるべきか。


「……俺は、キーラみたいに頭がよくない。だからあんたを説き伏せられるような言葉を持たないし、歪も何もかも、全てを丸く収める方法は知らない」

「にゃははは、正直だねえ。確かに歪自体はもはや自然災害みたいなもんだ。あたしも頭がよくないから、今までどう解決を試みられてきたかも知らないし、この後どうするつもりか、なんてのが無意味な話ってのも分かる。あたしが問えるのは精々――――――」


この戦いの果てに何を描くか。


つまりは、この戦いに勝利して四界連合を滅亡させて、滅亡世界が今の彼らの立場に立たされた場合。

そもそもこの構造を変えた時の世界は、今以上の状態になり得るのか。


「背滅機関は、あんた達を滅ぼしたら、未成世界だけを滅ぼす機関へ変える。殺人の黙認をしないで、可能な限り天秤が吊り合うように。もう二度と、俺達みたいな存在が生まれないように」

「にゃはは、あんたはやっぱり、一貫して人間の生存に拘るんだねぇ。そうすれば、裁く相手も生まれないから無罪だって?」

「……ああ、そして以後の罪が生まれないように見張り続ける。歪への対策も続けて……全てが解決したその時には、俺があんた達を滅ぼした全ての罪と()()()消えてやる」


その言葉に、初めてディアドールの眉が少しだけ動く。


彼女と話す中で、少しだけ自分自身の罪について考えた。

結局この戦いは、どちらが勝利しても大きな犠牲を生む。


だからこそどこかで罪の連鎖を断つ必要がある。


リゼルが自分の手で、全ての世界を滅ぼしてから。


『私にも分かりません。ですが、私のお店でも仕入れている農場の近くに歪が発生してしまい、徐々に広がっていっている状態で……天者様のお陰です。本当に助かりました!』

『……また何かあったら呼んでくれ』


『天者様、ありがとうございます。我々のような老いぼれを守っていただき』

『……いつでも守ります』


「俺は……多分まだ少しだけ迷ってる。世界を滅ぼすと言っておきながら、結局まだ機関だけで済むならそれが良いとも思ってる。だから全ての選択を俺がして、全ての罪を背負って消えれば―――――――」


少なくとも、今よりはマシになる。


続ける言葉に、ディアドールの返事は帰ってこなかった。


当然、この言葉で満足が出来ないのなら、リゼルに継ぐ言葉は無い。

今の所、カミアが消えてから10分か15分程度。


向こうに障害が無ければそろそろ帰ってきてもおかしくはない頃合いだが、何よりも最悪の事態は彼女が帰ってくるまでにこの薬の効力が切れること。


「……放電――――――」

「ちょっと待った!今考えてるんだ……」


おまけに、目の前で云々と唸り始めた奴は鬱陶しい。


「……何なんだ。あんたは」

「んー、うぅ~~~~~ん……うーーーーーん????いやいや、悪くはないよ。そうだねえ、少なくともあたしが負うべき責任は……いや、でもねえ――――――」

「……はぁ。雷鳴剣」


ため息を隠さず、そのまま地面を蹴る。


本音を言うのなら、今度はディアドールの答えを聞きたいと思った。


リゼル・レインライトは両方を最終的に消し去ることで真っ新な世界を創生する。

その道程は如何なものであれ、少なくとも彼女が自分たちの罪を認識しているのなら、それに対する答えの一つとはなり得ているはずだ。


悪人を皆殺しにすれば、善人だけの世界になる。


否、字面だけで見るのなら自分で自分を否定しそうになる酷いものだが、少なくとも答えが出せたという事は、このやり取りは少なくともリゼルにとっては無意味ではなかった。


後は、薬が切れる前にそろそろ戻ってくるであろうカミア、アルス・バトラールと撤収できれば。


「悪く思うな、番犬」


雷の脚を振り抜く。


残りの出力は4割以下、使徒相手に残っている方と言えば残っている方なのかもしれないが、恐らくこの一撃もどうせ躱される。


とはいえ、今度は少なくとも向こうの行動へこちらも対応できる。

不意打ちであることも考慮すれば、十分に勝ち目はある。


「……決めた!今回は見逃してやる」


目の前で不意に手を叩いたディアドールに、リゼルが脚を止めていなければ。


「おやおや、これはどういう状況だ?折角主の腕が無くなってしまう前に大急ぎで戻ってきたというのに――――――」


おまけに、混沌とした場に突然現れた待ち人は、肝心な戦力を連れていなかった。


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