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海の底

「なるほど、ここか」


その頃、一つの砦の奥、小型のエレベータを降りた先。


「止まれ!所属と等級を――――――」

「はははっ、止めてみろ。君達が最後の砦だ。極悪非道な犯罪者が世に解き放たれぬための――――――」


目の前から迫ってくる男性は二人。


両方ともに完全なる能無しではない、主流の格付けをするなら三等天者といった所。

銃らしきものを持った片方が距離をとって、槍を持ったもう片方が詰める。

即席の連携としても悪くないが、そもそも無警戒に近寄ってくる時点で、こちらはただ攻撃を受け止めて、そのまますれ違いざまに切ってやればいい。


「がはっ!」

「……!風切きこ――――――」

「遅いな」


優しさか油断か、今更になって開放し始めた力が銃口から渦巻くよりも早く、もう片方の身体を、地面から伸ばした剣で串刺しにする。


少しだけ浴びてしまった返り血は、いくつ世界を超えても変わらず温かい。


どんな善人でも、どんな人殺しでも。


『権限者は、端末より指紋の認証を行ってください』

「……?やはり主の世界は複雑だ」


旅を始めてから、こういった操作はほぼ全て主に任せているせいで、いまだに機械やらなにやらは使いこなせない。


ここから二百メートル程下層に、少しだけ異質な人間の気配を感じる。


恐らく、それが。


(ふむ、これを壊せば帰りが面倒になるか。仕方のない――――――)


カミアの能力は石系物質への操作と同化。


しかし実際は同化と言え混ざり合えるわけではないため、完全に密閉された空間では通り抜けられないし、今回のように隙間から抜ける場合には、通常よりも時間を要する。


「ここか。随分と雰囲気が暗いな」

「……!なにも――――――!」

「ああ、もうそれはいい」


一度だけ瞬きをして景色の変わった地面に降り立つと、隣で倒れる2人の天者らしき相手を他所に、先ほどまでとは少しだけ変わった空気を感じ取る。


湿っている、否、正確には何と表現をすればいいのか分からないが、エレベーターとやらから降りてすぐだというのに、空気が重い。


今までとは違う、整備されていない、それでいて無駄に大きな天井。

おまけに、ここに来てからずっと。


「~~~♪♪」

「何だ、聞くに堪えない歌だ。これは……宗教歌か?」


この牢獄は、迷路のような構造をしている。

おまけに囚人は()()()()、誰も入っていない空の牢獄区画を二つほど抜けた先、何もない巨大な霧の立ち込めた空洞に、男の姿は見えた。


鼻をつんざくような酷い匂いに、ぼさぼさに伸びきった灰色の髪、最早この酷い歌でも声が出せるだけと思てしまうほど肉の残っていない身体。


死は終わりではない、死は始まり、死は休息……命が巡回する長い旅の。


「いいや、生も死も一度きりだ」

「ふは、同意見だな。死後の世界などまやかしにすぎぬ。死を受け入れられない者たちの――――――」


哀れな言い訳。

いつの間にか後方から聞こえた足音は、ここで感じた()()()()()の正体だと直ぐに分かった。


ぼさぼさの黒髪に構えられた大剣、目元に見える少しだけ変わった鱗のようなもの。


「ほう、悪くは無いな。あの寝取られ女程ではないが――――――」

「お前達が、ディアドール様から連絡のあった背滅機関とやらか、まさか本当にここまで入るなんて――――――っ!」


長々喋りだそうとする男性、いや、女性の頬を後方から浅く切る。


反応速度は悪くない、返しで斬り上げられる大剣も。


「透芯機構」


躱したはずの一撃が、身体を斜めに通り抜けていくのも。


「がはっ……!」

「ははははっ、あっけないな。身体を変形させる協力者、なるほど確かに一瞬油断はしてしまうが、本当にハンナ様はこいつらに負けたのか?」


女性が大剣を振り払う。

地面についた膝は、常人なら当然致命傷。


刃が飛んだ、否、刃が伸びたのか。


どこまで伸ばせる、あるいは確かめるなら。


「……血が出ていない」

「……!ふは」


直後、目の前から振り下ろされた大剣を変形させた腕で正面から受け止める。


万が一腕事斬られてもいいように軸をズラして、それでも最悪の事態は起こらなかった。

剣身、もとい腕を短くしながら大剣の横を滑らせ、振るう。


間一髪で躱される。

そのまま通り過ぎた背中から無数の棘を生やす。


数本が身体に浅い傷をつけた。


「ははははははっ!惜しいな、あと少しで串刺しだったというのに」

「透芯機構」


無くなった問答の時間を他所に、再び大剣が横薙ぎに迫る。


脳の無い単調な攻撃。


しかし、目の前で剣を振るっている女の顔は。


「……」


片手を剣に変え、大剣を迎撃する。

しかし、鳴り響くはずだった金属音は、直後に空を切り開いた腕と。


「なるほど。任意ですり抜けも出来ると。多芸だな」

「……!確かに、危険だな」


のど元、身体から飛びだした刃によって受け止められた剣を握った女が、初めて明確な殺意のままこちら睨んでいた。


「ふは、なるほど……力は主と同等、いや戦闘力だけで見ればそれ以上か。貴様は一等天者とやらか?」


質問を投げたまま首の前で停止している刃を他所に、左の手を再び振るうと、女が今度は受け止めずに一歩下がる。

こちらの能力を警戒したのか、反応からしても、向こうの能力は恐らく今ので全て。


ならば運が良い。


ただ刃を振るうだけなら、心臓だけ守れば敗北は無い。


「先に自己紹介をした方が良いか?私はカミア、貴様達天滅機関を滅ぼす主の忠実なる僕――――――」

「……使徒候補二十一位ラヴェル・リーズエット。お前は……なぜ、機関を敵視する?その奇妙な能力、まさか異世界人か?」


女、ラヴェルの言葉に少しだけ笑う。


それは当然一瞬でカミアの正体を予測した勘の良さにではない、自分達がしている『行動』を理解していないことに対して。


「そうか、背滅機関は滅ぼし損ねた異世界人たちの集いか」

「ふふ、ふふふふふっ……ああ、やはり私はこの瞬間が大好きだ。高尚な思想を持っている主は素晴らしいが、私はそんな人間じゃない。どうだ、ラヴェル。今逃げるなら、貴様にも見せてやろう。どちらかが虐げられる平和じゃない、お互いの存亡を賭けた、血に塗れた本物の戦争を」


この世で最高の瞬間は、捕食者であると信じていた者達が見せる、呆気にとられた顔。


自分たちがしてきた行動の結果だというのに、腕を切られた相手に腕を切ると言ったら「嫌だ」と言う。

私の全てだったイリアを殺した相手に、大切な全てを皆殺しにすると言ったら「許してくれ」と言う。


ただ、全てを滅ぼしきった今となっては彼らの行動が間違っていたとも思わなかった。


彼らに足りなかったのは、全てを押し通せるだけの力が無かったこと。


「んー……本気でやろっか。お前達は逃したらまずい気がする」

「はは、まだ手を抜いていたのか。驕りだな。おまけにここでは私の方が――――――」


強い、そんな言葉を言いきるよりも早く女が地面を蹴る。

更に一段速度は速い、それでも追いつけない程ではない。


地面から無数の剣を突き出し、ある程度スペースを作ることで方向を調整する。


眼前で振り下ろされた剣は、防いだ腕や体を……そのまま通り抜けた。


「……!」

「油断だね。あんた達の目的を先に潰す」


カミアの脇をすり抜けて、一瞬で再度地面を蹴る女に、一拍遅れて狙われているアルス・バトラールの存在に気付く。


なるほど、意外に頭が回る。

攻守逆転、とまではいかないが今度対処をする必要があるのはカミア、先に再び女の眼前に回り込んで蹴り上げるか、あるいは刺した瞬間に殺すか。


問題は。


「……氷雪機構」


男が、助けた後に使えるかどうか。


「……!何っ?」


女が一瞬足を止める。


始めた発せられた明確なアルス・バトラールの声。

しかしやはりあの歌と言い、妙に透き通る声は離れているカミアにもはっきりと聞こえた。


おまけに、恐らく弱者達では何をしているのかさえ正確に把握できない、遅れて彼女の背後から剣を振り抜いたこちらに、正確に合わせてこれているということは。


「ぐっ……ごほっ!くそ……お前たちは――――――!」

「はははははは、感謝しよう、ラヴェル・リーズエット。貴様の無意味な死のお陰で、私達はまた一歩滅びへと近づいた」


自分の胸元から突き出した刃を見ながら、こちらへ向けられる歪んだ視線へ笑みを返す。


身体や口元から零れ落ちる血は、当然もう助かる事は無い。

それでも超人的な身体能力を持つ以上、万が一が無いように体内を貫いた刃を更に幾重に分裂させ、身体の中から飛び出させると……やがて小さなうめき声と共にその瞳から光が消える。


残ったのは、もはや肉塊と化した地面にくず折れる女と、少しだけ温まったように感じる身体、周囲に残る酷い血の匂いだけだった。


「さて、ようやく話せるな。機関の反逆者アルス・バトラール」

「……私は、まだ迷っているよ。この運命が正しいのかどうか」


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