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対策侵攻

「それでは、ただいまより仮称『背滅機関』への対策会議を始めます。まずは現状把握のため……ハイドラ、説明を」


きっちり3時間後、さっきまでとは少し風の流れが違う会議室。


「きひっ、承りました。まずは先ほどの警報についてですが、先刻の審問から約1時間後、早くもあちらの世界のジャミングが約2千分の1秒、解除されました。向かった方向は天海世界側、恐らく直接攻撃の可能性はまずないでしょうが、それぞれいつでも持ち場には帰れるようにしていただいた方がよろしいかと」

「むっ、我が世界か。確認だが、不干渉地帯……他を知覚できない世界への侵攻は無いのだな?」

「はい、こちらは事前資料でお伝えした通り、実際に戦力を効率良く補給するのであれば不干渉地帯での戦力補給以上の選択肢はありません。ですが世界間の干渉には時間軸の動機が伴うため、干渉時点でこちらからの観測ができます。おまけに敵世界の文明レベルや戦力等の不確定要素。魔女なら、私が失望する選択肢は選ばないでしょう」


誰も止めることのない長文を一度も噛むことなく言い切るハイドラ。


最前列の円形の議場、4人の盟主が座っているその場を取り囲んで、末席のこちらまで含めて言葉を聞き漏らす者は一人もいない。

ただし脅威を正確に認識できている者も、この場には数人を除いてほぼいない。


内側でのあらゆる危機を乗り越えて、栄華を極める文明を築き上げた4つの世界。

築き上げてきた圧倒的な『自信』の前には、一人の使徒の敗北でさえ、魔女の名前でさえ、その認識を書き換えるには至らない。


「私は、彼らを甘く見るべきではないと思います。今すぐそれぞれ2人以上使徒を動員し、天海世界周辺での捜索を」

「許諾しかネます。事態を大きくし過ぎては民ニ不安を与えます。おまけに、先の攻撃でこちらの歪も広がりまシた」

「そうじゃな。おまけにどんなものかとは思うたが、聞いている限りそれほどの脅威には思えん。七席が敗けたとはいえ、それは未確定な戦力の不意打ちという状態でじゃ。ジャミングの解析が終わったところで我が兄者が切り込めば仕舞いじゃろう」

「当然万が一があってはいけない。こちらに来るとは不運極まりないが、念のため主要施設には機関には五席のエルニスを、リヴルハイム近郊には――――――」


形だけの対策会議が、続々と進んでいく。


今の所、本当の意味で能動的な対策と呼べるものマルガレウム王のみ

それは先の審問しかり所属している使徒を信用してくれているのか、とはいえ他3人が言っていることも決して間違えているわけではないので質が悪い。


なにせ、裏切った相手も負けた使徒も、果てには被害を受けたのも……全ては統合世界だけだ。


「……使徒の敗北を甘く見過ぎです」

「むははは、当然甘く見てはおらぬとも。しかし過剰に評価を見積もり過ぎて、歪の対策を怠っては本末転倒じゃろう。心配せずとも、打って出る際には私と兄者で出てやろうとも。それなら心配はあるまい?」

「アなたが行く必要はナいでしょウ」

「はははっ、私もこの目で見ておきたいのでな。機関の盟主を次いでからは初めての『反逆者』とやらを」


興味深そうな笑み、否、恐らく声音からしても、本当に興味はあるのだろう。

おまけに三席を連れていくのならば、戦力としても十分すぎる。


そう……二人の反逆者達を殺すのには。


「して、踏み込むことが出来るのはいつじゃ。ジャミングとやらが解析できるまで幾度か泳がせた後か?」

「むふふふふ、実はそのタイミングについては一つ素晴らしいご報告があります。魔女は恐らく最短一周は安全と読んでいるでしょうが、先ほどジャミングの効果を測定したところ、おおよそ10万分の1秒、余分に結界を解除していることが分かりました」

「?その間に侵入できるという事か?」

「ふふふふふふ、いえいえいえいえ、そうは申しておりませんとも!ですが試す価値はあるという事です。完璧にタイミングを制御できる往路でこの誤差であれば、更に制度の下がる復路はいかほどの余剰が発生するのでしょう?もしその間に潜り込むことが出来れば――――――」


こちらは、不意打ちで最高戦力を送り込める。


ハイドラの言葉に、もはや異を唱える者はこの場に誰一人としていなかった。


否、少なくとも表立って流れを遮ろうとする者は。


「いかがですか?背滅機関戦闘のエキスパート、ハンナ殿」

「……分からないわ。ただジャミングの余剰くらいはキーラなら計算している気がする。少なくとも、私にとっての彼女は――――――」






『というわけで、薄々予想はしていたと思うけれど、天海世界には二人で行ってもらうわ』


少しだけ前の出来事を思い出す。


カミアが変な事を言ったせいか、キーラの不穏な言葉は今に始まった事でもないが、毎回聞くたびに嫌な予感をあおる。


『なんだ、偉大なる魔女様は留守番か?』

『ふふ、ええ。私は戦闘要員じゃないもの。それに、あなた達が出入りする時にはジャミングを切らないといけないから、あなた達に出来る?』


出発前、人払いをした少しぼろい臨時研究所で、優しく微笑むキーラ

彼女の言葉には矛盾はない、ただしそれが全てでもない。

彼女の行動には全て意味がある、だが良し悪しについてはこちらが判断する必要がある。


『心配しなくても、きちんとお土産は用意しておくわ』

『ふは、土産か。貴様が言うとろくな事にならなさそうだ』

『……この世界の奴らを実験体にしたら直ぐに殺す。もしあの時みたいな民間人を巻き込む兵器を作っても。俺に引き金を引かせるなよ』


槍を向ける。


キーラ・メイレンは、リゼル・レインライトにとってはもっとも親しい親代わり。

子供の時からずっと、二人に惜しみない愛を注いで、力を与えて……あらゆる選択肢を奪い取った。


ただそれでも、きっとこの胸に渦巻く感情を一つだけ挙げるとするのなら。


『うふふふふ、ええ……分かっているわ。私のリゼル、気を付けていってらっしゃい。万が一にもこんなところで死なないように。万が一にも――――――』


――――――私が彼らに手を出さないように。




「……ん。ぁるじ――――――」


そして、嫌な夢から目を覚ますと、外は真っ暗だった。


「……夜か」


死線を周りに向けると、見えるのは二人が入るには少し手狭な部屋と、その半分程を占めるベッド。

壁によりかかったままのこちらとは違い、触覚のない下半身に手を回したまま閉じられた漆黒の双眸は、一見すればその危うさを忘れてしまいそうになる。

光の入らない窓も初日とは違う灯りの届かない深海、鳴りを潜める音の波に、表では生きられない闇が蠢く時間。


「起きろ、夜になった」

「……ぅん?なんだ、今回も貴様の……ん、ふぅ……情事の後からずっとその態勢か?」


寝ぼけているのか、カミアのどうでもいい質問を無視して、ベッドを降りる。


街を移動して6つ、初日の昼から明朝までノンストップで移動し、朝になって境界線の瀬戸際で宿を見つけた二人はそのまま再び訪れる闇を待って眠りについた。


天海世界の夜は明るかった。

ただ最初の方にいたのがある程度大都市だったのか、途中から一つ、また一つと移動するたびに灯りは減って、ついには薄暗い暗闇になった。


「これだけ浮気を重ねておいて、まだ純愛ぶるとは、あの気弱女も今頃向こうの同僚と仲良くやっているさ」

「……黙れ。さっさと行くぞ。ここからは走る。水麗車も、見張りに天者がいたら殺す、天者以外なら気絶させる。監獄まで――――――!」


地面を蹴る。


遠くに見えたのは水の流れる巨大なトンネル。


同時に意識を向ける。

見張りは天者じゃない、来ている独特な制服からしてもどちらかと言えば。


「……!」

『おっと、貴様に用はない」


恐らく内部を守る警備らしき人を背後からカミアが気絶させ、そのまま水麗車にも乗らず、その場から勢いよく地面を蹴って飛び上がる。


背中に感じる重みを気にせず更に一歩、空気を蹴ることで遠のいた町は、脚部機構の雷を移動のために解放した証だ。


「ほう、軽快だな!次の街までは?」

「多分、10分くらいだろ。浮遊デバイスは念のため3つ持ってきたし、何かあっても――――――!」


足元のスラスターを開く。


放電機構ないし、脚にいくつも加速できる装置がついているのは、義足になって良かった数少ない利点だ。

当然、脚の推進力に抵抗できない身体を支えるために浮遊デバイスを展開する必要はあるが、少なくとも車嫌いの彼女が文句を言いだすよりは早く着く。


『……くっ、主。そろそろ私は主の脚を切り落としてしまいそうだ』

「これで最後だ。我慢しろ。最後の場所は確か街ごと……っ!」


その時、彼方に見えた町から一つの視線を感じる。


まだ対岸までは500メートル近く、この位置で気づかれるという事は。


「――――――!!」

「カミア、バレたぞ。三等天者」

『投げろ。この気持ち悪さと苛立ちは全て、あやつに――――――っ!!』


騒がしい言葉を聞き終えるよりも早く、加速装置で勢いをつけたまま剣を全力で投擲する。


同時に空中を稲妻で蹴り上げる。

移動に使ったこともあって残量は80%前後、とはいえこれだけあれば一等天者でも来ない限りは。


「……!敵―――っ」

『叫ぶな。今私は気分が悪い」


カミアが女性の身体を一撃で切り伏せる。


それでも、言いかけた女性の言葉に気付いたのか、同時に周囲をまばらにかこんでいた4人のうち1人の天者がカミアへ視線を向け。


「消えろ」


一拍遅れて、その身体をこちらに気付いていないもう一人の天者めがけて蹴り上げた。


「……!なんだ、お前達」


当然、あまりにも盛大に響き渡った何かが砕けるような音に、二人の静かな旅は終わりを迎えたが。


「ははははははっ!!さあ、愚かな囚人達よ。我が主のお出ましだ。息をしろ、あるいは死ぬといい!私達が先導してやろう。哀れにも逃げる力さえない貴様達を、この世界の果ての地獄へ――――――!!」


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