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海底都市

「ほう、ほうほう……そうか、ここが海底都市か!!」

「お前、いつも似たような反応だな。さっさと進むぞ。万が一俺達の顔が割れたら――――――」


灰色のフードを目深にかぶる。


さっきまでとは打って変わって、視界の端を走り抜ける一面の高ささえ分からない巨大な城壁と天井に映る青。

いかにも海底都市っぽい筒抜けのエレベーターで降りたとは思えない、少しだけ薄暗いこの場所は、ちらほらしか見かけない人の往来の少なさからしても、どこかの田舎なのだろう。


始めてくる、天海世界の都市。

ふと、どうやって水圧に抗っているのだろうと思った。


「ふむ、主よ。監獄まではおよそどのくらいだ?」

「ここから大体11都市分先だな。次の都市までが水麗車?とかいうのに乗って2時間程度だったはず」


一つの都市区画は狭い所で数キロから広ければ数百、数千キロ、見た感じ果てが見えないこの壁がどこまで続いているのかは分からないが、少なくともこの区画はそれほど小さい場所ではないのだろう。

都市間の移動を行う水麗車は、キーラによれば車輪のない車のようなものらしい。

都市を繋ぐトンネルには常に高速で移動できる水流が通っており、その上を推進力で進む、いわばウォータースライダーのようなものだとか。


「水の上を走る車か、ならば水音がする方向を探して来よう。ここの金属の質は特別良くはないから少し時間は掛かるやもしれんが、しばし待っていろ」

「頼んだ」


キーラは頷いたこちらへ視線を向けると、一瞬だけ妖しい微笑のようなものを浮かべた後、いつもよりは少しだけゆっくり、ギリギリ目で追えるくらいの速度で地面に溶けていく。

いなくなってから考えてみれば細かい時間を聞いていなかったが、今までのことから考えても早ければ数分、長くても数十分で帰ってくるだろう。


「……静かだな」


それでも、彼女がいると少しだけ世界に取り残されたような気持ちなるのは……それだけリゼルが彼女と深く結びついてしまった証なのかもしれない。


「……歩くか、少しだけ」


意外とやることがない時間に、ふと少しだけ手入れされた道へ足を延ばす。


周辺には海底とは思えない木々や芝生、レンガのようなものに象られた沿道。

数人の、少しだけ耳のとがった薄青い人とすれ違った。

自分たちと異なる外見か、巨大な槍を背負っているのが気になったのか、一瞬だけこちらをひっそりと見て、徐々に視線を逸らしていく。


特段気に掛けることもない普通の反応。

それでも、少しだけ安心したような気がするのは、リゼル達の存在が怪しまれていないことに対してか。

あるいは。


「おや……あなたは、もしや天者様ですかな」

「……はい。何かお困り事でも?」

「ふぉふぉ、いえいえ……私はいつもここを歩いているんですが、天者様をお見掛けするのが珍しかったので。あなた方のお陰で、この都市はいまだ歪に怯えることなく暮らせています。ですから、見かけた時にはお礼を言うようにしてるんです」


その時、ふと視線の端から話しかけられた言葉に、少しだけ言葉に詰まる。


滅びた世界の上に成り立つ平和、当然杖を支えに歩いてきた老人にそんな意図は無いのだろうが、何と返せば良いのか分からなくなってしまうのは、リゼル・レインライトという裏切者の意思と行動が乖離していない証明でもある。


「ふぉふぉ。それにしても珍しいお顔ですな。やはり天者様は皆、正義感に溢れた顔をされております」

「……見る目が無いな」

「むはははははっ、そうですかな。ですが、私の見立てではあなた様も――――――」

「……もう行く」


老人の話を遮って、背中を向ける。

少しだけ怪訝な視線、それでもあの老人がこちらの存在に気付いたわけでは無いのは、考えるまでもなかった。


「天者様、ありがとうございます。我々のような老いぼれを守っていただき」

「……いつでも守ります」


きっと今は、酷い顔をしているはずだ。


「戻ったぞ……なんだ、主よ。出稼ぎに出た妻が帰ってきたというのに――――――」

「……遅かったな。場所は?」

「ふむ、相変わらずつれないな。ここから3キロ程道なりに進めば良い……並んで歩いてやろうか?」


隣から聞こえてくる騒々しい言葉に、無視したまま足を踏み出す。

直ぐに肩口をくすぐった黒い髪は、少しだけ安心した自分に腹がたった。

とはいえいずれにせよ、恐らくある程度一気に駆け抜けても問題なくなるのは、一日で終わらせられる……5都市程度か。


それまでの数都市は、可能な限り怪しまれないように歩いて行った方が良い。


『こちら都市間移動用、水麗車ターミナルです。お客様の氏名とお支払方法――――――』


30分ほど歩いて、見えてきたのは巨大な水の流れるトンネルだった。


「ここか」

「おや、そういえば主よ?金銭は持っているのか?」

「当然だろ。何年給料のそこそこ良い天者をやってたと思ってる。おまけに統一通貨だし――――――」


天者は正直、給与面では困ることがない程度には待遇が良い。

おまけに休暇もまとまったものがそこそこ多いので、意外と一般の人にとっては人気の職業だったりもする。


任務の最中に心神喪失になったり、果てには死んだりする奴も一定数いる以上、危険手当という意味なのかもしれないが。


「?商会に預けていたのなら、差し押さえられているのではないか?」

「……言われてみれば、ちっ」


手元に取り出した端末に、一瞬だけ逡巡したが、直ぐに地面に落として踏みつぶす。


危なかった。

恐らく、あのまま支払いでもしようとしたのなら、何らかの警報がなっていた可能性もある。

借りるための支払い能力もなくなったが。


「はははは、前途多難だな。さて、そんな愚かな主へ、先ほどの死体からくすねてきた金がここにあるのだが――――――」

「断る」

「ふはははは、ああ、ああ、そうだろう。私も君ならそう言うと思っていた!しかし、ならばどうする?周囲には天者が一人、武装した公僕たちもいる。断るのならば代案を出せ」


カミアはこちらに向かって妖しく笑う。


その手に握られた財布らしきものは、既に持ち主の血で赤黒く染まっていた。

死者を冒涜する選択肢はあり得ない。

それなら、目撃者を()()()()()()()()()()だ。


「さぁどうする?主よ」

「……天者を殺す。それを警察の奴らが見つけるように誘導して――――――」


全ての視界を外す。


紡いでいる言葉は、あまりにも破綻していると自分でもわかっていた。

同時に人目もはばからず笑い始めるカミア。


ただ不思議と抵抗感はない、ならばこれはリゼルにとっては。


『そう言えば、水麗車の利用にはお金がかかるはずよ。リゼルの口座は凍結されているはずだから、反対のポケットにいつでも使えるダミー口座用のデバイスを入れておいたわ。追伸:息子思いの母親より』


そして、このタイミングで送られてくる不快な文面のメッセージは、まるで全てが掌の上とでも言わんばかりだ。


「ふはははははっ!!ああ、やっぱり君は最高だ!どうしたら盗むくらいなら殺すなんて発想が出てくるんだ!ははははははっ、良い。やはり君は――――――」

「黙れ。次その煩い口を開いたら殺す」

「……ふっ」


妖しく笑うカミアに、小さくため息を吐く。


さっきまでとは変わって、少しだけ苛立っている心をどうにか抑えてポケットを探ると、本当に踏みつぶしたものと同一のデバイスが出てくる。


無事に進めることに安堵するべきなのか、それとも思考に水を差されたことに文句を言うべきなのか。


「……くそ、行くぞ」

「ふふ、ふふふふふっ……仰せのままに、我が主」






「~~~~~~♪♪」


彼方の暗闇で、消えかけの口笛が響く。


開けた空間に霧がかった暗闇は誰の気配もない。

響き渡るのは掠れた笛の音。


何日も、何か月も、何年も、何十年も。


「……ああ」


単語にさえならない言葉が、無垢な虚空へ溶けていく。

一度だけ無い響いた鎖のねじれるような音は、響いた声の運命を色づけているように感じた。


「ちっ、まだ生きてやがるのか」


その時、遠くから聞こえてくる声にも、男はなんら興味さえ示さなかった。


ただゆっくりと、それでも空間を縛る呪いのように、薄暗い景色に歌のようなものが響き続けた。


「~~~~~~♪♪」

「おい、聞いてなかったのか?食事の時間だ……アルス・バトラール――――――」


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