勝者と敗者
「天界世界は、それぞれ第四使徒と第五使徒が盟主をしているわ。能力はそれぞれ水と風の操作、分かりやすいでしょう。両方厄介だけれど特に注意するべきは海の王ね。名前はアルフィルド・キングシャーク。彼は水に触れている限り一切の攻撃を受け付けないわ」
「攻撃の無効化か。もしや私と同じではないか?きっと物質と身体を一体化できるのだろう。水のある場所であれば無敵だが、連れ出せば勝機はありそうだな」
「ああ、ただその水もある程度周りからも作り出せる。だから天海世界内での戦いは論外。他の世界に連れ出したらできるだけ広範囲に攻撃できる武装で攻めろ、だろ?」
少し話を奪ってしまう形になったが、視線を向けたところでキーラが頷く。
今の所、こいつだけは唯一勝ち目がある。
リゼルの武装は雷で相性もいい、海や川の側含め、相手のホームに入らなければ、戦う選択肢も十分に取れる。
しかし第四と第五に関しては唯一盟主も兼任しているため、表に出てくる頻度自体が多くない可能性もあるが。
「さて、そうしたら次が最後ね。大ボスよ、第一世界、正式名称統合世界ミューゲル――――――」
「今さらだが、その名前は誰がつけてるんだ?盟主とやらか?」
「専用のAIがつけてるのよ。特徴に合わせて、後半部分はランダムで振り分けられているらしいけれど」
そんな原理なのか。
ふと脱線したカミアの疑問だが、意外な答えに思わず少しだけ相槌をしてしまった。
ならば、ある程度世界の名前を見れば、どういった場所か予測できる可能性があるのか。
「ふふ、話を戻すわね。統合世界ミューゲル。カミアちゃんも知っての通り、機関の本部がある総本山にして、会議や会合、審問や裁判まで決めごとのほとんどはここで行われるわ。世界はマルガレウム統一王国が全てを収めていて、聖王ハルス・メリフェリア・ルイン=マルガレウムが盟主にして機関の総代表よ。政治は共和制ね」
「ほう、聞けば聞くほどに完璧な世界だな。完全に国が一つしかないとは、他の国とは戦争で統一を?」
「ええ、一部の国は。ただし覇権主義の国々だけで、それ以外は歪の拡大に合わせて、政治の権利を完全に均等化、おまけに自分たちの国も無くして完全なる新しい国として統一したらしいわ。統一してから今年で190年、現王ハルスは悪評一つ聞かない正に人格者ね。欠点があるとすれば……息子くらいかしら?」
息子、ということは王子か。
言われてみれば名前は知らないが噂だけは聞いたことがある。
傲慢で傍若無人、それでも王国の先行きを憂う声が無いのは、まだ現王が若齢とは言わずとも高齢と言われる年齢にはあたらないこと。
加えて。
「ふははは、人格者の王に破綻者の息子か。善人の血統というものは遺伝しないらしい」
「……楽しそうだな。あそこは王だけじゃない。第一使徒トロイ・レゼラ=アーディス、こいつが俺達の阻む最後の壁だ」
全天者の中で最強の第一使徒、立ち込める闇を阻む光の最終防壁。
能力は重力制御、彼の制御下に入った時点で数百倍になった力が地面へと膝を突かせ、二度と立ち上がる事は無い。
対抗策も当然ない。
出会ったら発動させる前に殺すか、こちらが殺されるか。
「そうね、ついでに統合世界はもう一人覚えていた方が良いわ。天者ではないけれど、私を追放した現科学者達の頂点――――――」
「嬉しそうですね、ハイドラ」
女性の笑い声に直後、短い言葉が辺りに響く。
たった一言、それでも先ほどまでの賑やかさとは打って変わって、今までのどんな言葉よりもよく聞こえているのは、それだけ周りが彼の存在に音を潜めた証だろう。
世界最強の第一使徒トロイ・レゼラ=アーディス。
機関を護る最強の盾にして、光に満ちた世界を守る最後の砦。
「トロイ、説明を遮らないように」
そして、そんな彼をものともしないニつの気配は、彼の敬愛する統合世界の頂点、聖王ハルス・メリフェリア・ルイン=マルガレウムにして。
「はっ」
「きひひひっ、相変わらず私のことがお嫌いですねぇ、トロイ様。私はもっと仲良くしたいのですが」
おどけながらも揺らぐ気配のない現筆頭科学者ハイドラ・ラクス・エインハイルは、第七使徒を造りあげたキーラを追放した……別の意味での機関の心臓。
「……生憎、科学者という存在は信用しないことにしていてね」
「えー、何度も言っているじゃないですか。キーラ・メイレンは『科学者』、私は厳密には『化学者』ですよ。私がどれだけ機関に貢献してきたか――――――」
わざとらしい泣くような仕草に、トロイは小さくため息を吐く。
ふざけた仕草だが、彼女は頭脳だけで言えば紛れもなく機関で一番の天才だ。
否、ハンナやリゼルにとって最高の頭脳はキーラだった。
彼女は常に、何が起きても自分の計画が揺らがないように二重三重どころではない策を張り巡らせていた。
だからこそ、どんな手を使ったのかは知らないが、そんなキーラをここにいるハイドラが一瞬でも上回って追放したというのなら、それは最早二人が測れる領域ではないことは間違いない。
「ハイドラ、本題に入ってください」
「あー、はいはい。さて、改めてもう一人の裏切り者についてですが……違法な異世界人を利用した人体実験によって追放された元科学室長、キーラ・メイレン。彼女を見張らせていた私の部下が、昨日死亡していました。死因は毒物の過剰摂取。おまけに死体には、ご丁寧に彼女の姿に似せた偽装が施されていました」
「……!ほう、『魔女』か。とはいえ、科学者が一人で何か出来るものか?それも向こうには設備もない」
「キーラの力は甘く見ない方がよいかと、キングシャーク様。彼女はジャミングシステムの開発から、言語接続機能の確立、機構の出力向上まで、今の機関の根幹を作ったと言っても過言ではありません。それゆえに科学の領域を超えた『魔女』と呼ばれたのです」
キーラ本人は戦闘力は決して高くない。
しかし殺すのは恐らくここにいる使徒と同等、あるいはそれ以上に難しい。
交渉をすれば必ず先手を取られる、奥の手を用意すれば利用される、剣を突きつければこちらの大切な人に銃を構える。
彼女は誰よりも『価値』を理解している。
誰を人質にすれば交渉の席につけるのか、誰を殺せば標的がおびき出せるのかも。
「ふむ、凄いのは十分に理解をするが、ハイドラ、おぬしは彼女に勝ったのだろう?」
「そうですね。というよりもお互い得意分野が違うので、彼女も紛れもなく天才ですよ。実際に私に同じことをやれと言われても出来ません。ただし―――――――」
殺すことはできます、ハイドラの言葉は嘘を吐いているようには思えなかった。
同時に、周囲の空気も少しだけ変わったのを感じる。
主に中列から後列にかけて、恐らくこの中で『魔女』の異名だけを知っている高官達だろう。
とはいえ、もし本当にハイドラがキーラを殺す、ないし相手どることが出来るのであれば、万に一つの共倒れや自爆、あるいは人質のような手段への対策もとる必要がなくなる。
カミアは少し危うい気もするが、少なくともリゼルはそんな手段はとらない。
「なら聞くわ。この後向こうはどんな行動をする?」
「ふむ、もし私が彼女だとするのなら、少なくとも何かの打開策を模索するはずです。現状では私達四界連合に勝ち目など万に一つもない。取れる手段があるとすれば、どこかの発展していて私達が標的にしない世界を巻き込むか、あるいは武装を創るか――――――」
「こちらから攻めるのはどうじゃ?私と兄上でちゃちゃっと攻め落としてきてやろう」
「推奨しかねますねぇ。先ほど私の部下を一人、向こうの世界へ送りましたが、辿り着けず直ぐに帰還しました。恐らくジャミングが張られていますね」
「むっ、ジャミングは正確な位置情報が分かれば無力では無かったか?」
「ええ、座標を手動で設定できれば、ですね。しかしそのためには最低でも一度、専用の解析装置を持たせた天者を降り立たせる必要があるので、現状は向こうがジャミングを解除しない限り手出しする手段がありません」
ハイドラの言葉に、周囲が再びざわつく。
戦力が開いているとはいえ、自分たちの敵を野放しにしておかなければならない。
もし彼らが十年や二十年出てこなかったら?
否、恐らくそれまでにはジャミングへの対抗装置への開発に力が入るのだろうが、それでも常に一定の視線をそがれることは間違えない。
彼らが、それほどまでに気長なら。
「おや、それはあり得ないでしょう」
「ええ、ええ、そうですとも!やはり流石我らが王。彼らの目的はこちらの破滅、それならば滅びた国に閉じこもって、じわじわ首を絞められていくような真似はしない。いえ、魔女は閉じこもって何かをする可能性は有りますが、同時並行で戦闘員は何か行動を起こすはずです。ですので――――――」
「なるほど、化学の天才ハイドラか。貴様を超える人間がいるとは、世界は広い」
「ふふ、そうね。彼女も間違いなく使徒と並んで機関の心臓よ。私の得意分野が武装や機械の開発・改造だとするなら、彼女は水分で作られた人間そのものの改造」
「……字面だけなら、あんたよりも悪人だな」
ハイドラの話は、正直あまり聞いたことがない。
というよりも知ろうとしなかったの方が正しいか。
元々その分野に疎かったこともあるが、リゼルにとっては自分を強くしてくれるキーラ以外に興味がなかった。
ただし、そんな興味さえない相手でも、その異名だけは聞いたことがある。
「誰もいつから機関に在籍しているかを知らない『吸血鬼』か、二つ名も魔女に負けてないな」
「ええ、面白いでしょう。実は機関の研究室は私を除いた期間こ20年以上、ずっと彼女が牛耳っているわ」
「不死か?」
「さあ?可能性として0ではないけれど……少なくとも生物の形をしている以上殺して死なないことは無いわ。だからそろそろ次の作戦を立てましょうか」
少々強引な話の転換、それでも一通り話は終わっているのか、ようは今のこちらの戦局は絶望的という事だけは分かった。
何か、不利な盤面をひっくり返せる手札が必要だ。
「ふむ、結局弱点は無いな。それよりも、こうしている間に攻められる可能性は無いのか?正直、使徒が二人でも来れば終わりだろう。」
「ええ、なんなら使徒一人に候補生二人くらいでも終りね。一応今はジャミングを貼っているから、転移位置を完全に特定されない限り直ぐに攻められる事は無いわ。ただし、この世界から出入りする時はジャミングを解除しないといけないのと、今は降り立つときに解析デバイスっていうものもあるから、最大で大体2,3往復、彼らが優秀なら1往復って所ね」
「……思ったより少ないな」
キーラの話が真実なら、安全に行動を始められるのは少なく見積もれば今回だけ、いなければ0のはずなので行動を起こせるだけ当然マシだが、大きく事を始めるには準備さえできない。
「……ならば、監獄に乗り込むのはどうだ?」
もっとも、とれる行動自体も多くはないが。




