二人
「いい加減に諦めろ、リゼル」
「ちっ、浮遊デバイス起動」
その頃、巨大な建物の中で、紫色の雷を受け止めたまま、空中で後退する。
辺りに散って建物を削り取っていく雷は、恐らく大人の自分が放ったものだ。
戦い始めて数分、今の所の戦局は限りなく劣勢。
唯一マシな所があるとすれば、軍部の建物などは窓がないうえに入り組んだ構造になっているため、一度入ってしまえば放り出される心配はほとんどない所か。
当然、機関の本部なので万が一にも他の天者が来ようものなら一瞬でゲームオーバ―であるのも確かだが。
(決めるとしたら、さっきの一撃で壁ごと貫いて放り込むのが確実か。最も相殺された以上、こいつも使えるんだろうが――――――)
今の所、一通り切った手札は全て上位互換に返された。
槍の大砲から始まり、もうかなり昔にも思えるの巨大蛇を屠った雷星剣。
もしここに彼女が居ればまた違う戦い方も出来る、そんな事を考えてしまうのは、如何に彼女と出会ってからリゼルが頼り切っていたのかを示す証だろう。
「……お前は、いつも一人では何も出来ない」
「あ?誰が誰に説教してんだ。俺はカミアに頼って、お前はハンナに頼ってる。どっちも情けないし、お前に関しては自分の意思からも逃げた」
負け犬、そんな言葉に、鏡写しの顔が怒りに染まる。
とはいえ、実際に向こう側が羨ましくない訳ではない。
居場所が無いから作った、守るものが無いから頼らせた。
ならば、リゼルには元々居場所が無かったのか?
――――――否、あの夢を思い出した今ならきっと……間違いなく有ったはずだ。
『お兄ちゃん……助けてください』
『リゼル……大好きよ――――――』
「……嫌な気分だ。お前みたいになる可能性があるなんて、吐き気がする」
「……誰が言っている。俺は守るべきものを違えないだけだ」
大人なリゼルの言葉に、子供の方のリゼルは地面を蹴る。
再び走ったのは紫色の雷、今度は長い通路を挟んで地面や壁、天井を這うように向かっていくと、直後にもう片方は後方へと飛び、同時に彼の周りから雷が周囲を削り取り、強引に攻撃を断絶させる。
建物の崩壊と共に発生した土煙に紛れ、肉薄した脚を槍で受け止めて。
「紫電機構――――――」
「……勝てないのはもう分かった」
ガシャリ、槍の砲口を地面へ向けるのと同時に、偽物の足元が爆発する。
地面の崩壊、それは偽物に合わせて戦いの方法を少しだけ変えた証であり、身体が揺らいだ一瞬の隙に再び足に雷を纏わせる。
今度は歪まで直接、修復デバイスを投げ入れるために。
「っ、無駄なこ――――――っ!」
「おや、無粋な真似はするな」
おまけに四方八方から突き出た剣の山は、待ち望んでいたこちらの番だ。
「過電砲」
手元から、一筋の大砲を響かせる。
7年の時を生きていないリゼルが唯一、偽物に対抗できる切り札。
誤算があったとすれば……軍部の作りも七年の間に少し変わっていたのか、歪の部屋を露呈させたところで弾頭にした修正デバイスが崩壊してしまった事。
とはいえ今の一撃で開いた滅亡への道は、遠回りの終結を表していた。
「……紫電機構、最大出力」
直後に崩壊していく地面は、機関の第一席にまで上り詰めたどっちつかずの本気をも引き出してしまったが。
「ちっ、浮遊デバイス起動。カミア!」
「分かっている」
背中に感じる重みに、直後に建物の一角が崩壊する。
下手に触れば崩れてしまいそうな巨大穴、空中からでも見える露出している歪は、もう隠しても無駄と判断したのだろう。
ならば後は、正面からの潰しあいだ。
「カミア、砲台の球にはなれるか?」
「無理だな、前も行ったが質量が違う。とはいえ、この建物の中なら私は限りなく自由だ。触れさえすれば――――――!」
カミアの言葉を遮って、脚元の朽ちたを蹴る。
とにかく一度着地をすれば限りなく勝ちに近づく、そんな短絡的な思考は、刹那に目の前に現れた偽物の振るう槍によって塗りつぶされる。
「ちっ」
数撃、受け止めた身体に浅く赤い筋が奔る。
援護で放たれたカミア剣は一撃で受け止めるどころか切り飛ばされ、更に継いだ雷が受け止めたリゼルを空中へと跳ね返す。
「不味いぞ主、我が身体が欠損した」
「地面に触れれば治るんだろ。ならどうでも良い。お前が死にさえしなければ――――――」
どうとでもなる、直後背中に背負っているはずのカミアが槍を覆う。
いつかのような変形は、確かに向こうにはないアドバンテージを生み出すのだろうが、それにしても偽物は強い。
「カミア、足場を作れ」
「ふむ、承った。ならば雷の威力は程々にしろ。私はマゾヒストだが、途切れる意識まではどうにも出来ん」
カミアの言葉に「分かった」と小さく言葉を切ると、直後浮かんでいる身体の後頭部辺りに一つの小さな鉄塊が作られる。
一歩で辿り着けるよう気を使ってくれたのか、何れにせよこれで。
「放電機構――――――」
「無駄だ」
刹那、空中で二つの稲妻が衝突する。
僅かな均衡の後、当然勝ったのは偽物。
とはいえその瞬間に今度こそ槍を足元に掠らせると、そのまま高速で槍自体を建物目掛けて投擲する。
「……!させん」
「うるさいな、雷星剣」
そして一瞬だけ逸れた偽物の身体へ、迸る雷の剣を振り下ろして。
「……!舐め、るな!」
「ちっ、この状態でも――――――!」
上から足を振り下ろす形てもなお、押される偽物の一撃に咄嗟に方向を変える。
弾かれる身体に、それを受け止めたのはいつの間にか人へと戻っていたカミア。
「受け止めなくていい!早く修復デバイスを――――――」
「分かっている。これで私達の――――――‼」
勝ちだ、そんな言葉にカミアは直ぐに地面を移動し、歪の側で人へと戻る。
いつの間にか腰から無くなっているデバイスは、受け止めた隙に取っていたのか。
「天雷機構!」
直後に飛来した純白の騎士は、どこかで爆発し続ける轟音が、彼女の足止への効力を失っている証だった。
「ふは、ハンナ・アンネーリエ……遂に守護者の称号を捨てたのか」
「……一番大切なものを護るだけよ」
カミアの言葉に、直後、五の光の剣が彼女の身体目掛けて射出され、身体を貫く。
当然効かない、とはいえその直後に伸ばした腕は即座に切られ、また作り出した剣も躱される。
「……放電――――――」
「させん」
直後に地面から飛び上がったリゼルの身体を、再び現れた偽物が弾き返した。
「ふはははは、いつぞやと同じ構図になったな。やはりクライマックスはこうでなくてはな」
「ちっ、面倒だな」
「ハンナ、大丈夫だったか?」
「……ええ。リゼル……私は、ごめんなさい」
ハンナの言葉に、こちらへ戻ってきたカミアが笑う。
ここからでも聞こえた彼女の言葉は何を意味しているのか、リゼルには分からないが、いずれにせよこれでまた二人は確実に不利になった。
おまけにさっきまでの攻撃によりほとんど電力のチャージもゼロ、カミアはもしかしたら絶好調なのかもしれないが、勝ち目はほとんどない。
「さて、どうする?決めるとしたら一撃だな」
「……分かってる。とはいっても、普通に撃っても先ず防がれる。身を隠すか、あるいは――――――」
相手の反応を一瞬遅らせるか。
まだ崩壊していない建物の中に隠れる事を一瞬考え、直ぐに止める。
離れすぎても結局それほどの意味は無い。
もし仮に少し身を休めたとしても最悪機関の建物ごと崩壊させられればその時点でカミアの力が下がって詰み。
かといってそのまま多少の奇策を講じたところで正面から防がれて詰み。
やはり移動するなら迅速に尚且つ、不意をついた場所に。
『帰ってきて』
――――――例えるなら、瞬間移動のような。
「……‼カミア」
「ハンナ!」
叫んだ言葉に、直後カミアが槍に纏い、同時に白い雷が眼前へと迫る。
光に包まれた視界は果たして彼女の攻撃を喰らっていたのか、いずれにせよ現実の区別がつかないリゼルを直後甘い囁きが引き戻す。
「リゼル、撃って。そのまま下に60度」
ぐらつく頭で槍を構えた直後、バキリと言う音と共に槍の先端が変形する。
あの時よりも更にごついその姿は、リゼルの幻覚なのか、あるいはこの世界の金属が良質なのか。
『主、一撃だ。手加減は無用』
「……分かってる。過電砲」
ガシャリ……静謐な空間に直後、一筋の閃光が壁と地面に大穴を穿つ。
最初に見えたのは、大きく損壊した建物と眼下に開く歪、偽物の自分。
気づかれたのは一瞬だった。
「天雷機構」
「紫電機構」
二筋の雷が眼下で閃光を放つ。
前者は先ず間に合わない。
偽物の方は……間に合うか。
「ふふ、心配しなくても……もうあの位置からじゃ防げない」
耳元で悪魔の囁きが聞こえる。
彼女の言葉に空いた穴から地面を蹴ると、浮遊デバイスを利用してゆっくりと降りていく。
無意識に動いた体は特に意味はなかった……いや、きっと少しだけやることが有るような気がして。
「リゼル!」
「っ、ふざけるな!ようやく手に入れた居場所を――――――っ!」
一瞬だけ均衡する閃光と紫電。
決着は、驚くほど静かだった。
バチリとはじけた雷を閃光が潜り抜け、強引に身体を翻したリゼルの義足を貫く。
収束するエネルギーと共に小さな機械部品が吸い込まれていく直前、僅かに方向を変えた白雷は……落ちていくリゼルを支えるように受け止めていた。
「……そうか、俺達の負けか」
歪の元へ降りていくリゼルに、隣で抱えられる偽物は一瞬だけ……こちらへと無感情な視線を向ける。
どういう表情をすればいいのか分からなかったのは、きっとお互い様だ。
辺りを包む静寂と僅かに響いた爆音は少しだけ快感なような、少しだけ残念なような……不思議な感覚だった。
「……私達は、破壊者を止められなかったのね」
「ハンナ、俺は……悪い、一つだけ聞いても良いか?」
リゼルの言葉に、ハンナは僅かにこちらへ視線を向ける。
それは了承の合図だったのか、いずれにせよリゼルは答えてくれなくても聞くつもりだったし、何となく答えてくれるような気がした。
ずっと、ずっとお互いの事を考えていた二人なら。
「ハンナ、俺は……ずっとお前の事が好きだった」
「……それは、向こうのハンナちゃんへ伝えてあげて。あなたが裏切った子に。きっと泣いて喜ぶわ」
ハンナの言葉に、少しだけ胸を刺すような痛みを感じる。
理由は当然、彼女はずっと馬鹿な五等天者のことを考えてくれていたのに、そんな彼女を裏切ったから。
ただそれでも、進んだ針は戻らない。
カミアと出会って、キーラと共謀して、機関を裏切って、滅亡世界を守って。
どこにも馴染めなかったリゼルにとっては、確かに初めてできた居場所だったから。
世界に、罅が入っていた。
「ハンナ……俺をずっと遠ざけてくれていたのは、あの日の約束を守ってくれていたのか?」
「……さあ。でも……そうね。私はリゼル・レインライトが初めて虐めっ子から守ってくれた時からずっと、心臓の鼓動を教えてくれた時からずっと……あなたの事が大好きだったから。使徒として守るべき人々や……本当は、この世界の誰よりも」
ハンナの言葉に、少しだけ目を開く。
みっともない、自分自身にそんな事を思ってしまうのは、きっとこんな答えの出ている状態で一方的に確信を得ようとしているからだろう。
それでも知らないよりはずっと良い、
彼女の気持ちを知った今なら、リゼル・レインライトの欲を知った今なら。
消えていく世界の中で……リゼルはキーラに言われてデバイスを起動するまでの間ずっと、こちらを見もしなくなった二人の姿をずっと見つめていた。
「綺麗だな、この世界は――――――」




