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消えない映像

 木嶋は車で署に戻ると、永田と一緒に借りた防犯カメラを設置した部屋に向かった。

 永田は言った。

「どれだけやっても、カメラに映る姿は消えないってわかったはずでは?」

「コンビニの店長の名前を試そう」

「名札がマーカーだとでも?」

 木嶋は、永田の肩を軽く叩いた。

「この実験をした時に言ったろう。覚えてないのか?」

「なんとなく思い出しましたが…… 果たして監視カメラに名札が映り込みますかね?」

「映りこむまでいかずとも、マーカーたりえれば問題ない」

 連続不審死事件において、不思議なのは殺された者以外に監視カメラに映っていない点だ。

 自殺とは思えない死に方であるし、必ず容疑者が映っているはずなのだ。

 菜々子には容疑者が見えたが、それは霊能の力らしい。

 木嶋は容疑者が監視カメラに映らない点を、監視カメラ側の機能に求めていた。

 特定のQRコードを読み込むと、設定が出来るのと同じように、カメラ側があるマーカーを読み取ると、姿を録画しないのではないかと考えたのだった。

「例の疑わしいコンビニ店長の名前は、お前が調べてくれた通り、『三上(みかみ)紳助(しんすけ)』だ。名札にどう書かれていたかは知らないが、『三上店長』とかそんなところだろう。代用として胸に名前を書いたシールを貼ることでテストしてみよう」

 永田も納得し、手元にあった紙やらテープやらを駆使して名札のようなものを作る。

 借りっぱなしの監視カメラと、レコーダー。それにコンビニの制服。

 くみ合わせたり、名札を大写しにてみたり。

 様々なテストを繰り返すが、撮れた映像は目で見えるものと同じだった。

「木嶋さん」

 永田は脱いだコンビニの制服を、床に叩きつけた。

「もう無駄ですって。レコーダーの機種も、カメラも、共通点はC国製というくらい。メーカーは違っているんです。こんなことをしたって」

「じゃあ、彼女たちはどうやって死んだって言うんだ。遠隔で指示されるがままに行動して、死んだとでも?」

 緑川のスマホをこっそり調べたが、死の前後、通話も、誰かとメッセージのやり取りをした形跡もない。永田にスクショを送っただけだ。

「すり抜けられるとしたら、監視カメラぐらいなんだ」

「……」

 木嶋と永田の前を、菜々子が通り過ぎた。

 一瞬、何が起こったかわからない。

 菜々子はレコーダーを操作しようとしている。

 木嶋は慌てて、菜々子を引き止める。

「おい、お前はこの事件に関わるな。俺はお前の母親に……」

 腕を抑えられ、菜々子は振り返った。

 紺のスーツ、後ろで括っただけの髪。

「止めないと」

「何を?」

 菜々子はレコーダーを指さす。

 今、監視カメラに映っているのは……

 木嶋と菜々子のはずだった。

 木嶋は振り返らずに言う。

「永田、こんな時にいたずらするんじゃない!」

「えっ?」

 永田の声が、右横、機材の影の方から聞こえた。

「じゃあ、画面に映ってるのは……」

 菜々子が言う。

「変なことをして、余計なものを呼び出したのよ」

「余計なもの?」

 菜々子の後ろに、髪を止めていたゴムが落ちた。

 急に菜々子が俯くと、背中から髪が流れるように前に落ちてくる。

『余計なもの、とはなんだ!』

 菜々子の腹の辺りから、男の声が響いた。

「誰だ」

『ゆるさん』

 菜々子は木嶋の首を絞めてきた。

 木嶋は抵抗する。

 菜々子の細い腕からは想像できないほど強い力だった。

「永田、助けて…… くれ……」

 永田が人を呼んできて、大勢の力を使って菜々子を取り押さえた。

 彼女を縛って拘束することで、その場は収まった。

 木嶋はすぐに菜々子の母、堂守(どうもり)莉々(りり)を呼び出した。

 莉々は署に駆けつけると、菜々子についている霊を祓った。

 木嶋は莉々に近づいた。

「言っておくが、俺は約束を破ってない。娘さんが勝手にやってきて……」

 木嶋の言葉を遮って、莉々は言う。

「ですが、あなたに解決できる事件ではないと言ったはずです。特にあなたは事件から離れた方がいい」

 突き放すように離れていく莉々を、木嶋は追った。

「待ってくれ、あなたに依頼したいことがある」

 木嶋は田山のことを話した。

 妙なWi-Fiの『キャプティブ・ポータル』のうわさ。

 それに関連して、緑川が亡くなったこと。

 田山を家に匿っていること。

 一連の事件が『霊の仕業』というのなら、除霊してもらえば助かるかもしれない。

 彼女に一縷の望みをかけることにしたのだ。

「一度、その方をみてみましょう。みれば霊なのか、そうでないのかは、わかるはず」

 言いながら視線を下にそらす莉々が気になって、木嶋が言う。

「何か隠しているだろう」

「以前言ったと思います。土地の権利者から依頼をもらって土地に入り、土地についた霊を祓う。今回の件はそういうことなのですが」

「はっきり言え」

 莉々は首を横に振った。

「みてから話します。覚悟はしておいてください」

「覚悟?」

 木嶋はそれ以上聞き返さなかった。

 木嶋が車を運転し、莉々を後部座席に乗せて田山のいる木嶋の家に向かった。

 車がつくと、木嶋の妻が出てくる。

「またお客様? こちらも泊まりなのかしら?」

「いいえ、私は除霊請負人です」

「それより田山さんはどんな様子だ」

 妻は、家の方を一瞬振り返ると言った。

「変わりないわ」

 木嶋は家に入ると、莉々を連れて田山を泊めている部屋に入った。

 狭い部屋の中で、三人が向き合って立っている。

「どうだ?」

「特に何も起こらない。汗はかくけど、まだそんなに不快という状態ではないわ」

「こちらは堂守(どうもり)莉々(りり)さん。除霊請負人だ」

 田山も莉々も、互いに会釈すらしない。

「それで?」

「憑いているわ。間違いなく」

「じゃあ、誰か犯人がいて毒殺される訳じゃないのね?」

 莉々は頷いた。

「最終的には毒殺より辛いかも」

「祓ってくれるんじゃないのか?」

「ああ、そうだったわね。思い出した。けど、彼女からは祓えないのよ」

 木嶋は思い出した。

『覚悟』

 ここにくる前、莉々が言った言葉だ。

「つまり、どういうことだ」

「本当に祓うべきは、元コンビニの地にある。この女性に憑いたものは祓うことができない。祓ってもコンビニの地から舞い戻ってくる」

「どうやって助けてくれるんだ」

 莉々は、木嶋の胸を指さした。

「払えないなら、場所を移す」

「!」

 木嶋は、未知の感覚に動揺した。

 これまでの人生の中で『呪われた』という経験はない。

 容疑者から恨まれたたり、憎まれたことはあった。

 そういう中で、危ない経験をしたこともある。

 霊に憑かれるということが、どんなことなのか、どんな感覚が発生するのか。木嶋には何も想像ができない。

 間違えれば、死ぬかもしれない。

 そう思うと、体が震えてくる。

「準備はよくて?」

 木嶋は頷く。

 突然、田山が声を裏返して、言った。

「ちょっと待って、本当にそんなやり方で私、助かっていいの?」

「呪いは警察の管轄外と言いたいところだが、この事件に関わった者として、君を救わないわけにはいかない」

 木嶋は体の震えを無理やり隠し、そう言い切った。

「じゃあ、始めるわよ」

 木嶋は部屋の外の気配に気づいた。

「ちょっとだけ時間をくれ」

 木嶋は部屋を出ると、外で泣いている妻を抱きしめた。

「よくわからないけど、あなたが呪い殺されるのだとしたら、私はそれを放って置けない」

「大丈夫だ。それまで彼女がコンビニの地にかかる呪いを解いてくれるさ」

「それで死なない?」

 木嶋にはよく分からなかったが、さっき聞いた理屈からすればそうなるはずだった。

「ああ、俺も助かる。助かるつもりじゃなきゃ、こんなことしないさ」

 木嶋は落ち着かせるように妻の頭を撫でた。

「だから、協力してくれ」

 妻は頷いた。

 木嶋は再び部屋に入ると、莉々に呪いを移すように頼んだ。

 田山と木嶋は隣あって座り、手を繋ぎあった。

 莉々が繋いだ手の上から包むように手を重ねてくる。

 次に何やら呪文のような言葉を唱え始めると、木嶋は妙な感覚に襲われた。

 どう見ても何もない全身の皮膚の上を、虫が這い回っているように思うのだ。

 そして、信じられないことに、動いていないのに体温が勝手に上がり、体のあちこちに汗をかいた。

 まるでひどい風邪を引いた時のような症状が出始めると、目が回った。

「……わりよ」

「?」

「終わり。無事にあなたに移ったわ」

 木嶋は自分が床に倒れていることに気づいた。




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